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旧友






 十文字陣営は混乱に陥っていた。本陣の目の前で、既に六車家との戦いが起きていたのだ。防衛ラインは全て突破され、当主である彩芽までもが戦闘に参加している。


 十文字の家紋を印した旗は、雨の中だというのに火に燃えている。それが戦争の激しさを物語っていた。


 渦中の中に、傷ついた術士を癒す存在もいた。救護班が壊滅状態に陥る中、一人の少女が奮闘していた。




 身体を木に預け疲弊している従者は、大きな火傷を負っていた。顔はただれ、原型は殆ど残していない。明らかに戦線復帰は見込めない。だが少女は躊躇わずに近づく。指紋をして発動した呪術は、体内の呪力を活性化させる基本的なものだった。


 火傷は直せないが、少しは楽になるはずだ。



「ゆっくり休んで下さい。怪我は私が治しますので」

 戦争の最中だというのに、少女が見せた笑顔はさながら天使だった。まるでここが恋人とのクリスマスと勘違いしてしまうような。


 火傷をしていて判別つかないが、呆けた顔をしていると従者も自覚できた。しかし治療を施している相手を知っては、そうもしていられない。


「ち、千足様……! 私の事など放って下さい。長くは持たない身です。そもそも私は千足様を守る身――」


 千足は口元の前で人差し指を立てる。

「静かに。傷口が開きます。……気にしないで。私は当然の事をしているだけです。だって家族なんですから」 



 そう言われてしまえば、従者も黙っているしかない。


 その時だった。千足の元へ、一つの弓矢が放たれたのは。辺りでは六車と十文字がやりあっている。それが流れ矢なのか、狙ったものなのかは分からない。だが千足も従者も、気づくのが一歩遅れた。千足が避ければ、彼女の正面にいる従者に当たってしまうだろう。だから千足に避ける選択肢は無かった。しかし止める術もない。



 当たっても致死には至らないはず。

 高を括った時、一人の老人が矢を弾き返した。

「千足様にはひやひやさせられますね」



 額に冷や汗を掻きながら、安堵の溜息を漏らしたのは、十文字家の老中だった。


「お爺様!」

「今は戦時中。神経を張り詰めてください」


 千足は頷き、最後の治療を従者に施した。

 それとほぼ同時に、彼女等の目の前で大きな爆発が起きた。それにより十文字の従者数人が吹き飛ばされる。




 千足と老中のあいだに緊張がはしる。土煙の中から姿を現したのは、厳つい男だった。服の上からでも分かる程に、強固な筋肉を保持している。



「六車の七本槍が一人。正則様だぁ!」

 聞かれてもいないのにたいそうに名乗った。見た目からも、放つオーラからも凄腕の術士なのが伺える。しかし同時に、知恵が足りないと十文字家の者達は感じた。




 老中が呟く。「油断はなさらぬように」

 知能指数が低く見えても、ここまで戦い生き残ってきた者。一瞬の油断で命を落としかねない。そしてもう一つ、老中には思慮すべき点があった。七本槍を名乗る相手と対峙し、千足を守り切れるかどうかだ。腕には自信があるが、年ゆえに体力に自信は無い。



 正則が脚に力を入れた時、老中も戦闘の姿勢をとる。

 その時、炎の竜を模した呪術が正則を襲う。それにより、正則が老中と距離を取る事になった。




「あの呪術って……」千足は思い当たる節があるように呟いた。

 そして彼女の前に姿を見せたのは、予想通りの人物。――久我正宗だった。


「千足ちゃんのことは俺が守る。安心して待ってて」


 その後、千足が久我の名前を呟いた事で、老中にはその光景が良い雰囲気に見えたらしく、へそを曲げてしまう。

「このような場所で不埒な」


 久我は表情を和らげる。「俺はどこでもこうですよ。それに一人じゃ辛かったでしょ」

 図星の指摘だしをされ、老中は苦い顔をする。

「まあ助かったのも事実」



 そんな二人の男の背中を見て、千足は微笑む。「なんだか頼もしいです。二人共」


 その頃、正則は火竜を消し去り、三人の目の前に姿を現していた。しかし彼の目は、違うところに向けられている。それは彼が憧れる存在であり、神とも呼ぶべき存在に。



 大きな歩幅で段々と、一人の男が近づいて来る。その異様な空気に、その場にいた誰もが振り返った。目にしたのは六車家当主にして、最強の男――六車大我だった。



「こんだけ押してるなら、俺は必要なかったんじゃねえか。……九朗のやつ、どこまでも心配性だな」

 愚痴のように溢す大我に、すぐさま正則は近づいた。


「会いたかったぜ、兄貴!」正則の目は戦争中とは思えない程に輝きを放った。大我はそれを面倒くさそうに対応する。



 幹部クラスの敵に加え、六車最強までもが現れた。圧倒的不利な状況に従者達から、弱弱しい声が漏れる。畏怖が身体を支配し、足が竦んでしまう。たった一人の登場で、戦況はまたしても変化したのだ。



 ただ一人、久我だけは闘志を燃やす。それは高校襲撃からの因縁だった。いつでも天才ともてはやされ、本気で戦って負けた事など無かった彼へ、初めて敗北を与えた。それも屈辱までの惨敗を。その人物こそが、目の前にいる大我だった。



 目にも止まらぬ速さで久我は指紋をする。それは終盤とは思えぬ集中力だった。


 大きな波が起こすと、雨により勢いを増し大我へと迫る。津波は敵味方構わずに辺りを巻き込む。



「ここでぶっ殺す。六車大我!」喉が張り裂けるほどに、久我は叫び、大我へと単身で向かう。


 大我の前に召喚された酒呑童子は、津波を割く。向かい来る久我には、大我が自ら対峙する。


「随分、恨まれてるんだな。――だがよ、俺の憎しみはこんなもんじゃねぇぞ」

 大我が腕に力を入れると、久我は数メートル先に吹き飛ぶ。大きな木と数回ぶつかり、ようやく久我の身体は地面に落ちる。




 二人の戦いを皮切りに、各地でまた戦闘が再開する。向かい来る正則に対し、老中が相手をする。千足の周りでまた、多くの血が流れ始めた。



「久我さん、お爺様!」

 叫ぶような訴えは、戦場の前では意味を成さなかった。やはり自分にできる事は一つしかないらしい。早く戦争を終わらせる為に。


 決意し、千足は走り続ける。







 痛みが引き出した。世界が自分を受け入れたように。それとも自分の感情が無くなりつつあるのだろうか。当然だ。これほどの質量を持つ世界。その全てと一つになろうとしているのだから。いつ壊れてもおかしくはない。



 身体の感覚すら無くなりだしている。もはや、まともな思考もできそうにない。

 そんな時、俺を呼んだのは幼い声だった。目の前に、銀髪の少年が立っていた。



「しっかりしろ、良太郎」

 その一言だけが鮮明に耳に残る。数秒、遅れて脳に伝わり、ようやく状況を理解した。そうだ――俺は。


 覚醒した俺を見て、晴明は目を見開かせた。



「悪い、意識が飛んでた」

 それで済んで良かった。本当に身体がさけてもおかしくない。それほど世界は深く、気持ちの悪いものだった。

 これでようやく、第一段階クリアだ。




 ほっと安堵した時、口から大量に吐血した。痛みは無い。ただ苦しいだけだった。

「大丈夫か」

 晴明は俺にかけより、声をかけた。


 なにが原因でこうなったかは分からない。それよりも今は一刻も早く、全ての術の過程を終わらせる事だ。




「俺の事は良いから……。晴明、続けてくれ」


 頷き、晴明は指紋を始める。彼が発動したのは勿論、十戒――神の力だ。彼の能力により、世界の呪力を純粋なものにする。そんなところだ。



 始めるように合図を出すと、晴明の手が俺へと伸びた。

 しかしその時、不意に手は止まり。晴明が頭を押さえた。彼の口から漏れるのは、苦痛の声。



「どうしたんだよ、晴明」

 と、今度は爪の先から血が流れだす。心配している余裕は無いらしい。少しでも出血を抑えようと、試行錯誤する。感情を無くし、世界に拒絶されぬよう。それが正解かもわからぬまま。



 俺の前では晴明が呟いていた。今の俺では、言っている事は文字の塊程度にしか分からない。だがその表情が暗い事だけは分かってしまう。



「現代に観勒が……。アイツを倒せるのは俺しか――」

 次の瞬間、晴明は首を振った。迷いを断ち切るように。そして俺の元へ手を伸ばす。


 闇が濾過されるよに、俺の身体から得体のしれないなにかが取り除かれていく。


 後少し。後少しで――。













 四之宮陣営は本拠地を離れ、大移動を開始していた。それはやはり、薫子側の陣営が総崩れした事からである。


 ――光茂にとって苦渋の選択だった。



 動けぬ従者は本拠に置いていかなければならない。助かるかも分からない命ではある。だがそれでも、見捨てる事は辛く厳しい選択だった。


 雨のせいか電波障害が起こり、誠司からの連絡も途絶えている。良い方向へと動いていればいいが、もしもの最悪の事態も考慮しなければいけない。



 そして今は薫子の安否だ。

 隣にいる妻も今、従者の治療をしながら付いて来ている。当主である光茂を信じて。迷ってはいられない。



 四之宮の短い列は同じ速度を維持して、森を進んでいく。


 彼等が遭遇したのは不幸としか言いようがない。

 目の前にいる異様な雰囲気の男に、先頭の光茂は止まった。



 男から溢れ出る迫力、その実力は明らかに年季が違った。咄嗟の判断で従者を後退させた時、男が呪術を放った。


 その一撃で、壊滅状態だった四之宮の陣営は沈黙した。

 表情を一つ変えず、男は歩みを進める。



 次に男が出会ったのは、薫子だった。後ろには兵も引き連れている。そして家紋は憎き四之宮のものだった。



「今日は運が良い。四之宮の名をこんなにも屠る事ができる」

 薫子は臨戦態勢を取り、傷ついた従者達を下がらせる。


「気になる言い方ね。……貴方はいったい何者」

「観勒だ。お前達とは長い付き合いになるかもな」



 観勒。その名前に聞き覚えがあった。しかし血が回らぬこの状況では、思い出す事は困難だった。

 だがこの相手は後手にまわればまずい。それだけは容易に判断できた。従者達とタイミングを合わせ、同系統の術を発動させる。



 しかしそれは彼に届く前に消え去り、得体の知れぬなにかがこちらに近づいている気がした。地が割れ、木が揺れる。このままだと――死ぬ。 




 目を瞑った。痛みを感じはしなかった。


「良く頑張ったね」

 死んでいたかもしれない。その恐怖から足が竦み、その場に膝を付く。次に涙が零れた。



「――仁先生」

 仁は薫子の頭を撫で、観勒と向かいあった。



「君達は早く行くんだ。もう直ぐそこまで、光茂さん達が来ているはず」

 薫子は従者達に指示を出す、進むようにと。そして仁に目線を送る。



「先生は……」


 生徒を安心させるように、仁は微笑む。「大丈夫。必ず戦争を終わらせる。彼も倒す」



 その言葉を聞くと、薫子はもう振り返らなかった。前を見て、従者達を先導する。

 成長した生徒の姿を見て、仁は嬉しそうに口角を上げた。




 薫子達が消え、雨の音だけが残る。観勒が仁の衣服を注視した。

「その家紋、百瀬か。ならば俺の子孫というわけだ」



 仁は首を傾げた。「貴方は六車の人だと思っていたけど、それはどういう意味だい」

「自分で考えるんだな。そしてできれば、消えて貰う事を願おう。俺とて、同じ血を引くものを殺したくはない」


「悪いけどその提案には乗れない。僕にも守る者がある」


 その言葉が勝負の始まりだった。




 仁の指紋の早さは、観勒も舌を巻く程だった。彼の元から放たれた術は衝撃波を生み出すものだった。それが観勒に近づいた瞬間、二つに分裂する。その技に、観勒は驚きの表情をみせた。



 衝撃波は先程と同じように、爆風を起こし彼の目の前で消え去った。


「現代には不思議な術があるのだな」感心したように観勒は言った。

「不思議な術を使うのは貴方でしょう。目に見えない技。僕には相殺したように見えたけど」

「戦いながら探るんだな」



 仁は一度、髪を掻き揚げた。その時見えた、仁の目は真剣な眼差しだった。「僕、こう見えても教師でね。学校では呪術理論なんてものを教えているんだ。だから貴方の術を解明するの、とてもワクワクするよ」



 次の瞬間、観勒が鎖を具現化させ仁に向けて放った。まるで挑戦のように。


 今度の呪術ははっきりと仁の目にも見えた。先程とは明らかに違う。それを察しつつも、仁は迫りくる鎖を完璧に避けた。


 そして発でそれらを断ち切る。 



 なのにも関わらず、片腕が鎖に取られてしまう。その隙を見逃さず、観勒は強力な発を放った。

 爆風が起き、雨で直ぐにその煙は消えた。




 仁は方膝を付き、微笑んだ。「一瞬、見えたよ。貴方の術。黒い鎖が」

 それから考えるように顎に手を置く。「今は消えた術と言われてるけど、さっきのは陰の呪術。だから黒く認識し辛かった。とはいえ未だに解明されていない事が多くて、僕も困っているんだけど」




「それが分かったところで、どうする事もできない」

 呪術の正体が掴まれようと、観勒は表情を変えない。




「そうでもないさ。今の時代は探知呪術なんてものもあってね。認識し辛くとも対応できる。それと、実は僕も陰の呪術が使えるんだ。貴方とは少し違うけど」



 その言葉が嘘か真か。観勒が思考を始める前に、既に仁は指紋を始めていた。それは彼も見た事の無い複雑なものだった。



「二重連星――ペルセウス」

 二つの五芒星から、先端が刃のように尖った光線状の発が放たれる。



 観勒に届く前に一度爆発が起きた。だがそれでも、仁の呪術は止まらず、直前で護を発動し、ぎりぎりのところで呪術は消え去った。



「まさか本当にできるとはな、驚いた。それに陰と陽のバランスが取れている。……称賛に価する」

「褒めて貰えるのは素直に嬉しいよ」



 一つ。呪術の相殺に手こずった事が、仁には気がかりだった。彼ならば危なげなく無力化できたはずだ。それとも計算が狂ったのだろうか……。自分の知りえない、陰の呪術の秘密がある。そう結論付け、一度思考を中断した。


 なぜならば、観勒が次の指紋を始めたからだ。




 そこから離れた呪術はシンプルな発だった。それ以外におかしな点は無い。探知呪術でも他に発見はできない。長期戦を見越し、仁は緻密な計算で敵の攻撃から身を守った。丁度、敵の発と相殺するまでの。



 だが仁の目には見えてしまった。迫りくる黒い衝撃波が。あるはずのない存在が。

 今から呪術を発動させてはどうしてもワンテンポ遅れてしまう。ダメージは避けられない。




 一瞬の迷いが生まれた時、仁の前に一筋の雷光が奔った。黒い衝撃波は消え去り、白い獣が目の前に舞い降りる。雷と吹雪。二つの自然現象が、獣から起こっている。




「少しは歴史を学べ」

 背後から現れたのは――七瀬桐蔭だった。



 京都以来の旧友との再会に、仁は驚きを禁じ得なかった。派閥という存在は今でも敵対視されている。戦場に来るという事がどれ程、危険な事か。


 しかし今はそれ以上に危険で、邪悪な存在がある。



 桐蔭と仁は一度、目を合わせた。そして観勒へと向き直る。

 雷雨の中――二人は出会った。











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