01◆とある職人の野望
【書籍化情報】
UGnovelsさまから小説1巻から3巻が発売中。
ナナイロコミックスさまからコミック1巻が発売しました!
主要キャラクターのイラストをご紹介。左からリィル、ダルク、セイラ、アリト、クオリスです。
ギルラム洞窟。
いわゆるダンジョンというところに、俺は単身で潜っている。
最近発見された新しいダンジョンで、冒険者たちがこぞって探索を行っている最中だ。
今のところ、公式に確認されたのは14階層まで。Sランク冒険者のパーティーであっても、地図を作りながらではなかなか先には進めない。
それほど広大で、危険なダンジョンだった。
で、俺は今、そこより深いところまでやってきた。地下19階層だったっけ?
ちなみに、俺は冒険者ではない。
ダンジョンに潜っているのも当然、攻略が目的ではなかった。だいたい攻略で単身とかあり得ない。まあ俺、基本ぼっちだからパーティーなんて組めないけど。
とにかく、俺の目的は――。
ぽっかりと開けた場所にたどり着いた。
洞窟内は壁面から淡い光がにじんでいるので視界は良好だ。
漆黒の全身鎧を身に着け、右手には『鋼の剣』、左手には『鉄の大盾』を装備している俺。
剣と盾は特殊効果も何もない、Cランク冒険者の標準的な装備品だ。
グールが二十体ほど、俺を見つけてのそりと近づいていた。
動きが遅く、まさしく腐った死体な感じの連中はしかし、わりと強い。見た目は死んでいるのに、べらぼうにHPが高いので、なかなかやっつけられないのだ。
だが連中は火に弱い。火炎系の魔法をぶっ放せば、面白いようにHPが削れる。
ただ残念なことに、俺は魔法が使えない。
魔力が極端に低い俺は、魔法を覚えてもたいした威力にはならず、役に立たないのだ。
グールが「おばぁ~」とか「ぼへぇ~」とか気持ち悪い声を出して、俺に寄ってきた。走って逃げられる速度に思えるが、ひとたび連中に背を向けると、ありえないくらい元気に走ってくる。ぶっちゃけ馬より速い。
ふふ、でもね。
逃げるなんて、とんでもない。
だって俺、このグールどもに用があってこんな奥深くまで来たんだもん。
俺は右手で『鋼の剣』を強く握り、構える。そして――。
【火】属性で強化を重ねる。『鋼の剣』が『煉獄の鋼剣』に進化した。特殊効果『火炎一閃』が新たに付与される。
武具やアイテムに【火】【風】【水】【土】【聖】【闇】【混沌】の7属性を付与して強化する。
それが【アイテム強化】と呼ばれるスキルで、俺はそのランクが最高のS。
強化された武具やアイテムは、付与した属性の種類によって性能が上がり、特殊効果がつくときもある。で、名前も変わって進化する場合があった。
俺は『火炎一閃』を発動する。
横薙ぎに空気を裂いた剣から、炎の帯が飛び出してグールどもを襲った。
炎はグール一体一体を絡めとり、メラメラと燃え上がる。連中のHPがどんどん減っていき、やがて炎とともに腐った体が跡形もなく消え去った。
ぽわんぽわんぽわわわわん♪
気の抜けた音がそこらで鳴り響き、グールたちからアイテムがドロップした。
陶器製の小瓶が多数。中身は『麻痺毒』だ。
それらの中に、どす黒い色をした鈴が落ちていた。
これこそ、今回俺が求めているアイテムだった。
俺はダンジョンを攻略に来たのではなく、たんに素材集めがしたかったのだ。
だって俺、『アイテム強化職人』だし。
「いきなりドロップするとはラッキーだったな」
俺は『麻痺毒』の小瓶ともども、鈴を腰の袋へ放りこむ。
『麻痺毒』はひとつだけ手元に置いて、【聖】属性を重ね掛けして強化する。『麻痺毒』は『MP回復薬』に変わった。
ごくりと飲んでMPを回復。
俺は魔法が使えないけど、剣や防具の特殊効果を使うにはMPが必要で、俺の最大MPはこれまたしょっぱいので、こまめに回復させないとマズいのだ。
開けた空間の奥、いくつもの穴からグールがのそりのそりと現れた。
俺は『鋼の剣』あらため『煉獄の鋼剣』を握りしめ、さらなる素材回収に暴れ回った――。
『煉獄の鋼剣』が壊れました。
特殊効果を使いすぎたか。
ちょうどグールの猛攻もひと段落したことだし、俺はそこらに散乱しているドロップアイテムをかき集め、腰の袋にぽいぽいと入れた。
袋の容量を明らかに超える数だが、この不思議袋にはまだまだ余裕がある。なので気にしない。
さて、目的は達した。剣も壊れたし、撤収するかね。
グールからドロップするレアアイテム、『怨念の鈴』は7個集まった。
そのうちのひとつを手にし、俺は【聖】属性と【混沌】属性で強化する。
すると、『怨念の鈴』は『郷愁の鈴』へと成り変わった。
これを、ちろちろりん♪と鳴らすと。
ばびゅんっ。
景色が一変。
殺風景な部屋の中に、俺はいた。見慣れたここは俺の自室だ。
手にした鈴がぷるぷる震え、音もなく砕け散る。さらさらと空気に溶け、跡形もなく消え去った。
『郷愁の鈴』は一回使うと壊れてしまう、儚いアイテムなのだ。
で、どこにいようと拠点(この場合は俺の部屋)に一瞬で移動させてくれる、超々便利なアイテムなのである。
今のところ、俺が住む街で『郷愁の鈴』は販売していない。『錬金術』ではまだ作成方法が発見されておらず、誰にも作れないからだ。
この激レアアイテムを作れるのは、この世界では(たぶん)俺だけ。
『アイテム強化職人』であり、そのためのチート能力を兼ね備えた俺にしかできない芸当なのだ。
何が言いたいかというと、これを大量に作って販売すれば、大儲けができるはずっ。
お金が貯まったら、ちょっと高価なアイテムを買ってみるかな。それを強化したら、どんなアイテムに進化するのか? わくわくが止まらない。
『郷愁の鈴』ができたときは震えたものだ。
これは売れるっ!と直感したね。
俺は全身鎧を脱ぎ去り、エプロン姿に成り変わる。
いそいそと営業準備を整え、入り口の札を『準備中』から『営業中』にひっくり返す。
うふふ。今日はどんなお客さんがやってきて、俺の強化で笑顔になって帰ってくれるかな?
不安と期待が入り混じるこの瞬間もまた楽しい。
『アリト強化工房』。
俺の名を冠した小さなアイテム工房だ。今の俺の肩書は、『アイテム強化職人』。まだ小さなお店だけど、これからどんどん大きくするのが俺の夢。
あれ? でも待って?
そもそも俺が職人になったのは……。
俺は15年前――生まれたばかりのときを思い出していた――。