22◆経営方針を決めてみた
新居を決めて一週間が経った。
アイテム強化ショップの開業届を組合に提出し、店も開いてはいたが、今のところお店にやってきたお客さんはゼロだ。
立地が悪い、ということはない。
ここは大通りから横道に入り、別の大きな通りへ抜ける途中にあるので、人通りはそこそこあった。商業区の中心から離れているとはいえ、乗合馬車を使えば門近くや中心部からの便利も悪くない。
誰も訪れないのは、知名度のなさとアイテム強化の専門ショップが一般的ではないがゆえか。
ほぼほぼ思いつきで始めたショップ経営はわからないことだらけ。
隣に住む大家さん兼錬金ショップのオーナーであるクオリスさんに、帳簿のつけ方なんて初歩の初歩からいろいろ教えてもらいながら、四苦八苦する毎日だった。
とはいえ、俺はこの一週間で100万ギリーほどの収入を得ていた。
お隣の錬金ショップに依頼を受け、強化した商品が売れたからだ。その意味ではお客さんはゼロではないのだけど、クオリスさんは俺を呼びつけるだけなので、『やってきたお客さん』はやっぱりゼロだった。
さておき、一週間で100万ギリーを稼いだのは、ぶっちゃけ開業したてにしては好調すぎる。
しかし、いつまでもお隣に頼りっぱなしというわけにはいかない。クオリスさんは気が乗らないとアイテムを作らない人らしいので、すでに直近のお仕事はなくなっているしね。
きちんと経営方針を定め、どうにか軌道に乗せなければ。
アイテム強化ショップで収入を得る方法は、大きく分けて二つある。
ひとつは持ちこみ品の強化。
お客様が持ってきた武具やアイテムを強化し、報酬を得る。
もうひとつは自分で調達した武具やアイテムを強化し、それを高値で売って差益を得る。
ある意味、ふつうのアイテムショップと同じ方法で商品を売ることになる。店に商品を陳列して、訪問したお客さんに買ってもらう。あるいは卸業者や直接大店に商品を売りつける方法だな。
俺は前者――持ちこみ品の強化しかイメージしていなかったが、クオリスさんによると、調達品を強化して販売するほうをメインにすべきとのこと。
いつやってくるかわからない持ちこみ品より、自分で計画的に収入が確保できるからだ。
経営とは奥が深いものだな。
てか、俺が素人すぎるな……。
まあ実際のところ、クオリスさんの依頼は『持ちこみ強化』に該当するんだよね。依頼を受けて、強化に対する報酬を受け取っていたので。実際に強化した商品を売っていたのはクオリスさんだ。
でも形態としては『調達品強化』に近い。
要するに、クオリスさんがやっていたのをマネすればよいのだ。
そんなわけで、『調達品強化』をメインとしつつ、お店にやってきたお客さんから『持ちこみ強化』を適宜やっていく、という方針にしました。
『調達品強化』で実績を積み上げ、名前が売れてくれば、持ちこみに来るお客さんも増えるだろう。
さて、大きな方針は決まったのだが、武具やアイテムを調達する方法というのも三つあった。
他のお店や卸業者から買い付ける方法。
魔物のドロップアイテムを手に入れる方法。
これらの組み合わせ的な方法として、冒険者にドロップアイテム集めを依頼する方法だ。
俺のように貧弱な男は迷わず一番目か三番目の方法を取るべきだろう。
が、大事なことを忘れてはいけない。
俺は、いずれ冒険者として大成するのが人生の目標。忘れそうになっていたが、ここ大事。
自分でアイテムを集め、それを強化して他店にはない商品を売り捌いて大儲けっ。
成長性が著しく低い俺でも、数をこなせばステータスが上がっていくだろうし、このところオモシロアイテムの強化や解除をやりまくって減ってきたスキルポイントも貯まっていく。
ふふふ、一石で三羽の鳥を仕留められるじゃないかっ。
やはり、自ら魔物を倒してアイテムをゲットする方針で行くべきだな!
てなわけで、俺はまず装備を整えようと思う。
市販の安いやつを買って、俺用に強化するのだ。それなら弱い魔物くらい、俺でもどうってことなくなるはず。
なにせ俺は、魔剣で危険度Bの魔物を倒した男だからなっ。
いい気になった俺は、勢いよく外へ飛び出した。でもきちんと入り口に鍵をかける。盗られるものなんてないけど、いちおうね。
ちなみに同居人はみなお出かけ中だ。
リィルは入学試験に向け、予備校に通っているので夕方まで帰ってこない。
セイラさんは冒険に出かけたらしく、数日は戻ってこないそうだ。誰とパーティーを組んだのか気になるところ。『古い知り合いです』と若者らしからぬ発言がよくない妄想を掻き立てる。
邪念を振り払うように大通りへ出て、乗合馬車に飛び乗った。目指すは、初心者向けのお手頃品が豊富な南ブロックだっ。
強者どもが集まる北ブロックと同様に、南ブロックにも独特の緊張感が漂っている。
経験豊富で多少は余裕を感じられる北に対し、こちらは初々しい緊張とともに、輝かしい未来を期待するキラキラした雰囲気にもあふれていた。
なんか眩しいな。
俺は大きな総合店に突撃する。
そこは奇しくも、俺が唯一就職活動をした『ドローアス商会』の、南ブロック支店だった。
さすがに品ぞろえは豊富だ。
さっそく『銅の剣』を見つけた。【火】の強化が施され、性能がすこし上がっている。でも、『炎斬り』が付与されるほどには強化されていない。
二つある強化スロットは、
S1:◆◆◆◇◇(火)
S2:◆◆◇◇◇(火)
こんな感じに中途半端。
スロット2にもうひとつ分チャージしていれば、【火】の合わせ技で『炎の銅剣』に進化しているのに(と、【強化図鑑】に書いてあった)。
俺ならスロットひとつを埋めて『炎の銅剣』にできるぜふふふ、と不敵な笑みを浮かべながらも、たぶん進化したような強力な武器は北ブロックの店に回ってるんだろうなあとか現実を見据えつつ、1階のフロアを物色する。
とある商品の前で立ち止まった。
『目玉商品が超お買い得っ!』と札に書いてある。
全身鎧だった。『鋼のプレートアーマー』とある。兜も頭部がすっぽり隠れるタイプで、全身を守る鎧だ。
お値段は60万ギール。鋼鉄製で厚みはそうでもないがHPがそこそこあり、防御性能も初心者には十分すぎるもので、このお値段は確かに安い。
が、つらつらとそんな自慢話が書かれた商品説明の最後に、小さく『訳あり品』と書かれているのを見逃してはならなかった。
訳ありの理由は書かれていないけど、【解析】スキルで見れば一発でわかった。
三つある強化スロットが、
S1:◆◇◇◇◇(土)
S2:◆◆◇◇◇(土)
S3:◆◇◇◇◇(土)
こんな感じになっていたのだ。
俺はこの一週間ほど、図書館へ行ったりして【アイテム強化】の仕組みを調べていた。
いきなりスキルランクがSになり、どのランクで何ができてできないのか、いまいちよくわかってなかったからだ。もちろん【解析】でも調べて、一般の理解度合との突き合わせもした。
で、調べてわかったこと。
一度属性を付与したスロットは、ランクSでなければ解除できない。
また、属性を一度でも付与して強化完了扱いになってしまうと、同じ属性でも重ね掛けはできない。(これは村にいたときに試して知っていた)
【アイテム強化】スキルや【鑑定】だけではスロットの詳細がつかめず、チャージ状況も知り得ない。経験や勘に頼らざるを得ず、スロット1を強化している途中で知らず別のスロットを強化してしまう場合があるらしい。(集中力や注意力の問題でもあるけどね)
というわけで、この商品のように中途半端な強化でスロットを無駄に使い、どうしようもなくなることがあるのだ。
ふむ、と俺は顎に手を添えて考える。
こういう訳あり品を安く仕入れ、強化し直して名称が変わるほどグレードアップさせたものを売れば、かなりの儲けになるのではないか?
ただし、と。
方針自体はよいとして、この商品にもう一度目を向ける。
全身鎧ってたぶん、オーダーメイドだよね? 作ったはいいけど顧客が望む強化ができなかったから、受注契約がご破算になったのだろう。
見たところ、全身鎧をオーダーするには小柄な感じだ。俺といい勝負。こういうのを着る人って、ごっつい壁役タイプだもんなあ。
俺が引き取って強化し直しても、売れ残る可能性が高かった。実際、ここでも売れないから安売りしてるんだろうし。
「ん? 体格が俺といい勝負……?」
そういや俺、ここへ何しに来たんだっけ?
商売思考に陥っていたが、俺用にカスタマイズすればいいんじゃね?
俺は素のHPが低いから、全身を守る鎧は相性がいいと思う。
うーん、でもなあ。
デザインは起伏に乏しくのっぺりしていて好きじゃない。光沢のない鈍色もいただけないな。
全体的に派手さも威厳もなく、振りきった感が欲しいところ。
ま、この際、その辺は目をつむろう。
とりあえず店員さんに声をかけ、試着させてもらうことにした。
貧相な俺を眺めて怪訝な顔をしたものの、店員さんは鎧の装着を手伝ってくれる。
「おおっ。測ったようにぴったりだ!」
しかし、である。
「重っ!」
俺の貧弱な筋力と体力では、数メートル歩いただけで力尽きてしまう。
「あの、やはりこちらの商品はお客さまには少々無理が――」
「買います」
「えっ」
「買います」
驚く店員さんをよそに、俺は全身鎧の中でほくそ笑む。
【強化図鑑】を紐解いてみれば、スロット3つのこの鎧でも、使い様はあると知った。
とりあえず【風】属性で軽くなるのが知れたのは大きい。あとは帰って【混沌】をぶちこみ、いろいろ試してみればいいな。
他にも『鋼の剣』を購入。こちらは未強化で12万ギール。やっぱり重い。剣を振ったら逆に振り回されてしまった。でも、強化すればどうにかなるなる。
とはいえ、軽くなっても片手で扱うには苦労しそう。どうせなら盾も欲しかったが、今日はこのくらいで済ませておこう。
『ギリカ』で支払いを済ませ、木の箱に商品を詰めてもらって背負った。むちゃくちゃ重いが、俺は苦労して店の外に出て、人通りの少ない裏手に回る。
荷物を一度背中から下ろし、ひと息ついた。
通行人の注意が俺に向いていない隙を見逃さず、腰のポーチに木箱をあてがうと。
にゅるりん。
気持ち悪いくらいあっさりポーチの中に吸いこまれていった。
さすが『異次元ポーチ』。このくらいでもまだ余裕があるぜ。
身軽になった俺は、乗合馬車で家路に着くのだった――。
で、我が家へ向けて歩いていると、店の前に女の人を発見。
軽装にマントという出で立ちは、ぱっと見、冒険者に見えなくもない。
もしかして、お客様ですか?
俺はうきうきしながら近づいていった。声をかけようとして、女性がこちらを向く。20代後半くらいで、ゆるふわウェーブの赤髪が艶やかな美人だった。
美人さんは俺を見てハッとした顔つきになると、みるみる喜色に染まっていき――。
「ああっ、アリト! 探したよっ!」
「へ? ぶわっ!?」
いきなり抱き着いてきましたがっ!?
豊満な胸を顔に押しつけられ、息ができない。
「ようやく会えたねえ。よかった。本当に嬉しいよ」
え? いや、誰? 俺を知ってる風だけど、俺は知らないぞ?
とりあえず窒息しそうなのでバタバタ暴れてみた。
「ああ、ごめんよ。苦しかったかい?」
俺を拘束していた腕が緩み、ぷはっと息をつく俺。目の前には整った美女の笑み。目にうっすら涙を浮かべていた。
「あの、貴女は……?」
「ふふ、知らないのも当然さね。つい最近会ってはいるけど、この姿では初めてだものねえ」
最近、会ってる? この姿では、初めて…………って、まさかっ。
「マレーナさん、ですか……?」
俺の問いに、心底嬉しそうに笑った美女は、
「ああ、そうさ。あんたに呪いを解いてもらって、命を救われた女さ」
もう一度、俺をぎゅっと抱きしめた――。





