02◆ドラゴン転生x3
俺は冒険者に憧れ、その道を必死で生きてきた。
けれど実力が伴わず、40歳を迎えてなお、荷物持ちがせいぜいの有様だ。
若く血気盛んな冒険者パーティーを転々としては、荷物持ちで小銭を稼ぐ毎日。ちなみに素人童貞だ。
衰える体。
擦り切れる心。
諦めそうになっては初心を思い出して奮い立たせるも、体と心がなかなかついてきてくれない。
それでも俺は、冒険者で名をあげたくて、この道で成功したくて、もがき続けていた。
そんな、ある日。
俺はドラゴンに轢かれて死んだ。
たぶん即死だったと思う。痛いと思う前に、意識がぷっつり途切れたのは幸いか。
次の瞬間には、真っ白な空間にふわふわ浮いていた。
俺の目の前には、白銀の鱗を持つ巨大なドラゴンがいた。ものすごい勢いで俺を轢き殺したドラゴンに間違いない。くそっ、俺の魂までも喰らいに来たというのか。
ところが、である。
『ごめんなさい。風の精霊たちとおしゃべりしていまして、貴方に気づかなくて……』
唸るような声にビビりまくるも、ずいぶん腰の低いドラゴンだなと思う。
白銀のドラゴンは長い首をうなだれて、申し訳なさそうにしゅんとしている。
『刃を向けて挑んでくる者に情けはかけませんが、今回はわたくしの不注意によるもの。我が力の一端をお渡しし、新たなる人生を歩んでください』
ドラゴンがそう言うと、その巨躯が背景の白に溶けていく。
『わたくしはセイント・ドラゴン。あなたの魂に、【聖】属性を授けましょう……』
声は、だんだんとかすれていき、やがて俺は赤ん坊として産声を上げた。
たしかに俺には【聖】属性が付与されていた。人族では10万人に一人、いるかどうかの激レア属性だ。
しかも俺は転生前、【火】属性を持っていたのだが、それも残っていた。さらに、新たな生で付与された【風】と併せて三つの属性持ちとなったのだ。
三つの属性持ちはかなりのレア。
属性が多ければ相性のよい武具やアイテムも多くなり、必然、ステータス値以上の力が発揮できる。
しかも強力な装備になればなるほど複数の属性を持ち、使用者の属性とぴったり嵌まれば相乗効果でさらに強くなるのだ。
イケる! と俺は思った。
今度こそ冒険者として名を馳せることができると、信じて疑わなかった。
が、大成しなかった。
子ども時代は将来を期待されながら、まったくもってなんの成果も得られないうちに、俺はまたも素人童貞のまま40歳を迎え、
ドラゴンに轢かれて死んだ。
再びの白い世界。
今度は真っ黒な鱗に覆われた巨大なドラゴンがいた。
『やー、マジゴメン。まさかあんなとこに人がいるなんて思わなくってさー』
ギャルっぽい口調ながら唸るような声に俺は心底ビビる。でもやっぱり低姿勢だ。
『敵なら容赦しないけど、調子に乗って飛ばしてたアタシが悪いんだよね。お詫び?ってほどのもんじゃないけど、アタシの力をちょっちあげるから、それで転生して許してよ』
漆黒のドラゴンは軽薄に言うと、その巨躯が背景に混ざっていく。
『あ、アタシ、ダーク・ドラゴンだよ。キミの魂に、【闇】属性をつけちゃうね♪』
声はだんだんかすれていき、やがて俺は産声を上げた。
ダークさの欠片もないダーク・ドラゴンの言葉どおり、生まれ変わった俺には【闇】属性が付与されていた。しかも前世の【聖】、【火】、【風】に加え、新たな生には【水】も付与されていたのだ。
5つの属性を持って生まれた人間が、今までにいただろうか?
周囲が期待に盛り上がる。歴代の勇者、英傑に匹敵する神童が現れたと、それはもう有頂天だ。
今度こそイケる! と俺は思った。
これで勇者級の活躍ができないわけないじゃない?と余裕をぶっこいていた。
そんな俺はまたまたドラゴンに轢かれて死んだっ。
今度はまあ、前世や前前世に比べれば、いくらかマシな活躍はできた。
でも一流には程遠い、二流のちょっと手前くらい。
しかもめちゃくちゃ努力して、それこそ娼館に通う暇もなく、今回の人生では完全無欠の童貞のまま、俺はまたも40歳を迎えたところで、非業の死を遂げてしまったのだ。
こんなことなら十代のちやほやされていたころに、えり好みせず童貞を捨てていればよかったと後悔する。
「二度あることは三度あるとは言うけどね。これはちょっとあんまりじゃない?」
今まではひと言も話さず転生されてしまったが、さすがに不満をぶつけたくなった。
こんこんと三度の人生の不遇っぷりを訴える。
『ふむ。一度でも稀少な体験であるのに、三度目ともなれば、これはもはや呪いの類を疑うべきだのう』
くすんだ灰色の鱗を持つ巨大なドラゴンは、三度目にしてようやくそれらしい口調だった。
『許せ。我もまた前方不注意であった。この力、わずかではあるがそなたに与えよう。次こそは幸多からん人生であることを』
灰色のドラゴンが重々しく言うと、その巨躯がかすれていく。
『我はカオス・ドラゴン。三神竜の一翼として、そなたの魂に【混沌】属性を刻まん』
声はだんだんかすれていき、俺は産声を上げた。
すぐさまステータスをチェック。
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属性:火、風、水、土、聖、闇、混沌
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全属性、コンプリートですっ。
しかも【混沌】属性は魔物やアイテム専用。人族や亜人は持ち得ない属性だ。
こんなの、神様にだっていないだろう。
7つの属性を持った俺は、まさに神に匹敵する力を得たに違いないっ。
――なんてこと、思うわけないだろっ!
三度の人生で、悟った。
俺は基本性能がものすごく低いっ。そして成長性も。それが魂レベルで決定されているに違いないっ。
だからといって、俺は冒険者を諦めたくはなかった。
前世も、前前世も、前前前世も、俺は冒険者を目指してがんばってきたのだ。
仮にカオス・ドラゴンが言ったように、『冒険者になればドラゴンに轢かれて死ぬ』呪いがかけられていようとも。
俺は、冒険者になりたい。絶対になってやりたいっ。それで大成したいっ。
だが現実は非情だ。
俺には才能がない。冒険者として大成するには、圧倒的に潜在能力が足りていない。
ではどうするか?
俺は生まれたばかりの頭で必死に考えた。
そうして出した結論は――。
「オギャアッ!(そうだっ!) オギャアアーーーッ!(アイテム強化職人になろうっ!)」
自分自身が弱いなら、武器や防具、アイテムで補えばいいじゃないっ!
それを可能とするのが、アイテム強化職人だ。
剣に【火】属性を付与すれば攻撃力アップ。
鎧に【水】属性を付与すれば自動回復が付く。
回復薬に【闇】属性を付与すれば、呪いの毒薬に早変わり。
【土】と【聖】を組み合わせると、鉄壁な魔法防御のできあがり。
そして人や亜人では持ち得ない【混沌】属性を付与すれば、まったく新しい効果が得られる可能性大っ!
俺は全属性をコンプリートした。
属性を付与してアイテムを強化する職人には最適だ。
その技能を極め、いずれは自分にふさわしい伝説級の武器や防具、便利アイテムで武装して、今度こそ冒険者で成り上がってやるっ。
ついでに。
「オギャアア(脱素人童貞)、オギャアァァ……(できたらいいなあ……)」