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邪神





九朗は一人の本陣で大きな溜息を漏らした。その顔には珍しく苛立ちが募っている。それは彼にとって大きな番狂わせが起きた事を意味している。



 頭を掻きむしり「私の采配に間違いはなかったはずだ」九朗はそうぼやいた。

 思考を巡らせているうちに、段々と九朗の熱が冷めてきたのか、落ち着きを取り戻した。




「全く大我といい四之宮のガキといい、中途半端な仕事をしてくれますね」


 大我と三葉。彼等の共通点。それは九朗が同じ術にかけたという事だ。弱り、疲弊し、不信感を抱いていた彼らにとって、九朗の幻術は最適だった。彼等の認識を惑わせ、敵を錯乱させた。


 そして念願の戦争。大きな卓上のゲームを現実に完成させたのだ。今まで燻っていた自分の知略、想

像。全てをぶつけられる舞台を。


 幾つかの作戦は予定通りにはいかなかったが、本陣近くで戦闘の音が聞こえる。おそらくもう一つの計略は成功したのだろう。

 だが既に手はほぼ曝した。百瀬を叩きにいった観勒がしくじれば、全ては破綻する。 



 冷や汗が九朗から流れた。

 枝の軋む音、その音で九朗は振り返った。誰もいない本陣。自分は一歩たりとも動いていない。この雨で一際目立つその音に、敏感に九朗は反応した。



「誰かいますね」

 鋭い視線を、折れた枝の上に向けた。


 けっして強い気配ではない。しかし異様だ。探知に自信を持つ自分が気づけなかった事が。




「突然、雨だなんて運ないわね。足元悪いし」

 先程までは誰もいなかった場所に、一人の女性が立っていた。何度か九朗も見た事がある。四之宮のもう一人の娘――四之宮桜子。



 懐から折り畳み傘を出して、桜子は頭上の雨をガードした。


 九朗は不敵に笑う。「招かれざる客ですね。こうも不測の事態が起こると、私でも苛立つらしい」

「皺が増えるから気を付けた方がいいですよ。あ、気にする年でもないか」

 にこやかに言葉を発する桜子に、九朗は警戒心を増す。




「煽りとは随分と余裕ですね。小細工しかできない貴方と、現四術士の私とではどちらに分がある事か」

「あらあら、お下がりの役職にご執心なのね。それに小細工が得意なのは九朗さんもでしょ」

 笑顔崩さない桜子の姿勢に、九朗の眉間に皺が寄る。



 業を煮やし、術式の準備を始めようとした九朗を、桜子が制止する。

「焦らなくても。……立ち話でもしましょうよ。頭の回転早い人は好きなの」

「時間稼ぎのつもりですか。悪いですが、その手には乗りませんよ」

「百瀬側に切り札を仕向けて、後は三家の壊滅報告を待つのみ。暇つぶしには丁度良いと思うけど」



 観勒の事まで知りえている桜子の情報綱。

 戦場にアンテナまではっているとは、末恐ろしい。だがそれゆえに、目の前の人間に興味が沸いた。ただの小生意気な女子大生と思っていたが、考えを改める必要性があるらしい。



「安心して下さい。アタシは誰の味方でもないから」

 呪力を抑え、九朗は言った。「自分だけの為に動く。なるほど気に入りました。余興に付き合いましょう」




 その言葉を聞き、桜子は即座に手を挙げた。「はい。じゃあ可愛い年下のお姉さんから質問」

 突然の女子大生らしさに、九朗も首を傾げる。「年下のお姉さんとは、矛盾が生じてる気がしますが……」


「細かい事は良くて。九朗さん達は――どうして戦争を起こしたの」

 いきなりの質問。だが九朗は動じない。ディベートなぞに負けるわけがない。

 これまでどれほどの書物を読み、どれほど戦力を構想したか。誰にも負けはしない。ましてやこんな女子大生にぼろはださない。




 おそらく彼女は九朗が戦争を引き起こした。そこに繋げられるだけの確証が欲しいのだろう。あくまで些細な反抗材料にしかならないが、それすらも許す気はない。

 完璧に勝つ。



 どちらにせよ、予定通りの結果になればその必要性すらも無くなるわけだが。

「理由は知っての通りでしょう。言わば――復讐劇といったところでしょうか」

 不服そうに桜子は言う。「態々、戦争を選んだんですね」



 気になる言い方に九朗は目くじらを立てる。「態々とは」

「弔い合戦なんて個人的にやればいいのに。戦争なんて起こさなくても」

「それだけ大我様の怒りが凄まじかったのですよ。身内を亡くした事の無い貴方には、理解できないかもしれませんが」


 桜子は微笑する。「そのわりに九朗さんは余裕なんですね。まあ血は繋がってないか。……大我さんもだけど」

 顔色を伺ってから、桜子はさらに続ける。「ああそれに、私だったら戦争なんて起こさないですよ。分が悪いですから。そんな理由で起こしたら六車家、狙われちゃいますし。現に狙われてますし」


「納得はできますが、当主の命に背くのは難しいのですよ。幾ら参謀を任されている私でも」

 その時、参謀という言葉をあざ笑う声がした気がした。勿論、目の前の女子大生から。

 これは自尊心を責める精神攻撃。そう捉えた九朗は、表情を崩さず対面した。





 わざとらしく、桜子は手を叩く。「でもなぜでしょう。家の家庭は危機的状況。十文字は本陣を責められてる。百瀬にも超強い術士が攻めてる。なんだかこれって――六車優勢じゃないですか」


「地の利。更には知略と戦術。優秀な参謀がいるかどうかで、戦況は大きく変わる。かの有名な三国志でも、たった一人の天才が降りただけで、兵を上手く使い勝利を得た。戦争とはそういうものですよ」


 雄弁な喋りを終え、桜子を見ると携帯を操作していた。

「あ、話終わりました」


 表情豊かに訊いて来る彼女に、九朗も頷くしかなかった。


「確かに九朗さんは優秀な参謀ですけど……。それだけで戦況は変えられるとは思えないんですよね。実質、三家を相手にしないといけない状況。勝機があるとしたら――緻密な下準備」



 彼女がねちねちと責めてくる事は分かった。それを躱す事など造作も無い。


「パンは一度ではなく、二度、三度と発酵させるように、準備も数多くする。戦争を起こそうと目論んでいたなら当然。なにも不思議ではありませんよ」

「たかが数か月で。限度があるとは思いますけど……。まあ六車は強い術士を養成する事に必死ですから、ありうるかもしれないですね」


 ひと段落付き、九朗は溜息を漏らす。

「納得してもらえて良かったですよ」


 ここまで会話に付き合って来たのには、大きな理由がある。九朗は桜子の才をかったのだ。これからは人材が必要になる。伝言の際に手間が省けるのは良い。


 だが彼女のような人間を仲間に引き入れるには、条件がある。中途半端に頭がきれるのものはプライドも高い。ともなれば、ディベートで勝ってそれを壊す。それからが交渉の始まりだ。



「さあ、桜子さん――」

 声をかけた時、桜子は一言発した。「でもやっぱり変ですね」













 白虎が観勒に向かい、爪を立てる。身体から放出される雷は、雨の影響で更に勢いを増している。

 七瀬桐蔭も戦闘に参加し、戦いは更に加速する。



「観勒。奴は四之宮恵慈と一緒に呪術を造り上げ、マントラの基盤を作る原因になった人物だ。更に言えば、仁――お前の先祖になる」


 そこで仁ははっとする。「そういえば、教科書で見た気がするよ」

 桐蔭は呆れる気持ちを隠そうとはしなかった。「本当に教師をやれているのか……」



 仁は苦笑いをする。「あはは。専攻が違うからね。それに学生の時も歴史は苦手だった」

「あの頃となにも変わってはいないな。能天気で、好奇心に愚直」


 その時、白虎が二人の横を過ぎ去る。その勢いで、白虎は体制を崩し木に身体を打ち付ける。

 観勒の前には、黒い虎がいた。白虎とうり二つの。纏っている電撃、氷雪すらも。


「再会は済んだか。――影。これもまた陰の力だ」



 桐蔭は息を呑む。「奴は唯一、恵慈に土を付けた人物とも伝わっている。殆どの記載は残されていないが。分かる事は――強者だと言う事か」

「陰の秘密も分からない。謎の術者だね。ワクワクするよ」


 三人の間で、見えない間合いの取り合いが始まる。だが考えている事は一つ。目の前の敵をどう、倒すか。


 最初に動いた仁は、複数に分裂する発で牽制する。しかしそれを、観勒は完全に相殺してみせた。またも黒い呪術で。

 その脇では、白虎が動き出していた。




「雷光」

 桐蔭が呪力を籠めると、白虎の身体が雷に包まれ発光する。そして目にも止まらぬ速さで観勒に迫った。


 だが直前で白虎の動きが止まる。網のように広がった鎖で、動きを封じられたのだ。


「陽の呪術も使える。それが彼の厄介なところだ」

 仁がそう言った時には、隣に桐蔭はいなかった。彼は走り出し、白虎の前で懐の刀を抜いた。

 呪力の籠められた刀は鎖を切り落とし、白虎は解放される。




 その瞬間、タイミングを計ったように仁が呪術を発動させた。「三重連星――ポラリス」

 仁が発動させた呪術によって、観勒の動きは止まった。その隙を見逃さず、桐蔭と白虎の同時攻撃が、確実に観勒を捉える。大きな雷光と一閃が。




 距離を取り、桐蔭は仁の横にまで戻る。

「久しぶりだったけど、同級生コンビネーション上手くいったようだね」

「安心するには早い。感触が鈍かった」


 土煙の中から、出血した観勒が姿を現す。しかしその顔は平静そのものだった。痛みすらも感じていないように。



「呪術の乱れがみえない。あれだけの血を流しながら」

 自分の身体を見て、観勒は言った。「どうやら他人の身体を使っている事が幸いしたらしい」


 余裕の笑みをみせる観勒に向け、桐蔭は刃を向ける。「だが本来の力を出し切る事もできんだろう」

 傍からその様子を見ていた仁が漏らす。「その剣。どこから……。この前にあった時は持ってなかったけど」

「戦争だぞ。丸腰で来られるか」


 もっともな事を言われ、素直に仁は頷き納得する。

 逆に桐蔭は、緊張感のない仁の様子にまた呆れてしまう。昔からそうではあったが、戦争中でこれとは。更に言えば勝てるかも分からない相手に。


 まあそれも、仁の好奇心を刺激する要因なのだろう。





 不意に、観勒が大きく笑った。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。

「現代も侮れんな。では俺も、本気でいくとしよう」

 桐蔭と仁が構えた瞬間、観勒は指紋を始めた。だがそれは、経験と知識の多い二人ですら見た事のないものだった。


 観勒の指からは黒く、禍々しい呪力が漏れだす。その巨大さと不気味さが、発動する呪術の強さを物語る。やがて黒い呪力は彼の周りを包み込んだ。


「十戒――禍津日神≪まがつひのかみ≫」

 十戒。神の名を、観勒は口にした。



「誠司君のような派手さはないけど」

「明らかに先程までとは、オーラが違う」

 一見し、敵の力量を測った二人は、直ぐに指紋を始める。ただ、迂闊な行動に出るのは良くない。だからといって、後手に回れば思うつぼ。


 仁が動き出そうとした時、先に桐蔭が一歩踏み出す。

「先程の神の名――邪神か……。白虎」


 式神の名を叫ぶと、白虎は敵に向かい襲い掛かる。それと同時に、桐蔭は剣先からも衝撃波を放つ。それは白虎の雷と合わさり、威力を増大させた。




 その時、観勒は一枚の呪符を差し向けた。その瞬間、白い呪符が黒く染まる。

 観勒は呪符に呪力を籠めた。「式神召喚――騰蛇≪とうだ≫」



 その瞬間、呪符は漆黒の大蛇へと変貌を遂げる。身体からは黒き炎が燃え盛り、鋭い目は宝石のようでさえある。



「白虎、下がれ」桐蔭が命令を下すよりも一瞬早く、騰蛇が白虎を睨み付けた。すると白虎の動きが止まり、迫りくる騰蛇にも反応できなくなってしまう。


 白虎は氷の強固な壁を造り、身を守ろうとする。だが騰蛇の頭も燃え盛り、氷を溶かす。そのままの勢いで白虎を食らい、飲み込んだ。そして衰える事無く、次は桐蔭へと騰蛇は向かった。



 仁が食い止めようと、呪術を発動しようとした時、騰蛇の尻尾が彼を吹き飛ばした。

「式神使い、お前も終わりだ」観勒が呪力を強め、騰蛇は更に加速する。


 桐蔭は後方に下がりながら、呪符を取り出す。細かく刻まれた文字、彼の切り札とも呼ぶべき十二天将の召喚符だった。


「式神召――」



 呪力を籠めようとした時、彼は真横からの気配に気づいた。目の前から迫る騰蛇の圧力によって、その存在への配慮が疎かになっていた。避けられないと察し、防御の姿勢をとる。その瞬間、黒い衝撃波が桐蔭を襲った。


 桐蔭は、木に身体を預けていた仁の元へと吹き飛ぶ。そして二人の元に、黒い炎に身を包む騰蛇が迫った。















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