あたしのケツに触んじゃねぇっ!!
「……ったく、冗談じゃねぇよ、人が気持ち良く昼寝してるとこ邪魔しやがって」
哲郎はさも迷惑というように、自分の下半身をホナミの尻の下から引き抜くと、憎しみを込めてその尻たぶを両手で思い切り鷲づかみにし、ソファーの背もたれの向こうに押しやろうとした。
ギュギュッ、ムニュニュニュゥ〜〜
「ん?」
「ぎゃああああああああああああああっっっ!!!!」
あまりの痛さに、ホナミは感電したように体を弾かせて悲鳴を上げ、(その間、コンマ0秒か)井田がヤバい、と思った直後には
ビシイイイイイイィィィッ!!!
と、鋭いムチのような音がラウンジに響き……
哲郎の横っつらを引っぱたいていた。
「 ぁだっ、、、、!!」
「 アタシのケツに触んじゃねえっ!!このヘンタイ野郎っ!!!」
「あら……」
「ナカムラさん、、、」
出た……ヘンタイ、、、しかも『野郎』まで付けて……
さらに、、、引っぱたいた…山田哲郎を、、、元グラチャンを……
もう俺、サーフ業界でやっていけない……
井田は泣きたくなった。
無性別アンドロイド・ホナミは井田の目の前でまたしても暴走した。
哲郎は目を丸くしたまま、張られた左頬を大きな手で押さえていた。
それを見て、ハナコは咄嗟に手近にあった大根を手にして、バーカウンターの中から飛び出してきた。
そしてその大根を、憐れむような目で哲郎の前に差し出し、哲郎は半ば無意識にその白い根菜を受け取ると、それを叩かれて赤くなった頬に押し当てた。
「だい……(大根・・・なぜに??)だい丈夫ですか……?」
井田はその計り知れない大根の意味を探りつつ、とりあえず哲郎に声を掛けてみた。
「哲郎さん、大丈夫?!ホナミちゃんもゴメンナサイね!びっくりしたわよね?!……ていうか、、うふっ、ふふふ、、ふっふっふっふっ・・・ふっふっはっはっは!!」
ハナコは気でも狂ったのか、この緊迫した状況の中、形の良い唇を大きく開き、大根にすがるように頬を当てた哲郎を見て笑い始めた。
「ヘンタイだって、あはははは!!!哲郎さんがヘンタイ野郎、、、あっはっはっはっ!! 、、おっかしい、、あっはっはっは!!!」
ハナコの尋常ではない笑いっぷりに、哲郎はあっけにとられた。
その隙にホナミは、井田がそっと差し出した左手を掴んで、ようやく背もたれから立ち上がると、コソッと井田の後ろへ身を隠した。
それを見て哲郎はハッとして、大根をソファーの座面に放り投げると、
「お、おい、何だオマエ、今の平手打ちは!!何でオレが二度も痛い目に合わなきゃいけねんだよ?なぁ?おかしいよなぁ??」
哲郎は同意と同情を求めるように、井田の顔を見た。
それからふと自分の両手を見て、指先に生々しく甦る感触をたどるように、十本の指をぷにぷにと動かしてみた。
そして首をかしげ、その手をホールドアップするように上げると、状況を理解できずにハナコと井田を代わる代わる見た。
「な、どゆことなの??…アタシ?ホナミちゃん??なんか…ケツがこう、ムニュニュウゥゥーってしたけど、、お前、オンナなのか?!」
その、保安官に追い詰められたインディアンのようにうろたえる哲郎の姿が可笑しくて、井田は思わず吹き出してしまった。
「も、申し訳ありません、山田プロ。……ですよね?ショートの。あの初めまして、自分は井田と申します、吉祥寺のブルーガーデンの。彼女はナカムラホナミ、、、ゥプッ、、、スイマセン。女の子なんです。……ウププッ!!」
それに対して、ハナコも補足するように言った。
「なかなか個性的な美『少女』でしょ??フフフッ!!」
ホナミは井田の背後から顔を出すと、また強気に出て哲郎に向かって言った。
「女で悪かったな、オッサン!!」
「オ、オッサン……?!オレのこと?オレ、おっさん、、、??」
「あっはっはっはっはっ!!ホナミちゃん、、、やめて、、ウケる……!!」
「え、だってオッサンだろ?あんた」
「ナカムラさん、ちょっともういい加減に……ウププッ!、、あははっ!ぁ、すいません、、、」
オッサンと聞いてまたハナコが笑い出し、井田もつられて声を上げて笑ってしまった。
そして哲郎は、ついに怒るタイミングも気力も失った。
「い……いや〜いいよ、もういい!女なら許す!男だったら半殺しだけどね、うん」
「ちょっと哲郎さん、ちゃんとホナミちゃんに謝って!お尻、思い切りつねったんでしょ」
「あーそうだ、君、痛くしてごめんね!先にオンナって分かってたら、もっと優ぁ〜しく触ってあげたんだけど。ま、それにしてもなかなか心に残る素晴らしい感触だったね、ホント」
と言いながら表情を一変させて、ホナミにニヤッ!と笑いかけた。
「やーね!またヘンタイって言われるわよ、オッサン!!」
ハナコはそうして、哲郎の怒気に笑いをまぶして和らげていった。
ホナミはそんなハナコの顔を、上目づかいでそっと伺った。
するとハナコはその視線をキャッチし、素早く目で合図を送ってきた。
『私はあなたの敵じゃないのよ』
というように。
ホナミはそれを受け取ると、口元を片手で隠し、目で笑い返した。
そして井田の後ろからそっと出てきて、哲郎の前に立つと神妙に頭を下げた。
「オジサマ、うっさくして引っぱたいて……スンマセンでしたっ!」
「ほら、もう哲郎さんも許してあげてね」
「本当に申し訳ありません、お休みのところ」
「あーびっくりしちゃたよアタシ!人がいるなんて思わなかったんだもん」
「いや、こっちこそびっくりしたぜ、マジ ナタでタマ、かち割られたのかと思ったぜ」
「さ、みんなこっち来たら?それとも井田さんもホナミちゃんもソファーで食べる?」
「せっかくだから海見ながら食べたいっす!!」
「そうね、じゃ、何が食べたい??」
「おい、大根しまっとけよ、ハナコ」
「あ、忘れてた、あっはっは」
品の良い静寂を味わうべきシークレットガーデンに、がさつな笑いがこぼれ、四人は半ば強引に打ち解けることができた。
そして海を見渡すラウンジの奥に、特等席のようにしつらえられた一角で、エンジ色のソファーとオットマンに座り、ガラス製のコーヒーテーブルを囲んだ。
「井田さん、ホナミちゃん、メニュー決めたらどっちか先にシャワー入っちゃったら?」
「あ、、、そうですね。ナカムラさん、先どうぞ」
「アタシ?あとで良いよ、この景色もうちょっと見てたい」
「そう?じゃあ……山田さん、ちょっと失礼しても良いですかね?」
「ああ、もちろんもちろん!ごゆっくり。オレはお嬢さまのお相手をしてるよ」
さすが男には厳しく、女にはとことん甘い、昭和のイケメン哲郎は、ホナミが女と分かった途端に、手のひらを返したように話し方も優しくなった。
「ハナコさん、俺、イサキの刺身でお願いします」
井田はランチメニューの中からイサキの刺身定食を頼むと、ハナコから柔らかいバスタオルとシャンプー類を受け取り、少々不安に思いながらも哲郎にホナミの世話を任せて、シャワールームへと向かった。