「下には下がいるんすわ」
午後の授業も終え、放課後になった。
トリカは授業中も姿を現し、教室の中をふらふらと漂っていた。そのせいで僕はいまいち集中できなかったが、スタートで遅れを取りたくなかったのでできるだけ気にしないようにした。トリカはトリカでこの世界の情報収集をしていたのだろう。
「陽ぁ、帰ろうぜー」
「おーう」
モロとトシに声をかけられ、席を立つ。
教室を出て下駄箱に向かう途中、見覚えのある男とすれ違う。何故見覚えがあるのかと記憶を探ると、先日駅のホームで見た自殺未遂した男だと思い出した。そのとき彼は霊に取り憑かれていたが、僕が声をかけると霊は姿を潜めた。今も取り憑かれているのかはわからない。
まあ、別にいいかと足を止めずに下駄箱に向かう。霊のことなんて僕には解決のしようもない……いや待て。
今はトリカという用心棒がいる。彼女なら霊を祓えるのではないだろうか。
「祓うなんて大層なものではないけど、取り除くことはできるかもね」
それなら一度関わってしまった件だし、霊に取り憑かれているか確認くらいはした方がいいかもしれない。
「お人好しねえ」
そうではない。万が一、彼がまた電車に飛び込むようなことがあったとき、僕が罪悪感を感じてしまうのを回避するためだ。あのとき僕が何かしていれば……そんな後悔を抱いたまま生活したくない。
「なるほどね。アキラらしいわ」
何が僕らしいというのだ。利己的なところか?
ともあれ、モロとトシには先に帰ってもらおう。
「悪い、僕用事思い出したわ。先帰ってくれ」
「おーい、今日はマッダーナウ行くって言ったじゃんかよ」
「モロ、しょうがねえだろ。てか発音!」
「ごめん。じゃあまた明日な」
モロがかなり不平な顔をしていたが、トシがなだめてくれていた。申し訳ない。
僕は先程すれ違った男を追い、三階に来ていた。三階は二年生の教室が並んでいる。どうやらあの男は先輩らしい。
一年生が上級生のテリトリーに侵入するのは、かなり勇気がいることだ。正直、僕はもう引き返したくてしょうがない。しかし、トリカがいる手前、尻尾巻いて帰るのもダサいので出来ない。この思考を読まれた時点で体裁もクソもないのだが。
「うふふふふふふ」
すでにバレているようだ。もうトリカに対しての体裁は気にしなくてもいいかもしれない。どうせ僕しか認識していないしな。
例の先輩は二年一組の教室に入っていった。廊下を歩きながら、中を窺う。
教室には一人の女子と、二人の男子が居た。セミロングの女と、ガタイがいい男、そして霊に取り憑かれた男である。
「雰囲気が悪いわね」
僕の目から見ても穏やかとは言い難い雰囲気だった。まず、霊に取り憑かれた先輩がセミロングの女に向かって問いかけ、それに対してセミロングは答えず、もう一方のガタイがいい男が答える、という構図が見て取れる。恋愛のもつれだろうか。
歩きながらの観察だったので、二年一組の教室を通り過ぎると彼らの姿も見えなくなる。あそこに声をかけに行くのは相当空気が読めないヤツだろう。
廊下に立ち尽くし、思わず独り言を呟いた。
「どうすっかな……」
「どうしたの?」
「うわあ!」
いつの間にか僕のすぐ傍に見知らぬ女の人が立っていた。上履きの色を見るに、この人も先輩のようだ。
長い黒髪が印象的な先輩だった。物腰柔らかそうな雰囲気があり、優しげな顔をしている。
怖い先輩じゃないことにほっとしていると、トリカが品定めをしていた。
「私の方が美しいし可愛いわね」
総合的な点数で言えば雲泥の差である。トリカは見た目と魔力に全振りだろうが、この先輩は性格、人柄、態度、物腰がパーフェクトである。
「それって実質ひとつの項目よね……」
第一印象の情報しかないから仕方ない。少なくとも第一印象だけなら先輩の圧勝だと言いたい。
黒髪ロングの先輩は微笑みを浮かべて尋ねてくる。
「一年生みたいだけど、誰かに用かな?」
「はい。そこの教室にいるんですけど……」
僕が一組の教室を指すと、先輩は中を覗き込んだ。すると、
「あー、あの人たちか……」
少し引いたような態度を見せた。
「何か、あるんですか?」
「うーん、最近あそこの人たち険悪になってるみたいでね……」
「なるほど」
「普通なら帰宅部の人とかが残ってるんだけど、ここのところ毎日あの三人が殺伐と話し出すから、皆帰っちゃってね。そのせいで私がいま一人なんだけど」
「はあ」
取り憑かれた先輩が憔悴していたのは恋愛のもつれだったようだ。なんか、そうなってくると急に興味が失せてきた。恋愛で死ぬなよ……。
僕が呆れ返っていると、トリカも呆れていた。
「僻まないの」
トリカは僕に呆れていたようだった。確かにそういう面がなかったとは言わない。僕は色恋沙汰に縁がない。
黒髪ロングの先輩が教室から僕に向き直る。
「あの中の誰?」
「死にそうな人です」
「中野くんね」
霊の先輩は中野というらしい。
仕方ないので、彼らの話が終わるまで僕は廊下で待つことにした。
「……呼んでこようか?」
「いえ、大丈夫です。待ってますから」
先輩が気を遣ってくれたが、それは固辞した。あの空気の中で呼んできてもらうなんてちょっと心苦しいものがある。その後、先輩は「ごめんねぇ」と何も悪くないのに謝り、立ち去っていった。
廊下の壁にもたれながらスマホで時間を潰していると、教室から男と女が出てきた。中野先輩以外の二人である。霊の先輩は教室に残っているようだ。
「そういえばさ、人に霊が取り憑いているかどうかってトリカはわかるの?」
「とりあえず接触してみればわかると思うわ」
それだったら、教室の外からでも判断できる。中野先輩の位置は、指輪から半径二十歩以内の範囲に収まるだろう。つまるところ、別に先輩らの話が終わるのを待っている必要はなかった。
僕は二年一組の教室に近づき、トリカに霊の存在を探ってもらうことにした。
「何か見返りはあるのかしら」
「えっ」
毎日の魔力提供ではダメなのか、と思っていると、トリカは嘆息した。
「これはあなたを霊から守ることに該当するの?」
言われてみればこれは僕が勝手に首を突っ込んでいる案件である。トリカが何かする義理もない。僕が頼み込んでいる立場だ。
「……じゃあ、この後飯食いに行こうか」
「ふふふ。承ったわ」
トリカは僕にウィンクをかますと、ふわーっと教室の中に入っていった。
三十秒ほど経つと、トリカが戻ってきた。
「どう?」
「あのナカノって子とは別の魔力を感じるから、多分今も取り憑かれてるわね。でも体内に入っているものについては私も干渉できない。あの子がどうなってもいいっていうなら別だけど」
すっげー怖いこと言ってるよこの銀髪っ子。
僕が恐れをなしていると、「冗談に決まってるでしょ」と突っ込まれた。
中野先輩は未だ霊に取り憑かれている。それ自体は予想していたことだが、トリカでもどうしようもないというなら、当然僕も何もできない。
体内に入った霊というものはどうすればいいのだろう。
「さあ。でもそんな大したものでもないと思うけどね」
「そうなんだ?」
「ええ。普通の人間ならまず問題ない程度には雑魚」
すなわち中野先輩が普通以下の人間ということになる。何が普通以下かといえば、精神面だろう。やはり霊と精神には相関性があると考えてよさそうだ。
「それは当然あるわよ。魔力って精神が強く影響するもの」
つまり、中野先輩の気持ちが上向きになれば、霊を追い出すことができると思われる。病は気から、とはまさにこの事かもしれない。
しかしこうなってくると本人の問題になる。僕のような赤の他人がいくら言葉をかけても響くとも思えない。ましてや恋愛のもつれなど、僕には何も言うことがない。独り身の良さを喧伝するのもなんか虚しい。
体内といえば、彼が線路にふらふら寄っていったときは黒いもやがぶわっと立ち上がった。あの瞬間ならトリカでも対処できるのではないだろうか。
「きっとあの子の背中を押すときに姿を見せるんでしょうね。そのときなら霊の強さにもよるけど、私が吹き飛ばせると思う。でもそれだと根本的な解決にはならないわね」
霊が黒いもやとして現れるときは、先輩が死に向かう直前……。万が一手遅れになったらまずいので、このタイミングを意図的に狙うのは危険だ。仮にここでトリカが霊を取り除いたとしても、精神が回復しないならまた霊に狙われてしまうだろう。
あ、まずい。ここまで来て言ったらいけない言葉を言ってしまいそう。
「……めんどくせぇ」
「言っちゃったわね」
人の命が掛かっているとはいえ、中野先輩とはまったく接点がないのだ。僕は自分の保身しか考えていないので、どうにもモチベーションが上がらない。
面倒になったので、僕は意を決して教室に入った。
中野先輩は椅子に座り、虚ろな目でぼーっとしていた。完全にやべー状態である。
「先輩」
「君は……?」
「フラれたから死のうだなんてダサいと思いますよ」
「なっ」
先輩は目を丸くしていた。
僕は意図的に挑発的なことを言っている。これで反骨精神が芽生えて立ち直るのではないか、という狙いのためだ。
「言うほどあの女が魅力的ですかね? 僕はもっと良い人がいると思いますよ。マジで」
「……いや、あの人は魅力的だよ。俺がダメなだけなんだ」
うわあ。完全にネガティブモード入ってる。僕の言葉が逆効果になってしまう。
「いやまあ、先輩は悪くないですよ。よくわかんないすけど、二股かけてる方が悪いですって」
「それは俺の甲斐性がないから……彼女を繋ぎ止めるだけの魅力がなかったんだよ……」
どういう流れでフラれるに至ったのかは不明なのだが、僕が言ったことは大体合っているようだ。
そんな女は何回でも浮気をする。
「逆に考えましょうよ。あんな女から離れられてラッキーだったと」
「彼女のことを悪く言うな! そもそも君は誰なんだ!?」
そんな今更なことに答えるのは時間の無駄である。
「僕が誰かなんてどうでもいいでしょ。とにかく先輩がしっかりしろと」
「俺はしっかりして……! いや、そうだな……俺はダメなヤツだ」
こんなにうじうじした人間に彼女がいたという事実が、どんどん僕を苛つかせる。
「それはあなたの個人的な嫉妬よね」
うるさいぞトリカ。
もう僕は先輩に決定的な事実を突きつけることにした。
「二股かけた時点でダメなのはあの女ですよ。つーか、別にいいじゃないすか。彼女なんていなくても。僕なんて女の子と触れ合ったことすらありませんよ。その点、先輩は僕より遥か上のステージにいますよ。いいですか、僕に言わせれば先輩の悩みは贅沢なんです。下には下がいるんすわ。僕からすれば死ぬほど腹立たしいし、もう死ねと思ってますからね。そんなに死にたきゃ死ねと。彼女に二股されたうえに捨てられたので死にますってクソ雑魚をアピールしながら死ねと。まあそんな先輩だけど僕は可哀想だなとも思ってて、死なないでくださいとお願いしてるわけです。万が一これで死なれでもしたら僕が困るんで」
「君は何が言いたいんだ……?」
「つまり死ぬなと、そう言いたいわけです。それじゃ」
僕は颯爽と教室を後にした。これで先輩のメンタルが回復すればいいが……。
そう願っていると、トリカが横槍を入れてくる。
「とても回復を祈ってる人間の言葉とは思えなかったけど」
「反骨精神だよ。僕に対する反骨でも、彼女に対する反骨でもいいんだ」
「私はむしろ独り身の反骨精神を見たような気がしたわ」
それは否定できなかった。
ともあれ一応やることはやったし、緊張からも解放されてお腹が減った。何か食べにいこうではないか。
階段を降りていると、トリカが目をキラキラさせて聞いてきた。
「何を食べさせてくれるの?」
「何がいいかなぁ。テイクアウトできるものがいいから……まあ、ハンバーガーかなー」
「それ知ってるわ! パンで肉を挟んだものよね?」
「そうそう。こっちの世界のジャンクフード。身体に悪いぞー?」
「うふふ、封印されてる私には関係ないわね」
そんなことを話しながら、僕らはハンバーガーショップへと足を運んだ。
モロやトシと鉢合わせすると気まずいので、別のハンバーガーショップに行くことにした。
店の前にメニューが乗った看板が立ててあったので、それをトリカと眺める。
「どれがいい?」
「そうねえ……」
ぜんぶ! とか馬鹿みたいなこと言い出したらどうしようと危惧していると、頭を叩かれた。
「私はこれがいいわ」
トリカが指差したのはこの店の人気メニューだった。なかなか目のつけどころが良い。
店に入って目当てのものを注文しテイクアウトすると、僕は家に近い公園に向かった。
遊具が滑り台しかない公園に到着すると、ベンチに腰掛けた。夕暮れ時ということもあり公園には人っ子一人おらず、物寂しさを助長させる。
これまで浮遊していたトリカが、僕の隣に座った。
「自然でしょ? この方が」
「そうだね。はい、これ」
紙袋からトリカのご所望の照り焼きバーガーを渡して、僕はチーズバーガーを取り出す。それとポテトとコーラもある。デブに至る最速切符である。
夕飯が食べられなくなっちゃうかなあと思いながら、包み紙を開けてチーズバーガーを頬張る。
「うんめぇ。この味の濃さがジャンクだわ」
「ふぅん」
トリカは僕が食べる様子を見て、同じように包み紙を広げて、小さな口でバンズの端をかじった。肉に届いてなさそう。
今、普通の人がこの場を見たらハンバーガーが浮いているように見えるのだろう。万が一誰かに見られたときは、手品の練習とでも言ってごまかすしかない。
もくもくと食べているトリカに声をかける。
「どう? おいしい?」
「ええ、とっても私好みだわ」
トリカは満面の笑みで答えた。口の端にマヨネーズを付けている姿は、不覚にも可愛いと思ってしまった。狙って付けているなら大した策士である。
僕は紙袋から紙ナプキンを取り出してトリカに手渡した。
「ありがと」
「いや」
トリカはそそくさと口元を拭っていた。意図的に付けたわけではないらしい。
紙袋からポテトを取り出し、一本つまむ。カリカリと小気味良い歯ごたえを感じていると、トリカがじーっとこちらを見てきた。わかりやすい仕草である。
「ほら」
「ふふ、わかってるじゃない」
ポテトのパックを差し出すと、トリカはポテトを一本抜き取って食べた。これはじゃがいもを揚げただけのシンプルなものだから向こうの世界にも似たようなものはありそうだ。
「そうね。でもおいしいわ」
「それはよかった」
しばらくとりとめのない話をしていたが、中野先輩について気になったことをトリカに尋ねた。
「どうしてあの先輩に憑いてる霊は、先輩を死なそうとするのかな」
「それは違うわね。多分、霊っていうのは本人の意思を助長させているだけだと思う。霊自体に意思はないわ」
「ああ、そうなのか。じゃあ自殺の方向だけじゃなく、あらゆる行動の後押しをする可能性があるってことでいいの?」
「ええ。特に普段理性が抑えている部分が、霊によって歯止めがかからなくなるんだと思う」
霊に意思がないなら、まるで病気だ。
そう考えると、現実に起きている事件には霊の類が多分に関係しているのではないかと疑ってしまう。
その思考にトリカはシニカルな笑みを浮かべた。
「それはわからないけどね。仮にそうだとしても元々はその人間の意思だし」
「まあ、そうか」
とはいえ、最後の部分は理性で抑えているのに、そこを霊が行動させてしまうのだとしたら、全部が全部人間のせいだとも心情的には言い難い。
「ふふふ。それはね、その理性が弱い人間がいけないのよ。霊なんて言ってみればゴミみたいなもの。そんなものに惑わされる方が悪いと思わない?」
「う、うーん。そうなのかなあ」
「そうなのよ」
「そっか。……あ、そうだ。ジュースも買ったからさ、これも飲んでみ」
得意気なトリカにちょっとイラッとしたので、何も言わずにコーラを飲ませてみることにした。
向こうの世界に炭酸があるのかはわからないが、ないなら多分驚くはず。
「うふふふふ、じゃあどんなものか試してみるわね」
思考を読まれたら意味がない。
トリカは恐れずにストローを咥えて、吸った。
ストローの中が黒い液体で満たされると、トリカの目が見開いた。
「んー!? これ凄い! それにおいしい!」
トリカは大喜びでコーラを飲んだ。そんなに喜んでもらえるなら買った甲斐があった。本当は驚きのあまり吹き出すことを期待したのだが。
「そんな汚いことするはずないでしょう?」
おっしゃる通りで。
トリカはコーラをとても気に入ったようで、ストローでちびちび飲んでいた。長く炭酸を楽しみたいらしい。
「炭酸は時間が経つと抜けるよ。あと揺らしたり衝撃を与えてもすぐ抜ける」
「気をつけるわ……!」
その助言以降、カップを慎重に取り扱うトリカが面白かった。
◇◇◇
トリカへの魔力提供は、就寝前に行うとトリカが決めた。曰く、この時間ならもし魔力以上のものを吸ったとしても寝ている間に回復できるからとのこと。吸いすぎるのはやめてくれ。
そんなわけで、現在指輪に触れてトリカに魔力を渡しているところである。
「はい。もういいわ」
「うん」
指輪に触れている時間は十秒ほどである。僕自身は魔力が減った感覚がないので、本当に僕に魔力があるのか甚だ疑問だ。
「これ以上取っちゃうとあなた気絶しちゃうわよ?」
「そっか」
そう言われては納得するしかない。一度気絶している身である。
「魔力以上のものってつまりは体力ってことだよな?」
「そうね。ちなみに体力を限界まで吸ってもまだ絞る余地があるんだけど、なんだと思う?」
「……寿命とか?」
「正解! アキラにプラス一点」
いや、全然うれしくない。
「寿命すなわち生命力ね。私の世界の魔法使いはね、基本的には魔力だけで勝負するんだけど、いざという時には体力を魔力に変換して戦うの。でも生命力までは使えない。身体の防衛反応もあるけど、技術的にも難しいことだから」
「そうなんだ……。体力を魔力に変えるのは危険なの?」
「危険といえば危険かもね。体力を使い切ったら動けなくなっちゃうから」
「あー、じゃあちょっとならセーフ?」
「そうね。でもあなたの体力を貰おうとは思わないわよ」
「あ、そう」
生活に支障が出ない程度なら協力してもいいと思ったが、そこまではしなくてもいいらしい。僕の体力を魔力に変換したところで、それこそ焼け石に水なのだろう。
さて、魔力も渡したことだし、さっさと寝てしまおう。
部屋の電気を消し、ベッドに入って目を閉じると、何か気配を感じて目を開けた。
「……いや、そこに浮いてると落ち着かないんですけど」
トリカが僕の上に浮いて、じーっとこちらを見ていた。
「今日はありがとう」
「飯のこと? あれは霊に関しての礼だから。お、上手い」
「自分で言っちゃうのはどうなの?」
正面切って妙なことを言われたので、思わずおどけてしまう。
トリカは僕の目をまっすぐに見つめて、柔らかく微笑んだ。
「……これから良い関係を築いていきましょうね」
暗闇の中、ぼうっと白く浮かび上がるトリカは神秘的に見えた。最初はあんなに怖かったのに不思議なものだ。
「……そうだな。とりあえず今日は寝よう。おやすみ」
「ふふ、おやすみ」
良き隣人、あるいは友人、なんでもいいが、これから四六時中一緒にいることになるのだから、険悪であるよりは良い関係であるに越したことはない。今のところはあまり問題はなさそうだけども……どうなることやら。