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あたしはアヒル3  作者: るりまつ
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余計な口出しするなよ



 ラウンジを出て、暗いコンクリートの壁に沿って廊下の突き当りの右にある、磨りガラスのはめ込まれた木の扉をガラガラと開き、ビーチサンダルを脱いで中に入る。

 北側に面した風呂場は冷んやりとしていて、白い清潔なタイルの感触が足の裏に心地良い。


 井田は衣服を木の棚に置かれた、水色の脱衣カゴの中に放り込んで素っ裸になると、向かい側の壁に取り付けられた、やけに大きな鏡はなるべく見ないように素通りした。

 何度このシャワー室を使わせてもらっても、井田はこの鏡だけは好きになれなかった。


 鏡自体が必要以上に大きく、日陰の薄暗い風呂場の中で、窓からの間接光を吸い込んで、そこだけぼんやりと白い光を放っていて、なんだか鏡の向こう側から、もう一人の自分が出てきそうな気がして気味悪かった。

 御園生はこの鏡の前で、自分の筋肉と贅肉の状態を、井田の目も気にせず念入りにチェックしたりするのだが。


 ペタペタと音を立て、3つ並んだシャワーの一番奥まで行き、混合水栓を捻る。

 すぐに熱い湯が出てきて、ハナコから借りた良い香りのシャンプーで頭を洗い、それからシャンプーと統一された香りの、泡立ちの良いボディーソープで体を洗った。

 それはハナコの体から漂ってきた香りとは違うものだった。


  これは客用の物か…… 


 その時ふと、哲郎の髪が濡れているようだった事を思い出した。


  山田哲郎もここでシャワー浴びたのか〜。

  どっかのポイントで1R入って、それからここにランチ食べに来たのかな〜。

  やっぱシークレットガーデンは思わぬ大物に会えるよな〜。

  雑誌以外で見たの初めてだけど、やっぱ実物はオーラ出てるよな〜。

  なんたって歴代のグラチャンだもんな…後でサインしてもらっちゃおうかな〜。


 しかし、そんなミーハーな事を考える一方で、


  山田哲郎もここでシャワー浴びたのか〜。

  確か独身……昭和のイケメン、相当オンナ泣かしてるんだろな〜


 なんて事が頭をよぎる。



  山田哲郎もここでシャワー浴びたのか〜。

  山田哲郎もここでシャワー浴びたのか〜。



 ソファーに寝そべっていた哲郎。 

 かき上げた長い黒髪が濡れていた。


  ……だからどうした。

 


   『気持ち良く昼寝してるとこ邪魔しやがって』


               

  

 ハナコは扉を閉めに来た。


   『もう閉めなきゃと思ってたの』

                 

                

                  ジャマシヤガッテ…  

               


 口元に浮かぶ妖艶な微笑みと風に漂う濃厚な女の香り……



    『すごいはしゃぎ声が聞こえたから、誰かと思って見に来たところよ』


                             

                  ジャマシヤガッテ…


       

   繋がらない携帯電話……


      

    

     『電話?ほんと??全然気が付かなかったわ、ごめんなさいね』

                   


                   ジャマシヤガッテ…




  俺たちが来なかったら、あそこは密室だ


             


「 …… 」



 そして御園生の顔が浮かんだ。


 

  社長は……


  面倒見がよく、おおらかで、人当たりが良く

  面倒見がよく、おおらかで、人当たりが良く

  面倒見がよく、おおらかで、人当たりが良く

  面倒見がよく、おおらかで、人当たりが良く……


  あとそうだ、俺たちから見たらケタ違いの金持ちじゃないか


 (でもちびで冴えない50近いおっちゃん)      

 (でもちびで冴えない50近いおっちゃん)

 (でもちびで冴えない50近いおっちゃん)

 (でもちびで冴えない50近いおっちゃん……)


  社長は……


  こんなところに最愛の恋人を、一人で置いておいて心配じゃないのか?

  それとも愛人だから平気なのか?

  そんなもんか?


  野放しにしていても……

  影で何をしていても……

  いるときだけ恋の真似ごとができれば……


              

  俺には無理。

  こんなところに、恋人を一人で住ませておくなんて。

  愛人でも無理。


  ところで、既婚者にとって愛人と恋人ってどう違うんだ?


                     

  ……どっちでもいいけど。                           

            

  ……もういいよ、考えるな。関係ない。

  ……俺の干渉することじゃない。


  大人の恋愛事情に余計な口出しするなよ、俺。




 井田は顔を上げて目をつむり、シャワーの強い水流と共に、ハナコと哲郎に対する疑惑を流し去った。


 そして下を向いて目を開いた。

 銀色の円盤型の排水溝に、数本の長い黒い髪が絡みつき、水の流れに合わせて白いタイルの上をうねっている。

 そして横を向くと、死角になって見えないはず大きな鏡の向こうに、もう一人の自分が映っているような気がしてまた目を閉じた。

        


  余計な口出しするなよ、向こう側の俺……


 





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