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あたしはアヒル3  作者: るりまつ
30/48

足音

 

 手早くシャワーを終えると、井田は今朝と同じブリーフとショートパンツを身に付けた。

 ポロシャツに腕を通した時、少し汗と潮の匂いが気になったが、仕方ない。

 吉祥寺の店を出る時は、ホナミに急かされ、着替えを見つくろう時間なんて無かったのだから。


 扉を開くと、シャワールームに立ちこめていた水蒸気が、霧のように廊下へ流れ出た。

 扉の外には、脱ぎ捨てたはずのビーチサンダルが、いつの間にか踵を揃えて置いてあった。


 井田は当たり前のようにそれを履くと、肌触りの良いオーガニックコットンのバスタオルを肩に掛け、細い廊下をペタペタと歩いて行った。


 廊下には、何か肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていて、井田の空っぽの胃袋を刺激した。

 おそらくホナミが、チキンかポークのグリルをオーダーしたのだろう。

 自分のイサキの刺身も、ラウンジに戻ればすぐにハナコが出してくれるに違いない。

 

 イサキは、井田の好物だった。

 ガーリックの効いた肉料理のように、周囲の空腹まで巻き込むような強い香りこそ無いものの、ハナコが近くの漁港の朝市で仕入れてくる旬のイサキは新鮮で、口に含んだ者だけが楽しめる鮮烈な磯の香りと、その鯛にも負けないコリコリとした歯応えはたまらない。


 本当なら良く冷えた純米吟醸酒か白ワインでも飲みながら……


 妄想がどんどん膨らみ、生唾が湧いてきた。

 そして自然と早足になる。



      ペタペタペタペタ

          

          ペタペタペタペタ……



 灰色をしたコンクリートの壁に足音が響き、それが二つに重なるように聞こえる。

 まるで誰かがそっとついてくるように。

 井田は立ち止まった。



 

  ペタ

    ペタ…



 そしてゆっくり振り返る。

 

 もちろん誰もいない。

 いるわけが無い。


 井田はオカルト的なことは全く信じないことにしている。

 しかしそういうことは、一度気味が悪いと感じてしまうと、どうしようもなく気になってしまうものだ。



「 気のせいだ 」



 わざと声に出してそう言ってみる。

 するとラウンジの中から『ひゃっはっはっ!』と、品のないバカ笑いが返ってきた。

 そのオカルトとは全く縁のなさそうな笑い声に、井田の不安はいっぺんに吹き飛んだ。

 そして一瞬びくびくしてしまった自分自身に「バカだな」とつぶやくと、そのままラウンジへ入って行った。








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