11◆レアドロップアイテムゲットだぜ
リィルが俺に回復魔法をかけているとき、ひとこぶオーガの巨躯がぽわわんと音が鳴って虹色に光った。
おおっ!?
俺とリィルは目を輝かせる。
魔物は死に絶えると、なんらかのアイテムをドロップすることがある。神々が与えたもうた三つのシステムのひとつ、『ドロップシステム』だ。
ドロップアイテムがあるときは、今みたいに魔物の死体が光り輝くのだけど、その色によってレア度が変わる。
中でも虹色は、その魔物が落とすドロップアイテムの中でも一番よいものが落ちるときの色だった。
オーガの頭から、ぽんと何かが飛び出した。同時に光はそれにくっつき、虹色に光る玉となる。オーガの体がしゅわしゅわと空気に溶けていき、巨躯が跡形もなく消え去った。
死んで消えるのは魔物の特徴のひとつ。人や亜人、他の動植物ではこうはならない。不思議だ。
虹色の光に包まれた球体は、ふわふわと虚空を流れ、地面にゆっくりと落ちた。
「リィル、取ってきなよ」
ドロップアイテムはとどめをさした者が拾うのが、冒険者の習わしだ。レアものなら特に。混戦で大量に落ちた場合は別だけどね。
リィルは「うんっ」と元気よく駆け出した。
恐る恐る虹色の球体に手を伸ばす。彼女が触れた瞬間、虹色の光がぱっと弾け、ドロップアイテムの全貌が明らかとなった。
ガラスの小瓶だ。
正確には、その中身がドロップアイテム。透明できらきらした液体が入っている。
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名称:オーガ水
属性:闇
S1:◇◇◇◇◇
S2:◇◇◇◇◇
S3:◇◇◇◇◇
HP:10/10
性能:C
強度:E-
魔効:C
【特殊】
腹下しの呪い
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飲むとお腹を下す呪いがかかるそうな。しょぼそうだが、たんにお腹を壊すのではなく、永続的効果のある『呪い』なので、放置すると死ぬ。地味にキツイな、これ。
未強化で【闇】属性がついてるし、スロットも三つある。強化したら面白いことになりそうだ。
「これ何かな? お兄ちゃん、飲んでみる?」
「ダメダメッ!」
ガラス瓶のふたを開けようとするリィルを慌てて止める。
「それは『オーガ水』と言ってな、あのオーガにこぶがあっただろ? 長い年月をかけてそこに溜まった体液だ。飲むとお腹を壊す呪いがかかる」
「うえっ、あれの体液……」
リィルは顔を歪めた。呪いより体液のほうが気持ち悪かったらしい。
「お兄ちゃん、すごいね。よく知ってるねっ」
「ま、まあな。アイテム強化職人になるために、いろいろ勉強したから……」
嘘です。前世あたりで聞きかじった知識じゃ足りないので、【解析】スキルで得た情報を補完しました。
リィルはパタパタと寄ってきて、俺に小瓶を手渡した。
「それ、どうするの?」
「虹色のドロップアイテムだからな。けっこう高く売れると思う」
「飲んだら呪われちゃうんだよね? そんなの買う人いるのかな?」
「世の中にはね、こういうのを欲しがる人もいるんだよ」
恨みを晴らしたい、とかの理由でね。でも純真無垢なリィルにはまだ知らなくてよいので黙っておく。
さて、HPが転んで頭を打っても死なない程度には回復したし、痺れも取れてきた。
「そういえばリィル、父さんや母さんにも黙って出てきたのか?」
リィルは「ううん」と首を横に振る。
「ちゃんと言ってきたよ。『お兄ちゃんと一緒になる』って」
なんて漠然とした理由だ。
「それで許してもらえたのか?」
「うん。『応援してるよ』って。お父さんもお母さんもすごく喜んでくれてた」
にぱっと笑うリィルは可愛い。
こんな可愛い子を、危険な一人旅に送り出すのはどうなのか?
まあ、俺なんかよりずっと強いリィルなら、俺が目指す街までは単身でも余裕だとは思うけど、『喜んで』というのは謎だ。
今回みたいに『はぐれ』の魔物が現れることだってあるしなあ。
「でも、よく一人でこれたよな。お金はどうした?」
「貯めてたお小遣いがちょっとだけ。ここまではずっと野宿して、食事は狩りしたり、山菜を食べたりかな」
さすがワーウルフ。サバイバルに強いな。
「でもお前、そもそも都会に行って何するつもりだ? 冒険者にでもなるの?」
「? お兄ちゃんと一緒になるんだよ?」
「アイテム強化職人にか?」
リィル、ふるふると首を横に振る。
よくわからないけど、都会に憧れる気持ちはわからないでもない。そこへちょうど俺が都会を目指して旅立ったから、これ幸いと口実にしたのかも。
俺とて可愛い妹を置いていくのは後ろ髪が引かれる思いだった。
生活に不安がなくもないが、村のみんなからもらったお金に加え、『オーガ水』を強化して売れば、当面は二人で暮らしていけるだろう。
「ま、父さんや母さんがいいって言ったんなら、問題ないか。じゃ、一緒に行くか?」
リィルの表情がぱあっと輝く。
「うんっ♪」
俺の腕に抱きついてきた。頬ずりしてニコニコしている。
なんだかんだで、一人で不安な旅を続けてきたのだろう。まだ12歳だし、甘えたい年ごろだ。
俺は三度の人生では下の兄弟がいなかったから、妹って可愛いんだよなあ。
いや、それだけじゃない。
こいつの容貌はずば抜けている。
あと三、四年も経てば、きっと俺がお目にかかったことがないくらいの美人さんに成長するだろう。
こいつの成長過程を間近で見られるのは、贅沢であり、楽しみであり、ちょっと、不安でもある。
俺はまだ15歳だが、中身はおっさんなので、兄というより父親の気持ちになってしまうから心配が尽きない。まあ、素人童貞だから子どもにも縁がなかったんですけどね。
「えへへ♪ お兄ちゃんと一緒♪ お兄ちゃんと、ずーっと一緒♪」
俺の腕にひっついてご満悦のリィルに、俺も頬が緩む。
けど、やっぱり不安だ。
彼氏とか紹介される日が、いつか来るんだろうか……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
兄妹がじゃれ合う様を、木の陰から覗く者がいた。
「ふうん、けっこうやるじゃん」
茶髪で褐色肌の少女――ダルクは悪戯っぽく笑った。
そこそこ強い魔物の反応を辿って来てみれば、アリトがオーガに襲われていた。こっそり手を貸そうかと考えるうち、彼は格が数段上の魔物を倒してしまったのだ。
アリトが手にしていたのは、おそらく『魔剣』の名を持つ武器だろう。
世に伝わる魔剣に比べれば段違いに低い性能だが、オーガ程度を倒すには十分に感じた。
が、それは使い手の技量が一定レベルを超えていればこそ、だ。
一般人に劣る彼が、危険度Bランクの魔物を倒したのは驚愕に値する。
「あの子、思ってたよりずっと慣れてるね」
彼は弱いながらも40歳まで冒険者として生き長らえていた。
それを、三度も経験している。
冒険者時代に研ぎ澄まされた、生きるための技術が卓越しているのだろう。
その意味では、突発的に轢き殺してしまったのは誠に申し訳ない気がしてならなかった。
「とりま。お仲間もいるみたいだし、もう大丈夫かな?」
すこし寂しくはあるが、こっそり後をつけていたら、セイラに『ずるいっ』と怒られそうだし。
先に彼の目的地で、冒険者の真似事をして待ち構えているとしよう。
ただ、今回のようにまた『はぐれ』の魔物に遭遇しては可哀そうだ。
「行きがけに出会った魔物を倒すんだったら、えこひいきにはならないよねー」
ダルクは大剣をぶんぶん振り回し、森の中へと姿を消すのだった――。