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序章




 山頂付近に存在する六車邸で、党首である六車大我は、今日も昼間から酒をあおっていた。

 長閑な風を縁側で受け、浴びるように飲む日本酒、イカ干しの組み合わせはまさに嗜好。丁度一つを食べ終えたところで、吊るされたイカの一夜干しをまた一つ手に取り、酒をあおる。



 そんな大我の前を、六車の従者である清正と正則が通ると、彼等と小言を交わし、笑い合う。大我を慕う二人はとても嬉しそうに、昨日起きた些細な話をする。

 普段は喧嘩の多い二人だが、今日はヤケに機嫌が良い。




「随分、嬉しそうだな。なんか良いことでもあったか」

 大我の質問に、正則は誤魔化すように大きな笑い声をあげる。


「おい正則、恥ずかしがらずに言えよ。報告したいって言ったのはお前だ」と、清正が肘で正則を突く。

 そこでようやく腹を決めたようで、正則が口を開く。

「じ、実は俺、彼女ができたんっす。一番に報告したくて」

 顔を赤らめる正則に対し、清正は初めてじゃないけどな、と横槍を入れる。



「おい何だよそれ、写真見せろよ」

 大我が上機嫌に尋ねると、渋々、正則は懐からガラパゴスケータイを取り出し、写真を画面に表示させる。

 大我と清正はそれを食い入るように見てから、正則と比較する。

「こりゃ、美女と野獣だな」 

 大我の言葉に清正は何度も頷く。



「誰の彼女が、野獣なんすか」

 正則は大きな声を上げて、抗議する。

「野獣はお前だよ」と、清正は正則を後ろからどつく。だがそれでも、理解が追い付いていないようで、正則の頭上にはクエスチョンマークが存在していた。だがやがて殴られた事に理不尽を覚え、正則と清正の喧嘩が始まる。


「たくっ、昼間っから騒がしいなお前らは」

 あくび交じりに、満足そうな顔をする大我。



 当たり前の六車邸の日常、話声が無くなれば自然の音が耳を支配する。都会から離れた場所であるからこその特権だ。

 そんな六車邸の平穏が、一つの轟音と共に搔き消える。

 天地干しの為の糸が、衝撃波によって断ち切られ、吊されていたイカが吹き飛ぶ。




 明らかな敵の攻撃に、大我を含んだ三人は殺気を際立たせる。

「随分なご挨拶だなーーぶち殺すぞ」

 今度は大きな光と共に、一人の従者が三人の前に倒れこむ。



「おい泰時、大丈夫か」

 泰時は歳は若いが、六車の七本鎗を任されており、かなりの使い手だ。そんな彼が目の前で倒れている、誰であろうと穏やかじゃないのは見て取れる。



「気をつけた方がいいよ。僕以上の発の使い手だねあれは」

 息を荒くしながら、泰時はそう言葉を残す。


「お前以上の一戒の使い手って、そりゃ相当だぜ」と、正則は泰時を抱え、六車邸の中に彼を運ぶ。

「どっちにしても、結界を綺麗に破る連中だ。只者じゃねぇのは分かり切ってる。お前らは避難誘導しつつ、敵を取り押さえろ」

 大我の言葉に、二人は静かに頷く。



 正則は自分の得意な二戒、護を使い六車邸を強い防御壁で覆う。その直後、その周りを分散した衝撃波放たれ、周りは火の渦へと変わる。

 力の弱い従事達は逃げ出し、阿鼻叫喚の嵐。力をもった者も、次々に倒れていく。


 その中でも木々だけは、綺麗に残っている。その理由は、夕陽という以前の党首の息子が原因だ。しかしその要因を作った事件を思い起こさせるこの状況は、六車の人間にとって穏やかじゃない。何より大我にとっては。



 倒れる従者の周りに一人だけ、飄々と立ち続ける男がいた。紫の髪に、ひょろりと長い体。まだ若い男のようだ。

「あはは、六車が焼け野原だ」

 愉快そうに笑っていた男も、大我に睨まれた瞬間、表情を変え視線を動かす。

「門を叩くにしては、やりすぎだなクソ餓鬼。ーーあんまり舐めてると、どうなっても知らねぇぞ」



「おー怖い怖い。アンタが噂に聞く、六車大我か。いいねぇその感じ、ゾクゾクするぜ」

 紫の髪の男は胸の前で手を合わせ力を蓄える、その感じは、呪術に似ていながら、大我の感覚を鈍らせた。何かが少しずれている。



 だが蓄えられた力は、明らかに強大だ。まともに受ければ大我といえど無事では済まないだろう。だからといって避ければ、辺りに被害が及ぶ。


 となればーー。


 大我は大地を踏みしめ、紫の男に急接近し、拳を振るう。

 だがそれは、突如として現れたスキンヘッドの男に手で止められる。大我よりも大きなニメートル越えの男が、見下ろす。

「油断するな、鬼道きどう

「あーはいはい。口うるさいなぁ、人道じんどうは。でもまあこれで、六車家さようならだ」


 鬼道と呼ばれた男が、チャージしていた力を解き放ち、六車邸へ向けて発射する。大我といえど、それを止めるには間に合わず、無情にもそれは六車邸へ降り注いだ。


 だがギリギリのところで、攻撃は水の盾により守られ、六車邸の守護を崩すには至らなかった。しかし代償として、清正は地面に突っ伏した。その体の下には、多量の血が流れている。

 大我が清正の名を叫ぶも、返事は無い。





「あちゃー、あんな家守る為に体張っちゃって」

 ケラケラと笑う鬼道に、鬼の金棒が降り注ぐ。それを間一髪で鬼道は躱す。

「ふぅー、死ぬかと思った」

 鬼の正体は、大我が召喚した式神ーー酒呑童子だった。



 更に大我も、自身に憑依の力を纏わせ、呪力によって強化。人道の腕を振り払い、脇腹に強力な蹴りを浴びせる。

「テメェ等にとっては、なんの変哲もねぇぼろ家かもしれねぇけどな。俺達にとっては、ただ一つの帰る場所だ。指一本でも触れさせるわけねえだろうが」



 人道も息を飲み、心を落ち着かせる。

「確かに、先程の肉体自慢よりはやるようだ」

 その人道の視線の先には、正則が倒れていた。

「もう少し拳を交えたかったが残念だ」

 人道の手には、六車の家紋のある巻物が存在していた。



「欲しいもんは回収済み。だからここには用無しってね」

「テメェ等、それが狙いか」

 大我が拳を握り、飛び出した瞬間、鬼道は上空に気弾を放ち、分散させる。

 まるで流星群のように、六車邸に降り注ごうとしているそれを、大我と酒呑童子は全てを拳で打ち砕き、無事相殺させた。しかしその時には、二人の侵入者の姿は無く、残ったのは倒れた従者と火の海だけだった。


「あれを奪ったって事は、他の奴らのとこにも・・・」









 長野の四宮邸の前に、手練れの従者達が次々に倒れて行く。四宮家もまた、侵入者により混沌を極めていた。

 倒れる従者の前に立っているのは、一人の少女。ピンク色の髪を揺らし、申し訳なさそうに身を縮こまらせる。

「ごめんね・・・」


 身体の中を呪力が逆撫でするような感覚に、術者達は苦しみ悶え、苦痛の声を漏らしている。まるでその痛みを少女も感じているようだった。


 彼女の前に立ち塞がったのは、四之宮家最強の男ーー四之宮誠司だった。

「敵のような感覚はしないけど・・・。ここまでやられたら、俺も黙っちゃいられない」

 普段は温和な誠司だが、四之宮家の事となると、その様は一変する。

 相手が年端のいかない少女であろうと、鋭い眼光で睨み、呪術を構築する。




 誠司は火炎を起こし、それを竜巻に乗せて放った。自然現象を起こす神級と呼ばれる術の合わせ技。それも相性の良い二つの属性を利用した。

 火は風により攻撃範囲を増加させ、更に勢いをあげる。



 その技に少女は飲み込まれ、大きな砂埃が起こる。まともにくらえば、立ってはいられない威力。

 勝利を確信した従者達は歓声を上げる。



 だが誠司だけは、緊張の糸を途切らさずにいた。

 誠司は自分の技が無力化され、消し去られたように認識したからだ。



「危ないところだったね、生道≪せいどう≫」

「ありがと・・・」

 視界が晴れると、そこには生道と呼ばれた少女ともう一人ーー青い髪をした青年が立っていた。

 誠司の技を受けても、何事も無かったかのように飄々と。



「探し物に手間取って、遅くなったよ」

 不敵に笑う男の手には、一つの巻物が存在していた。

「それは――。お前まさか・・・」

「うん、邪魔されたから、君のところ党首様には眠ってもらった。・・・そして君にもーー消えてもらいたいな」

 刹那、男から発せられたのは、先程、誠司が放った技と全く同じものだった。威力、早さ。どれをとっても全く劣らない。加えて、彼はそれをほぼノーモーションで発動した。



 誠司なら、それを躱し、瞬時に攻撃に移行できる。だが今はそれをするわけにはいかない。

 後ろに立つ仲間を無傷で守る為には、手は一つしかない。



 怯える従者の前に、巨大な壁が出現した。ダイヤモンドでできた壁は、敵の攻撃を完璧に抑えた。

 だが既に二人の侵入者の姿は無かった。

 誠司は自分の無力を悔やみ、拳を強く握りしめる。











 

 見覚えのない屋内。

 奥には祭壇のような、大きな仏壇があり、その前には一人の男が立っていた。色素の抜けた白い髪が特徴的な。その隣には少女がいた。彼女もまた白い髪をしていた。


 宗教的な銅像が立ち並ぶその部屋で、何かに押さえつけられるように、自分の身体を動かす事もできず、ただ立っている事しかできなかった。



 そして自分を守るようにして立っている三つの背中。それが薫子、朝陽、天津だと分かる。

 誰もが満身創痍で、立っているのが限界。そんな状況だった。



 男が手から衝撃波を放つと、庇うようにして立ち塞がった朝陽が倒れ、悲痛の声を漏らす。

 朝陽の名を叫ぼうとするも、声が出ず、今度は天津が倒れる。

 そして最後にはーー。

 







 目の前が真っ暗になったと思えば、また一瞬にして視界が開け、明るい兆しが目に映った。

 若い男女の声が木霊する室内。硬い木の椅子の感触。手には机の・・・。

 見慣れた教壇が存在するこの場所はーー。


 いつものDクラスの教室。





「授業始まる直前に起きるなんて、良太郎のレーダーは一級品だな」

 隣にいた六車朝陽がそんな感想を漏らし、前に座っていた薫子が溜息を漏らした。

「休み明けだからといって、随分と弛んでるわね」



 起きたばかりで、まだ頭が痛い。それなのに何故、いきなり怒られなければいけないのか。良太郎はまだ理解に到らなかった。


 ただ自分が目覚めたという事は、やはりあれは夢だったのだろう。やけにリアリティのある夢だったし、何より嫌な夢だった。だからこうして、いつもの場所で目覚められた事に、良太郎は少なからず安心感を覚えた。

 天津も、薫子の隣で笑っている。皆、いつも通りだ。





 そして数秒後に、チャイムが鳴り、教室の扉が開いた。

 現れたのは小太りの先生で、メガネをかけている。一年近くうすさま高校に通っている良太郎だが、見覚えのない先生だった。

 仁先生じゃないのか……。

 そんな事を、良太郎は呟いた。





「お前等、静かにしろよ。予告通り、今日は転校生がくる。あまり騒ぎすぎず、それから無礼の無いようにな」

 転校生・・・。そんな話聞いてないぞ。



「なあ、朝陽。転校生なんて聞いてたか?」

 朝陽は良太郎に訝しげな顔を向ける。

「記憶力無さすぎやろ」

 その答えーー自分は知っているという意味なのだろう。



 今日はどうも頭がふわふわしているというか、記憶が曖昧だ。

 それに無礼のないようにって、同じ学生なんだから、そこまで縮こまった言い方しなくてもいいだろうに。うちの学校のシステム上、同じクラスでも年上の場合はあるが。隣にいる朝陽みたいに。



 違和感を覚えながらも、良太郎は朝陽に問いかける。

「無礼のないようになんて、変な言い方するよな」

「そりゃ、転校生があれだからな。そう言いたくもなるっしょ」


 何かを知ってはいるようだが、朝陽の言い方が抽象的過ぎて、良太郎に理解する事は難しかった。何よりその答えがもう直ぐ分かるのだから、考える必要もないだろうと、思考を停止させた。



「それじゃあ、入ってきてください」

 先生がそういうと、教室の扉が勢いよく開き、手ぶらの女生徒が入って来た。口には何かを食べおえた後と思われる、竹串が咥えられている。


 転校生とは思えない、旺盛な態度に不信感を覚えつつも、良太郎は一つの特徴に目を奪われていた。

 白ーーというより近くから見ればダークグレーのような色をした髪は、肩ほどまで伸びており、大きくも鋭い目つきには、一切の覇気が感じられない。 


 その特徴は、さっき夢で見た少女にそっくりだった。




 少女は教壇に登り、ぐるっと教室内を見回してから、口を開いた。

百瀬臨りんよろしく」

 短い挨拶を済ませた彼女は、良太郎のいる方を見て、口元を緩め、八重歯を覗かせた。


 見られた……。そんな気がしたが、気のせいだろうと朝陽と目を合わせる。




「空いてる好きな席に座ってください」

 先生は、ふた周りは年下の生徒に下手に話しかけている。先生と生徒の関係とは思えない。



 だがようやく、良太郎にも状況の把握ができた。百瀬という名字を名乗れるという事は、百瀬家の中でも相当な地位にいるという事。年端を考えてもーー党主の娘と考えて間違いないだろう。


 そうなれば、恐る恐るな先生の態度も合点が行く。学園長の娘なのだろうから。




 思考を巡らせていた良太郎だったが、近くに気配を感じ、咄嗟に顔を上げる。すると目の前には、口元を緩めた百瀬臨が立っていた。

「よっ、久しぶり。りょうたる」

 手を顔の横まで上げ、変なあだ名で挨拶をして来た。これは確実に自分に向けられているものなのだろうと、良太郎は確信する。


 勿論、久しぶりなんて言われる理由も分からなければ、変なあだ名で呼ばれる筋合いも無い。ーーだが、先ほどの夢に出て来た少女と瓜二つの彼女を見て、初めて会う気がせず、咄嗟に良太郎は手を上げる。


「おっ、おう……」

 周囲の生徒は、そのやりとりに誰もが 驚き、声をあげた。そして視界の端に映っていた薫子が、不愉快そうに口をへの字に曲げるのが見え、良太郎は若干の後悔を感じた。










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