推理
桜子の言葉に、九朗は不快感を覚える。彼女の指摘出しには完璧に答えた。それなのにまだ変だという。そろそろ報告がくる頃かもしれない。そんな逸りが、九朗の苛立ちをまた募らせた。
「なにが変なのですか」平静を装いながら、九朗は問う。
「大我さんっていつ、復讐を考えたんですか」
時間……。
刑事ドラマや探偵小説などではありがちな方法でミスリードを誘う。言わば叙述トリック。しかしそんな小手先の方法ではボロは出さない。
「はっきりとは分かりませんが、殺された時でしょう。朝陽様が」
「倒れた時ではなく、朝陽君が亡くなった時。ですか」
時間を意識した言葉遣い。やはり彼女の攻め方は思ったとおりだ。
「私も人の心までは読めませんから、はっきりとした事は言えませんが」
これでいい。時間を利用するなら曖昧にしてしまえばいい。彼女には小手先の会話術だけで、証拠など示せないのだから。
完璧なはず。なのに目の前の女は、不敵に笑った。
「てっきり他殺が判明した時かと思いました。大我さん、葬式には普通に他家の人を招いていましたから」
一瞬、思考が鈍る九朗だったが、回顧して状況を整理する。
「器が大きい……とは言えませんね。強いて理由を挙げるなら、観察でしょう。誰が犯人か。それを確かめる為に」
「じゃあ、葬式以前に他殺の線があったわけですね」
切り抜けはしたが、彼女に時間のヒントを与えてしまった。だがあの時の状況は六車家しか知りえない。大雑把な時間証拠ではなにも足りない。
心を落ち着かせ、九朗は表情を柔らかくする。
「犯人が他家にいる。そう思ったのはなぜですか」
「裏切者の貴方は知らないんでしたね。外部からの損傷があったのですよ。それが死へと繋がった」
「元々、六車が裏でこそこそやってた人体実験の影響ではないわけですか」
「丸く収まった案件。掘り返すのは無しですよ」
「それは失礼」謝る気はあまり感じられない言葉を返した後、桜子は考える素振りをみせる。
「外部ってだけじゃ、他家を疑う理由としては不完全ですよね。六車家の誰かがやったかもしれないですし」
唐突な発想に、九朗も目を見開く。
「なんて冗談。家族を疑いたくはないですもんね」
早口気味に九朗は答えた。「当然、六車家の人間が裏切るわけがありません」
更にそこで、九朗はあの時の状況を思い出した。こういう場合は真実を答える。それもまたセオリー。なぜなら彼女には用いる証拠がない。全ては六車家という独立組織の中にある。
「加えて申し上げれば、朝陽様は大我様が看病していました。誰も殺せるわけがありません」
「それは六車家以外の人も同じでは」
真実。常に真実を語る。そうすれば彼女に打つ手は無くなる。雄弁な喋りも途絶えるだろう。
「さすがの大我様も疲労は蓄積されますから、常に看ているわけにもいきません。私が変わったり、他の医療術士が看ている時もありました。その隙を狙われた可能性……。また、外部からの超呪術で殺した可能性。そう例えば――四之宮の四術士とか」
そうだ。ここで攻撃に転じる。疑われるべきは他家の人間なのだから。
「十戒を会得した彼なら、離れた場所へも攻撃が可能では」
桜子は首を振る。「残念だけどそれは無理。誠司君はハイスペック過ぎて逆に気持ちが悪いけど、そういった些細な創造はできないから。神の力も便利じゃないのよね」
残念そうに顔をしかめる桜子に、九朗は違和感を覚える。
「なぜ残念そうなのですか」
「そりゃ勿論、犯人を見つけたいからですよ。……あれ違うの」
犯人の特定。最初からそれが彼女の狙いだった。なにか論点をずらされている気もするが……。
九朗は更に桜子を注意深く観察する。
傘を手に持ちながら、桜子は大きく身体を伸ばす。「んー、じゃあやっぱり犯人が割り出せないですね。厳重な警備だったみたいですし」
「ええ。だからこうして今も、犯人が分からずじまいでいる」
良い方向に転がった。これで近況とも合点がいき、矛盾は無い。
「だとしたら、怪しいのは大我さんですけど……。家族思いの人ですし、それはないか」
またここで六車家に矛先を。内部での混乱が狙いなのか。だがそんな時期はとっくに過ぎている。既に大我は死んだのだから。それを知らない相手ではないだろうが……。
ここで犯人を大我にしてしまう。それもまた一つの手かもしれない。このまま犯人が分からないのも不自然。擦り付けてもなにも問題は無い。ただ主が理性の無い復讐者に成り代わるだけ。
彼女の案を取り入れるのも――。いや、まて。私は先程、六車家を擁護する姿勢をとった。ならばここで疑うのは不自然。
「それも違い――」
またしても九朗の言葉は、桜子によって打ち消された。
「仮説ができました」
聞いてはいけない気がした。だが彼女から逃げる事は許されない。あの程度の小娘から。
九朗は頷き、話すように促した。
「犯人はやっぱり六車の人。理由は他家の人より明らかに実行しやすい。大我さんは除外するとして……。まあ六車の事情には詳しくないから、一旦保留」
口を挟む事を許さない饒舌な喋りに、九朗も聞く事に徹する。
「ではどうやったか。外部からの呪術で殺した。正確に殺すにはやっぱり目の前にいないと不可能。場所は六車邸。まあ時間は詳しく知らないけど」
「それでは犯人が結局、分かりませんよ。やれやれ。どこが仮説なのか」
「確証も証拠もないですよ。でも犯人像は分かります」
勝ち誇った笑み。それが自分の顔に無いことが、九朗にはおかしかった。それが目の前の年下の女にあるのだから。
「ずばり、この戦争を望んだ人間。そうでもなければ、あまりに利益が少ない。となるとやっぱり、戦争を有利に進ませている六車が怪しい。更にいえば朝陽君の死に悲しみを覚えていない人。軽々しく「殺された」なんて言っちゃう人とかね」
その瞬間、桜子の視線が九朗に向けられた。
「なにが言いたいのです」
「本家の人に下手なわりに、ぶっそうな言い方をすると思って」
落ち着け。同時に沢山の論拠を並べているだけだ。なにも確信は無い。
「仮にその人が犯人だとして、どうなのですか」
「どうってわけじゃないですよ。そうかもってだけで。けど明らかに六車が怪しい事実に、九朗さんは気づいていなかったんですか」
挑発するような言い草。
気づいていないわけがない。犯人は六車の人間なのだから。だがこのまま彼女に優越感に浸らせるのは……。
どうせ勝つのはこちら。そこを肯定してもさして支障はない。
「気づいてましたよ、勿論。信じたくは無かったですが」
「気づいてて止めなかったのなら、戦争がやりたい人にもリストアップされちゃいますね。九朗さん。……まあ止めれなかったとか言うんでしょうけど」
回りくどくねちねちと。結局この女はなにが言いたいのか。証拠は存在しない。ならば犯人にはできない。この論じ合いに意味は無いのだ。
もう殺してしまおうか……。
九朗の思考によぎったが、やはりそれはできない。実力行使など、頭で負けたと言ってるようなものだ。
仕方がない。さっさと終わらせるか。
「どうしても、私が朝陽様を殺した犯人に仕立てたいらしいですね」
その時、機械を止める音がした。
桜子が持っていたのは小型のレコーダー。録音されていた。一瞬、思考が鈍る。
録音。なぜ何のために。意味などないはずだ。焦る必要など。しかし胸騒ぎがする。失態を犯したのか……。
「やっと手に入れた、肉声。これでもう討論は終わり」
「なにを言ってるのです。録音などしてなんの意味が」
「最近って編集でカットしたりできるから。朝陽君を殺したって台詞が欲しかったの。これがあれば色々とやりやすいし」
意味が分からない。「そんな物では私を犯人にはできませんよ」
当然だ。改竄された証拠など通るはずがない。あまりに浅はかだ。
「犯人は最初から九朗さんって分かってたから。差し詰め、朝陽君を殺した後に、弱った大我さんに呪術をかけたんでしょ。……後、三葉君にも」
最初から分かっていた。議論など意味は無かった。本当に暇つぶしだったのか。確かに彼女の推理は当たっている。九朗自身が殺し、他家に疑いを向けさせた。
そしてそれは見事に成功し、今に至っている。
「最初からそのデータが欲しかった。つまり戦争の後、その先を上手く動かす為。そういうわけですか」
笑みを絶やさず、桜子は頷く。「ええ。結局、誰が犯人なのか分からなかったら疑心暗鬼になるし。この声とさっきの仮説があれば納得してくれるんじゃない」
先を見ている。常に次の手を考慮した知略。しかし前が見えていない。そんな愚かな人を前にし、九朗は大きく笑った。
「これからは六車が支配する。マントラなどは廃止。裏切者の君に発言権などないのだよ。それなのに犯人探しか、笑えるな」
勝ち目などない。既にチェックはかけているのだから。
なのになぜだ。目の前の女は自分以上に迫力がある。もっと先を見て、もっと先を想像しているようにさえ。
「だから勝ちますよ、戦争。ついでにいえば、六車の支配なんて来ない。あるとしたら呪術からの解放かしら」
雨は勢いを増す。まるで彼女に感化されたかのように。
「君の言う事は突拍子もない。しかし理想を語るのなら、目の前の状況を、どうにかしてからにするべきだ」
そうだ。最初から私は力で倒すつもりだった。それが余興に付き合わせ、いらない時間をくっただけだ。話も終わった。ならばさっさと殺そう。
早く殺そう。
呪力を蓄積し、術式を造る。彼女に受けきれるわけがない威力だ。口なしにしてしまうのは少々勿体ない逸材だったが、仕方ない。
桜子の言葉を待たずして、九朗は呪術を発動した。
その瞬間、吹き飛んだ。発動した呪術が暴発し、コントロールできなかった為だ。
目の前の桜子は、飛び散る血を傘で受け止めた。
吐血し、息を荒らげる九朗には考える余裕が無かった。「どういう事だ……」
「あらら、やっちゃった。術が発動した瞬間に、私の呪術が発動しただけですよ。コントロールを乱す」
術式が発動した。何を言っているのか理解できない。こんな大掛かりなものを話しながら作れるわけもなければ、そんな素振りも無かった。
いや違う。最初から全て間違いだったのだ。
彼女を枝の音で発見したその時から。既にあの時、細工を全て施した後だった。それであたかもミスしたかのように見せかけた。自然に。
強い呪術に誘導されたのも、彼女の狙い通りか。
自分は実力行使に出た。その時点で、負けを認めたようなものだった。皮肉にもそれが原因で、こんな結果になってしまった。
たった一言。それを引き出す為に、あらゆるミスリードを誘った。初めて知恵比べで負けた……。いや過信した事が最大の敗因。
「予想できないものですね」
残り少ない力で、九朗は言った。
少しずつ、桜子は仰向けに倒れる九朗に近づいた。
「予想はあくまで想定。超えられる事なんて沢山よ。だから楽しい。もっと楽しいのは、どうやって計画を修正するかを考える事。所詮、貴方は己っていうレールから出れなかった。どこかの箱入り娘みたいに」
九朗の死を確認し、桜子は呟いた。
「人の思いなんて、誰にも予想できないんだから」
静かに、雨を弾く音だけが響く。その雨さえも拒絶する様に。




