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転校




座学の授業が始まり、周りの生徒達はノートに目を向け、先生の話に耳を傾ける中・・・。良太郎の周りだけは別だった。

 興味がないのか何なのか、臨はつまらなそうにして、話を右から左に受け流している。百瀬家のご子息であるおかげか、先生も注意できずにいた。




 そして朝陽は、興味津々といった感じで、良太郎の耳元で問いかけている。

「おい、臨ちゃんとどういう関係なんだよ。マントラ娘と何かしらあり過ぎだろ」

 マントラ娘って……。

「俺に言われても分からん」

 瞬間、朝陽がムッと眉間に皺を寄せる。

「じゃあ、さっきの会話は何だったんだよ。幼馴染感出してたじゃん、分かんないけど」




 実際、先程の臨の言葉に頷いたのは紛れもなく、良太郎の意思。こうして朝陽に問い詰められるのも、理解できる。だが、良太郎にはそれに対する的確な返答が思いついていなかった。


 良太郎には、過去に百瀬臨と会った記憶は無い。無いのだが、初めて会ったという気がしない。そんな感覚が渦巻いていた。だから最初に良太郎は、肯定とも否定ともとれる返事をしたのだ。

 記憶力に自信のある良太郎にとって、こんな状況はありえないはずなのだが・・・。




「小学生の時のマリコでもないし、アツシでもないだろうしーー」

「何をぶつくさ言ってたんだよ。実際にこうして、臨ちゃんがお前の隣に座ってるだろ」


 朝陽がちらっと臨に視線を向けると、肩肘をついた状態で手を振ってきたので、朝陽も振り返した。そんなやりとりに挟まれていた良太郎は、少しむっとする。


「俺を挟んで遊ぶな」


 と、その声が思ったよりも通ってしまい、咄嗟に良太郎は口に手を当てる。

 だが出た言葉は戻らない。その反動として、怒気のこもった薫子の声が返って来た。




「遊んでいるのは貴方もでしょ。やる気が無いなら、黙って廊下に立っていなさい」 

 直ぐには薫子の言葉が理解できず、良太郎は口をポカーンと開けていたが、頷く先生の顔を見た瞬間、全てを悟った。


 薫子は呆れた表情のまま、席に座り直す。


 良太郎はトボトボと席から離れ、教室から出て行った。その間、他の生徒達に夫婦をネタに煽られたが、そんな言葉も耳には入っていない様子だった。




 良太郎が教室を出て、開いていた扉を閉めた後、隣に視線を向ける。

 そこには微妙な表情の朝陽がいた、

「って、何で俺も立たされてんだよ」

 大きな手振りで朝陽がそういうと、「朝陽も騒いでたからだろ」と、良太郎が冷たく返す、



「それだったら臨ちゃんだってさ」

「アイツは百瀬家のご子息だからだろ」

「それを言うなら俺も何だけど、俺も六車のご子息何だけど。忘れてるかも知んないけどね」

 朝陽は何度も自分を指差し、主張する、



 必死に訴える朝陽に、良太郎は思わず笑ってしまう。

「ま、流石に冗談だけどさ。実のとこ、こう言うテレビ見たいな展開憧れてたんだよね」

 嬉しそうに述べる朝陽に、良太郎は上がっていた口角を下げ、口を閉ざす。



「できればバケツなんかもあるとね、良いんだけどね」

 良太郎は大きく息を吐き出す。

「・・・寂しいやつだな」


 誰もいない廊下で、反省させられて立たされる。東京に来てからは良太郎も初めての経験だった。二人しかいない廊下が物寂しげで、チャイムを待つだけの時間が何とも儚い。


 本当に寂しいのは、この状態を楽しめていない自分だと、良太郎は気づいたのだった。







 午後のチャイムが響いた。授業が終わり、昼休みが訪れた合図だ。  

 疲れた表情と、晴れやかな表情。二つの感情を持ち合わせた生徒達が、一斉に教室から出て行き、いつの間にか二人だけだった廊下は、大勢の生徒で埋め尽くされていた。



 二人からしてみれば、隔離されていた世界から、いきなり現実世界に引き戻された。と言う感覚だった。

 目を合わせ、立っていても仕方がないだろうと、二人は教室に戻る。

 良太郎は薫子に視線を向けたが、目が合わない。


 次に百瀬臨に関心を向ける。彼女は、案の定と言うべきか、他の生徒に囲まれていた。転校生という付加価値もあるだろうが、恵まれた容姿もあってか、女子だけでなく、多くの男子もその輪に存在していた。




「やっぱ人気だねぇ、転校生。二人が転校して来た時を思い出すね、あれ」

 朝陽の気持ちはわかるが、今は何となく薫子のセットで話されるのは気まずかった。



 危惧通り、薫子は良太郎に視線を向ける。鋭い視線を。

「貴方も輪に入って来たら? 仲、宜しいんでしょう」

 いつもと違う、丁寧な口調に良太郎は背筋をヒヤリとさせる。



「水無君、フラグを立てすぎるのは良くないよ。ギャルゲーの主人公じゃないんだから」と、天津が謎の指摘をする。

 そんなにフラグを立てた記憶はない。と思いながらも、「フラグなんて立ててない。何なら出会いのイベントもな」

 そのセリフに女子二人は首を傾げる。



「それがさあ、さっきから可笑しいんだよ。会った事は無いけど、初めて会った気がしないとか何とか」

 薫子は怪訝な顔をし、天津は何かを閃いたように手を合わせた。


「それって運命的な話かな? スピリチュアルな――。こうなったらわたしが星読みで・・・」

「はいはい。話がややこしくなるから、少し落ち着こうね」

 珍しく、朝陽が天津を諭している。




 戯れの最中も、薫子の疑いの視線は消えない。それは相変わらず、良太郎に注がれていた。

「何か理由があるなら、話なさ――」

「何だか面白そうな話してる。・・・アタシも混ぜてよ」

 薫子の言葉を打ち消すようにして、百瀬臨がひょっこりと顔を出す。  




 いつの間にか、あの囲いから抜け出していたらしい。完全に油断していた。 


 先程の話を聞いていたとするなら、彼女は怪訝に思っているのだろうか、それとも何となしに受け入れているのだろうか。良太郎は表情を探るが、臨に変化は見られない。





 朝陽と天津は、何気なく初対面の挨拶を済ませて、良太郎へと視線を向ける。次のアプローチに困ったらしい。

 とはいえ、困っているのは良太郎も同じだ。いきなり初めて会った気がしない。などと言えば、明らかにやばいやつだ。

 となればーー。 



「腹減ったな。飯でも食うか」

 この場は逃げの一手だ。









 こうして五人は、購買へと向かって歩き出したのだが・・・。


 いつも弁当の薫子まで付いて来ているのは、やはり百瀬りんを疑っているからだろう。そんな気持ちに気づいてすらいないのか、彼女は全く気に留めた様子が無い。




「へぇ、じゃあ臨ちゃんは郷士さんの娘さんなんだ」

 臨と雑談を交わしていた朝陽が、何やら気になる事を言っていたので、つまりどう言う事だ。と、良太郎が問いかける。

「こっちの世界の事、疎いもんなぁ。しゃーない、俺が教えてやるよ」 

 すると、メガネを掛けていないのに、掛け直す仕草をしてみせる朝陽。



「百瀬には現当主の総士殿と、その弟である郷士殿がいるんだよ。所謂、本家と分家的なね。そんで、臨ちゃんは郷士殿の娘だ。っていう話をしてたってわけよ」


 なるほど、と良太郎は頷いてみせる。


「説明あんがとね」

 臨も労いの言葉をかける。



 百瀬臨の事が少しは理解できたが、それでもまだ分からない事だらけだ。この中にいる違和感もまだ拭えない。

 考え込みそうになる良太郎に、天津が背後からそれとなく話しかける。

「水無君、ああ見えて薫子ちゃん、乙女なところあるから・・・。あんまり心配かけさせないであげてね」

 こう言う何気ない気遣いをしてくれるところには、頭が上がらない。



「気を遣わせて、悪い」

「全然、大丈夫だよ。協力できる事があるなら、なんでもするからね」

 親指を立てて、天津は笑顔を見せた。





 おそらく、心配半分、状況を楽しんでるのが半分なのだろう。

 そんな時、こちらに目を向ける一人の男がいた。ボサボサの髪に、気怠げな表情。眼鏡に、猫背気味の姿勢が特徴的なその男は、臨と同じく百瀬家のご子息でありながら、うすさま高校で教師をしている百瀬仁だった。




「あ、久しぶりーーでもないけど。よっ、仁にぃ」

 と会うやいなや、臨が挨拶を交わす。


 対する仁は不安げな顔をしている。その理由が、良太郎には予想がついていた。なぜなら、彼は学校では――。


「しっー・・・。学校では僕のことは内緒にしてって、言ったでしょ」

「はいはい。面倒くさがりの仁が、そんな面倒なことをするなんてね」

「もっと面倒なことにならない為だよ」



 そう、仁先生は百瀬けの血筋である事を隠しているのだ。

 そこでふと、良太郎の中に新たな疑問が生じた。そういえば、どうして自分は仁先生の事を知っているのだろうか・・・。




 その思考は、天津の震え声によって掻き消された。

「先生と親しくしてる・・・どうして・・・」

 今考えれば、こうなるのも予想できたはずだ。

 良太郎は自分の浅はかさを恥じた。



 状況が飲み込めていない朝陽と薫子を放っておいて、良太郎は天津の肩に優しく手を置いた。天津の方がよっぽど、乙女だぞ。と言う意味をこめて。



 それにしても百瀬臨というものは、無意識とはいえ、どうして知らないうちに喧嘩を売ってしまうのだろうか・・・。

 その一人でもある薫子が、腕を組んで一言。

「先生とも仲がいいのね」

 それは疑いの言葉だったが、やはり臨は気に留めた様子もない。仁に関しては、表情を曇らせているが。



「そういう話は後にして」と、仁が露骨に話題を変えてみせる。

「彼女はまだ学校の事を知らないだろうから、案内してあげてくれないかな」 


 薫子が微妙な表情を浮かべたが、天津は勢いよく返事をして見せた。

「是非。わたしたちに任せてください」

「いやいや、何で勝手に話進めてんの。アタシは別に・・・」


 拒否しようとする臨を遮り、天津は勢いよく彼女の手を握った。

 天津の笑いかけに、臨も引きつった笑いを返す。

 こうなった彼女は誰にも止められない。ーー恋は盲目か。 








 

 それから五人は案内ついでに購買へと向かった。

 天津、朝陽はさらっとパンを購入したが、臨は迷っている様子だった。

 案内という役割を請け負った以上、放っておくということもできない。義務的に、良太郎は問いかけた。



「何か食わないのか」

 考え込んだ様子で、それも深刻そうな顔で臨は呟いた。



「ここって、お団子売ってないんだっけ」

「お団子・・・」

 そういえば、最初も串を咥えていた。あれは団子の串だったというわけか。



「残念ながら、そんな風流なものは無いな」

 女の子らしい。とはお世辞にもいえない臨から、お団子だなんて丁寧な言葉が出るとは思わなかった。


「やっぱし。ま、期待はしてなかったけど」

「団子以外食えんのか、お前は」

「ま、そんな感じ」

 そんな感じなのか・・・。




 偏食家の事はいいとして、良太郎はあらかじめ持ってきていた弁当を風呂敷から取り出して、購買近くの机に置いた。

「俺たちはここで待ってるから、お前は好きなのーー」

 なぜか、臨がじっと弁当を凝視している。まるでそれを欲しているように。



「お、おい。これはあげないぞ」

 すると不服そうに、臨は目を細めた。

「それは凄く美味しいって、アタシの胃がそう言ってる」

 何かを確信しているような口ぶりで、臨は弁当に指を差した。



 何と言われようが、良太郎にあげるつもりはなかったのだがーー。

 臨の腹の虫が鳴り、その気持ちが揺らぎを見せる。


 見た所、彼女の決心も強いようだ。このまま言い合いになっては、カロリー消費が大変なことになる。それに何より、今は・・・。


 少し遅れて、良太郎の腹の虫もこだました。




「腹ごしらえが先決か。・・・仕方ない。少しだけ分けてやる。ほんの少しだけな」

 待ってましたとばかりに、臨は鼻を鳴らす。

「そういうと思ってた」

 未来予知でもしているのだろうか。少なくとも、弁当を開ける前に美味しい事を察知したのだから、かなりの勘の良さを持っているのは、言うまでもないだろうが。


 また、良太郎が自分で作った弁当を美味いと自負していることも。




 良太郎と臨が隣同士で座った事で、朝陽が驚きの表情を見せる。

「もしかして、二人で食べんの・・・」


「初日から何にも無しじゃ可哀想だろ」



 大きな物音の後、椅子を引く音で、三人の視線は立ち上がった薫子に釘付けになっていた。

「どうしたの、薫子ちゃん・・・?」


 薫子は暗い表情のまま、歩き出した。

「お弁当を置いてきてしまったから、私は教室で食べる事にするわ。ごめんなさい」  

 それだけ残して、薫子は去ってしまった。



 残された三人に重苦しい雰囲気が流れる。

「水無君。流石に女心を分かってなさ過ぎ」

「ウンウン、俺でも引くわ。今のは」



 正直、良太郎も朝陽と天津に同意見だった。流石に配慮が無さすぎた、と。

 罪悪感に苛まれていたが、やがて、なぜ悩んでいるのか・・・。そんな思いが溢れてきた。

 大体、婚約っていうのは薫子の事情であり、俺はそれに付き合っているだけだ。感謝される筋合いはあっても、さっきみたいに不機嫌にされるのはーー。


「あああああああ、そういう事じゃ無いだろ。馬鹿か俺は」

 結果、良太郎はパンクした。



 そんな良太郎を見て、朝陽と天津は目を合わせ、微笑みあった。

「ともかく今は飯だ。仲直りすんのは、その後々」

 朝陽の言葉に気持ちを落ち着かせ、良太郎は息を吐き出す。




「そうだな。少し熱くなりすぎてた」

 昼飯に戻ろうと、自分の弁当に目を向けたときだったーー。

「この玉子焼き、甘くて美味いね。グッジョブ」

 力作の玉子焼きを食べて、ハムスターのように口を膨らませる臨がいた。



 食べていいと言った以上、怒る事もできないので、良太郎は一言。

「玉子焼きは甘い方が美味い」

「おお、分かってんじゃん、りょうたる」


 一体全体、その呼び方は何なんだ・・・。薫子の事と言い、臨の事と言い・・・。良太郎の頭を悩ませる材料は増えるばかりだ。


 それにもう一つ――。











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