百瀬
D組の五人は武道場へと向かい歩き出した。
今回、特別に武道場が解放されており、誰でも自由に実戦形式の練習を行っていい事になっている。勿論、教師が場を持つ事にはなるが。
こういった施設を解放する方が、盛り上がる事を知っていて、生徒会が解放したわけだ。
歩みつつも、不安を覚える者がこの場には三人いた。良太郎、朝陽、天津である。対して薫子と臨はなんの迷いもなく、先頭で横並びに歩いている。
どうして薫子が臨の申し出を受けたか・・・。その理由はなんとなく分かる。分かるからこそ不安なのだ。
「おい良太郎、今からでも遅くないって。どうにか止めてくれよ」
「俺に何ができる。薫子は頑固者だ。それに臨も・・・」
ヒソヒソと会議をしている間に、五人は武道場までやって来てしまっていた。もう腹を括るしかない。
武道場は体育館程ではないが、それでも強固な防御壁が貼られたコートが二つあり、観客席も設けられている。今も一つ試合が行われいるようで、それなりに人も入っている。
本来は名前を記入して、順番待ちをする必要があるが、今はコートが一つ空いているし、待ちもないようだ。
スムーズなのがいいのか、悪いのか。どちらにしても、薫子の覇道を妨げるものはいなかった。
薫子が担当の教師に申告しようとした時、怖いもの知らずの男が立ちふさがった。
「悪いな、次は俺が使う予定だったんだ」
白井健三。Cクラスの男で、良太郎と熱戦を繰り広げた木刀男だ。
「白井・・・。お前、空気読めよ」
そこで良太郎の存在を認知したようで、白井はニヒルな笑いを浮かべる。
「よう、水無。俺と遊ぼうぜ」
戦いの事ばかり考えている男だが、祭り事の時でもそのようだ。
「今はお前と遊んでる場合じゃ・・・」
「えっ、なになに」
言い争いを聞きつけ、二人の低身長の男子が近づいてきていた。
「揉め事かよ、白井」
瓜二つの顔をした二人の男。ーー同じくCクラスの卯月兄弟だ。
前にやっていた試合も終わったところを見ると、兄弟で対決していたのだろう。
また面倒なのが増えた、と。Dクラスの三人は頭を抱える。
「お前、四之宮薫子じゃないか」
「じゃないかよ」
卯月兄弟が揃えて薫子を指差す。
「お互いに因縁の相手が登場か。コイツは丁度いいじゃねえか。俺は水無と、お前らはそこの女と遊ぶって事でよ」
「何を勝手に決めてんだ、白井」
抗議する良太郎に構わず、白井は首をがっしりと抑えて、コートに向けて歩き出す。腕っ節の力では白井には勝てず、引き摺られるだけとなった。
もうどうしようもないと、朝陽と天津は手を振って見送った。
今度は卯月兄弟が薫子に勝負を仕掛けようとしたが、その前にーー。
「邪魔するな」
薫子と臨が声を揃えて、卯月兄弟を睨み上げる。
恐怖からすくみ上がり、卯月兄弟は震える声で言った。
「こ、今回は見逃してあげるよ」
「今回ばかりはね」
くるりと回転し、二人は観客席の方へと向かって歩き出した。
今度は薫子と臨が互いに睨み合う番だった。
「邪魔者もいなくなったし……」
「やっと始められるわね」
二人の凄みに圧倒され、朝陽と天津はもう見届ける事しかできずにいた・・・。
先に始まったのは白井と良太郎の対決だった。既に何度目かのマッチアップだ。お互いに敵の実力は把握している。
白井が竜虎というイカした名前の木刀を使って戦う事も。
「遠慮なく行かしてもらうぜぇ」
白井は木刀に呪力を憑依させ、破壊力上げたそれを構え、走り出す。
三回。既に白井とは三回目のはずだ。最初はクラス対抗でのバトル。二回目は・・・。
二回目がうまく思い出せない。
良太郎が考え事をしている間にも、白井はどんどんと距離を詰め、木刀を鋭く引いてから、素早い突きを炸裂させた。
間一髪のところで身を反らして避けたが、良太郎は体勢を崩し、二撃目は避けられず、防御壁に打ち付けられることになった。
護のバリアで威力は削いだが、無傷というわけにはいかない。
「いつつ・・・」
「集中しやがれ。こっちは選抜試験での借りもあるんだからよ」
選抜試験ーー。そうだ。呪術選抜試験。その一回戦で白井と戦ったのだ。なぜそんな事を忘れてしまっていたのだろうか。
一つの物事が解決したと同時に、また一つ、良太郎は引っ掛かりを覚えていた。
だが今はーー。
「目の前の相手を倒す事が先だな」
薫子と臨の事もある。思い悩む事は山積みだ。
良太郎が観客席に駆けつけたのは、十分後の事だった。朝陽と天津に合流。まだ薫子と臨の試合が始まってない事を確認し、良太郎は安堵した。
「なんとか間に合ったな」
息を切らしながら、良太郎は膝に手を着く。
「意外と早かったね、帰ってくんの」
「あの白井君、相手なのに」
良太郎、自身はここまで手こずるとは思っていなかった。相手の手数が増えているのは確かにあったが、それ以上に自分の体が思うように動かなかった。まるで別の身体に押し込められているように、呪術に誤差が出たり・・・。
後半はなんとかそれにも慣れ、本来の実力を出せた。そういう認識だったのだが、二人の認識は違うらしい。
過小評価されているという事やもしれない。
「選抜試験の時はあんなに手こずってたのにさ」
選抜試験の時・・・。俺は白井にそんなに手こずっただろうか。アイツが才能のある使い手だとういうのは認めるが・・・。
「あ、試合始まるみたいだよ」
天津の言葉で、良太郎と朝陽も試合に目を向ける。
薫子が懐から呪符を取り出し、詠唱を始める。
「式神召喚ーー鴉」
直後、呪符は数十匹の黒い鳥に姿を変える。
「いきなり容赦ないなぁ・・・。大丈夫かね、百瀬さん」
容赦している様子のない薫子を見て、朝陽はそんな感想を漏らす。これには良太郎も同意だった。臨の実力は未知数だが、本気の薫子は並大抵じゃない。
「心配はいらないと思うよ」
その声に、皆が一斉に振り向くと、そこには目を細め笑う仁が立っていた。
「仁先生・・・」
驚きと歓喜の声が同時に上がる。
仁は、見ていれば分かるとばかりに、目線で二人の試合をよく見るように促す。
臨も薫子同様に、一枚の呪符を取り出し、それを上空へと放った。
「式神召喚ーーマタタビ」
薫子の鴉とは反対に、白い猫が出現した。
黒と白の式神が争いを始める。マタタビは尻尾の炎と、鋭い爪で次々と薫子の式神を切り裂いていく。だがカラスも負けじと、マタタビを囲い数での有利を得る。
やがてお互いの式神が打ち消しあった時ーー。そこからもう一つ呪術が発動された。
鴉から放たれ衝撃波が、一直線に臨を襲う。
「やっぱり、薫子の方が上手か・・・」
衝撃で煙が立ち、臨の姿が消える。
その間、薫子は緊張状態を解くことは無かった。故に、放たれた発の遠距離攻撃を察知し、それを防ぐ事ができた。
「さすがは四之宮の将来を期待される、天才術師。二重式を織り交ぜた挨拶だなんてさ・・・」
「お褒めに預かり光栄ね」
式神召喚だけでなく、そこに二重式を織り交ぜての追加攻撃。それも凄いが・・・。完全に凌ぎ切り、すぐさま攻撃に転じる臨も只者ではない。
仁の言う通り、心配はいらないようだが・・・。
「今度はこっちから行かせてもらおっかな」
臨は素早く指紋をし、薫子にめがけて発を放つ。
同じく衝撃波で相殺しようと試みる薫子だったが、臨の発は二つに分裂し、勢いが弱まる事なく薫子に迫った。
「あれって二重式・・・。百瀬さんも」
「だけど、薫子ちゃんも気づいてるみたい」
既に薫子は護のバリアで正面をガードしており、発はそれにぶつかる形となった。
「貴方が私と同じ芸当で返してくる事は読めていた。単純ね」
完全に防がれた・・・。そのはずなのに、臨は不敵に笑った。
「じゃあこれも・・・読めてた?」
刹那、臨の放った発はもう一度分裂し、薫子を背後から襲った。
完全に意表を突かれ、防御が間に合わずに薫子は前方へと倒れ込む。
「あらら。買いかぶりだったかな」
「薫子・・・!」
「百瀬さんて、一体何者なんですか・・・?」
天津の問いに、仁は答える。
「百瀬家に生まれた、ただの女子高生だよ。・・・ただ彼女は、大威徳高校で一番の実力者。その才能には僕も驚くくらいだ」
その言葉に三人は固唾を呑んだ。今はただ、薫子の戦いを見守る事しかできない。
薫子と臨は共に護を身体に纏い、体術での戦闘が始まっていた。
技術の上では薫子に分があるように思えるが、その差を臨は持って生まれた運動能力でカバーしている。
つまり二人の戦いは五分と五分。どちらも攻めきれずにいた。
「昔からそうね、貴方は。目の前の事なんかどうでもいいみたいな顔して、のらりくらり」
薫子の拳を躱し、臨は足で頭上を蹴り上げる。だがそれを薫子も、間一髪で躱して見せた。
「アタシは家庭の将来とか、そんなのどうだっていいからさ」
「ーーそれだけの才能があると言うのに・・・」
「才能ねぇ・・・。別にこんなの、欲しくて手に入れたわけじゃないんだけどさ」
お互いの呪術が打ち消し合い、大きな爆風が起きる。それを機に、二人は後方へと翻す。
息をつかせない二人の戦いを見ながら、良太郎はふと呟く。
「あの二人、知り合いなんですか」
「お互い、マントラの娘だからね。顔合わせくらいはしているさ。四之宮と百瀬は切っても切り離せない間柄だ」
二人の因縁は良太郎を巻き込んだものだけではなく、もっと溝の深いものなのかもしれない。
薫子は息を吐き出し、頭を回転させる。
呪力量が少ない薫子は、長期戦を得意としない。このまま試合が長引けば、臨が有利になるかもしれない。
だとするなら、早く試合を決めたい。その為の選択肢としてはーー。
強力な式神を召喚し、確実な隙を作る。もう一つは、一撃必殺の呪力を叩き込む。どちらかだが・・・。
二つ共リスクがデカい。相手の力量を測りきれない以上、焦るのは危険だが。
臨はまだ余力を残しているのか、発で牽制をし、確実に距離を詰めに来ていた。
別の術式が編まれている事を懸念して、薫子は足を止めずに攻撃をやり過ごす。だが体力も無尽蔵ではない。このままではジリジリ追い込まれてしまう。
「さすがに決め切るには、本気を出さないとダメか・・・」
臨が呪力を籠める。その異質な力に、薫子も危険を察知し足を止めた。
何か嫌な予感がする。それはこの場にいる誰もが理解していた。
「ーーだとしても、今更引けない」
薫子も同様に、今出せる最大の術で対抗する他なかった。出し惜しみはできない。
呪符を正面に巻き、一枚一枚に呪力を籠めていく。
「我が名は四之宮ーー」
だが、発動しかけた二人の術は途中で流れを止めた。
――二人の呪力の流れを乱したのは良太郎の声・・・。
「止めろ二人共。――もうこれ以上は・・・」
そしてもう一つ、轟音と共に落ちてきた武道場の天井によって。
半壊した天井に向け、仁が咄嗟に護でのバリアを張り、遅れて生徒達も加勢するように防御を強化した。
「うん、いい判断だね」
仁のお褒めの言葉も有難いが、まだ状況が把握できていない。
「なんでいきなり天井が・・・」
「二人の戦いが激しすぎて、壊れたとか」と、朝陽が呑気な言葉を漏らす。が、それが希望的観測である事は分かっていた。
「それなら教師として誇らしいけど・・・。四術士クラスじゃないと破壊できない結界と防御壁を破ったとなるとーー。穏やかじゃないね」
いきなりの出来事で理解が追いついていなかったが、仁が明確な言葉にしたおかげで非常事態である事を直ぐに認識する事ができた。
「君達は先生の指示に従って、安全なところに避難しなさい。・・・僕が収束する」
仁は落ちた天井を砕いて、武道場の端に寄せると、空いた天井から外へと飛び出した。
「これは一体・・・」
戦いに身を投じていた薫子も、まだ状況を飲み込めずにいた。
「――襲撃」
臨の呟きは、落ちた瓦礫の音に掻き消された。




