20◆新居の大家さん
俺は城の主になる。
そう決めた翌朝、住まいを探す約束があったので、俺たちは『モンテニオ銀行』の本店へとやってきた。
サマンサさんは栗色の髪を昨日よりもやや上側で縛った出で立ちで、俺とリィル、セイラさんを迎えてくれた。
が、俺はまず彼女に謝らなければならない。
昨日は就職を前提に希望する物件を伝えていたため、せっかく彼女が選んでくれた物件リストが無駄になってしまったからだ。
「お気になさらないでください。お客様のニーズに柔軟にお答えするのが我がモンテニオ銀行のモットーですからっ」
ただ、今から改めて条件に合った物件をリストアップするのは時間がもったいない。
ということで、店を構えたい地域の不動産屋さんに直接赴くことになった。
目指すは昨日、俺が就職を断念した街の北ブロック。
強い冒険者たちが集まる区画だ。
銀行が用意してくれた小さな箱馬車に乗りこむ俺たち。
至れり尽くせりである。
リィルの相手はセイラさんがしてくれて、俺は隣に座ったサマンサさんと細かな話をしていた。
「ところで、アリト様」
話がひと段落したところで、サマンサさんが俺に顔を寄せて小声になり、わりと今さらな質問を寄越した。
「セイラ様とは、どういったご関係なのですか?」
「昨日、ひょんなことから知り合いまして。いろいろ話しているうちに、リィルがえらく懐いちゃって『一緒に住もう』という流れになったんですよ」
「どういう流れでそうなったかはさっぱりわかりませんが、どういった方かご存じなのですか?」
「……いえ。黒い『ギリカ』を持ってたから、やんごとなき人かも?とは感じていますけど」
サマンサさんはむむむっと難しい顔をする。
「サマンサさんは知ってるんですか?」
「お客様の情報は漏らせませんっ――といちおう言っておきますけど、実のところわたくしどももさっぱりわからなくて……。数日前にふらりと訪れて、大量の金貨をお預けになったのです。正直、何かしら法に触れる行為で手に入れたものではないかと、行内でも審議しまして」
「あの人、いい人ですよ」
「ええ、それはもう。問題がなかったからカードを発行しました。だからこそ不思議なのです。王国内の貴族に名を連ねる方の、どなたにも該当しそうな人物はいらっしゃいません。外国からいらした方なのでしょうか?」
「そういった話は、まったくしてないですね」
「なのに一緒に住もうなんて、ちょっと無警戒すぎませんか?」
毒舌ぎみの指摘に、サマンサさんはすぐさま「し、失礼しましたっ」と平謝り。
俺は正論に言い返せないので苦笑い。
そうこうするうち、街の北門が見えるところに馬車は到着した。
広い道路にはいくつもの露店が並び、道路沿いの大型店には冒険者風の人たちで賑わっていた。
いきなり大通りに店を構えるつもりはない。
横道を入り、商店街を進んだ先にある不動産屋さんへ俺たちは足を運んだ。
条件を伝え、いくつか物件を見させてもらったのだけど、
「た、高いなあ……」
路地の奥にひっそり建つ小さな店舗付き物件の、月の家賃が100万ギール。
半年経たずに貯金が吹っ飛ぶやんけ。
俺のつぶやきに、セイラさんがちらちらと目線を投げてきた。
『わたくし、まったくもって余裕ですことよ?』などと言いたげだ。
たしかに彼女の財力ならば、はした金に映るかもしれない。
しかし、である。
朝、銀行に赴く前に、セイラさんとはひとつの約束をしていた。
俺たちの関係はあくまで平等。
生活費は今後ご相談だが、家賃は店舗分を除いて三等分。生活スペースと店舗を半々と考えれば、セイラさんの負担は六分の一が妥当なところだ。
「これより安いとこは、ちょっとこの辺りじゃ難しいなあ」
不動産屋のおじさんがおでこをぺちりと叩く。
門の近くは冒険者の往来でもっとも賑わう場所。大型店がひしめき、繁華街も近い。特に北ブロックは高難度のダンジョンに挑む屈強な冒険者が拠点としているので、お金持ちだらけだ。
だから当然、土地代や家賃も高くなる。
人が多く集まる街の中心地と、そう変わらないらしい。
俺たちはすごすごと店を出て、門から離れるように移動した。
何軒か、不動産屋を回り。
門は遥か遠くに姿を消し、大通りの中ほどから中心街寄りの不動産屋さんに立ち寄った。小ぢんまりした店だ。
この辺りは他の店舗もせいぜいが中規模店で、あとは生活する人たち向けの小さなお店が立ち並んでいる。
閑散、とまではいかないが、わりと静かな雰囲気だ。
物件情報とにらめっこしながら、うんうん唸る俺。この辺りでもやっぱり予算オーバーだ。
たまらずといった様子でサマンサさんが声をかけてきた。
「南ブロックへ行ってみますか? もしくは、東側はもっと割安ですよ?」
うーん。東ブロックは冒険者が一番寄ってこない区画なんだよなあ。なら、やっぱり南で駆け出し冒険者を相手に小金を稼いだほうがいいだろうか?
俺が頭を悩ませていると。
「あったあった、これだよ。おい、兄ちゃん、これなんかどうだ?」
不動産屋の若旦那(でもおでこがちょっと広い)が奥から出てきた。
さっき俺に『なんの店を開くんだ?』と尋ね、俺が『アイテム強化ショップです』と答えたら、何かを思い出したように奥へ引っこんでしまったのだ。
「ちょいと変わり種の物件なんだが、家賃は手ごろだし、立地も店舗もそう悪くない」
物件情報が載った紙面をテーブルに置く。
俺たちはそれを覗きこんだ。
三階建ての、一階部分に二つの店舗が併設された物件だ。片側はオーナーが店を開いていて、隣の壁で仕切られた完全に別店舗は空き状態になっていた。
上の二階は住居スペース。二階部分がリビングとダイニングで広々使い、三階には三部屋。屋根裏に物置スペースもある。
「いいですね、これ」と俺。
「三人で三部屋ならぴったりですね」とセイラさん。
「リィルはお兄ちゃんと一緒でいいよ?」とぶれないリィル。
「でも、どの辺が『変わり種』なんですか? 入居条件が厳しいとか?」
「まあ、厳しいっちゃ厳しいんだがな。ほら、その一番下に書いてあるだろ?」
紙っぺらの下のほうに目をやる。
ん?と俺は疑念たっぷりに読み返した。
そこには、こう書いてある。
『アイテム強化を専門に扱う店以外はお断り』
これはもう、運命を感じるほかないですね。
期待に目を輝かせる俺たちの中で、唯一セイラさんだけが微妙な顔をしていたのはなぜだろう?
まあ、それはそれとして――。
やってきました、変わり種物件。
石造りの年季の入った建物だ。けっして広くない道に面しているが、大通りと別の通りを結ぶため、人通りはそこそこあった。
オーナーさんは一階の片側でお店を開いているらしい。しかもこのオーナーさん、数日前にこの建物を現金で一括購入し、例の奇妙な条件を付けて隣の入居者を待っているそうな。
なぜアイテム強化を専門に扱うお店以外はお断りなのか。それはわからない。
でも、俺が条件に合致するのだから幸運と思っていればいいや。
お店の前に立つ。
外側には商品がディスプレイされているわけでもなく、ドアに『営業中』の札がかかっているだけで、なんのお店かすらよくわからない。不動産屋さんの話では、オーナーさんは『錬金術師』と名乗っていたそうだが。
「お邪魔します……」
恐る恐るドアを開け、中に入ると。
「ほう? これまた珍しい客が来たものだ」
カウンターの向こう。ロッキングチェアに体を預けた、気だるげな美女が俺たちを迎えた。
灰色の髪をまとめ上げた、妖艶な美女だ。体のラインがわかるぴっちりしたロングドレス。胸がこぼれ落ちんほどだ。
俺はドキドキしながら尋ねる。
「あの、貴女が、クオリスさんですか? この建物のオーナーの」
「うむ。我がクオリスで間違いない」
クオリスさんはにっこり微笑んで立ち上がる。
遠くにいるのに俺は仰け反りつつ、用件を伝えた。
「実は、隣でお店を開きたくて、ですね……」
クオリスさんはカウンターをひらりと飛び越え、俺に寄ってくると、
「うむ。数年は待つつもりであったが、存外に早かったな。構わんよ。隣の店舗はそなたに貸そう。上の住居も必要であるか?」
「ぇ、ぁ、はい……」
なぜだろう? このお姉さんに見つめられていると、体の芯が熱くなるような……。
クオリスさんが片手を差し出す。
俺は手汗を服で拭いてから、恐る恐る握った。柔らかい……。
「お隣同士、末永く仲よくしようではないか」
「あ、はい。よろしくお願いします」
こうして、俺は拠点を手に入れたわけだが。
「はあ……」
セイラさんが背後でため息を吐きだしたのはなぜだろう?と思う俺でした――。