10◆魔剣の威力
田舎の街道に現れた、ひとこぶオーガさん。
危険度Bの魔物がなぜこんな場所に?とは当然の疑問だろう。
本来の棲息地域から離れた場所に現れる、いわゆる『はぐれ』はいるにはいるが、なぜこのタイミングで俺の前に現れてしまったのか。
義妹リィルとの再会を喜ぶ間もなく、今回の人生で最大のピンチを迎えた俺。
前前前世はもちろん、前前世の、あるいはそこそこの強さだった前世の俺でもたぶん無理。
だがしかしっ!
俺は立ち上がると、腰の剣を抜いた。リィルの前に立ち、ひとこぶオーガに対峙する。
手にするは、『銅の魔剣』。
眼前に小さなウィンドウが表示された。『属性ボーナス:攻撃力40%up』とある。魔剣の属性に俺の属性が合致し、ボーナス値が得られているという情報だ。
多少しょっぱくはあっても、ボーナス効果付きの『魔剣』である以上、その性能は危険度Bの魔物でもどうにかなるはず。
だが、しかし、である。
――グオオォォォオッ!
雄叫びが空気を震わせる。ひとこぶオーガが大木みたいなぶっとい腕を振り上げた。
あ、これ死んだ。
今から避けても俺の俊敏値じゃ間に合わない。剣で受けても吹っ飛ばされて終わり。
これまで三度の人生に比べたら、ずいぶん早い終了のお知らせだったなあ――――んてね。
そんな諦めの早い男が、百年も冒険者を志したりしない。弱いながらも三度の人生で四十路まで冒険者でいられたのは、『諦めの悪さ』ゆえだ。
俺は、絶対に冒険者で成り上がるのだっ!
腰に付けたお鍋のふたあらため『疾風の鍋ぶた』を手にする。
こんなものでオーガの剛腕パンチを防げるとはもちろん思っていない。ぶつけてもカウンターで俺は吹っ飛ばされる。
だから俺は、鍋のふたを後方へと向けた。
『飛行+』を発動。属性ボーナスで20%性能がアップした勢いで、後ろへ飛び出す鍋のふた。俺は持ったままなので、引っ張られて後方へ。行きがけにリィルを抱きかかえた。
轟音。
ちらりと背後を見やれば、さっきまで俺がいた地面に大穴が空いていた。まともに食らってたら瞬殺だったな……。
と、『飛行+』の効果が切れた。10メートルも進んでない。俺とリィルを乗せてだったから、これが限界だったらしい。
俺の眼前には小さな半透明ウィンドウが開いていて、長い横棒がぴろんと短くなる。棒の下には『MP:25/30(30)』と表示されていた。『飛行+』でMPを5消費したと告げたのだ。
使えるのは残り5回。
ひとこぶオーガがまたも雄叫びを上げた。なんか怒ってるっぽい。
大股で俺たちに迫ってくる。
『飛行+』で飛ぶ方が早いけど、高くは飛べないらしい。となれば、いつかは追いつかれてしまう。
こうなったら――。
「リィル、ここにいろよ」
「えっ、お兄ちゃんは?」
そんなのは、決まっている。
「あいつを、倒す!」
俺は義妹の制止を振り切り、飛び出した。
脆弱ステータスの俺では、危険度Bの魔物を倒すのは不可能。ぺちゃんこに潰される未来しか見えない。
だが今の俺には、魔剣があるっ。
俺は魔剣を片手でぐっと握りしめた。
オーガは立ち止まり、大きな腕を振り上げた。何かを感じ取ったらしく、『硬化』スキルを使って体を硬くしたようだ。
奴が突き出したこぶしに魔剣をぶち当て、『自爆剣』を発動しても、腕を吹っ飛ばすくらいしかできない。
ちなみに『自爆剣』の消費MPは20。一回こっきりしか使えない。
だったら――。
俺はもう一方の手に持つ『疾風の鍋ぶた』を前に突き出し、『飛行+』を発動させた。ぐんっと体が前に引っ張られる。
振り下ろされた剛腕の真下をくぐり、やつの脇をすり抜けるその瞬間。
「うらあっ!」
オーガの横っ腹を斬りつけた。硬化した相手の皮膚は固く、それでも『性能』がA-で属性ボーナスが加わった魔剣はずぶりとめり込む。
急停止した格好の俺は、剣から手を離すまいと鍋のふたを放り、両手で剣を握りしめた。
準備、完了っ!
俺はすぐさま魔剣の特殊効果『自爆剣』を発動する。ぴかっとまばゆいばかりの光があふれた、直後。
どっかーん!
そのものズバリ、剣が爆発しましたがっ!?
俺、吹っ飛ぶ。
「ぶべっ」
地面に激突。眼前のウィンドウに、HPゲージが表示され、ぐいーんと減っていく。表示は『HP:7/150(150)』。めっちゃ減っとる!
まあ、死ななかっただけマシか。
俺はふらふらと立ち上がった。
痛みや痺れはあるが、体のどこにも傷はない。
まだHP残量があるから当然だ。
この世界は昔々、神々が気まぐれなのか暇つぶしのためなのか、いくつか恩恵を与えてくださった。
大きくは『HPシステム』と『スキルシステム』、『ドロップシステム』の三つだ。
HPが0になるまで、人でも物でも何であれ、絶対に死んだり壊れたりしない。それどころか傷もつかない。ダメージを受けた場所や程度を知らせるためなのか、痛みや痺れはあるんだけど。
HPが0になると、刃物で指を切れば血が出るし、打ち所が悪ければ転んだだけで死んでしまう。物の場合も似たようなものだ。
HPの回復には休息か食事が必要だ。特に深い眠りが有効。お腹いっぱい幸せいっぱいになってもそこそこの量にしかならず、回復量は人それぞれだけど、たいていは一晩ぐっすり寝れば最大HPまで回復する。
病気とか呪いになると、寝てもHPは回復せず、時間とともにどんどんHPが減っていく。0になったらいつ死ぬかわからないので、それまでに治療や解呪をするのだ。
この仕組みを『HPシステム』と呼ぶ。
ちなみに『HPシステム』が働くのは、俺たち人や亜人、武具やアイテムなど専門の用途で作られたモノ、そして魔物に限られる。ふつうの動植物や石ころやなんかにHPはない。(というか、HPが0で固定されていると考えられている)
とにかくHPが残っていれば死ぬことはないので、冒険者だろうが一般人だろうが最優先でスキルポイントを使うのがHPの増加だ。
さて、『自爆剣』を食らったひとこぶオーガ君はどうなったかな?
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HP:0/560(1020)
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よしっ! HPを削りきったぞ。
オーガは横腹が大きくえぐれ、血を垂れ流している。
元のHPがけっこう削れてた(560が355になってた)のがよかったのかも。
が、奴はまだ倒れていない。完全に仕留めるには至っていないようだ。
ぎろりと、俺を睨んだ。まだやる気まんまんですね。
だが俺は全身を強く打った痺れが抜けていない。お鍋のふたを飛ばそうにもMP切れ。
逃げるも無理。戦うも無理。
ではどうするか?
答えは簡単だ。
俺が憧れる冒険者なる猛者たちは、基本、一人では活動しない。
「リィル、やっておしまいなさいっ!」
困ったときは、信頼した仲間を頼ってもいいのだ。
「わかったよお兄ちゃんっ。リィル、いっきまーすっ!」
リィルはお耳をぴこぴこ動かし、地面を蹴った。オーガの巨体を超えるほどの跳躍。半身になったオーガの横っ面へ、
「食らえーっ、『氷結蹴り』っ!」
回し蹴りをお見舞いした。
頭部がうっすら氷に覆われ、ごきりと鈍い音がして、オーガの首が真横に折れる。断末魔の叫びをあげることさえできず、その巨躯が地面に倒れた。
さすがはワーウルフ。しかも伝説の狼――グランドウルフの血を受け継ぐ天才だ。
まだ12歳なのに、こいつの実力はCランク冒険者に匹敵する。相手が瀕死なら、危険度Bでも一撃だった。たぶん、オーガのHPがけっこう削れてたのは、こいつが奮戦していたおかげだろう。
ちなみにリィルのステータスはこんな感じ。
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属性:水、聖
HP:88/320(780)
MP:22/ 50(250)
体力:C+
筋力:C
知力:D
魔力:C+
俊敏:B-
精神:E+
SP:122
【スキル】
支配の咆哮:Limited
体術:E
治癒魔法:E
【魔法】
氷結蹴り
小回復
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こんなにすくすく育ってくれて、お兄ちゃんは嬉しいよ。でも実力差がありすぎて、お兄ちゃんはちょっぴり情けない……。
でも、今回ではっきりした。
俺みたいな貧弱ステータスでも、武器次第では危険度が高ランクの魔物とだって戦える、と。
まだ道のりは長いけど、俺が進んでいる道は間違っていなかったと確信した。
とりあえず、俺はリィルの『小回復』で30ほどHPを回復するのだった――。