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あたしはアヒル3  作者: るりまつ
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タケルとユイ



 タケルとユイは、タケルが高校二年の時、カガミハマで知り合った。


 冬に近い秋の頃、タケルは学校をサボり、一人で電車でカガミハマにやって来た。

 そしてローカルルールを知らないまま、本カガミで勝手にサーフィンをしていて、ササラ達にインネンを付けられケンカになり、最後はドンに殴られた。

 その帰り、南総鏡浜駅で、腫れた顔のタケルに声を掛け、手当てをしてくれたのがユイだった。


 その後、タケルのサーフィンの師匠、酒々井町でサーフショップを営む山田哲郎という、ショートボードのプロサーファーを通じて、ササラ達とは和解した。

 そして、手カガミの方では気軽にサーフィンさせてもらえるようになった頃、防潮堤にちょこんと座って海を眺めているユイを見かけるようになり、ある時タケルの方から声を掛け、ユイに礼を言ったのだ。


 ユイはカガミハマの西の丘の、辺ぴな所にブチ建てられた、看護学部のある大学の学生で、タケルより二歳年上だった。

 元々は川崎の子で、南総鏡浜駅の近くにワンルームアパートを借りて住んでいた。


 ササラもその仲間達も、彼女の事は良く知っていて、この辺りでは有名な『サーファー狙いのやりマン女』で通っていた。

 なので『ユイのアパートでシャワーを借りて寝て帰る』というパターンはすぐに出来上がり、タケルが高校ニ年をダブって、カガミハマでサーフィンばかりやっていた頃は、そんな関係がうまく続いていた。


 18才になった二回目の高二の夏休み、タケルはユイのアパートに泊り込み、海辺の自動車教習所に通い、学校にはバレないように車の運転免許を取得した。


 そして実家の祖母がもう使わなくなっていた、空色の軽のワンボックスカーを乗り回すようになり、今まで哲郎や電車に頼っていた海通いは一気に自由になり、行動範囲も広がった。


 違うポイントで波が上がった時はユイの所には行かないし、逆に、ただ単にしたくなった時は、波が無くてもアパートに寄ってユイと寝た。

 カガミハマ限定の、実に都合の良い気楽な相手だった。

 ユイの方も、タケルの事をその程度に考えていると、タケルは思っていた。

 それはユイが、タケルに体の関係以上の事を求めなかったからだ。

 面倒くさい事は一切要求して来ない。

 どこに連れていけとも言わないし、二人で外食をしたがったり、一緒に買い物に行こうと言われた事も特に無かった。


 そんなユイを免許取立ての頃に一度だけ、空色のワンボックスカーの助手席に乗せ、カガミハマから海沿いの道をずっと北上し、茨城までサーフィンをしに行ったことがあった。


 平日の秋の茨城の海は空いていて、よく晴れ、波もまあまあだった。

 ひと気の無い海岸に車を停め、タケルが海に入っている間、ユイは退屈そうにそれを眺めていた。


 タケルがようやく海から上がって来ると、二人でコンビニで買ったオニギリとサンドイッチを食べた。

 それから小さな車の中でユイを抱いた。


 夕方になってもう1ラウンド波乗りして、帰りはありふれたファミレスに入り、タケルはハンバーグセットを、ユイはミートドリアを注文した。

 そして、どこも似たり寄ったりの、夜の海浜公園をブラブラ散歩した時、ユイが不意に手を繋いできたのを覚えている。


 そんな感情を伴わない関係が、ダラダラと二年近く続いた。

 感情を伴わない、と言っても、その二年の間、タケルはユイ以外の女の子と寝る事は無かったし、ユイも一人で、カガミハマの防潮堤に座ることは無くなった。


 そして、高校三年生の一学期が終わる頃。

 タケルは哲郎に連れられ、初めてシークレットガーデンに行き、ハナコと知り合った。

 それから、タケルの生活態度は一変した。


 ようやく自分の進路を、神官になって実家の神社を継ぐという事に決め、そこから神職の資格が取れる大学に入るため、遅まきながら受験勉強を開始した。


 必死に勉強もしたし、たまには息抜きにサーフィンにも行った。

 しかしカガミハマ方面よりも、シークレットガーデンに近い、音鳴浜おとなりはまの通称『トナリ』ポイントに行く事が多くなり、帰りは必ずハナコの店に寄り道した。


 シークレットガーデンは、会員制のビーチクラブとなっていたので、初めてタケルが哲郎を伴わないでやって来た時、ハナコは一瞬戸惑ったが、高校生だし、ということで、その後は快くタケルを迎え入れてくれた。

 そしてタケルは、いつも一番安いトーストセットを頼み、ハナコの美しい顔をチラ見しながら、言葉少ない会話を交わすのが楽しみとなり、そうなるにつれ、ユイの家でシャワーを借りたり、体の関係を持つことは自然と減った。


 適度な息抜きをして、効率よく勉強した事と、秀才じゃないと入れないような大学では無かった事と、元々それほどバカでは無かった事が幸いして、タケルは無事、四年かけた佐倉市の公立高校を卒業し、大学生となった。


 そして下北沢のアパートに引っ越して、車をやむなく実家に残してからは、カガミハマに限らず、海に行く頻度も以前に比べて減ってしまい、それに伴い、ユイに会うことは全く無くなった。


『東京に引っ越してから誰ともやってない』


 というのは本当だった。

 ユイと会わなくなってからも、タケルは間に合わせの相手と寝るようなことは無くなり、以前のタケルとは別人のように考え方も変化した。

 それほどタケルの頭の中は、ハナコで埋め尽くされていた。


 好きでも無い女とやるくらいなら、

 ハナコの体を想像しながら一人でしたほうがマシ。


 子供の頃から、なぜか人を好きになる、という感情が湧き起こらないまま、肉体が欲しがるモノだけを満たして来たタケルが、19才で初めて落ちた、遅い初恋だった。


 しかし、その遅すぎる初恋は、独りよがりで子供っぽく、世間知らずで純粋過ぎた。

 そしてハナコを神聖視するタケルに、周囲のサーファー仲間は誰も忠告できずにいた。

 大事なことを。


 タケルの横で、蝉の声に消されるほど小さな声で、ユイが泣き出した。

 都合のいい相手と思っていたのはタケルだけで、ユイはタケルが大好きだった。

 都合のいい相手を、ずっと演じていただけだ。タケルとの関係が続くことを願って。

 二人で茨城に行ったのは、ユイにとっては一つしかない、大切な小さな思い出だった。 


 気まずい空気が流れ、タケルは立ち上がると、ケヤキの大木を見上げた。

 視力の良いタケルの目は、太い幹の上方に、アブラ蝉の茶色い姿を二匹捉えた。

 蝉達は、同じような姿かたちで、懸命に硬い羽を擦り合わせて鳴いている。

 単一にしか聞こえない音が激しく重なりあう中で、セミはどうやって、先の命を繋ぐ相手を選ぶのだろう?

 と、タケルは不思議に思う。


 しくしくと泣くユイを放ったままにして、蝉の交尾について思いを巡らしていると、覚えのある、重いディーゼルターボ車のエンジン音が聞こえてきて、振り返ると、満車の駐車場にチャコールグレーのランドクルーザーが入って来た。


 図体のでかいランドクルーザーは、タケルの小さな空色のワンボックスカーの前を塞ぐように、いい加減に停車してエンジンを切った。

 運転席には、長い黒髪を一つに束ねたいかつい男が、咥えタバコで乗っていた。

 男はユイには気付かず、タケルを見つけると、咥えたタバコをグッ!と噛みしめ、ヤニに黄ばんだ歯を全開で見せた。


 その男、山田哲郎にとって、どうやらそれは笑顔のつもりのようだった。






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