根絶
良太郎は真っ先に観客席を飛び出し、薫子のところへ向かった。
「大丈夫か」
「ええ、問題ないわ」
襲撃って事は・・・。派閥の連中か、それともーー。
「君達、ここは危険だ。避難する」
武道場にいた多くの生徒を指揮し、先生は出口へと向かい歩み出す。
朝陽と天津も合流し、その列の後方へとついた。
Dクラスの四人も含めて、誰もが不安と焦燥を顕にしていて、何の騒ぎかと口に出していたが、臨だけはここでもおちついた様子だった。
「何だかしらねぇけど、俺達で蹴散らしてやろうぜ」
拳を握る白井を制止たのは、勿論、先生だ。
「見習いのお前が言っても足手纏いになるだけだ。黙って避難しろ」
納得していないようで、白井は舌打ちを返す。
白井の意見に賛同というわけではないが、本当に安全な場所などあるのか・・・。良太郎にはそんな不安があった。
武道場から出た直後、校庭の方で大きな爆音がした。遅れて生徒の悲鳴が・・・。
「ああ、もう――」
考えるより先に、良太郎の足は動いており、武道場から踵を返して、校庭の方へと走っていた。
先生や、他の生徒の制止の声も聞こえるが、もう構ってられない。
「やっぱしお前、度胸あるじゃねぇか」
良太郎の隣を並走するようにして、白井がニヤリと笑う。
後を追ってきたのは白井だけではなく、Dクラスの三人・・・。それに臨もだった。
「一人でカッコつけさせるわけにもいかないしな」
「わたし達にできる事をしよう」
朝陽、天津と目を合わせ、良太郎は力強く頷く。
裏道を抜け、校庭に出た時、予想していたよりも悍ましい光景がそこには広がっていた。
校庭の芝生、花々は燃え焼け、多くの逃げ惑う生徒に、倒れる術者達。高校に張られていた結界と防御壁も、一部が損壊しているようだった。
まるで地獄絵図――。それをやったのが、上空にいる六人の男女。たったの六人で、これだけの事を・・・。
「あん爺さん・・・!」
朝陽の叫び声と同時に、開会式の時に見た六車の男が倒れ込んだ。
「どういう事なの・・・。なぜ四之宮の術者同士で」
六人の敵とはまた別に、仲間内で争うものもいた。これもまた、敵の能力なのだろうか・・・。
「穂希さん、久我さん・・・!」
天津の視線の先には、逃げる生徒を誘導する二人の姿があった。だが校庭の中央にいる二人は、いつ攻撃の的になってもおかしくはない。
その時だったーー。紫の髪をした男が、動き出したのだ。
「ありんこみたいで気持ち悪いな。取り敢えずーー全員殺っちまうか」
その男は掌から衝撃波を繰り出し、それが無数に分裂を始める。降り注ぐ先は勿論――校庭の生徒達だ。
「薫子・・・!」
今はしのごの考えてる暇は無い。目の前の障害から、みんなを守る。
「位置は把握したわ。後は――」
降り注ぐ敵の攻撃を、良太郎、薫子、加えて朝陽、天津の防御壁で完全に防ぎ切り、被害は未然に防がれた。
だがその行動で、敵の視線はこちらに集まる事になる。
「んだアイツら、邪魔しやがってよ」
「俺も排除に付き合おう」
先程の攻撃をした紫の髪の男に加えて、大きな体をしたスキンヘッドの男も同時に、良太郎の方へ接近してきていた。
こうなった以上、やるしかない。
「筋肉野郎は俺に――」
白井が竜虎を構えた瞬間、側頭部をスキンヘッドに男に蹴られ、結界の方まで吹き飛ぶ。そして同時に、良太郎にも裏拳をかました。あまりの早さに驚きつつも、両腕でガードーー。
したつもりだったが、力に押されて地面へ叩きつけられる。
紫の男に向け、天津は呪符を構える。
「式神召喚――イリガミです」
黒と白。表裏一体の式神が、両方向から敵に迫った。
しかし――。
凄まじい威力の衝撃波により、二匹は同時に潰され、呪符は消えてしまう。
「うそ・・・。イリちゃん」
天津に迫るエネルギー弾を、薫子が何とか防ぐ。だがそれで、地面に膝をついてしまう。
先程の試合のせいで、もう呪力の限界が近いらしい。
敵の手が、良太郎、薫子に同時に伸びた時・・・。二人を守るようにして放たれた衝撃波――更には隠された術式から出現した鎖が、紫の髪の男と、スキンヘッドの男を襲う。
良太郎、薫子。二人の前に立ったのは――百瀬臨だった。
「百瀬さん・・・」
「臨・・・お前」
横顔を見せ、臨は少し口角を上げる。
その間、紫の髪の男は、両の手の平からエネルギーを溜めていた。
「ガキの中にも、骨がある奴がいるみてぇじゃん」
「臨、デカイのが来るぞ」
呪術とは何か違う、独特な雰囲気を醸し出す術を使う敵だが・・・。目に見えて大きなオーラが溜め込まれれば、そこから強力な技が発動される事くらい、良太郎でも察しがつく。
そしてそのオーラが、紫の髪の男から放たれた。
「二重連星――ペルセウス」
高濃度に圧縮されたエネルギー弾を、刃に似た形状の術が切り裂き、紫の男の頬を掠めた。
「遅いっての・・・。仁にぃ」
連星術を発動させた男の正体は勿論――仁だった。
汗を拭い、仁は息を吐き出す。
「ふぅ・・・。君達にはヒヤヒヤさせられるよ。無茶ばかりして」
生徒達を見渡した後、仁は目の前の敵二人を見据える。
「でも、おかげで生徒を避難させる時間が稼げたよ」
気づけば、校庭に一般の生徒は誰一人としておらず、残っているのは侵入者と戦う術者のみ。
「臨君。みんなを守りつつ、後退してくれ。――彼等は僕が相手するよ」
仁先生の事は心配だ。けど、いまの自分達が加勢しても足手纏いになる。歯がゆいがそれが分かってしまう。
倒れた良太郎を引っ張り上げると、臨は防御壁を展開しつつ後ずさる。
時間を稼ぐ為、仁は三重式で編み込んだ発をワイドに展開し、目くらましをする。
だが紫の髪の男、スキンヘッドの男とは別に、現れたもう一人の敵が、仁の術を全て手の平に吸収してみせた。
「中々の手練れのようですが・・・」
吸収した呪術を複製したかのように、全く同じものを仁に向けて打ち返す。
足止めの為に無数に打ち出していた技。防ぐ事は自体は容易いが、全てを消し切れるわけでは無い。残った球状のエネルギー弾は、仁の背後の生徒達へ向けられる。
「臨君・・・!」
仁の叫び声に反応して、臨は防御壁を拡大し、強化する。それに加勢した久我のおかげもあって、全てのエネルギー弾を消滅させる。
「一筋縄ではいかないですね」
強力なエネルギー弾を操る者に、並大抵ではない身体能力を要する者。更には呪術を吸収する敵ときた。
「この三人を相手にするのは、流石に・・・。けど弱音を吐いてる暇は無いか」
緊張感と焦り。二つを同時に感じつつも、仁は脳みそをフル回転させる。
「やるしかないか。――六重連星」
仁が指紋を始めると、その目の前で五芒星が次々に連星されていく。
呪術を吸収した男と、スキンヘッドの男が目配せをする。どうやら、敵も仁の術の奇妙さに気づいたらしい。
大地を踏みしめ、スキンヘッドの男はいっきに加速する。
許容以上のスピードに仁も反応が遅れ、男の蹴りをノーガードで受けてしまう。その反動で連星も崩れ、壁に叩きつけられる。
その隙を見逃さず、スキンヘッドの男は追い打ちをかけようと距離を詰める。それに乗じたのは、紫の髪の男。
「これ全部避け切れるかぁ」
何度もエネルギー弾を発射し、仁に追い打ちをかける。それと同時に、スキンヘッドの男の拳が迫っていた。
条件反射と経験。頭が動くよりも早く、仁は衝撃波を防ぎつつ、護で身体を強化し、スキンヘッドの男をやり過ごす。
焦ったスキンヘッドの男が、大ぶりの攻撃をしてきた時。その一瞬の隙をついて、仁は新たな術式を展開する。
「三重連星――ポラリス」
スキンヘッドの男に外的変化はない。男も一瞬、その術が自分に掛けられた者なのかと疑う程だった。
「少しの間、止まってて貰うよ」
身体がピクリとも動かせなくなり、力でねじ伏せようとするも、ビクリともしない。
これで一時的に一人は封じた。だがまだ二人残っている。それだけではなく、後ろには三人・・・。
襲撃してきた敵のうち、残った三人は護衛の術者達が抑えてくれているが。それでもここまで苦戦するとは――。想定以上の実力。
けれど今は――。目の前の二人だけでも倒す。その為の策を考案しようと頭を働かせる。だが仁の思考は、悲痛な叫び声でかき消される。
六人とは別に現れた、一人の男。白い陰陽服を纏ったその男は、一瞬にして抵抗する術士を打ち倒したのだ。ついに、仁以外の全ての呪術士が倒れた。
黒い髪で片目を隠し、禍々しいオーラを放つその男の手には、一つの巻物が握られていた。
「まさかそれは・・・」
男の手に巻物がある事に動揺し、ポラリスの効果が途切れる。
身体が自由になり、スキンヘッドの男は仁に攻撃を仕掛けるかと思ったが、そのまま敵のリーダーと思わしき男に近づいていく。他の二人も同様に仁の側を去っていく。
マントラの家系が四つに分けて封印した、秘術。その一部があの巻物には記されている。しかもそれを管理していたのは、百瀬の現党首ーー百瀬総士。それが今、男の手に渡っているという事はーー。
仁は指紋により、五つの連星を造り上げる。
「五重連星――スピカ」
仁から発せられる莫大な呪力を感知し、リーダーの男が目線を送る。
「あれは・・・」
「久遠様。おさがりください。ここは私が」
呪術を吸収しようと、男が手の平を仁へ向ける。だが・・・。
久遠と呼ばれた男は、仁とは反対の方向に目を向けた。
「天道。貴様では無理だ」
莫大なエネルギーは天道の能力の干渉を受けず、そのまま降り注ぐ。だが中身が抜けているかのように、外傷は一切なかった。
「それは偽物。――本物は」
地面ではなく、遥か上空。そこに仁の姿が出現した。
既に五重の星から、スピカは放たれており、今更避ける事はできない。
六人が口を揃えて久遠の名を呼ぶが、久遠はただ冷静に手の平を仁の術に向けた。
「面白い術だ。だがーー」
陰と陽。二つの完璧なバランスを見切り、久遠はそれを吸収してみせた。
「あの一瞬で見切ったのか・・・」
「残念だったな。・・・返すぞ、これは」
久遠の手の平から放たれたのは、やはり仁が放ったものと同様のーー五重連星スピカ。
もう仁に、それを受け止める術も逃れる術もない。
大きな爆音と共に、技をもろに受けた仁は、上空から真っ逆さまに落ちていく。
仁だけではない。呪術学校全体。いやそれ以上に大きい・・・。完全な敗北の瞬間だった。
「さて、後は贄を探すだけだが・・・」久遠は校庭を見回す。
「これだけの人数がいては、見つける前に追っ手が・・・」
天道の慎重な姿勢が気に食わなかったらしく、紫の髪の男が反発する。
「ンなのも全部、蹴散らせばいいだろうがよ」
「頭を冷やせ。この場で全面戦争は得策ではない」
二人の争いに終止符を打ったのは、久遠だった。
「天道の言う通りだな。贄はいつでも捕らえられる。だがその前にーー」
久遠の両手に莫大な力が凝縮されていく。
「呪われた子供は、ここで根ざす」
「――ふざけんな」
良太郎の発した怒号で、久遠の動きが止まる。
校庭の中でたった一人、久遠を睨みつける一人の男に、久遠もまた視線を合わせた。
あの技があのまま発動されれば、尋常ではない被害が齎される。まるでその光景を一度、見ているかのように、鮮明に良太郎の脳裏に焼きついていた。
校舎が崩壊し、多くの血が流れる。最悪の結末がーー。
良太郎が立ち上がる理由は、それだけで十分だった。例え、勝てない相手だとしても・・・。
「良太郎・・・!」
悲痛な薫子の叫びも、今の良太郎には届いていなかった。
――あんな結末にはさせない。
膨大な呪力を使い、良太郎は敵に向けて広範囲に発を放つ。
だがそれは、天道によって吸収されてしまう。
「闇雲に攻撃していても、どうにもなりませんよ」
ほぼ同時に、良太郎は地面に向けて発を放っており、空中へと急加速した。それにより、天道を躱し、久遠への距離を縮める。
しかし次に良太郎へ立ち塞がったのは、光の化身だった。輝く大きな腕が、良太郎へと迫る。
すかさず指紋をし、良太郎は三本の巨大な鎖を出現させて、腕の動きを一時的に封じ込めた。
自分で作り上げた鎖の道を走り、更に上空へと駆けていく。
瞬間、目の前に無数の分裂弾。更にはスキンヘッドの男が、加速して迫って来ていた。
この二人をやり過ごすには、もう手は一つしかない。
咄嗟の判断で、良太郎は自分に
「――血界解放」
自身の呪力を常に解放し続ける、危険な術。それは莫大な呪力を持つ良太郎にしか操れない技。
莫大な力と早さを手にし、二人の敵をやり過ごし、道となった鎖を駆け上がる。
その先にいるのは――久遠ただ一人。
「好き勝手やってるんじゃねえ、お前、絶対に――」
身を翻し、良太郎は拳に力を籠める。
正面に立つ久遠に向かい、怒りに満ちた拳を放った。
「続きはなんだ・・・?」
久遠は顔色も変えず、良太郎の拳を止める。まるで動きも、思考も全て読んでいたかのように。
「うそ・・・だろ」
「尋常ではない、呪力の量。もしやと思ったがーー。違うようだな」
握られた拳が出血し、良太郎は悲痛の表情を浮かべる。
「何の話だ・・・。お前ら一体何なんだよ」
久遠は笑みを見せ、答える。
「ーー呪術に復讐するものだよ」
良太郎の拳を放し、代わりに久遠は新たな術で良太郎の動きを完全に封じ込めた。指ひとつ動かせず、指紋をする事すら叶わない。
「そして彼等は、我が道を照らす同士ーー」
足元まで伸びた長い髪、吊り上がった目が特徴的なその女は、強気に笑う。
「六道の一人――地道。宜しくね坊や」
その隣に立つのは紫の髪をした男。
「同じく――鬼道。直ぐに先生のとこに送ってやるよ」
ピンク色の髪をした少女が、目を逸らし、呟く。
「――生道」
スキンヘッドの男は腕を組み、憤然と構えている。
「同じく――修道だ」
良太郎を睨みつけたのは、呪術を吸収していた男。
「同じく――人道。贄になれない君に、もう生きてる価値は無いよ」
そして最後に、仮面を被った者が、一歩前に出る。
「――天道」
ただ目の前にいるだけ。それだけで、彼等ひとりひとりがとてつもない実力者である事が分かる。特に久遠という男は別格。
七人で襲撃しにきただけの事はある。
「貴様には憎き呪術界への置き土産になってもらうーー」
久遠はもう一度、良太郎が止めようとした術ーーそれを再び発動させた。
禍々しいオーラが久遠の手に集まっていく。
「欲しがってた者だ。貴様にだけくれてやる」
良太郎の腹部目掛け、久遠はゼロ距離で術を発動させた。莫大な爆発力を秘めた衝撃が、良太郎の身体にぶつけられる。
学校中に響き渡る無残な叫び声を発し、良太郎は何の抵抗もできずに、ただ地面に落ちていく。
生徒たちの叫び声を背に受け、薫子は良太郎の落下地点を把握し、彼の体を受け止める。上空に視線を動かすと、そこにはもう敵の姿は無かった。
閉じられた目。動かない身体。日常と異なる良太郎を見て、薫子は涙を流した。
そして、今まで冷静を崩さなかった臨もまた、瞳孔を開き、動揺を見せる。
「うそ・・・。りょうたる・・・」




