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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
一章 銀色の魔法使い
3/62

「私は確実に存在してるの」

 翌日。

 目が覚めて、真っ先に机の上を見ると、やはりそこには指輪が置いてあった。昨日のことは現実のものだった。

 指輪を持つことによって四六時中トリカが傍にいるのかと思ったが、そんなことはなかった。トリカ曰く、指輪の外に姿を映し出すのにも微量ながら魔力を消費するらしく、何にも用がないときは指輪の中で大人しくしているとのことだった。昨日も話が終わると姿を消していた。

 ベッドから出て、カーテンを開けた。昨日とは打って変わって晴天模様だ。

 そういえば、神社で出会った時には傘を持ったり、僕の手首を掴んだりと実体があったように思うのだが、そのあたりはどうなっているのだろう。

 そんな僕の疑問に反応してトリカが姿を現した。音もなく現れるので、結構驚く。


「それも使う魔力の量によるわね。多く使えば実体があるようにもできる」

「厳密には実体ではないんだ?」

「本物の身体は指輪の中だからね。封印が解けない限りは魔力による再現になるわ」

「ふーん。ところでトリカって寝てるの?」

「ええ、寝てるわね」

「そうなんだ……」


 現実に投影しているトリカは昨日と変わらず黒いワンピースを着ていて、真っ直ぐな銀髪を流している。生活感のようなものは感じられず、まるで人形のようだ。実際の姿と、現実に投影している姿は別なのだろう。


「なぁに? 私の寝起きが見たかったの?」

「違う」


 本来の姿はもっとグロテスクで理解の及ばないやべー姿かもしれないと危惧しているのだ。投影している姿を美少女的な見た目に設定しておけば、大半の男は多少疑問を持ちながらも受け入れるだろう。当然、僕は見た目に惑わされることなく、損得や良心などを天秤にかけた上で、受け入れたのである。見た目に騙されたわけではない。


「持たざる者の嫉妬がひどいわね」

「封印されているやつに嫉妬するか」

「言っておくけど、この投影した姿は封印されている身体と同じものだから。生活感は確かにないけどね」

「そうですか」


 そんな会話をしながら部屋を出ようとすると、トリカに呼び止められた。


「ちょっと、指輪は常に持っていて」

「あ、忘れてた」


 トリカは指輪から離れられないので、僕が指輪を持たないと動けない。ただ、常に携帯する必要があるのかは疑問である。


「あなたね、私をこんな部屋に放置するつもり?」

「こんな部屋とはなんだ」


 漫画もあれば小説もある。インドアな娯楽はそこそこあるのだ。

 トリカは腕を組んで不平を言った。


「暇つぶしをしたいわけじゃないし、あなたと一緒にいないと霊から守れないでしょう?」

「そういえばそうだ」


 そう言われたら拒否のしようもない。机上の指輪をジャージのポケットに入れて、部屋を出た。

 居間には僕以外の家族が勢揃いして朝食をとっていた。

 朝特有のテンションの低い挨拶を交わし、食卓につく。テレビは星座占いを映していた。


「うわ、兄ちゃんビリじゃん。おとめ座」

「ビリなら逆にトップだろ」

「あははは、ポジティブ」 


 そんな会話をしつつ、味噌汁を啜る。

 ちなみに僕のすぐそばにトリカが立っているのだが、家族は誰も気付かない。やはり見えない存在なんだと再認識する。


「これはなぁに?」


 トリカが納豆を指して尋ねてきた。

 大豆を発酵させた食品、と頭の中で答えると、トリカは興味深そうにそれを眺めた。

 そしてぽつりと一言。


「凄い匂いね」


 でも超ウマイんだこれが。

 そこでふと思う。今トリカは匂いを認識したようだが、この魔力で投影した姿にはどういう機能があるのだろうか。


「最低限の感覚はあるわ。人並みにね」


 トリカは淡々と言った。五感は備わっているということか。

 次に気になるのは、トリカが現実に干渉した時の周囲のリアクションだ。

 例えば、食卓にある卵焼きをトリカが食べようとすると、どうなる?


「まず、それを私の口に運ぶ際、あなたの家族にはいきなり浮き上がったように見えるでしょうね。口の中に入れると消えたように見える。食べたものはごくわずかな魔力に変換されるけど、そのために食事をする意味は薄いわね」


 なるほど、トリカが現実の物に干渉するといわゆるポルターガイスト現象のようになるわけだ。物体が魔力で覆われると認識されなくなると。

 魔力に変換されるされない以前に食欲はないのだろうか。


「封印の影響でそういう欲求はないわね。でも味はわかるし、食べられないわけじゃない」


 それならトリカに何か食べてもらうときには、人目の付かないところに行く必要がありそうだ。


「別にいいのよ? 不必要だから」


 自分が食事をしている横で飲まず食わずの人間が居たら気まずいという話である。不必要とはいっても、味がわかるなら多少気晴らしになると思うし。


「そうね。こっちの世界の食べ物も興味があるわ」


 どうせなら色々食べておいた方がいいと思う。異世界に来ることなんて普通ありえないんだから。


「ふふ、それもそうね」


 朝食を食べ終えると、学校へ行く準備を始める。

 トリカが僕の思考を勝手に読み取るので、声に出さずとも会話はできるが、これは自然ではない。声に出さないようにするのも億劫なので、さっさと家を出ることにした。

 ブレザーの内ポケットに指輪があることを確認し、靴を履く。


「いってきまーす」

「いってらっしゃーい」


 母の送り出してくれる声を聞いて玄関の扉を閉めた。

 時間はかなり余裕があるので、できるだけ人気のない道を通って駅に向かうことにした。

 そうはいっても田舎の朝はどこを歩いていても人気は少ないのだが。


「ねえ、アキラ」


 静かな団地の横を通り過ぎていると、トリカが僕の目の前にふわっと現れた。


「うわっ、浮いてる」

「今までわざわざ地に足を付けてたのはあなたを怯えさせないためだから。面倒だったのよ? 地面にめり込まないように投影するの」

「そうだったのか……」


 トリカ曰く、地中に姿を投影しないように無意識的に上の方に現れるようにしているらしい。トリカの発言からも分かる通り、魔力は透過する性質があるようだ。


「それより、どうして指輪をしないの? 胸元に入れておくよりいいと思うんだけど」

「学校に指輪なんかしてったら調子こいてるヤツになっちゃうよ」

「そうなの?」

「そうなの。アクセサリー全般がそうなの」


 注意されたことがないのでわからないが、多分校則違反だと思う。こそこそ指輪をつけるのはチャラついた男女と相場は決まっている。

 僕は風紀の乱れには断固として異を唱える清廉潔白人間である。校則は遵守するし、問題行動などもってのほか。始まったばかりの高校生活に自ら水を差すようなことはありえないのだ。

 しかしトリカは不満そうだった。


「でも、何かの拍子に失くされても困るわ」

「失くすことはないでしょ。トリカが言えばいいわけだし」

「あなたの手の届かないところに落としたらどうするの?」


 そういえば、トリカは指輪を動かすことができない点を失念していた。例えば、僕が船上パーティーに参加した際、誤って指輪を海に落としてしまったら回収は困難を極めるだろう。


「突拍子もない状況だけど、そんなパーティーに参加する予定があるの?」

「あるわけない。船にすら乗ったことないよ僕は」

「でも、万が一ってこともあるわ。海なんかに落としたら恨むわよ」

「だ、大丈夫。そういうところなら指輪はつけるよ。だから学校は大丈夫」


 そう言いつつ、校内の失くしたらヤバそうポイントに思考を巡らせる。排水口にでも落とさない限り手は届くだろう。

 それにしてもトリカの紅い瞳で威圧されると、本当に怖い。この世界の人間じゃないんだと改めて実感させられる。

 そんな僕の思考にトリカが首を傾げていた。


「おかしいわね。元の世界では、果実酒みたいに綺麗ってよく褒められたわよ?」

「ああ、果実酒……確かにそう言われるとワインみたいに深みのある赤でいいかもしれないな」


 もちろん、色の詳細を語れるほどじっくりトリカの瞳を見たことはない。下手なことを言って怒らせたくないのだ。

 そう思っていると、頭を叩かれた。

 住宅地を歩いていると、陸橋と線路が見えてくる。線路沿いは人通りが少ないので、トリカと歩くのにはちょうど良い。

 風はまだまだ肌寒いが、真っ青な空から降り注ぐ日光のおかげで暖かさを感じる。陸橋を走り抜ける車と小鳥のさえずりばかりが聞こえる地方の朝である。

 特に会話もなくのんきに歩いていると、トリカがつぶやいた。


「あなたの言う霊とやらを見かけないわね」

「見かけないならそれに越したことはないよ」

「どんなものか見ておきたいじゃない」

「こういうところにはいないんだよ。もっとジメジメしたところっつーか、日の当たらない場所にいるんだよ」

「ふぅん」


 もしくは負の感情に侵された人間に取り憑いているパターンもある。昨日、線路にフラフラ寄っていった男子高校生は明らかに憔悴していた。精神的に参っている人間には、その負の感情を増幅させる霊が取り憑くのではないかと僕は考えている。


「それならアキラにも悪い霊が憑いちゃうかもね。嫉妬心と劣等感が凄いから」

「ははは、悪い霊ってトリカのこと?」

「私は生きてるし、悪くないし」


 トリカはそっぽ向いて露骨に不満そうな顔をしてみせた。そういう態度もやたらと魅力的に映るので、なんかムカつくなと思った。


「僻みすぎでしょ」


 そういえば、トリカは今言ったように生きている。僕が見ているトリカは魔力によって投影した姿だ。それゆえに普通の人間の目には映らない。

 僕は霊を見ることができ、トリカも見ることができる。これすなわち、霊も魔力によって構成されていると言えるのではないか。魔力という言い方は適当ではないかもしれないが、要は呼び方の問題で根本は同じものかもしれない。


「それは多分そうでしょうね。私の世界の概念をこちらの言葉に訳したときに、魔力が当てはまると思ったからそう言っただけで」


 つまり、霊力でもオーラでもマナでもチャクラでもいいわけだ。

 とはいえ、僕の中ではもう魔力として定着しつつあるので、このまま魔力で通すつもりである。

 そんなことよりも気になったことがある。霊が魔力による姿であるなら、トリカはその魔力を吸収することはできないのだろうか。


「できないことはないでしょうね。でもそんな魔力を吸ったところでねえ」

「効率が悪いと?」

「ええ。あなたって虫を食べる?」

「え、食べない」

「そういうことよ。この世界の霊がどんなものかはわからないけど、人間にとっての虫みたいなものだと思うから」


 霊が虫程度とは恐れ入る。しかし、トリカは封印されている状態なのだから、虫を食べるような状況といっても不思議ではないように思う。

 しかしトリカは嫌そうな顔をしていた。


「そもそも魔力は摂取するものじゃないの。健康な肉体から生み出されるものだから」

「でも今は封印されてるから回復しないんだよな?」

「そうなのよ。でもこの私が雑魚を摂取するなんて……。精霊の秘薬や魔女の雫があればいいのに」

「え、すっげぇわくわくする響き」


 そういうものがあれば、トリカの魔力もすぐに回復するのだろう。しかしながら、この世界でそういうアイテムに心当たりはない。僕が地道に魔力を与えるくらいしか……。


「いやつーかさ、僕の魔力って実際どんくらいあるの?」


 仮に毎日トリカに魔力を与えるとして、どれほどの期間で満タンになるのだろうか。

 そんな疑問を胸に尋ねると、トリカは淡々と言った。


「あなたの魔力はすずめの涙程度ね。毎日あなたの魔力を貰っても、あなたが死ぬまでに私の魔力が完全に満たされることはないわ」

「マジ? それって僕の魔力が特別少ないってこと?」

「違うわ。私の容量が大きいの」

「どんだけだよ……」


 その話を聞くと、僕が魔力を分けたところで焼け石に水というか、あまり意味をなさないような気がする。この世界で魔力を大量にゲットする方法はないのだろうか。


「あのねアキラ、私は急いで元の世界に帰りたいわけじゃないの。だから、今はあなたと同じ生活を送ってこの世界のことを知りたいと思ってる。魔力のことはいいわ」

「……そうすか」


 トリカの本心はわからない。昨日は魔力がないと落ち着かないと言っていた。

 とはいえ僕もトリカ第一の生活をしようとは思っていない。なぜなら、僕だって高校生活が始まったばかりだからだ。まだクラスに溶け込んだとは言い難いし、勉強だってどうなるかわからない。まずは自分のことだ。


「高校っていうのは楽しいところなの?」

「楽しいといいなあって思う場所」

「希望なのね……」


 トリカが憐れむような目を向けてきた。いや、別に現状が楽しくないわけではない。

 線路沿いに歩いていると、駅が見えてきた。今日は一本早い電車に乗ることになりそうだ。



 Suicaで改札を抜け、ホームで電車を待つ。周りには高校の制服を着た人や、スーツを着たサラリーマンなどが居る。

 しばらくするとアナウンスが流れ、ホームに電車が入ってくる。


「ふぅん。これで移動するのねえ」


 トリカが細長い鉄の箱をしげしげと眺めて言った。

 向こうの世界の交通機関とはやはり違うらしい。


「そうね。私の世界の移動手段は、馬、飛行種、魔法陣って感じ」


 魔法陣で瞬間移動なんて夢のような話だ。空を飛べる種族に乗せてもらうのも憧れる。馬の移動も優雅で良い。僕の移動手段はもっぱら徒歩、チャリ、電車くらいのものである。

 電車に乗り込むと、空いている席を見つけて速やかに座った。帰りはともかく、朝の電車は座りたいのだ。いつもは空いていないのだが、今日はラッキーだった。

 トリカは、吊革を掴んでスマホをいじっているサラリーマンの背後に浮いて、なにやら画面を覗き込んでいた。堂々とプライバシーの侵害をしている。


「このスマートフォンっていうのがあれば、誰とでも連絡できるのよね?」


 その連絡するための情報があればできる。電話番号、メールアドレス、アプリのID、まあいろいろあるな。


「便利なものね」


 その言い方は異世界人というよりは、おばあちゃんを彷彿とさせた。顔がにやつくのを必死に抑えたが、トリカに心を読まれ頭を叩かれた。その後、またサラリーマンの背後に戻り、スマホを興味津々に眺めていた。

 電車に揺られながらあくびを噛み殺していると、トリカはサラリーマンのスマホの内容を読み上げ始めた。


「リコちゃん、おはよう! 今日も元気に仕事行ってくるよ(はぁと)いってきますのちゅーっ! ……この世界の人間は妙な文章を書くのね。あ、送信したわ」


 僕は必死に無表情を貫いた。しかし身体がぷるぷると震えてしまっていた。朝からなんというパンチラインだ。いってきますのちゅーっ! くくくくくっ!


「やっぱり普通ではないのね。っていうか、あなた笑いすぎ」


 もちろん僕は声に出して笑っていない。必死にこらえているのだ。

 油断すると笑いそうになってしまうので、僕は目を閉じて目的地に着くのを待つことにした。

 今の出来事を受けて、僕は今までぼんやり思っていたことを再考する。

 トリカという存在は、本当に実在しているのか、ということだ。

 なにせトリカは今のところ僕しか認識していない。客観的な証拠がないということは、僕が幻覚を見ているとも考えられる。

 もしかしたら僕は霊の類が見えるわけではなく、単純に頭がおかしくなったのではないか。そんなことを霊が見えるようになったときからうっすら疑問として持ち続けていた。

 しかし、今トリカはサラリーマンのメールの内容を読み上げ、僕に聞かせた。とんでもない内容のメールは、トリカが存在しなければ得られなかった情報である。これすなわちトリカが存在している証明となるか。

 これは否である。なぜならサラリーマンのメールが本当かどうか確認していないからだ。実際にスマホを見てトリカの発言と合致したら根拠になるだろうが、まさか確認するわけにもいくまい。


「あなたがそんな根本的なことを疑っていたことに驚いたわ」


 トリカは僕の目の前に来て目を丸くしていた。


「あのね、私は確実に存在してるの。やろうと思えば魔法を使ってこの場を混乱させることもできるの。でもあなたとの約束があるからしないの。お分かり?」


 この世界に危害は加えない――確かにトリカはそう約束し、守っている。

 もちろん、僕だって十中八九トリカは存在していると思っている。ただ、存在していない可能性もあるよなと、ほんの少し疑っているだけだ。


「それならあなたが納得できる方法で、私の存在を確かめなさいよ。この姿でも人間の機能はあるから」 


 トリカは少し不満そうな顔をしていた。幻覚だと思われたのが不愉快だったのだろう。

 ではお言葉に甘えて、学校に着いたら早速試してみようと思う。




「モロ、トシ、トランプしようぜ」

「お、いいねぇ!」

「トランプとか久々だよ俺」


 午前の授業を終え昼休みになると、僕はモロとトシを誘ってトランプをすることにした。トシは名を江住寿也えすみとしやといいモロの友達である。今日初めて話したが僕もすぐに友達になった。

 さて、さっそくトリカの存在を確かめよう。


「カードね。私がこの二人のカードを覗き見てあなたに教えればいいの?」


 察しが良くて助かる。やっていることはイカサマのようで心苦しいのだが、何を賭けるわけでもないので今は許して欲しい。

 モロがカードをシャッフルしながら、ゲームの提案をしてきた。


「じゃあやっぱ大貧民か? トランプと言えば」


 大貧民、あるいは大富豪はメジャーなゲームだが、ローカルルールが多いことでも知られている。しかし、そこは問題ではなく、あまりトリカの介在する余地がないような気がするので、僕としては遠慮したい。


「いや、僕はババ抜きがやりたい」

「おー、オーソドックスだな」

「じゃあババ抜きにしよう。トランプ持ってきたのは陽だからな」


 トシがそう同意してくれたことでスムーズにババ抜きが始まった。

 トリカにはジョーカーの位置を教えてもらうことにしよう。

 カードを配り終えると、ペアになったカードを捨てていく。僕の手元にはジョーカーはなかった。

 さあ、トリカの存在を確かめようじゃないか!


「数字が書いてないものがジョーカーよね? トシっていう子が持ってるわ」


 トリカは二人の背後に浮遊してジョーカーの在り処を教えてくれた。順番的に僕がトシのカードを取ることになるので、そのときに意図的にジョーカーを引いてみよう。

 その前にモロが僕のカードを引く。


「どーれーかーなー。……これだ! あ、くそっ」


 モロが引いたカードはペアにならなかったようである。

 さて、僕がトシのカードを引く番だ。トリカに目配せをすると、トシのカードを覗き込み一番左のカードを指し示した。


「これがジョーカー」


 了解。トシがカードを入れ替えたりする前にさっと左端のカードを引く。

 引いたカードはジョーカーだった。トリカの言ったとおりだった。


「ふふ、これでわかったわね?」


 トリカは得意気な顔をしたが、これだけではわからない。もっと試行回数増やしてなおかつ当たりが続くなら、トリカの存在が真実であると言えるだろう。

 僕の思考にトリカは一瞬うんざりした顔をしたが、すぐ強気な顔になった。


「いいわ、あなたの気が済むまで付き合ってあげる」


 その後のババ抜きはトリカの指示に従い、一番で抜けた。何回か繰り返しプレイしたが、トリカの教えてくれる情報が間違っていたことは一度もなかった。

 その結果を受けて、改めて実感する。トリカは確かに存在しているのだ。


「当たり前でしょうが」


 何回もババ抜きに付き合わされたトリカが、ご機嫌斜めな様子で言った。後で何かお礼を考えておこう。

 トランプをカバンにしまっていると、何やらモロとトシが感心した様子だった。


「陽めっちゃババ抜き強いのな。無駄な特技だけど」

「アイドルがババ抜きする番組あったよな。あれに出れば無双できるんじゃね?」

「陽がどうやって出んだよ。はははは!」


 トリカに教えてもらっての勝利だったが、それを言ったところでどうしようもない。だから、僕も与太話に参加するだけだ。


「おい舐めんなよ。僕が芸能界に入ったらアイドル千人斬りして速攻トップ上り詰めるぞ」

「ひゃははははは! だったらまず高校で百人斬りしてみろよ!」

「てか陽が女子と話してんの見たことねーよ! あははははは!」


 そんなふうに馬鹿な話をして、昼休みは終わった。

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