23◆廃砦に潜む影
俺を訪ねてきたのは、先日助けた町長の娘さん、マレーナさんだった。
そのときは『膨張の呪い』でぶくぶくに太っていたのだけど、まさかこんなスタイルのいい美人さんだったとは。
俺はマレーナさんを店に案内し、奥へ引っこんだ。店の奥は作業スペースになっていて、『異次元ポーチ』から荷物を取り出し、床に置く。階段を上がってキッチンへ向かい、簡単にお茶を用意して戻ってきた。
カウンターの側に置いたテーブル席で向かう合う。
「すっかりよくなったみたいですね」
「ああ。あんたには感謝の言葉をいくら並べても足りないくらいだよ。本当に、ありがとうね」
マレーナさんは深々と頭を下げた。
「よしてくださいよ。俺も町長さんからたくさんお礼をもらいましたし」
「金に命は換えられないさ。でもま、あまりしつこくしても逆に迷惑をかけちまうね。ただ、あんたが困ったときはいつでも言っとくれ。なんだってするつもりさ」
マレーナさんは大きな胸をどんっとたたく。ぼよんと揺れた。
「な、なんでも……」
知らずゴクリと喉を鳴らす俺。
マレーナさんはキョトンとして、
「なんだい、あんた? こんなおばさんに興味があんのかい? そっちの手ほどきもできなくはないけどさ」
「いえいえいえいえっ、滅相もない……。ていうか、マレーナさんは『おばさん』って感じじゃないですよ」
慌てふためきつつフォローしてごまかす俺。まあ実際、この人ってまだ28歳なんだよね。60代の父親がいるにしては若いと思う。
「なに言ってんだい。あんたって見たところ15,6だろ? 三十路手前のあたしなんて、あんたから見りゃ十分『おばさん』だよ」
カラカラ笑うマレーナさんは、実にさっぱりした人だった。
その後、俺の素性やら将来設計やらを質問しまくられてから、マレーナさんが腕を組んで言った。
「にしても、不思議だねえ。薄ぼんやりとしか覚えちゃいないけど、あのときあたしに解呪用の秘薬を飲ませたんだろう? こう言っちゃ悪いけど、高位の呪いを解けるアイテムを持つような子には見えないよ、あんた」
「道中、はぐれの高ランクモンスターを偶然倒しまして。たまたま虹色のドロップアイテムを手に入れたんですよ」
「それこそ不思議ってもんさ。高ランクの魔物をあんたが倒せるのかねえ。ああ、ごめんよ。命の恩人に口が悪かったね」
「いえ、気にしないでください。一緒にいた妹がけっこう強かったですし、偶然が重なりまして」
この話題は墓穴を掘りそうなので、俺は前から気になっていたことを訊いてみた。
「そういえば、どうしてマレーナさんは『膨張の呪い』を受けたんですか?」
高位の呪いはそれ自体が稀少だ。この大都市にだってあれほどの呪いをかけるアイテムは売られていないはず。
緩みきっていたマレーナさんの表情が引き締まる。
「どこから話したもんかねえ……。まずはあたしが何の仕事をしてるか、だけど――」
俺は彼女のステータスからなんとなく予想し、次の言葉で正しいとわかった。
「あたし、冒険者をやっててね」
ステータスからはBランクの中ほど、といったところか。敏捷が高く、【鍵開け】や【探索】のスキルを持っているところからして、シーフ系の冒険者だろう。
「ちょっと前に、とある廃砦の調査を請け負ったのさ」
街から北へずっと行った森の中にある、今は使われていない小さな砦らしい。
ずいぶん昔からあるので、調査はし尽くされている。魔物は一掃され、小規模な結界魔法も施され、ときおり冒険者が休息に使う場所になっていた。
ところが最近になって、その砦に変化が起こった。
「アリトは『ギルラム洞窟』って聞いたことがあるかい?」
ちょっと前に突如として現れた、新たなダンジョンだったかな?
俺はうなずく。
「廃砦はそこからちょいと離れてはいるんだけどさ。ギルラム洞窟が出現した影響なのか、高ランクの魔物が住み着いたらしいんだよ」
重要な場所ではないものの、新ダンジョンと何かしら関わりがあるなら、新ダンジョンの攻略を有利に進められる手がかりがつかめるかもしれない。
マレーナさんはAランク冒険者のパーティーに加わり、廃砦へ調査に向かった。
そこに、何かとてつもなく危険な魔物がいたらしい。
『らしい』というのは、マレーナさんは直接見ていないからだ。
「黒い霧だった。それに襲われたんだ。あたしは探索役で足手まといにしかならなかったから、一番に逃がされたよ」
砦から命からがら脱出したマレーナさんはしかし、おそらくはその黒い霧を浴びて呪いを受けたのだ。
幸運にも近くにいた他の冒険者パーティーに拾われ、実家まで送ってもらえたそうだが、彼女は砦の危険性を伝えることしかできず、床に伏せる。
一緒に行ったAランク冒険者たちの消息はいまだに知れないらしい。
冒険は死と隣り合わせ。彼らも覚悟のうえだったろう。
でも、やっぱり一時でも仲間になった人たちの話をするときは、マレーナさんも悔しさを眉間に集めていた。
「そこって、まだ放置されてるんですか?」
「あたしも気になってね。ここへ来る前に冒険者ギルドに寄ってみたんだけど――」
改めての調査依頼がギルドから発行され、挑戦する冒険者が現れたのだとか。
「最近この街に現れた新参だけど、相当な腕らしいよ。ただちょっと変わり者みたいでね。依頼は必ず単独で受けて、他のパーティーと交流がほとんどないから、謎が多いって話さ」
でも、とマレーナさんは続けた。
「呪いを操る厄介な相手だからかね? 今回ばかりは神官系の冒険者をパートナーに選んだらしいよ」
「神官系の、冒険者……?」
なんだろう? 背中がぞわぞわする。
「そっちも妙な冒険者らしくてねえ。冒険者登録をしたのが10日ほど前。登録上はBランクのくせに、やたら高そうな錫杖を持ってるって話さ。ろくな依頼をこなしちゃいないし、どこぞの貴族が道楽で始めたんだろうって噂だけど、そんなのをお供に連れてくかねえ?」
Bランク……やたら高そうな錫杖?
「? どうしたんだい? 難しい顔をしてさ」
「ぇ、いや……その神官系の冒険者の名前って、わかりますか?」
「ん? あー、どうだったかねえ……。依頼を受けた冒険者なら、有名人だからわかるんだけどね。『ダルク』って褐色肌の若い娘だよ」
知らない。俺はその人の名を、知らない。『褐色肌の若い娘』なんて、ここくらい大きな街なら今まで何人も道ですれ違っていただろう。
なのに、どうして、俺は得体のしれない引っ掛かりを覚えてしまっているのか?
俺の妙な雰囲気を感じ取ったのか、マレーナさんが立ち上がる。
「仕事中に長居して悪かったね。あたしはこれで失礼するよ。今度は、なんか強化してもらおうかねえ」
にかっと屈託のない笑みを投げ、「また来るよ」と手をひらひらさせて帰っていった。
マレーナさんを見送ってから、俺は奥の作業スペースへと飛びこんだ。
木箱を開き、中から『鋼のプレートアーマー』と『鋼の剣』を取り出す。
俺は『銅の剣』を魔剣の名を冠するほどに進化させた。
でも、俺がそれを使ったところで、危険度Bのひとこぶオーガをどうにかこうにか倒せる程度。しかもオーガはリィルがけっこうHPを削ってくれていた。
セイラさんはランクB相当。彼女とパーティーを組んだ冒険者――ダルクさんだっけか、その人はもっと上のランクだろう。
仮にセイラさんが廃砦に向かっていたとして、俺に何ができるっていうんだ。
信じて待つ。
それが、俺にできる最良の手だ。
なのに……なんだろう? 首の裏っかわ辺りがヒリヒリする。
俺は三度の転生を繰り返して今に至る。冒険者としての資質が著しく低く、前の三度の人生は本当にパッとしなかった。
でも、死と隣り合わせの冒険者稼業を続け、弱いなりに40歳まで生き延びられたのは、危険に関して敏感なところがあったからだとの自負がある。(ドラゴンの突進は天変地異レベルなので横におくとして)
『膨張の呪い』は、神様や悪魔が扱うレベルの超強力な呪いだ。
セイラさんが持つ『聖竜の錫杖』。その特殊効果はかなり強力で、この呪いへの対処もできる。
足手まといがほぼ確定の俺が行ったって……。
思考の迷路をあっちこっち彷徨いながら、俺は『鋼のプレートアーマー』の強化を試していた。
これは、初心者に優しい街の南側でのんびり素材集めと経験値稼ぎをするつもりで買ったものだ。Aランク冒険者パーティーが手も足もでない場所に向かうには、力不足――。
俺はとある属性の組み合わせで強化した全身鎧を眺める。
「これなら、ちょっと様子を見に行くくらい……」
店を飛び出す。
隣の店に駆けこんだ。
「クオリスさん、お願いがありますっ」
いつもどおりロッキングチェアに揺られていたクオリスさんが、薄く笑った。
「所望の品はMP回復薬か? それもひとつやふたつでは足りぬとみえる」
「……なんでわかったんですか?」
「そなたらが越してきてから気づいたのだがな。この建物の壁は、すこし薄いようだ。我は構わぬが、乳繰り合うときは同居人に配慮するようにな」
全力でツッコむのを我慢し、他にも必要なものを告げる俺。
「よかろう。我にとっては強敵と書いて『とも』と呼ぶ二人が窮地に陥っているかもしれぬのだ。助力は惜しまぬ」
不穏なことを言ったような気がするがそれよりも。
「あの、なぜカウンターを越えてこちらに?」
「我の準備は整っておる。そなたの準備ができ次第、出発するぞ」
「一緒においでになる?」
「安心せよ。多少なりとも魔法は使える。が、前衛はそなたに任せるゆえ、よく我を守るがよい」
「は、はあ……」
俺は自分の身を守るので精いっぱいなんだけど……。ま、この人って魔力はAランクだしな。なんだかんだで頼りになりそう。
「うむ。『守られる』役回りというのも悪くないシチュエーションであるな。しかし、真のヒロインは窮地を救われてこそ。配役を誤ったであろうか?」
何を不満そうにしているのかさっぱりだが、ひとまず俺は自分の店に戻り、全身鎧を身に付けるのだった――。