危ういビキニ
「ねえ、ホントにリョウさんは入んないの?」
「ええ。僕のことは気にせず、心置きなくボデボやっておいで。ほら、あんなにキレイなマシーンウェーブが割れてるじゃないか」
井田は長い前髪を掻き上げながら目を細め、自己犠牲を喜びとするキリスト様のような笑みを浮かべて、ヘタレのアウトを見つめた。
良かった……本当に良かった。俺は、俺は、、、ココで入水しなくて済んだぁっ!!
井田はガッツポーズをして、小躍りしたい気分だった。
井田のちっこいプライドは、どうにか守られたのだ。
「ちぇっ。一人じゃつまんないなー」
「さあ、そんなこと言わないで。あそこに四人ローカルさんがいるから、彼らに遊んでもらいなさい。ラインについたら、ちゃんと『こんにちは』って挨拶するんだよ」
井田はいかにも店長らしいことを言って、振り向いた。
するとそこには、とっくに服を脱ぎ捨てたホナミがいて、ビキニ姿で身を屈め、丈の長いメンズの黄色いサーフトランクスに、片脚を突っ込もうとしているところだった。
女子サッカーで鍛えられた、逞しく長い脚。
太腿とふくらはぎには、しっかりとした筋肉が付いていて決して細いとは言えないが、その分、足首と膝裏の締まり具合が清々しい。
そして身に付けているビキニはショッキングピンクの、かなり表面積の少ないブラジルタイプのモノだった。
チョコレート色に日焼けした尻を覆うパンティーは、横をヒモで結ぶだけの危うさで、少しずれた布地から、元々のタマゴ色の肌が柔らかいスポンジケーキみたいに覗いていた。
う。こいつ、いいケツしてんなぁ……
気持ちに余裕が出た途端、その余裕をスケベ心が支配する。
目の前に突き出されたいかにも美味そうな大きな尻。
それに井田が気を取られている隙に、ホナミはトランクスをさっさと穿き終え、今度は両手を高く上げ、それを頭の後ろに回すと、首に掛かったホルターネックのブラ紐を結び直した。
腕を上げると背中に一本、真っすぐな深い溝ができ、細い腰がさらにくびれて、形良い尻の大きさが強調される。
それから腕を背中に回し、アンダーバストの紐も一度解き、再びギュゥッと絞り上げた。
「リョウさん」
その後ろ姿に見惚れていると、不意にホナミが声を掛けてきたので、井田はドキリとした。
「リョウさん悪いけど、ちょっとこの結び目、押さえててくれる?」
「え?ああ、そう、ここ?……いいですよ」 全然悪くないです、喜んで。
スケベ心を抑えつつ、ホナミの無防備な背中に近づくと、短い髪から、また例の果物のような香りが井田の鼻を刺激する。
こうして見ると、なんつーか、、、結構、そそるよな……
そんなヨコシマなことを考えながら、井田はホナミに言われたとおり、固く絞られた紐の交差した部分を、人差し指でどうでもいいように押さえた。
そしてそこを中心に、ホナミはそれを固い蝶々結びにする。
ピンク色の華奢なヒモは、背中の筋肉に必死で食らいついているようだったけど、それはどう見ても危なかしい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
お礼を言われて恐縮しながら指を離すと、ホナミはクルリと井田の方を向き、ニッコリと微笑んだ。
「どう?」
「ん?」
腰に手を当て、自信ありげに胸を前に突き出すホナミ。
その体の前面を見て、井田は思わず目をしばたかせ、あからさまに顔をしかめた。
「ナカムラさん……ソレは、、、?」
普通、良識のある男だったら、そんなとこジロジロ見るもんじゃない。
というのは分かっていたけれど、井田の視線はどうしようもなくホナミの胸……というよりは、そのブラトップに吸い寄せられてしまった。
「ソレ、何かおかしくない……??」
ホナミの胸は、どっしりと大きな尻に比べて小さい、というか平たい。
それは今朝、吉祥寺の雑木林で、後ろからつんのめるように捕まえた時、抱きしめた感触でおおよそ分かっていた。
その胸は、いわゆる女性的な、柔らかくたわわな膨らみを持つ脂肪ではなく、弾力のある滑らかな筋肉で成り立っていて、その上を取りあえず、薄い脂肪層が覆っている。
真ん中には逞しい谷間が通っていて、それは実際『オッパイ』と言うよりは、運動部の少年の『胸板』という表現のほうが的当と思えた。
その胸板の、乳首を隠すショッキングピンクの三角ブラが、パンティー同様、かなりの小ささなのは良いとしよう。
問題は、その小さな三角形の、異様な膨らみ方だった。
レディースも含むアパレル業界にいた者として、井田は訊かずにはいられなかった。
「あの、ナカムラさん……。僕がこんなこと言うのもなんなんだけど、、、そのビキニのパット、入れ間違えてない??」
「え、何で?」
「なんつーか(君のその平らな胸に対して)飛び出過ぎじゃないのかな?」
生まれて27年間、井田もそれなりに女の子の服を脱がせたり、着せたりしてきたつもりだ。
けれどこんな不思議なブラトップを見たのは初めてだった。
それはまるで、笹の葉で包まれた三角形の中華チマキのようだった。
「ああこれ?間違ってないよ。これさ、エアーパットって言うんだって。ペチャパイでもパット押せば、好きな大きさに膨らませられんの!軽いし簡単だし、すごくない?リョウさんも押して見る??」
と、ホナミは自慢げに説明し、頭に両手を当ててポーズを決めると、井田にその不思議なオブジェのような胸をさらに突き出して見せた。
しかしそれは先ほどの後ろ姿に比べると、全くもってそそらなかった。
「エアーパット……。水着にそんなパット入れるなんて、僕は初めて聞きました(ペチャパイならペチャパイで)そのままの方が良いんじゃないですか??」
「せっかく買ったんだから試してみたいじゃん!日本て面白いモノ売ってるよね」
女性ビルダーみたいに強靭な胸元に、乳首の浮いたノーパットの三角ビキニなら、それはそれで美しさを強調するアクセサリーにもなり得るだろう。
しかし、そのエアーパットはどう見てもいただけなかった。
そうか、、、これがさっき左手の甲に当たった、『ムニュッ』の正体だったんだな……
そして井田は、改めてホナミの全身をしげしげと眺めた。
短か過ぎる髪と、少女マンガのような瞳。
逞しい胸板に乗っかった尖りすぎのブラトップに、AV女優のように大きく発達したヒップ。
そして予測不可能な突飛な発言と行動……
まるで、あり合わせの材料で組み立てられて、ついには誰も手に負えなくなった無性別アンドロイド。
そんなホナミが気の毒に思えてきて、井田は小さく溜息をついた。
そしてもう、何も口出しするのはやめようと決めた時、少し離れた所からササラの茶々が入った。
「おい、アンタ!!水着ショーはもう充分だからよ、サッサと入んねーと、それだけで時間切れになっちまうぞっ!!」
遠巻きに見ていたローカル達から、ドッと笑いが起こる。
その笑いを良いように勘違いしたホナミが、高らかに手を振って投げキスをよこしてきたので、それを見たローカル達はさらに大ウケし、冷やかしの歓声と口笛をヒューヒューと響かせた。
ホナミはいよいよ得意になり、真っ赤なボディボードと、足にはめる白いフィンを小脇に抱え、
「じゃ、記念すべき3回目のボディボ、初の日本の波、行ってきまーす!!」
と言った。
「えっ?!」
井田は一瞬ギョッとした。
そして今のは聞き違いだろうと思った。
が、それを問いただす間も無く、ホナミは子ザルのように、波打ち際へと駆けて行った。




