表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたしはアヒル3  作者: るりまつ
19/48

切なく気まずい ヒマつぶし




 カガミハマの前を通る国道から、一本脇道に入った静かな住宅地に、この町の影の有力者とも言える男の、大きな平屋建ての屋敷と、数台の車を停められる個人駐車場があった。

 その砂利の敷かれた駐車場は、台風のカガミハマの波に期待して集まって来た、地元以外のサーファー達の車で、すでに満車となっていた。

 駐車場の持ち主の男は、カガミハマの漁師達のドンで、親しいビジターサーファーに、好意でこのスペースを貸していた。

 とあるケンカがきっかけで、なぜかこの男とカガミハマのローカル達に気に入られていたタケルは、その個人駐車場の一番奥の、ケヤキの大木の下に、空色の小さなワンボックスカーを停め、窓とドアを全開にした荷室に、頭の下に手を組んでゴロリと横たわっていた。


 八月の、真昼の直射日光を遮るケヤキの木陰は、居心地良い特等席となり、はね上げ式の荷室のドアには、半乾きの青いスプリングのウェットスーツと、丁寧にハンガーに掛けた、真新しいTシャツが吊るされ、揺れていた。


 ケヤキの枝が、時折り激しい音を立てて揺れ、荷室の中に生温かい湿った空気が吹き込んでくる。

 台風は刻一刻と近づいているはずだったけれど、タケルは波情報をチェックする気さえ起らなかった。


 青い空に白い雲の塊りが明らかに増え、東へ南へと気まぐれに変わる風の中で、深いグリーンのヘンプTシャツが、踊るように揺れているのを見つめながら、タケルはハナコの事を考えていた。


 ハナコが投げてよこした、タケルのハタチのバースデープレゼント。

 ぞんざいな態度だったけれど、心の中には自分と同じ想いが溢れている。

 と、ハナコの手の甲に、自分の唇を付けて見つめ合った時、タケルは確信した。



 ハナ……早く会いたいよ。



 ほんの1時間ほど前、シークレットガーデンで会っていたのに、タケルはもうハナコに会いたい気持ちでいっぱいになった。


 うわの空のような気のない素振りをするかと思えば、イスから転げ落ちたタケルの髪を、優しく撫でてくれた。

 我慢できなくて抱き寄せて、床に押し倒した時の無防備な半開きの唇。

 驚いたような目をして、本当は誘惑してる。

 タケルの唇を誘ってる。



 

 ホントはオレのこと待ってるんでしょ。


 オレとしたいんでしょ。


 オレもハナとしたいよ。


 いつもオレの傍にいて欲しい。


 全部独り占めにしたいんだ。


 誰にもとられたくない。


 じっとしてると不安になるよ。


 こうしてる間に、ハナの気持ちが変わるんじゃないかって……



 切ない痛みが走り、タケルは思わず目を閉じて、自分の胸を右手で抑えた。



 好き過ぎて、苦しいよ……



 その時、風の音に交ざって砂利を踏む微かな音がした。

 ハッとして目を開くと、揺れるヘンプTシャツの横に、女のコが立っていた。



「タケル君……」


結衣ゆい、、、」



 ユイと呼ばれたその子は、肩に届く茶色に染まった髪を片手で押え、強い風で顔が隠れるのを防ぎながら、荷室に横たわったタケルに向かって微笑んだ。

 小麦色に日焼けした身体に、水色のノースリーブのロング丈のワンピースを身に付けていて、薄い生地が木漏れ日に透け、綺麗な体のラインがクッキリ見えた。


「メールしても全然返信無いから、どうしてるのかな、って心配してた」


 そう言いながら、イチゴみたいな赤いビーチサンダルを脱ぐと、荷室の中の雑多なモノを押しのけて、寝そべるタケルの横に、その身を滑り込ませてきた。

 その動きがあまりにも自然で素早かったので、タケルは拒むタイミングを逃した。


「ササラさんに聞いたら、今日ここで待ち合わせしてるって聞いたから、来ちゃった」


「 …… 」


 ユイは仰向けのタケルの横に、添い寝するように片肘を付き、久しぶりに見るその顔を、優しい目でじっと見つめた。


 無言のままのタケル。

 ただでさえ蒸し暑いのに、そこにユイの体温が加わり、暑苦しい、というより息苦しい。

 ケヤキの枝が揺れる音と、セミの鳴き声が混じり合い、胸の中までにわかにザワめき始める。


「今日、お誕生日でしょ?おめでとう」

「 …… 」

「海入ったあと、夕方時間あるよね?」

「ない」


 無言を通すかと思ったら、そこだけは言葉に出して否定するタケルに、ユイはプッと噴き出し笑いをした。


「用事があるの?」

「 …… 」

「パーティーは夜でしょ?」

「……?」


 タケルはユイの顔を見て、キョトンとした。


「聞いてない?ササラさんから」


 タケルは眉をひそめて首を振った。


「『NIGHT HELON』で、タケル君のバースデーパーティーするって、張り切ってたよ」


 タケルが目を見開いて困った顔になったので、それを見てユイはまた笑った。

 どうやらユイは、タケルの無言癖には慣れているようで、タケルの表情を読み取りながら、勝手に会話を進めていく。


「パーティーの前に……ウチ、おいでよ」

「 …… 」

「シャワー入ってさっぱりしたいでしょ?」


 そう言ってタケルの広い胸に、自分の柔らかい胸をこすりつけるように、体を重ねてきた。

 水色のカットソーワンピの胸元が引っ張られ、ユイの深い胸の谷間がよく見えた。

 タケルは、その見慣れた胸の谷間をしばらく見つめ、それからまたきっぱり断った。



「行かない」



 それを聞いて、ユイは思わずフーッとため息をついた。

 同時に、今まで無理に浮かべていた笑顔も、はかない風船のようにしぼんでしまった。

 ユイはタケルの首元に自分の顔を埋めると、小さな声で訊いた。


「……ねぇ、大学でカノジョできたの?」

「できねーよ」

「じゃ、えっちの相手、できたんでしょ?」

「できねーって」

「東京引っ越してからずっと誰ともしてないの?」

「してない」

「うそ!!信じられないよそんなのっ!!」


 ユイは急に顔を上げると、タケルの胸を小さな拳で叩いた。


「 ……信じなくていいよ、、、」


 タケルは面倒くさくなって、ユイを押しのけて体を起こすと、荷室のふちに腰を掛けて外を向いた。

 するとユイもすぐに起き上って、タケルを問い詰めた。


「だって変じゃん、彼女もヤリ友もいないのに……なんで?なんでユイと会ってくれなくなったの??2年もやったらもう飽きた??」

「 …… 」

「タケル君から会いたいって、言ってくれたことほとんど無かったけど……会えば優しくしてくれるし、、、口下手なだけで、私達それなりに、上手くいってるのかなって……勝手に思ってた」

「 …… 」

「受験だから、しばらく会えなくても我慢しなきゃって思ってたけど、大学生になったら今度はユイのこと全然シカトして、、、ひどいよ……」


 ユイの責めるような目に涙が浮かぶ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ