13◆呪いも強化でなんとかなるなるっ
町長さんの家は、大通りから外れた場所にあった。石造りの立派なお屋敷だ。
娘さんにかけられた呪いのことが気になって、手持ちの『オーガ水』を【強化図鑑】スキルで調べてみたところ。
なんと【聖】属性を2スロット以上ツッコめば、呪いを解く系のアイテムになることがわかったのだ。
これは、売りこむチャンス。
しかも呪いを受けたのは娘さんだ。べつに美人とは限らないから、まったく下心なんてないけどね。ええ、まったく。
ただし、『オーガ水』からできる解呪アイテムが有効かどうかは、娘さんの呪いの種類による。
呪いにかかったことは町全体に広まっているけど、その種類はなぜか公表されていなかった。
だから、まずはそれを確かめに来たのだ。
入り口で大声を張り上げると、使用人の男性が現れた。
旅の者で、もしかしたら解呪できるかもしれないと告げると、すぐさま俺たちは屋敷の中へ通された。
見ず知らずの若者二人に縋ろうとするなんて、かなり切羽詰まった状況であるらしい。
応接室に通され、ソファーに腰かけてしばらく待つ。リィルは革張りのソファーなんて初めてで、落ち着かない様子。俺も前世で何度か座ったことがあるくらいだ。
やがて六十代と思しき男性が現れた。白髪頭の老人は、『トマス』と名乗った。町長だ。
俺は、天井を仰いだ。
親が六十代の、娘さん。少なく見積もっても、三十代かあ……。
いや、アリだな。
俺は体こそピチピチの十代だが、心は四十のおっさんだ。百年以上生きてはいるが、死んだのは三回とも40歳なので、精神年齢はその辺りで固定されてるっぽい。
つまり、アラフォーでも同年代。貧乏冒険者が通える娼館では、たいていそのくらいの人ばかりだったので、わりと慣れている。言ってて哀しい。
などと感傷に浸っていると、トマスさんは座りもせずに俺に近寄ってきた。
「君たちか。娘の呪いを解いてくれるというのは?」
ん? 俺は『解けるかもしれない』としか伝えてないんだけど……。
「いや、俺は――」
「ああ、これぞ神のお導き。見たところずいぶんお若いようだが、うむ、信用しよう。というか、今は藁にも縋る思い。誰であろうと構わない。さあ、さっそく呪いを解いてくれっ」
俺の手を強引に取ると、「さあさあ」と引っ張る。ちょっとテンパりすぎじゃないですかね?
「あの、だから俺は――」
「わかっておる。報酬は弾もう。もちろん、成功したらだがな」
「いえその、ですから――」
「先に言っておくが、娘の呪いは他言無用。誰かに話そうものなら、全財産をつぎ込んでSランク冒険者を雇い、抹殺するっ」
ええっ!? もしかして首を突っこんだ時点で負けのパターンですか?
俺は激しく後悔しつつ、引きずられていった。
奥まった部屋。
扉を開けてもロウソクが一本、寂しく灯っているだけで、視界が悪い。
広い部屋のずっと奥に、うっすら天蓋付きのベッドが見える。
――そこに、巨大な何かがいた。
ぷしゅー、ふしゅるるるーっ、と奇怪な音を発している。生き物の呼吸音だろうか? はっきり視認できないので【解析】も使えず、恐怖がつま先から頭のてっぺんまで登ってくる。
リィルが腕にしがみつき、不安そうに俺を見上げていた。
トマスさんが言う。
「念を押すぞ? 娘にかけられた呪いは絶対誰にも話してはならぬ。今の娘の姿も、だ」
うすぼんやりとシルエットが浮かんでいる、あの巨大生物のことを言っているのだと理解した。
俺は、ごくりと生唾を呑みこんで、一歩、二歩と近づいた。
絶句し、立ち止まる。リィルがカタカタ震えるのを腕に感じた。
女がいた。
人の姿をいちおう保っている。
だが、その体躯は男とか女とか判別不可能なほど、はちきれんばかりに膨れ上がっていた。体重はおよそ三百㎏。寝返りどころか腕を上げるのも難しいほど、ぶくぶくに太っていたのだ。
――『膨張の呪い』。
【解析】で見た、彼女にかけられた呪いの種類だ。
食べなくてもひたすら体に肉が付き、太り続ける呪い。苦痛はさほどないものの、時間とともにHPはどんどん減っていく。
HPが0になれば、やがて衰弱死してしまう。
そして醜くなる自身の姿と、身動きが取れなくなる絶望感を伴う厄介な呪いだった。
そこらの解呪アイテムや、Aランクの呪術師でもなければ呪いを解くのは不可能。それくらい強力な呪いだ。
「さあ、早く娘の――マレーナの呪いを解いてくれっ!」
急かされても無理です。
【強化図鑑】上では、『オーガ水』から強化できるどのアイテムでも、この呪いは解くことができないのだ。
「どうした? まさか今さら『解けない』などとは言うまいなっ」
言いたい。でも言えない。
どうしよう?
正直なところ、娘さんを助けてお礼に一晩お楽しみ、なんて展開を期待していたのだけど、相手はもはや人を放棄したような姿をしていらっしゃる。
今さら『呪いは解けません』とか言っても、必死すぎる町長が俺やリィルに何をしでかすか……。
俺が迷い悩んでいると。
奇妙な呼吸音に紛れ、かすかな声音が耳に届いた。
「た、すけて…………」
気のせいかもしれない。幻聴かもしれない。でも、そんな声を聞いてしまったら――。
「トマスさん、ちょっと外に出てもらえませんか?」
「なに……?」
「集中するんで。すみませんけど」
俺は四度の人生で一番の演技をしてみせた。
トマスさんは焦燥と不安をたっぷりぬりこんだ瞳で俺を見る。
「信じて、よいのだな……?」
「お任せください。リィル、お前も外に出てくれ」
不安そうなリィルを引きはがした。
トマスさんは俺の覚悟を信じてくれたのか、大きくうなずいて、踵を返した。リィルもあとに続く。
扉が閉まり、俺はマレーナさんと二人きりになった。
ぷしゅるー、ふしゅるるるー。
彼女の奇妙な呼吸音が室内に響く。
さほど苦しげではないけど、肉に埋もれた目元から流れるのは、紛れもなく涙だろう。
どうにか、したい。
【強化図鑑】には、『オーガ水』から彼女を救う手立ては見つからないけど。
――俺には、『銅の剣』を魔剣に変えた能力があるっ。
確信なんてなかった。ただの勢いだ。それでも予感めいた何かがあったのも事実だった。
俺は『オーガ水』に【聖】属性を2スロットにぶっこみ、3スロット目に【混沌】属性をフルチャージした。
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名称:破邪の神水
属性:聖、混沌
S1:◆◆◆◆◆(聖)
S2:◆◆◆◆◆(聖)
S3:◆◆◆◆◆(混沌)
HP:10/10
性能:A
強度:E-
魔効:A
【特殊】
邪祓い++
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すげえっ!
元が危険度Bの魔物からドロップした虹色呪いアイテムだったからか、【混沌】を混ぜたら超レアな解呪アイテムに生まれ変わったぞ。
究極とか伝説級のアイテムには劣るものの、神様や邪神の呪い以外なら、たいていの呪いが解呪できるアイテムだ。
もちろん、『膨張の呪い』にも利く。
俺は肉をかき分け、マレーナさんの口に『破邪の神水』を流しこんだ。
こくりと、彼女が飲み下すと。
小瓶にたっぷり残っていた『破邪の神水』が空っぽに消えた。アイテムは基本、一回の使用限定だからだ。
ぱあっとマレーナさんの体から光があふれる。
それまで時間とともに減っていたHPが、ぴたりと止まった。
「ぁ、ぁぁ……」
マレーナさんが意識を取り戻したようだ。
おそらく自らのステータスを確認したのだろう。
「な、おった……? なおった……っ!」
俺も確かめた。彼女のステータスから、『膨張の呪い』は消え去っていた。
「トマスさん、終わりましたよ」
扉を開き、手を合わせて祈っていたトマスさんに声をかける。
「解呪は成功しました。呪いが解けたので、数日で元の体型に戻ると思います。体重が減るまでは安静にしたほうがいいですけど、食事はしっかりとってください。逆に衰弱しちゃうので」
解呪の直前、『膨張の呪い』の詳細説明を【解析】で調べたときに得た知識を伝えると、トマスさんは俺を押し退けるように娘の側へ駆け寄った。
「とう、さん……、なおった、よ……」
「ぉぉ……、おおっ! よかった、本当に、よかった……」
トマスさんは娘の巨大な頭に抱き着き、涙を流していた。
「お兄ちゃんっ!」
リィルが俺に突進してきた。ぐぼっと小さな頭が腹にめり込むが気合で我慢。
「すごいねっ! やっぱりお兄ちゃんはすごいね!」
ふふふ、リィルに称賛されると気分がいい。
「でも、どうやって呪いを解いたの?」
「……まあ、いろいろとな。運もよかった」
こいつには、いずれ俺の秘密を話さなくちゃな。でも今はまだ、誰にも内緒にしておこう。
そう思いつつ、ひとまず俺は、泣きじゃくる町長の後ろ姿を見て、ほっと胸を撫で下ろすのだった――。





