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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
一章 銀色の魔法使い
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「ねえ、そこのあなた」

 放置されていた広告の紙で足を滑らせ、フローリングの床にしたたかに頭を打ち付けた。強烈な衝撃に一瞬、目の奥が光ったような気がした。


「いってぇ……ん?」


 漫画のような失態に自嘲したい気分だったが、それよりも異常なことがある。

 リビングの天井付近に何か白い“もや”が浮いているのだ。水蒸気でも綿埃でもなさそう。煙のようにも見えるが、拡散せずにまとまっている。あんなもの最初から浮いていただろうか。

 後頭部をさすりながらしばらく目を凝らしてじっとしていると、視界に少年の顔が入ってきた。


「兄ちゃん、なんでこんなとこで寝てんの」

「お、おお。いやそれより……アレなに?」


 弟の京介にもやを指して尋ねると、彼は怪訝な顔をした。


「……なに? 天井?」

「いや、だからあの白いもやもやしたヤツ」

「……目にゴミでも入ってんじゃないの? 何もないけど」

「えぇ? 嘘だろ?」


 京介は無意味に嘘をつくような性格ではない。どうやら本当に見えていないらしい。

 しかし、僕は確実に見えているので何かおかしい。場所が悪いのかと思い、フローリングから起き上がり別角度から見ることにする。

 台所の方まで移動して白いもやを確認すると、やはり天井付近に存在している。


「……やっぱ見える」

「とうとうおかしくなったか」

「おかしくなってねえわ」


 京介の悪態に反論しつつも、心の中には不安と焦燥が走っていた。

 本当はおかしくなっているのか? 頭を打って何か悪くしてしまったのか?

 ……いや、多分、京介がおかしいのだ。両親が帰ってきたら確認してみよう。それで全てわかるはずだ。まあ、絶対に京介がおかしいと思うんだけど。


 結論から言うと、僕がおかしくなっていた。



 ◇◇◇



 それが二ヶ月前の話。

 僕が視えるようになったものは、おそらく霊の類だと思う。あるいは、何か超常的なもの。人外。僕は暫定的に霊と呼んでいる。

 いずれにしても普通の人には見えておらず、認識することはない。

 幸い、これまで霊による直接的な被害はない。しかし、単純に視界にちらついたりするだけで動揺するし、落ち着かない。つまるところストレスが増えたのである。

 今まで視えていなかったわけだから、霊の存在など無視しても問題ないはずだ。そう言い聞かせて生活しているが、やはり目に付くものは目に付くのである。

 もやもやとした不定形のものは、ようやく見過ごせるようになってきた。家の中にいる虫くらいに思えるようになった。不快ではある。

 これは僕の予想に過ぎないが、存在感のある霊ほどやばいのだろうと思っている。輪郭、形がはっきりしているもの、色が鮮やかなもの、ディテールが細かいものなどは、やばそうと勝手に思っている。とはいっても、そこまでやばそうな霊はまだ見たことがない。

 ところで、僕は数日前に入学したばかりの高校一年生である。恋や勉強に悩むならまだしも、霊などという誰にも共感を得られないことで頭を悩ませるのは如何ともしがたい。

 平穏な生活を送るための策はないか、そんなことを放課後の下駄箱で考えていると、背後から誰かに声をかけられた。


「おーすあきら。帰らないの?」

「おー、モロか」


 僕に声をかけてきたのは、出席番号が近いという理由で話すようになったモロこと諸岡もろおかだ。彼は暇があれば女子のパンチラを狙っているような男で、坂道や階段などの高低差のある場所を好む。少し高めの段差などがあると「ここ、ちょっといいかもな」などと下衆な顔でつぶやいている。さすがに段差一つ程度でパンツは拝めないと思う。ちなみに螺旋階段が一番好きだと言っていた。

 そんなモロと一緒に帰るために下駄箱で待っていたわけではない。もちろん一緒に帰ること自体は歓迎だが、そうできない事情があるのだ。

 モロは僕の様子を眺めると、にやりと笑った。


「天気予報はちゃんと見ないといかんなぁ、守谷陽(もりやあきら)くん」

「見たよ。見たうえで傘は置いてきた。ドープだろ?」

「はははは! 別にかっこよくねーよ!」


 顔に苦笑いを浮かべつつ、雨模様の風景を眺める。通り雨というわけでもなさそうなので、濡れ鼠になるほかないようだ。

 昇降口から空を仰いでいると、隣にモロが立つ。


「一緒に入ってく?」

「その折りたたみ傘じゃ共倒れになりそう」


 小さな折りたたみ傘に高校生男子が相合傘という構図はあまりにも見苦しいし、モロに迷惑をかけるのもよろしくない。


「仕方ないから僕は駅まで走るよ。じゃあな」

「おう。気をつけろよ」


 モロと別れの挨拶を交わし、校舎を飛び出した。



 雨の中を駅に向かって走っていたが、途中で疲れて歩き始めた。

 周りを見ても雨に打たれているのは僕くらいだった。同じ高校の生徒は皆一様に傘を差し、駅に向かっている。

 たまに傘を差していない人影があると思ったら、それは人間ではなく霊だった。

 人型の霊ほど怖いものはない。何が原因で霊になっているのかはわからないが、何かこの世に強い未練を残していそうな気がして不気味だ。極力意識せずに通り過ぎる。

 雨が強くなったことを機に僕はまた走りだした。


 駅舎に駆け込み、手持ちのハンカチで顔や腕を拭く。あっという間にハンカチの色が変わってしまった。

 水を吸って少し重くなったハンカチを握りしめながらホームを眺めていると、白い不定形の霊がふわふわと浮かんでいるのが見えた。

 これも僕の予想に過ぎないが、悪意がある霊は黒いもやを纏っているような気がする。逆に半透明だったり白っぽかったりする霊は害がないと思われる。根拠はないが、直感的にそんな気がしている。

 そろそろ電車が到着する旨のアナウンスが流れた。黄色い線の内側に立ち、ホームに電車が入ってくるのを待つ。

 ふと横を見ると、陰気な顔をした男子高校生が目に入った。

 もう電車がホームに入ってくるというのに、彼はふらふらと線路の方へと寄っていく。

 何やってるんだこいつ、と思ったその時、彼の身体から黒いもやが立ち上がるのが見えた。取り憑かれているのか!?

 僕は慌てて彼のもとに走り、腕を掴んだ。


「おい! 何してんだ!」


 そうして怒鳴りつけると、彼はハッとしたような顔で僕を見た。


「……あ、その、すみません。ぼーっとしてました」


 まさしく魔が差したということなのだろうか。虚ろな顔をしているが、今は黒いもやがない。

 電車がホームに完全に止まると、彼は僕に一礼して重い足取りで電車に乗り込んだ。

 僕はその電車に乗る気分になれず、次の電車で帰ることにした。



 霊と接触するようなことはめったにないのだが、そういうことがあった日には決まって神社に行くことにしている。雨が降っている日でも関係ない。

 一度家に帰宅した後、制服から私服に着替えて神社へ向かった。

 やはり神社という場所は特別なのか、悪霊がいない。本殿にはもしかしたら神聖な霊がいたりするのかもしれないが、未だに拝んだことはない。

 鳥居を抜け、脇にある手水舎で手と口を清めると、参拝に向かう。

 賽銭箱に小銭を入れ、厳かに二礼二拍手一礼した。

 こうすることで、なんとなくお祓いをした気分になるのである。もちろん効果のほどは不明だ。

 清々しい気持ちで神社を後にしようとすると、参道に薄手の黒いワンピースを来た銀髪の少女が立っていた。雨が降っているのに傘も差さずに立ち止まっている。

 何やってんだろうと不審に思いつつ、無言で通り過ぎることにする。おそらくコスプレ中の変な女に違いない。

 少女は最初、空を仰いで雨に打たれていたようだが、僕の存在に気付きこちらを見た。目が合いそうになり、思わず傘で顔を遮った。

 ちょっと露骨だったかと自己嫌悪しながら、少女の横を通り過ぎる。


「ねえ、そこのあなた」


 鈴の音ような声と、どこか高飛車な態度が伺えた。おそらく僕に声をかけたのだろうが、雨で聞こえなかったことにして通り過ぎることもできた。

 しかし、僕は一瞬足を止めてしまった。それすなわち聞こえたということであり、心情的に無視もしづらい。


「……なんでしょうか」


 振り返って銀髪少女に向き直ると、呼び止めた少女の方が驚いた顔をしていた。


「あなた、本当に私のことが見えるのね」

「あ……」


 その瞬間、僕の身体が総毛立つ。

 少女の姿ではなく、その影に視線を走らせる。影がない。この少女は人間じゃない!

 驚きのあまり硬直しかけたが、本能で走り出せた。

 クソが! あんなに明確な姿をしているものだから、コスプレした人間だと思ってしまった。しかも意思を持っているなんて絶対にやばい! 殺される! っていうか傘いらねえ!

 何の根拠もないが、恐怖に支配されている僕は殺されると思ってしまった。


「どうして逃げるの?」

「うわぁあ!」


 走り出して五歩目かというところで、突然少女が目の前に現れた。まさしく瞬間移動である。

 どうして逃げるってそりゃ「怖いからに決まってるだろうが!」と叫びたい気持ちだったが、怖いので叫べない。

 人間、こうなると思考停止しがちである。全てを時の流れにまかせ、審判の時を待つのだ。


「あのね、別に危害を加えようってわけじゃないわ。ちょっと頼みたいことがあるの」

「た、頼み」

「そう。ちょっとこっちに来て。あとこれ」


 少女が差し出してきたのは僕が放り出した傘だった。それを恐る恐る受け取り、歩き始めた少女の後をいやいやついていく。

 その後ろ姿を観察すると、背丈はおそらく160前後といったところか。クセのない長い銀髪を優雅に流している。明らかに日本人ではない。着ている服は遠くからだと丈の短い礼服のようだと思ったが、近くで見ると細かい装飾がなされていて、まるでファンタジーのそれである。

 近くで見て気付いたことはもう一つある。少女の身体に雨は当たらず、すり抜けていた。これに気付いていれば、少女の言葉に反応することなくここを後にできた。自分の失態に唾を吐きたい気分になる。

 少女は先程まで立っていた位置に戻り、すぐ脇の林を指した。


「この辺りに指輪を落としてしまったの。探してくれる?」

「はあ」


 その指輪を見つけたら解放してくれるのだろうか……。そんな疑問を浮かべつつ、林の中に足を踏み入れる。雨露が疎らに落ちてくる中、枯れ葉やら枝やらをかき分けて指輪を探す。

 これは結構時間がかかりそうだと思っていたのだが、意外にも早く見つかった。参道と林の境目あたりに銀色の質素な指輪が落ちていた。

 少女に指輪を差し出し、確認する。


「見つけたけど、これ?」

「それよ。ありがとう」


 すると少女は、差し出した僕の手ごと両手で包んだ。

 人間ではないはずなのに、確かな感触を感じた。同時に、何故か意識が遠のいていく。

 あ、何か命的なものを吸われてんのかな、と諦観の思いを抱きながら意識を手放した。


  ◇◇◇


「ねえ、そろそろ起きなさいよ」


 誰かに身体を揺さぶられて目が覚めた。辺りは暗く、自分がどこにいるのか把握できなかった。

 僕はどうやら木にもたれて寝ていたようである。地面には湿った土や葉の感触があり、服が雨露で濡れてしまっている。

 ぼーっとする頭をなんとか働かせ、まずスマートフォンを取り出した。時刻は十八時を過ぎたところだった。一時間ほど気を失っていたらしい。

 ライトを付け周囲を照らすと、僕のすぐそばに銀髪の少女がしゃがみこんでいた。


「うわぁっ!」

「驚きすぎ」


 声を上げて仰け反ると、少女に白い目を向けられた。

 先程の出来事を思い出す。僕はこの少女に指輪を探すように頼まれ、その後意識を失ったのだった。

 スマホのライトに照らし出された少女の目は紅く煌めき、普通の人間じゃないことを物語っていた。僕はスマホを取り落として思考停止した。


「あなたね、私みたいな美少女を前にしてどうしてそこまで怖がることができるの?」

「……?」


 止まっていた思考が動き出す。美少女?

 僕は恐怖心のあまり、特に顔を見ることを避けていた。暗がりのなか恐る恐るご尊顔を窺うと、確かに物凄い美貌を誇っていた。しかしそんなことより、この暗闇の中なのに少女の姿が鮮明に見えることが異常である。霊なんかも暗闇の中では白く浮き上がっているので、それと似たようなものだと考えられる。

 スマホを拾い、足元を照らしながら立ち上がった。濡れた服が不快だった。

 少女も同様に立ち上がったが、何かする素振りもない。

 そもそも、僕に一体何の用があるというのだ。もう指輪は見つけてあげたのだから、さっさと解放して欲しい。危害を加えないなどと言いながら意識をなくしたし、絶対に危険だ。


「絶対に危険とは失礼ね」

「え」


 思わず少女の顔を見る。不満そうな表情が得意気な顔に変わる。

 僕の思考を読んだ……? そんなことがあるのか?


「私くらいになるとそんなこともできるのよね。驚いた?」

「……驚いた」


 というほかない。そもそもこの少女に遭遇してから驚きっぱなしである。

 少女は僕の反応に気を良くしたのか、饒舌に語りだした。


「なぜ私があなたの思考を読み取れるか、それは私とあなたの間を“線”で繋いだから。よって私からあなたに思考を伝えることもできる。あなたの場合は、私の思考を一方的には読めないけどね」


 そんなテレパシーな話より、序盤で引っかかることがあった。


「“線”っていうのは、何なのさ」


 少女と僕の間に線があるらしいが、僕の目にはそんなもの映っていない。


「要は魔力の受け渡しをするための管ね。その副産物で思考を読めるのよ。あなたが気を失ったのは、私があなたの魔力をちょっと貰いすぎたから。それは謝るわ」

「魔力?」


 魔力なんてまるでゲームの世界の話のようだ。この少女の存在もゲーム的だが。

 僕が怪訝な視線を向けると、少女は溜息をついた。


「やっぱりこの世界は魔力が普遍的なものではないのね。道理で私のことを認識できる人間がいないわけだわ」

「……この世界って、まるで別の世界から来たみたいに言うね」

「そういうことになるわね。でも、この続きはあなたの家でしない? あなた、ずぶ濡れだし、夜目も利かないみたいだし」

「え、嫌だよ。解放してくれ」

「だーめ」


 少女は僕の手首を握り、有無を言わせない態度をとってきた。精神的にも物理的にも逃げられない状況に陥ってしまった。

 僕は観念し、少女を引き連れて家に帰ることにした。


「あ、その指輪はあなたが持っていてね」

「指輪?」


 指輪は少女が受け取ったものだと思っていたが、僕の右の手のひらに張り付いていた。どうやってくっついていたのだろう。左手で簡単に取れた。


「なんで僕が持つ必要があるのさ」

「それも後で説明するから。ところであなたの名前は?」

「守谷陽。君は?」

「私はトリカ。よろしくね」


 華やかな笑顔を向けられたが、僕はよろしくしたくなかった。

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