21◆初めてのお仕事
新居が決まった翌日。引っ越しの準備で大忙しの俺たち。
といっても、実家から運びこむものはなく、リィルは必要なものをセイラさんと一緒に買いに出かけた。
で、俺はといえば、隣に住む大家さんであるクオリスさんに呼びつけられていた。
カウンターの向こうでロッキングチェアに揺られる美女に声をかける。
「こんにちは。アリトです。なんのご用でしょうか?」
「うむ。ビジネスの話である」
クオリスさんはゆらゆら揺れながら俺に問う。
「ここがなんの店か、わかるか?」
「いえ、さっぱり」と俺は正直に答える。棚とかはあるけど何も陳列されていなくて、お店かどうかも疑わしいのだから仕方がない。
「我は錬金術師だ。ゆえにここは錬金ショップである。主に魔法薬を扱っている」
「はあ、そうですか」
とても営業しているようには見えないが、店主がそう言うのだから信じるほかない。
「だがな、我が作成し得る魔法薬は、安物ばかり。錬金術師を名乗ってはいるが、初心者に毛が生えた程度であるからな。数はこなせるのだが、利益が雀の涙ほどしかない」
そう言う彼女のステータスをちょいと拝見。
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属性:火、風
HP:450/450(450)
MP:650/650(650)
体力:D
筋力:D
知力:A
魔力:A
俊敏:D
精神:C
SP:1,000
【スキル】
錬金:C
合成:C
鑑定:E
火魔法:D
風魔法:D
【魔法】
火炎球(中)
火炎乱射(小)
風刃(大)
火炎旋風(小)
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たしかに【錬金】や【合成】スキルのランクはそう高くはなかった。
ちなみに【錬金】は素材を組み合わせて何かしら効果のあるアイテムを作るスキルで、【合成】はそのための素材を作るためのスキルだ。
錬金術師はこの二つをバランス良く上げないといけないので、わりと大変なのだ。
加えて【鑑定】は、相性がよくても大量のスキルポイントと、他にも何か条件が必要だったはず。お気軽には手に入れられないだけに、苦労したんだろうなあ。
ランクが覚えたてのEなら人を鑑定することはできないし、俺はステータスを偽装できるから気にはならなかった。
それにしてもこの人、ステータス値のバランスが変だな。知力と魔力に特化している。
だからなのか、属性に合った魔法も覚えちゃっていて、けっきょくどっちつかずになっている印象。
あれ? でも……。
また、俺は不思議な感覚に襲われた。セイラさんのときのように、ステータスにうっすら靄がかかっているような……。
「なにをじろじろ見ておるのだ?」
ハッとした。
ニヤニヤするクオリスさんは腕を組み、これみよがしに大きくこぼれ落ちそうな胸を持ち上げる。
また俺、胸をじろじろ見ているように思われたのか。
「す、すみません。ぼーっとしてて」
俺はごまかすように話を戻す。彼女の意図はだいたい見えてきた。
「つまり、クオリスさんが作った魔法薬を俺が強化して、高く売りたいと?」
「うむ。理解が早くて助かる」
なるほど。だからお隣にアイテム強化ショップが欲しかったのか。
でも、妙だな。
昨日の話しぶりからは、何年でもふさわしい人物が店舗を借りに来るのを待つつもりだったみたいだし、何より、
「俺の実力を確認もせずに、どうして店舗を貸してくれたんですか?」
クオリスさんは動きを止め、ふっと薄く笑うと、
「そなたが信頼に値するかどうかなど、目を見ればわかるっ」
うん、絶対に信じちゃダメなやつだ。
「ふむ。信じておらぬようだな。わかるぞ。まあ、専門の店を開こうというくらいだから、そこそこのスキルランクであろうと踏んでいた」
それに、とクオリスさんは悪戯っぽく笑う。
「セイラが認めたそなたならば、問題なかろう」
どうやらこの人とセイラさん、お友だちのようなのだ。昨日は二人してこそこそ話していたし。
「まあ、我は道楽でこの店を開いておる。気が乗らなければ何もするつもりはないのでな。というわけで、さっそくそなたの実力を計らせてもらおう」
『というわけで』の前後がまったく繋がっていないが、ツッコむのはやめておく。
クオリスさんはのんびり立ちあがると、カウンターの下をごそごそして小さなポーチを取り出した。腰に引っかけるタイプのポーチだ。
その中から、小瓶を取り出す。ひとつ、ふたつ、三つ、四つ……って、明らかにポーチの容量を超えてますよねっ!?
小瓶が三つくらいしか入らない感じなのに、10本出てきたぞ?
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名称:大容量ポーチ
属性:混沌
S1:◇◇◇◇◇
S2:◇◇◇◇◇
S3:◇◇◇◇◇
S4:◇◇◇◇◇
S5:◇◇◇◇◇
HP:150/150
性能:C-
強度:D-
魔効:B
【特殊】
大収納+
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おおーっ。
このポーチ、『大収納+』という特殊効果で10倍の量を収められるのか。
巨大な口でなんでも吸いこむ『ビッグマウスワーム』という魔物の、ドロップアイテムを素材にして作られたらしい。
素材自体が【混沌】属性を持っていて超稀少なものだから、このアイテムもかなりのレアもの。
ウン十万ギールもするのか。スロットも5つあって夢が広がる。どこかに売ってないかな?
さておき、出てきた小瓶の中身は、ただの回復薬だ。末端価格で2,000ギール程度。HPを50回復させる効果がある。
「これを強化して、高値で売れるものにしてほしい」
俺はカウンターに並べられた小瓶をじっと見る。
スロットは2つ。
性能を上げるには【火】を付与するのがセオリーだけど、回復系のアイテムは基本【水】属性。【火】とは相克関係にあり、相性が悪い。
で、回復効果を直接上げる【水】を重ねれば、当然のように上位の大回復薬になる。
これはHPを250回復させるもので、価格もだいたい回復薬の5倍(よりちょい低いくらい)。
俺がさくっと強化したものを手渡すと、クオリスさんが【鑑定】する。
「ふむ。よくできておるな。『大回復薬』か。そなた、相当【アイテム強化】のスキルランクが高いようだのう」
ちょっとどきりとしたが、俺は慌てない。
実は俺、ステータスを偽装しているけど、前とは方針を変えていたのだ。
就職を考えていたときは、ほぼすべてを内緒にしようと考えていた。
が、店を開くとなれば、店主が見習いレベルではお客さんはやってこない。だから熟練っぽい雰囲気を出そうかと。
さすがに【混沌】とか【解析】とか【強化図鑑】はちょっと説明があれなので、ステータス上は隠している。でもそれ以外は元の表示に戻していた。
積極的に宣伝しようとは思わないけど、バレてもいいかな、と考えているのだ。
「次はこちらを」
俺は小瓶をひとつ手に取り、別の強化を施した。【水】に加え、【闇】を付与したもの。
効果は反転し、『強い毒薬』になった。
「さらにさらに」
俺は【混沌】をぶちこみたい衝動を抑え、【水】と【聖】で強化した。『強い解毒薬』に大変身。
毒薬を人に使えば犯罪だけど、いろんな魔物に効果があるので需要は高い。
解毒は言わずもがな。魔力をなるべく温存したい冒険においては必須アイテムだ。
どちらも『大回復薬』より高く売れる。
「うむ。素晴らしい。手際の速さといい、出来栄えといい、な」
クオリスさん、満面の笑みである。
とても気分がよくなった俺、だったのだが。
「しかし、不思議であるな。アイテム強化とはもっとこう、眉間にしわを寄せて集中し、じっくりと時間をかけてやるものではなかったか? いや、我も詳しくはしらぬのだがな」
そういえば、と俺は村にいたころを思い出す。
村で唯一【アイテム強化】スキルを持っていたトムおじさん。彼は農具を強化するとき、やたらとうなったり苦しそうにしたりしていたっけ。
何やってんだろう?と俺はその横でさくさくっと強化の練習をしていたのだ。
【解析】スキルを持つ俺は、【鑑定】でも知り得ない強化スロットも把握し、【解析】のステータス画面上でちょちょいと操作して終わりなわけだ。
……あまり、人前ではやらないほうがよさげだね。
「えっと、集中したいので、残りは持って帰ってもいいですか?」
「うむ、構わぬ。このポーチには残り20個。そして――」
クオリスさんはカウンターの下からもうひとつ、『大容量ポーチ』を取り出した。
「こちらにも30個の回復薬が入っておる。そのすべてを『強い解毒薬』に強化してもらえるか?」
全部で60個か。楽勝だな。
「報酬は利益の8割をそなたに渡そう。それで構わぬか?」
「えっ、そんなに……?」
「むしろこれでも少ないほうだ。ゆえに、今回は初回特典として、この『大容量ポーチ』もひとつオマケしておこう」
「えっ!? いいんですか? けっこう高いアイテムなのに……」
「構わぬよ。もし強化して性能が上がるようなら、我のものも頼みたい」
と、いうわけで。
俺はさっそく(備え付けの家具しかない)自分の部屋に戻り、さくっと回復薬の強化を終えると、『大容量ポーチ』の強化をいろいろ試してみた。
『強い解毒薬』はその日のうちにクオリスさんに納め、三日ほどあーだこーだ試行錯誤した結果。
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名称:異次元ポーチ
属性:混沌
S1:◆◆◆◆◆(火)
S2:◆◆◆◆◆(闇)
S3:◆◆◆◆◆(混沌)
S4:◆◆◆◆◆(混沌)
S5:◆◆◆◆◆(混沌)
HP:150/150
性能:A-
強度:D-
魔効:A
【特殊】
特大収納+++
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見た目容量の300倍まで収納できるトンデモアイテムができてしまいました――。