18◆美少女に誘われました
突然声をかけてきた金髪美少女さんに、俺たちは向き直る。
「えっと、何かご用でしょうか?」
美人慣れしていない俺はびくびくと落ち着かない。人見知りのリィルも俺の背後にさっと隠れた。
美少女さんは俺たちの側にやってくると、深々と頭を下げた。
「突然すみません。わたくし、セイラと申します」
「あ、えっと、俺はアリトです。で、こっちが妹のリィルです……」
セイラさんは種族の違う妹にも不思議がる様子はなく、眉尻を下げて言う。
「勝手なお願いで恐縮なのですけれど、しばらく知り合いのふりをしていただけませんか?」
「……もしかして、ナンパされてたんですか?」
「ナンパ、と言いますか、『自分たちのパーティーに入ってくれないか』と誘われまして……」
見たところ彼らは回復系のメンバーがいなさそうだったから、彼女を誘いたい気持ちはわかる。美人だし。おっきいし。
ふつうは誘われたらお試しでクエストをこなし、しっくりこなければ離脱する。
でも男所帯に女性が一人は不安だろう。
「わたくし、昨日冒険者登録をしたばかりで、いきなりBランクの方々とは無理ですと伝えたのですけど……」
ふむ。初心者ならなおのこと、萎縮して当然だ。
話を聞く限り、なるほど納得な感じはするのだけど……。
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属性:聖
HP:650/650(650)
MP:400/400(400)
体力:C
筋力:C
知力:B
魔力:B
俊敏:C
精神:B
SP:500
【スキル】
聖魔法:B
【魔法】
中回復
解毒
麻痺解除
浄化
聖光の矢
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この人、わりと優秀ですよ?
聖職者から冒険者になった口なんだろうけど、実力はBランクに足が入ったところ。
同程度の実力があり、しかも経験豊富そうな彼らとパーティーを組んだほうがよさそうにも思うんだけど……。
ところで、俺は【鑑定】でも読み取れるステータス以外にも、彼女のパーソナルデータというか、裏ステータス的な情報も知り得る。
それによると、だ。
…………94か。やっぱりおっきいですねっ。
腰回りとかめっちゃ細いのに。
あれ? でも……。
俺は違和感に襲われる。眼前に表示される彼女のステータスが、なんだかちょっと霞がかっているような……?
気のせいレベルの違和感にも思えるが、じっと目を凝らす。
ん? ステータスの向こう側のセイラさんが、頬を赤く染めてもじもじしているぞ?
あー、なるほど。
客観的には俺がじろじろ彼女の体(視線の先はちょうど胸元)を見ているように感じたからだな。
き、気まずいっ!
と、俺の後ろで『くぅ……』と可愛らしい音が鳴った。
俺はすぐさま自分の腹に手を当てる。
「そういえばお昼がまだでした」
あははっと取り繕うように笑って、『では失礼します』と続けようとしたところ。
セイラさんはポンと手を叩いて。
「わたくしもこれからなのです。よろしければ昼食をご一緒しませんか?」
「へ?」
なぜだか一緒にご飯を食べることになってしまった。
大通りから一本奥へ入った道。そこそこ広い通りは、なんだかこじゃれた感じがした。
そして中でもひと際オシャレなレストランに入る。
格調高いテーブル席に案内され、これまた高そうな椅子におっかなびっくりで腰かける。
セイラさんは慣れたもので、錫杖を壁に立てかけ、緩やかな動きで席に着いた。
有無を言う暇もなく非常に落ち着いた雰囲気の店に連れてこられたが、田舎者の俺とリィルはまったく落ち着かない。
まあ、それはそれとして。
俺はここへ来るまでの間、彼女が持つ錫杖が気になって仕方がなかった。
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名称:聖竜の錫杖
属性:聖
S1:◆◆◆◆◆(聖)
S2:◇◇◇◇◇
S3:◇◇◇◇◇
S4:◇◇◇◇◇
S5:◇◇◇◇◇
S6:◇◇◇◇◇
S7:◇◇◇◇◇
HP:1200/1200
性能:A-
強度:B-
魔効:A
【特殊】
天位の癒し
聖泉の加護
破邪の聖域
神竜の息吹
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売ったらプール付きの家が建つんじゃないですかねっ!?
なんだこれ!? 基本性能がバカ高いのもそうだけど、スロットが7つ? しかも一個しか使ってなくてこの性能?
特殊効果もすごい。
『天位の癒し』はHP特大回復に、一部状態異常回復のおまけつき。
『聖泉の加護』は呪いまで解除できる万能効果を持つ。
『破邪の聖域』は呪いや状態異常、さらには闇魔法の威力を低減できる領域を作成する。
で、これら補助系に加えて『神竜の息吹』という、聖属性の広範囲攻撃効果まである。
名前に『聖竜』とついているのはどこか運命的なものを感じてしまうな。
俺、最初に轢かれたドラゴンがセイント・ドラゴンだったんだよな。思えば、俺の数奇な運命はそこから始まった。
などと感傷に浸るのはあとにして、このお高い錫杖は、Sランクかそれに近い冒険者か、位の高い聖職者が持つものじゃないですかね?
いったいこの人、何者なんだ?
俺がまたもじろじろ見ていると、セイラさんは気恥ずかしそうに目をそらし、俺に尋ねる。
「あの、何か……?」
「いえその、あの錫杖が立派なので、気になってしまって」
正直に言うと、セイラさんは小首をかしげたあとハッとした表情となり、わたわたと取り乱した。
「それはあの、忘れていたというかなんと言いますか――」
「忘れていた?」って何を?
「ではなくっ! えーっと…………そう! か、家宝なんですよ」
「家宝?」
「そうですっ。詳しくは知りませんけれど、何やらいわくつきであるとか?」
うーん……。
もしかして、やんごとなきお方なのかな? 身分を偽って、社会勉強のため冒険者になったとか?
いやいや待て待て。
逆に大悪党という可能性も否定しきれない。あの錫杖もどこかで盗んできたのかも。
俺は細心の注意を払いながら、セイラさんを観察した。
俺たちに苦手な食べ物がないかを訊き、手慣れた様子で店員さんに注文する。
料理を待つ間は、リィルに優しく語りかけていた。俺にもついでのように質問してくる。
自らを語ることなく、こちらの情報を根掘り葉掘り聞き出していた。
あ、怪しいっ。
料理が運ばれてきて、食事を進める間も、彼女はときおり料理の解説をしながら、こちらに話を振ってくる。
「へえ、アリトさん、アイテム強化が得意なのですね」
「得意と言いますか、職人を目指していまして」
「では、仕事を始めたら教えてください。わたくし、最初のお客さんになりたいです」
俺は警戒しつつも、美少女に微笑まれて鼻の下を伸ばしてしまい、預金額まで(訊かれてもいないのに)しゃべってしまった。
ますます怪しいぞこいつ!
「リィルさん、こちらも美味しいですよ?」
「あ、ありがとう。セイラお姉ちゃん」
でっかい肉の塊を渡され、リィルがはにかんだ笑みで受け取る。
なんてことだ。リィルまで懐柔されてしまったぞ!
ん? でも待てよ? リィルは人見知りであるがゆえか、いい人かそうでないかを敏感に感じ取る。優しい人にはすぐ慣れるのだ。
ということはこの人、大丈夫なのだろうか?
「――でね、明日、その銀行のお姉ちゃんと一緒に、新しいお家を探すんだよ」
「そうなのですか。わたくしも今は宿暮らしなので、どこかに住まいを借りようと考えていました」
二人はすっかり打ち解けた様子で話している。
やっぱり、悪い人ではなさそうなんだよなあ。
だったら警戒しなくてもいいかな?
俺がぼんやりと考えていると。
「……よね? アリトお兄ちゃん」
おっと、いかん。ぼーっとしてた。
「お兄ちゃん? いいよね?」
リィルが不安そうに俺を見上げている。
「ああ、いいぞ」
なんだかわからんが、たぶんお代わりとかだろう。
リィルはぱあっと顔を輝かせると。
「お兄ちゃん、『いい』って。よかったね、セイラお姉ちゃん♪」
「ん?」
「はい。ありがとうございますっ、アリトさん♪」
「んんっ?」
俺がぼーっとしている間に、いったい二人の間で何が?
リィルは耳をぴょこぴょこ動かして、椅子の上でも跳ねる勢いでセイラさんに言う。
「じゃあ、もっと大きな部屋にしないとだね」
「お二人の邪魔をするつもりはありませんから、わたくしは別の部屋ということで」
「えー、一緒でもいいよぉ」
「いちおうその、わたくしも年ごろの女ですから///」
「……あの、頬を赤らめてなんのお話を?」
たまらず割って入ると、二人はきょとんとした顔になり、
「わたくしも、お二人の新生活にご一緒させていただくお話ですよ」
「るーむしぇあ?って言うんだって」
ああ、そういうことね。
新居には俺たちと一緒にセイラさんも住もうって話か。
うん、なるほどなるほど。
って、なんでやぁっ!?
俺は内心で絶叫した。落ち着いた店内で叫ぶのはためらわれたので――。





