17◆キャッシュレスな街
「では、口座開設の手続きを進めるにあたり、この街の特殊なシステムから説明させていただきますね」
サマンサさんは真面目な顔で続けた。
「大前提として、この街では基本、現金を必要としません」
「えっ」
驚く俺たちの反応を見届けてから、持ってきたかばんから何かを取り出した。
手のひらサイズの金属板だ。
「こちらは『ギリーカード』――通称、『ギリカ』です。街での買い物や食事、商品の買取など、売り手も買い手も金銭のやり取りは、ほとんどの場合これを用いて行われます」
【解析】でカードの情報を見る暇を与えず、サマンサさんは熱く語る。
「お客様の『ギリカ』を取引相手の『ギリカ』に重ね合わせると、ウィンドウが表示され、双方が取引金額を設定し、最終確認を行います」
このように、と2枚のカードを取り出し、重ね合わせて実演してくれた。
二つのウィンドウが現れ、手慣れた感じで互いに2,000ギリーを入力する。双方のウィンドウで金額とともに『よろしいですか?』の表示がなされ、どちらも『はい』を押すと、『シャリ~ン♪』と軽快な音が鳴った。
一方の残高が2,000ギリー減り、もう一方が同額増えていた。
「これで取引は完了です。簡単ですよね?」
どうだ、と言わんばかりの得意顔だ。
「たしかに便利ですけど、カードを失くすと大変ですね。悪用されそう」
「そこは大丈夫ですっ。『ギリカ』は本人確認機能も備わっていますから、契約者様ご本人でなければ使えません。もちろん失くすと使えませんから、すぐに再発行の手続きをしていただきますが」
「なるほど。なら安心……あれ? それだと、リィルが使えないよね」
リィル用に別口座を用意しなければならないのだろうか?
「そちらのご心配にも及びません。契約者様ご本人の承諾があれば、同じ口座で他者の名義の『ギリカ』が発行できます」
仲良しの冒険者パーティーは、専用口座を作り、お金を共有している場合もあるのだとか。
他にもいくつか説明を受けた。
「じゃあ、リィルのカードもお願いします」
「承知しました。では、まずはアリト様のカードからお作りしますね」
差し出された紙に、名前や年齢など必要事項を記入する。
サマンサさんは別の革袋を用意し、金貨を入れていく。それをかばんにしまうと、代わりに台座みたいなものを取り出した。そこに新たな銀色のカードを置く。登録用紙を確認し、小さくうなずくと。
「カードに指を触れてください」
言われた通りにすると、銀色のカードがまばゆい光に包まれた。やがて消える。
「これでご本人様の登録が完了です。入金処理も終わりましたので、ご確認ください」
カードを持って念じると、ウィンドウが表示され、『残高:5,000,000ギリー』とあった。
続けて、リィルの専用カードを作ってもらう。
俺はその間、興味本位で『ギリカ』を【解析】してみた。
===============
名称:ギリーカード(銀)
属性:―
S1:◆◆◆◆◆(聖)[locked]
S2:◇◇◇◇◇ [locked]
S3:◇◇◇◇◇ [locked]
S4:◇◇◇◇◇ [locked]
HP:40/40
性能:D+
強度:E+
魔効:C-
【特殊】
本人認証
相互通信
コアシステム通信・同期
===============
ふむふむ………………[locked]ってなんですのん?
他はちょっと横に置き、疑問の解決を図る俺。項目に意識を集めると、解説が表示された。
スロットに属性付与も解除もできなくする状態で、【アイテム強化】スキルのランクBで[locked]状態にできるとのこと。
ところが、この状態を解除するには、【アイテム強化】のランクSが必要らしい。
俺はいきなりランクSまで上げたので、どのランクで何ができてできないのか、詳しく知らなかった。
今後はそのあたりも勉強しないとなあ、と反省しきり。
それはそれとして。
俺の職人魂に火が点いた。
これ、ロックを外して強化したら、どうなるんだろう?
いちおう強化図鑑に登録があった。
未強化の状態だと『ギリーカード(銅)』。で、銀の状態でスロット2に【聖】属性をフルチャージすると『ギリーカード(金)』になり、スロット3にも【聖】を付与すれば『ギリーカード(黒)』になるそうな。
ステータス値は強化した分、上がっていくけど、特殊効果はべつに増えない。属性も無属性のままだ。
たぶん、コンシェルジュサービスのために見た目が変わるくらいなんだろう。
ちなみに【聖】属性以外を付与した場合、しょっぱい特殊効果はつくが、たいした強化にはならなかった。
でもね、【混沌】を付与したらどうなるかは、わからないわけですよ。
うずうず。
ちょっとやってみたくなった。
サマンサさんの説明では『ギリカ』を強化しちゃダメ、というのはなかった。
でもわざわざスロットをロックしているのだから、問題があるのかもしれない。
なので訊いてみた。
「あの、『ギリカ』を強化してもいいんでしょうか?」
ちょうどリィルのカードができあがり、手渡しながらサマンサさんはにこやかに答えた。
「強化用のスロットはロックされていますから、ふつうはできません。まあ、口座を解約される場合に『ギリカ』はご返却いただくのですが、そのときに現状のままであれば問題ないです」
ちょっと呆れぎみな声に聞こえたのは気のせいか?
もしかして、強化した人が過去にいたのかも。
ロック解除には【アイテム強化】のランクSが必要で、どんなスキルであれSはなかなかいない。でも都会だし、何人かはいるはずだよな。
とりあえず今ここで、は自重した。
その後サマンサさんと世間話を交えつつ、新居の話になる。物件の条件とか希望とかを伝え、意見をもらい、熱く語った。
「では、いくつか候補を選んでおきますね。明日のご予定は? 朝からでも大丈夫ですか?」
「はい。予定はなんにもないです」
「それでは朝の9時、当行の営業開始時間ごろにお越しください」
サマンサさんはにっこり笑顔で言うと、帰り際にちょっとしたメモを渡してくれた。近場の宿をいくつか記してある。
見た目ちっちゃいけど、この人なかなかやり手だなっ。そして親切だ!
慣れない都会に来た初日に、こんないい人に当たったのは幸運以外の何ものでもないな。
気がつけば、もうお昼近く。ずいぶん話し込んでしまったらしい。
リィルと二人、どこでお昼を食べようかと話しながら銀行の玄関を出ると。
大きな道の反対側に、とびきりの美少女がいた。
地面につくほどの長い金色の髪を三つ編みに束ねている。煌びやかな錫杖を手に、ゆったりした白い神官服は清楚そのものだが、それでも隠せない豊満な胸の盛り上がり。
周りには三人の男が彼女を取り囲んでいた。
見るからに冒険者風。腰に剣を差している者、ローブを着た者、こぶしに硬そうな布を巻きつけた拳闘士っぽい人もいる。
で、少女は神官風なので、バランスの良いパーティーに見えなくもないのだけど……。
あれ、女の子が絡まれてるんじゃない?
剣士っぽい男が話しかける中、他の二人は彼女の後ろや横をふさいでいる。開いているのは通りに面したところだけ。
美少女さんは笑みを浮かべているものの、ときおり困ったように眉尻を下げていた。
道行く人たちも気になっている様子だけど、男どもは強引に迫っているわけではなく、なんというか、頼みこんでいるような?
と、金髪美少女さんがこちらを向いた。
ぱあっと美貌に笑みを咲かせると、通りを挟んでこちら側へぶんぶんと手を振るではないか。
俺は思わず後ろを向いた。誰もいない。というか、扉だ。閉ざされた銀行入り口の重厚な扉。
すぐさま顔を隣へ向けた。
「リィル、お前の知り合いか?」
ぶんぶんと首を横に振る我が妹。「お兄ちゃんじゃないの?」と逆に尋ねてくる。
「聖職者の知り合いは村の神父さんしかないよ」少なくとも今回の人生では。
再び彼女に目をやれば、周りを囲む男たちにぺこぺこと頭を下げ、通りに飛び出しそうになったところを立ち止まり、右を見て左を見て安全を確認すると、たったかこちらへ駆けてくる。
そんな彼女を前に、俺とリィルは――。
「どこへ行くんですかっ!?」
二人して、そそくさと左折して歩き出したのだった。
だって、銀行の入り口前に立っていたら邪魔かなあ、と思ったので。
てか、そっちこそ見ず知らずの俺に何用が? と不審に思う俺でした――。