14◆大金を手に入れた
娘さんにかけられた呪いを解いた俺は、それはもう町長に感謝された。
食事は済ませていたので豪華な夕食はお断りしたが、お屋敷で一番の客間でぐっすり寝ていけと言う。
せっかくの申し出だ。
断る理由がない。宿代が浮いたね。ラッキー。
通された部屋は、大きなベッドが二つ並んでも余裕がある。ローテーブルを挟んで向かい合うソファー。四人掛けの丸テーブルと、奥には羽ペンが置かれた机もあった。
奥には浴室も完備されていて、すでに湯は張ってあるとのこと。至れり尽くせりである。
「わあっ♪ すごいよ、お兄ちゃん。ふっかふかだあ♪」
リィルはベッドに飛びこみ、ぴょんぴょん跳ねている。
お行儀が悪いと窘めようとしたが、町長のトマスさんが「構わんよ」と笑みを浮かべていたので、注意するのはやめておいた。
「ところでアリト君」
トマスさんがまじめな顔になり、パンパンと手を叩いた。
執事っぽい男性が現れ、トマスさんに革袋を渡す。じゃらっと金属がこすれる音。ずっしりと重たそう。もしかして……。
「今回の報酬だ。500万ギリーある」
「500万っ!?」
驚いた。
都会でまっとうな仕事に就いた中堅どころが一年間で得られる収入に匹敵する。
まあ、アイテム強化でできた『破邪の神水』とかいう超レアなアイテムなら、売ればそれくらいするかもしれないけど。
でもよく考えたら、超レアアイテムを売るとなると、『なんでお前みたいな弱っちいガキが持ってんの?』と不審に思われる可能性もあった。
だから、ここで使ってしまってよかったかもしれない。
ちなみにトマスさんには『解呪方法はちょっと秘密なので』と冷や汗を流しながら言ったら、特に追究はされなかった。
「明日の朝にしようかとも思ったのだがね。報酬がいくらか心配で、安眠できないと困ると考え、今渡すことにしたよ」
うん、実は気になってた。たぶん眠れないほどに。
「ありがとうございます」
俺が恭しく受け取ると、トマスさんは相好を崩して「礼を言うのはこちらのほうだよ」と笑った。
トマスさんがいなくなり、俺とリィルはソファーに並んで座った。ローテーブルの上で革袋を広げる。まばゆいばかりの金貨がわんさか入っていた。
二人、うっとり見つめること数分。
「さて、大金が手に入ったわけだが……」
「お小遣いは、ちゃんと貯めないとダメだよね」
我が妹はしっかり者である。
「まあ、使い道はいろいろ考えるところがあるんだがその前に。ゼクスハイムでの生活をどうするか? まずはそこから考えよう」
「お兄ちゃんとの新生活かあ。えへ。えへへへ♪」
なにやら少女らしい夢見がちな生活を思い描いているようだが、ここは現実に引き戻さねば。
「お金に余裕ができたと言っても、働かなければ都会での生活は成り立たない」
「お兄ちゃんはアイテム強化職人になるんだよね?」
「ああ。けど、それにも道はふたつある」
既存のお店に就職して修行を積むか、自ら店を開くか。
「お兄ちゃんは就職希望でしょ?」
「うん、昔はそうだったんだが……」
なんか知らんうちに激レアの限定スキルとか聞いたことない限定スキルとか覚えてたから、計画がいい意味で狂いまくりなんだよね。
しかも今回、潤沢な資金が手に入った。
お店を開くのに十分かどうかはまだわからないけど、可能性は見えてきている、はず。
「まあでも、やっぱり最初は就職して、いろいろ経験を積むべきだよな」
【強化図鑑】はあるものの、第一線で活躍している職人さんたちの中でもまれることで得るものもあるだろうし。
酒場のおばさん情報によれば、アイテム強化を行える工房はけっこうな数あり、求人もそこそことのこと。
新しいダンジョンが見つかったとの情報が確かなら、冒険者はさらに集まり、工房は人手がより欲しくなるだろう。
目ぼしい工房もいくつかあったし、やっぱり就職活動かな?
が、ひとつだけ、問題があった。
大きな街には、【鑑定】スキルを持った人がいると思う。
全属性をコンプリートし、【アイテム強化】スキルがSランクであり、二つの限定スキルを持っているのは内緒にしたい。
騒ぎになれば、面倒事が降りかかる可能性が大きいからだ。
俺はひっそりとアイテム強化職人として力をつけ、いずれ伝説級の武具やアイテムを生み、冒険者で大成したい。
そのためには、ステータスを隠蔽する術を持っておきたい。
実は、それを可能とするアイテムが存在する。
『ステータス隠蔽』というまんまな名前の特殊効果を持ったアイテムだ。
このアイテムは【聖】属性の『魔物避けの護符』をベースに、相克する【闇】属性をフルチャージすればできると【強化図鑑】に書いてある。
でもこれ、一般的なアイテム(いちおうお高いけど)でわりと簡単にできてしまうのだけど、対策とかされてないかな?
ま、〝偽装〟じゃなくて〝隠蔽〟だから、あえて使う人なんていないのかも。
一抹の不安はあるものの、とにかくそれを作ってしまいたい。
などとあれこれ考えていたら、リィルがじっと俺の顔を見つめていたのに気づく。
「ごめん。ちょっと考え事してた。ほったらかしにして悪かったな」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんの顔をずっと見てても飽きないから」
俺、そんなに面白い顔してる?
ちょっとがっくりきてしまうが、もう慣れっこだ。それにリィルは楽しんでいるようなので、良しとしよう。
「とりあえず、俺は就職しようと思う。で、この大金の使い道についてなんだが……」
何か入用があったときのために、ある程度は貯めておいたほうがいいだろう。
でも、せっかくなので有意義なことには使いたかった。
リィルを見る。
にこにこ顔に俺もつられて頬が緩んだ。
俺を慕ってついてきた妹に、できれば使ってやりたい。
ちょっと哀愁漂う顔をしていたのだろうか、リィルが心配そうに寄ってきた。
「お兄ちゃん、大丈夫? 疲れてるんじゃないの? お風呂に入ったら?」
「ん? そうだなあ。今日はオーガと戦ったり、いろいろあったし……てか、お前先に入れよ」
「リィルはお兄ちゃんと一緒がいい」
「……またか? いい加減、風呂も水浴びも一人でできるようになれよ」
「どうして?」
心底不思議そうに小首をかしげるリィル可愛い。
でもなあ、こいつも12歳。まだまだお子様ではあるけど、そろそろ恥じらいとか生まれる年ごろじゃないのか?
「ま、お前がいいなら、いっか」
というわけで、し足りない話はお風呂に入りつつにしよう。
リィルの今後について、ひとつの考えが浮かぶ。
それを、話そうと思った――。