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あたしはアヒル3  作者: るりまつ
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カガミハマ・ローカルルール



 カガミハマは、海沿いに長く続く小高い丘を、大きなスプーンでくり抜いたような、この辺りでは比較的広い間口を持つ、美しい湾である。

 

 湾の東の端から西の端までは、直径にしておよそ2キロ程で、やや西に深く入り込んだ袋状の形をしている。

 緩やかな曲線を描く海岸には、荒波が長い歳月をかけて崖から削り取った肌色の砂が堆積し、狭いながらも砂浜らしきものがあった。

 しかしそのほとんどは満潮と共に海水の下に消えてしまう。

 その貧弱な砂浜から海に入るとすぐに、足の裏に滑らかで平べったい岩肌を感じる。

 そして透明な海水を覗き込みながら、沖へ向かってパドルアウトして行くと、海の底は崖と同じベージュ色から、次第に黒いゴツゴツとした岩礁へ変化して行き、その岩の間を泳ぐ魚の影がチラリと光ったり、 茶色い海藻がユラユラ揺らめくのがハッキリ見える。

 

 普段はのっぺりとしてほとんど波が無く、小さな漁船がいくつも浮かぶ平和な湾なのだが、台風や冬の低気圧がもたらす嵐がやって来て、他のビーチブレイクのサーフポイントが大荒れとなり、波情報サイトで『クローズアウト』と表示される頃、いよいよその真価を現す、 典型的なリーフブレイクのポイントだった。

 潮の流れで動いてしまう、砂の上に成り立つポイントとは異なり、がっちりと海底に根を張る岩礁は、その大きなうねりをしっかりと揺るぎなく受け止めて、それを力強く海面へと押し広げ、見上げるような高さと、どこまでも乗って行かれそうな長い斜面を持つ芸術的な巻き波を作り出す。


 湾の東側はホテルや旅館、高級別荘などが点在するなだらかな丘で、ササラの父親が営む小さな民宿も、その丘の中腹の、素晴らしく見晴らしの良い場所に建っていた。

 その東の丘の麓には、小さいが、しかし活気のある漁港があり、そこから海側に沿って、防潮堤に守られた町道が国道と合流して、ずっと西へと続き、 それを挟んで反対の陸側には、海産物の直売所や、観光客のための土産物店が賑やかに立ち並ぶ。

 しかし一歩裏手に入れば、そこは漁業と農業を営む、地元の人々が生活する静かな住宅地だ。

 袋形の湾のちょうど中間辺りには、南総鏡浜駅があり、電車は西の崖から鉄橋を降りて、小さな駅へとやって来て、東の崖のトンネルへと消えて行き、そして車は、東の丘から陸橋を降りて来て、ゆるやかにカーブする国道を通って、西の崖のトンネルへと抜けて行く。


 西のトンネルの500メートルくらい手前に、防潮堤の切れ目があり、 海岸へと降りて行かれるコンクリートで固められた階段があった。

 砂浜がほとんど水没してしまうカガミハマには、夏の間、海の家が立つことも無いので、海水浴客は来ない。

 基本的には漁業のための海なので、遊泳禁止とされている。

 今から30年ほど前は、この階段を降りて海に入って行くのは、竹かごを背負ってワカメや天草を取りに来る漁婦か、地元カガミハマの子供達、それから、当時はまだ数少なかったローカルサーファー達だけだった。

 夏の波静かな日は、サーファー達は子供と一緒にパドリング競争をして遊んだり、台風で一たび波が上がれば、嬉々として沖へと向かい、仲間たちと誰が一番大きな波を乗りこなすかを競い合い、腕を磨いた。

 そして子供達は防潮堤に集まって、兄貴分達の雄姿を羨望のまなざしで見守り、自分もいつか、大きな波に乗れるようになることを夢見て育って行った。

 

 たまに県外からサーフトリップに訪れる者が来れば、カガミハマで一緒に波を分け合い、楽しんだ。

 夜には地魚をつつきながら酒を酌み交わし、自分達の知らないサーフポイントの話に胸をときめかせ、そして『また遊びに来いよ』と言って再会を約束しあった。


 しかし次第に、カガミハマの波のクオリティーの良さを聞きつけてやって来るビジターサーファー達の数が増え始め、それに伴い様々なトラブルも増えて行った。

 国道に路上駐車は日常茶飯事で、路上がいっぱいになってくると、小さな漁港の、漁業者のための駐車場を占領し始めた。

 そこで漁港の管理が厳しくなると、今度は宿泊もしていないホテルの駐車場に、こっそり紛れ込んだりし始めた。 

 そして崖下の岩場に豊富に生息している、アワビやサザエなどを勝手に採って持ち帰り、そのくせゴミだけはちゃっかり置いて帰ったりする姿も、多く見られるようになった。

 

 そんな商工会や漁師達からの苦情をぶつけられるのは、当時のローカルサーファー達だった。

 密漁禁止や、路上駐車厳禁、ゴミの持ち帰りを呼びかける看板も所々に立てられ、ルール違反の現場を見た時は、声を掛けて注意を促すようにもした。

 しかし、それに素直に従う、大人しいビジターばかりでも無かったし、根気強くルールを諭せるような、気の長いローカルばかりでも無かった。

 

 そんなわけで、当時カガミハマに流れ込む小さな川を渡る国道の橋の下は、その騒音に紛れて、しばしばローカルサーファーによる鉄拳制裁の場となった。

 ビジターのルール違反と、血の気の多いローカルによる制裁行為。

 時にはそれが、ローカルによる一方的な暴力となることも多く見受けられ、 ローカルとビジターの対立は、カガミハマに限らず、サーフィン人口の増加に伴い、 全国各地のサーフポイントでも問題となり、延々と続くいたちごっこのように思われた。

 しかし、サーフショップやサーフィン雑誌、波情報サイトなどが、サーフィンを楽しむに於いてのルールとマナーを、ビジターに対して広く呼びかける様になった事と、 暴力の横行を、世間の目が見逃さないようになっていく中で、力でねじ伏せようとする一部のローカルのやり方は厳しく追及されるようになり、『理由なきパンチアウト』は当初に比べれば、だいぶ見られなくなった。

 そうは言っても、波の奪い合いによって起きる揉め事は、ローカル対ビジターに限らず、 ローカル対ローカル、ビジター対ビジターなど、波が良ければ良い分だけ、尽きることは無かったけれど。


 カガミハマのローカル達は、東側のサーフポイントを手カガミと呼んでいて、そこはマナーを守るビジターに対して、広く開放されていた。

 波質は優しく、ボトムの岩礁も滑らかなので、リーフの波の初心者も、 気軽にサーフィンを楽しむことができた。 

 それに対して西側の、防潮堤の切れ目の前のポイントは、本カガミと呼ばれ、 こちらはほとんどローカルサーファー達に支配されていて、 暗黙のルールやタブーが、年長者達によって決められていた。

 台風一過の時など、波にサイズがあって、風もピタリとベストの時には、 ピークに入って本カガミの極上のチューブを優先的に楽しめるのは、 地元で生まれ育ち、この海と生活を共にしてきたローカルの中でも超ベテランや、自他共に腕を認められた若手、それからローカル達と親しい、プロなどのエキスパートのサーファーに限られた。

 

 一見、高慢で閉鎖的なルールに思えるが、波のブレイクする場所が一か所だけと言う、リーフ特有の狭く限られたピークが、有象無象うぞうむぞうのサーファーで溢れ返り、それによって起こるケンカや事故を防ぐためにも、そしてもちろん、ローカル達の独占欲を満たすためにも、そのルールが変わることは無く、 そこにビジターの意見の入り込む余地は一切無かった。

 それでもわざわざ、手カガミの方から遥々パドルアウトして来て、本カガミのショルダーに紛れ込むビジターは大勢いたが、 ピークで波待ちできるメンバーだけは、頑なにローカル達で守られていた。

 どうやって守られているかというと、丁寧に表現するとしたら『顔を知らない人は移動してちょうだいな』と勧められると言うことだ。

 それでも居座り続ければ、肩を抱かれて、『一緒に橋の下へ行きたいか?』と、軽くお誘いがかかる。

 しかし今は、わざわざそこまでしてピークに入ろうとするビジターは、カガミハマにはいない。

 強面で、ビジター達に恐れられているササラでさえ、ローカルサーファーの中では、まだ若手のペーペー扱いで、本カガミのベストの時には、万が一入れたとしてもショルダー待機で、 ピークに入ることは許されなかった。

 とは言っても、逆に波が中途半端なサイズの時に、ベテラン達が波を独占する事も無かった。

 そういった振る舞いは『超・恥ずかしい行為』とされていて、後で仲間内でバカにされ、後ろ指さされるからだった。

 そういう時を狙えば、ビジターでもピークに入って、波をまわしてもらえる事もあり、 そうやって段々、ローカル達と親しくなっていく者も、中には大勢いた。


 ビジターサーファーには、そんな面倒くさいカガミハマ。されど憧れの、カガミハマ。なのであった。





この部分は、他サイトに重複投稿しています。

実在の海岸ではありません。

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