19◆就活をしてみたら
美味しい昼食をいただき、店を出た。
なんとなく『奢ってくれそう』な感じだったが、やはりセイラさんは『お礼です』と食事代を全額支払ってくれた。
いちおう、『いやいやそんな』『いえいえお気になさらず』みたいなやり取りを三往復させはしたけどね。
ところでセイラさん、支払いのときに黒いギリカを使ってたんだけど……。あれって一番グレードが高いやつだよね?
ホントに何者なんだ……?
で、午後をどうやって過ごそうか、食事中に考えていたのだけど。
「じゃあアリトお兄ちゃん、がんばってね!」
「妹さんのことはお任せください!」
ともに気合十分の二人。
俺は早いとこ働き口を見つけようと、目ぼしいところへ突撃しようと考えた。
今日会ったばかりの人にリィルを預けるのはどうかとも思ったが、ブラックカードを持つお金持ちで、なによりリィルが懐いていたから、たぶん大丈夫だろう。
それに、何かあったときの対策もいちおう用意していた。
俺は二人と別れ、大通りに出た。
この街は人口30万を抱えるほど大きく、広い。移動は乗り合いの馬車が主流だ。
乗合馬車は待ち時間もほとんどなく、ぞくぞくとやってくる。待っている人に行き先などを告げ、どれに乗ればいいか尋ねたり。田舎者丸出しだが仕方がない。下手に時間は取られたくなかったからね。
で、街の北ブロックの商業区にやってきた。
この街は東西南北で大きく4つのブロックに分かれていて、それぞれ特徴はあるものの、商業区や住宅区などで細かく区分けされているのは同じだ。
北ブロックは南と同様、多くの冒険者が拠点としている。街の南側は平原が広がり、危険度の低い魔物が主。なので低ランクの冒険者がメインだ。
対する北ブロックは、難関のダンジョンやらを攻略する、高ランクの冒険者が集まっていた。
当然、高級な武具やアイテムを扱う店が多い。
中でも『ドローアス商会』は有名らしい。
街で一番の規模を誇る、総合商店とのこと。
俺はアイテム強化を専門にしているため、武具屋やアイテム屋より、それらを一手に扱うお店のほうがよいと考えたのだ。
7階建てのバカでかいお店に突入する。
広い店内には目玉商品がひしめいていた。剣や盾、鎧。回復薬や装飾品までごちゃっとしている感じがするが、ここはディスプレイが目的のようで、2階より上は専門のフロアになっているらしい。
俺は恐る恐るそこらの店員さんに声をかけ、ここで働きたい旨を伝えた。
店員さんは特に嫌な顔もせず、最上階へ案内してくれる。
応接室で待たされること10分ほど。
「やあやあ、お待たせしちゃったかな? ごめんねえ、今ちょっと忙しくてさ」
やってきたのは40歳前後の気さくなおっちゃんだった。
分厚いエプロンは汚れていて、いかにも職人という感じの人だ。
実際、【解析】スキルでステータスを覗いてみると、【鍛冶】スキルのランクがAで【合金】がBのベテラン職人っぽい。でも、【アイテム強化】はCなんだな。
俺は挨拶を済ませると、さっそく自己アピールを開始する。
やる気は人一倍あると熱心に語った。
「へえ、その若さで【アイテム強化】がBなのかい? 目標もしっかりしているし、すごいねえ」
つかみは万全。
俺は見えないところでぐっとこぶしを握った。ところが、である。
「でも、それだけじゃあねえ。君、武具とアイテム、どっちかの作成系スキルは覚える気ないの?」
「ぇ……いや、今のところは……」
「絶対覚えたほうがいいって。まだ若いんだし、アイテム強化なんて後でどうとでもなるんだからさ」
「……」
おそらくこのおっちゃんは、悪気があって言ったのではないだろう。むしろ前途有望な若者への期待から、作成系のスキルを薦めているのだと思う。
でも、アイテム強化『なんて』というどこか見下した発言は、俺をイラッとさせた。
同時に、不安が生まれる。
「あの、アイテム強化って、あまり重要視されていないんでしょうか?」
「もちろん重要ではあるよ。誰も軽視しちゃいないさ。ただ、やっぱりアイテム強化は特殊だからねえ」
「特殊……?」
「だってさ、アイテム強化だけやってたら、スキルポイントが全然貯まらないだろ?」
ふむ。俺の場合はトントンよりちょっと増えるくらいだけど、強化を解除するには強化したときの半分を持っていかれるので、遊び過ぎるとけっこう減る。そういうことかな?
そんなお気楽な考えは、次の瞬間、否定される。
「やればやるほどスキルポイントがなくなっちゃうんじゃ、仕事にならないよ。たしかランクSまで上げないと、強化で使うスキルポイントを、経験で得られるスキルポイントが上回らないんじゃなかったかな?」
えっ。そうなの? A以下は『使用SP>取得SP』ってこと?
まあ、Sでほぼトントンだから、それより下のランクじゃ当然なのかも。てか、他の職人系スキルは違うのか。そっちのが驚きだ。
「だから、まずは【鍛冶】でもなんでも手に職をつけて、スキルポイントが貯まったら【アイテム強化】をランクアップさせればいいよ。まあ、効率を考えたら、お薦めはしないけどね」
やんわりと『お前が目指す場所は地獄だ。別の道へ行け』とおっしゃるおっちゃん。
俺はまだまだ、知らないことが多すぎるようだ。ならば――。
「お願いがありますっ!」
土下座する勢いに、びくっとするおっちゃん。
「俺は田舎者で無知な若造です。アイテム強化の現状について、いろいろ教えていただけないでしょうかっ」
就職活動中なのをすっかり忘れて頼みこむ。
担当のおっちゃんは『これは変なのが来たなあ』という表情をしたものの、
「なんだか知らないけど、いいよ。付き合おうじゃないかっ」
ノリノリで俺の質問に答えまくってくれたのだった――。
けっきょく、俺の採用は見送られた。
他の職人系スキルを身に着けておいで、というのが理由だ。まあ、当然だね。
たっぷり三時間、仕事をほっぽりだして俺の相手をしてくれたあのおっちゃんには感謝しかない。
店の一階まで降りてきて、ぐるりと店内を見回す。
なかなかの品揃えだ。飾られているのは、なるほど目玉商品だと思わせる逸品がそろっていた。
でも、いくつもある強化スロットは、三つか四つしか埋まっていない。
【アイテム強化】のスキルランクが低いのもあるだろうけど、スロットとチャージの状況が【鑑定】では知ることができないため、まさしく手探りでの強化となるがゆえらしい。
おっちゃんの話では、すくなくとも職人には【解析】スキルを持つ者はいないそうだ。
もともとSランク冒険者でも入手が難しい限定スキル。生まれつきでもない限り、職人が持てるはずがない。
【アイテム強化】のSもいない。どうしても他のスキルを優先するため、こんな大きな街でもAすら数人しかいないらしい。
以前、村のトムおじさんが言っていたことを思い出す。
『ドワーフは0から10を作るのを夢見る種族。1のものを10にしようというのは邪道扱い』とかなんとか。
ドワーフに限らず、職人の理想は『0から10を作る』ことなんだろう。
というわけで結論。
アイテム強化は、専用スキルの特殊性と、職人気質の関係で、さほど重要視されていない。
それを専門としている俺は、さほど必要な人材ではないのだ。
俺はとぼとぼと通りを歩く。
別のお店に突撃する気力はなかった。他の作成系スキルを持たない俺は、おそらくどの職場でも門前払いされるだろう。
だったら、他のスキルを覚えてみるか?
さすがにステータスを偽装するのはダメだ。実作業でボロが出る。
スキルポイントは万単位で余っているから、ひとつだけなら一気にBくらいまで上げられるかも。
と、腰のポーチがぶるぶる震えた。
リィルからだな。
俺はささっと路地に身を滑らせ、人気のない端っこでポーチに手を突っこんだ。震えていたのは、『ギリカ』だ。
操作して、耳に当てる。
「リィルか。どうした?」
『わっ、本当に声が聞こえた。アリトお兄ちゃん、だよね? うん、声はちょっと変だけど、間違いないよっ』
「そう興奮するな。周りには誰もいないよな?」
『うん、内緒にしろって言われたから、こっそりやってるよ』
うむ。傍目には『ギリカ』を耳に当てて独り言に熱中してるようにしか見えないもんな。それじゃあ変な人と認定されてしまう。
俺はほっとしつつ、用件を尋ねる。
『えっとね、お兄ちゃんの調子はどうかなって、気になって……』
妹に心配をかけてしまっていたか。そして、今のところ成果なしと伝えなければならない心苦しさ。
『元気出して、お兄ちゃん。きっと大丈夫だよっ。だって、こんなすごい発明ができるんだもんっ』
「いや、発明ではなく、強化なんだけどな……」
『よくわかんないけど、とにかくすごいんだよっ。こんなこと、お兄ちゃんにしかできないんでしょ?』
ぞわりと、背に冷たいものが走った。
べつに恐怖からではない。
俺は今、離れた場所にいるリィルと会話している。
昼食中、すっかり打ち解けたリィルとセイラさんが話に夢中になっている間、暇なので『ギリカ』を強化して遊んでいたのだが。
ロックを解除し、空いたスロットに【火】と【風】と【混沌】をフルチャージさせたら、『通話』という特殊効果が付与されたのだ。
決済用の中央システムを経由しての双方向通信がどうとかこうとか小難しい説明はよくわからなかったが、とにかく、こうしてどこにいるかわかりもしないリィルと直接話ができている。
これは、俺にしかできないことだ。
【アイテム強化】は最高のランクS。【解析】に加え、【強化図鑑】という稀有なスキルも持っている。さらに属性も【混沌】含めて全種コンプリート。
そうだ、そうだよっ。
俺はしょっぱいながらも『銅の剣』から『魔剣』を作った男。
ステータスを偽装できるお札とか、強力な呪いを解除する薬まで。
アイテム強化だからできたこと。
俺だからできたこと。
アイテム強化でしか――俺にしかできないことっ!
逆に考えろ。
みんながアイテム強化を重要視してないなら、競合相手がいないってことだ。
やれる。やれるぞっ。
「ありがとうリィル! 俺、決めたよっ」
ほえ?と首をかしげる様が想像できる声を受け取り、俺は高らかに宣言した。
「就職はやめだ。俺、自分で店を開くっ!」