柔らかなソファー
「危ないっ!」
井田が叫んだ。
もの珍しそうに辺りを見まわし、後ずさりしながらウンジの中を移動していたホナミは、背面を向けて据え置かれた大きなソファーの存在に気付かず、そのエンジ色の背もたれに、ドンッ!と強くぶつかった。
そして足元をすくわれ、そのままのけ反るように背もたれの向こうに引っくり返った。
「 ひゃぁっ!!」
ドサッ
「 ぅぐっ……!!」
短い悲鳴の後に、低いうめき声が聞こえた。
「ホナミちゃん!!」
「ナ・ナカムラさん!だだだいじょうぶっ?!」
ホナミは一瞬何が起こったのかと、目をパチクリさせて天井を見た。
不意を突かれて驚きはしたものの、ソファーが低反発クッションのようにグニャリと弾力があったので、どこもひどくぶつけたりしないで済んだ。
それに長い両脚がソファーの背もたれに引っかったお陰で、床に頭から転落するのも免れた。
ホナミは頭の下に両手を当てて、引っかけた脚を軸に「えいっ!」と腹筋運動のように軽々と上体を起こした。
そして背もたれから顔を覗かせ、井田とハナコに向かって照れ臭そうに舌を出した。
「ちょーびっくり!でもセーフ♪」
「ホナミちゃん、そこ、、、」
ハナコが言いかけた時、
「痛ぇ……」
と、ホナミの真下で男の野太い声がした。
「へっ?!」
ホナミは首を捻って、自分の倒れ込んだソファーを振り返った。
するとそこには真っ黒な長い髪と、日焼けした掘りの深い顔立ちの男がすでに横たわっていて、ホナミは見事にその上に墜落したようだった。
そして弾力のある低反発クッションの役目を果たしたのは、気の毒な事にその男の股間だった。
「てめえ……人のキンタマ潰す気か……?」
男は急所に不意打ちをくらい、息を詰まらせてそう言った。
そして肘を支えに、苦しげに半身を起こすと、凄まじい形相でホナミを睨んだ。
ホナミは驚きのあまり、背もたれに脚を掛けたまま、その男の股の上で凍りついた。
「おい、クソガキ、、、オレの上からさっさと降りやがれ」
突然のアメリカン・インディアンのような男の出現に、井田も驚き、急いでソファーに駆け寄った。
すると男は、濡れて毛束になった黒髪を片手でかき上げながら、井田にも鋭い視線を向けた。
「す、すいません、連れが、、、あっ!!」
「哲郎さん、ごめんなさいね。哲郎さんが起きたらちゃんと紹介しようと思ったんだけど……間に合わなかったみたいね」
ハナコは場を取り繕うようにそう言った。
哲郎。……そうだ、山田哲郎だ!!
井田はその掘りの深い顔と鋭い大きな目を見て、その男が歴代のショートボードのグランドチャンピオンの一人であり、酒々井町のサーフショップ『アイル』のオーナー、山田哲郎である事に気付いた。