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雨音





 四之宮本部で幾多もの情報が飛び交い、従者達は慌てふためいていた。


 大我の各地での目撃証言。誠司がピンチとの情報。一部隊の壊滅。

 しかしそれらを光茂は看破した。



「おそらく、六車大我の出現は撹乱する作戦だろう。六車にはやり手の参謀がいる。化けているか、本物かは分からないが」


 その推察に従者達は段々と、落ち着きを取り戻す。

「確かに、あえて本部に報告させている節があります」



 光茂が頷く。

「誠司も問題ないだろう。負けるはずがない。違うか?」



 戦争。それは誰も体験した事の無い、戦場。そのせいで思考が掻き乱されていたのだろう。誠司という呪術士の頼もしさを、その言葉で再認識する。


 従者の士気が上がるのを見るや、光茂は次の指示を出した。「次の部隊を再編制し、誠司達に合流させる」



 そそくさと動き出す、従者達。それを見届け、光茂は一息付いた。

 そんな時だった。彼にとって、最悪の知らせが届いたのは。



 一人の従者が膝を付き、光茂の前に出た。

「報告します! 西東の守備部隊、壊滅状態との事です!」



 光茂は言葉を失った。

 その守備を任せているのは、薫子――娘のいる部隊だった。安全を配慮した采配だったはずの。

 守護士を二人配属し、尚且つ六車からは離れている。だというのに、なにが……。



「な、なにがあったんだ」

「守護士の三葉様、更に数名の従者が裏切ったとの事です。……不意打ちに合い、多くの従者が重傷。現場は混乱している様で――」 



 考えるよりも早く、光茂は立ち上がった。

 その額には小さな汗、その表情には焦燥が感じられた。

 そして光茂はそそくさと歩き出す。



「どこに行かれるのですか!」

 従者の一人が彼の行動を止めようとする。


 答えるまでもない。娘のところに決まっている。薫子がピンチなのだ。黙って座していられるはずもない。自分は親なのだから。



 桜子に加え、薫子までいなくなったら……。

 考える事すら憚られる。



 呪力を籠めた時、光茂の前に一人の女性が立ち塞がった。

「なんでお前がここに……」



 光茂は自分の妻。小枝子を目の前にして、驚きを隠しきれずにいた。

「小枝子。家で待っている。そう約束したはずだ」



 構わずに小枝子は歩き出す。風呂敷を広げ、中から弁当を取り出した。

「お昼になったら家族に御弁当を届ける。なにか変な事でも?」 



 光茂は溜息を吐いた。

「そういう人だったな……。しかし今は、薫子がピンチだ。私は行く」


 真剣な眼差しの光茂を、小枝子は一蹴する。

「止めなさい」 



 即答の言葉に光茂はおろか、周りの従者も唖然とする。


「いいかしら。貴方は一家の大黒柱よ。家族を守る義務と責任があるわ。だったらそれを、きちんと果たしなさい」

「矛盾している。ならば止めるな」



 呆れたように小枝子は息を吐く。

「本当に親バカね。……貴方の家族は、薫子だけじゃないでしょ? 四之宮の当主になったあの日に、全員が家族だって言ったじゃない。ここから今消えれば、もっと沢山の犠牲者が出る」



 既に数えきれない日にちが経過した。まるで太古の記憶なようなもの。しかしその瞬間だけが今、はっきりと思い出された。


 自分は大事な事を忘れていた。



「それに薫子は平気よ。あの子が学んだ事。手に入れた物。それを信じなさい。だってあの子は――自慢の娘でしょ」



 光茂の表情が柔らかくなるのを、小枝子は見逃さなかった。


「世話の掛かる夫ね。それじゃあ、私は医療班に合流するわ」

 そう宣言し、小枝子はそそくさと歩き去る。



 光茂はもう一度、座り直した。


 心配と信頼。その二つを同時に持ちつつも、光茂は自分の使命を全うしようと決めた。

 彼はもう一度、従者に――家族に指示を告げる。

















雨が降り出したのは、戦いが始まって直ぐだった。櫓に立つ薫子の周りでは、四之宮の従者が戦っている。

 それを率いているのは、守護士――三葉。 



 不意に彼はこちらを見た。薫子をじっと。

 四之宮を恨む理由は自分に分からない。しかし薫子には、戦う理由が無い。だとしたら、彼に停戦を説き、静める。それがせめてもの慈悲。



「三葉君、なぜ貴方がこんな事を!」

 叫ぶ薫子の声は、大きな光によってかき消された。薫子に向かい、三葉が容赦なく発での攻撃を仕掛けたのだ。



 反射的に同じ技で相殺させようと試みたが、薫子の発は押し負け、その場に倒れ込んでしまう。

 目を開けると、三葉が立っていた。



「弱いですね」

 冷たい目で彼は見ていた。そしてもう一度、先程の呪術を発動しようとしている。



 憎悪と死。二つの恐怖が同時に薫子を襲った。

 呪術が発動する直前、彼の背後から鎖が出現した。それにより発動は見送られ、背後の敵に三葉の注意は逸れたようだった。



 薫子助けた従者が叫んだ。

「今のうちにお逃げください!」



 素早く薫子は立ち上がり、櫓から下りる。

 しかしその直後、従者の悲鳴が耳を劈いた。



 従者をあっさりと倒した三葉は、こちらに近づいて来ていた。

「君も仲間を置いて逃げるんだね。君の姉――桜子みたいに」




 三葉の口からその名が出た事。それ自体は不思議では無かった。違和感なのは、桜子と呼び捨てにしている事だった。

 瞬間的に、姉の存在が彼を変えてしまったのだと。



 当主の娘であれば、敬称を付けるのは当然の事だ。それは従者全てに共通している。

 謀反しているのだから、不思議ではないのかもしれない。だがそれでも、三葉がそんなふうに呼ぶなんて思えなかった。



 彼は一番、桜子という存在を好いていた。全てを教えてもらった存在だからだ。 





 三葉は指紋を始める。今度は手に呪力を籠めた、護の応用技だ。

「落ち着きなさい、三葉君。貴方が四之宮に反旗した理由はなに!?」



 正面衝突してはこちらに分が悪い。それは頭でわかっている。ただそれ以上に、彼と戦いたくない。他の従者とも。


 言葉など気にも留めず、三葉は殴りかかってきた。無駄も無ければ、隙すらない。そんな軽やかな攻撃を、薫子は間一髪で躱した。



「原因は姉さんなの? なにか吹き込まれたのね!」

 いつも彼女がやる手だ。虚言を使って、相手を惑わせ思考能力を削ぐ。そして能無しになったところを、説き伏せる。それによって彼もまた……。



 不意に三葉は足を止めた。薫子の言葉に引っ掛かりを覚えたように。


「桜子に……。それは違う。俺はあの人を、自分の意志で憎いと思う。そして四之宮も。だからこれは――俺の復讐だ」



 復讐。その言葉が、薫子の中で何度も反響した。


「確かに姉さんは最低な人間。だけど、三葉君と接している時は、本当の弟のようにしていた。それは嘘じゃないはずよ」


 今は詭弁でもなんでも、彼にそんな無意味な事はさせたくなかった。

 しかし三葉は顔色一つ変えなかった。



「それ、本気で言ってるんですか? あの人が、善人だなんて」


 薫子は口を噤んでしまう。芯の無い言葉に価値などなかったのだ。 


 一体、その憎悪はどこから来るのだろう。桜子を敬愛していた彼が、なぜこうまで変わってしまったのか。




 憎しみに歪んだ三葉が、笑った。

「あの人は言ってましたよ。自分の正しさを押し通すなら、力ずくで相手をねじ伏せなきゃいけないって。どうします?」



 そんな言葉は間違っている。否定をしたい。だけどどうすれば……。


 以前にも、水無君を責める姉さんに間違っていると言いたかった。だけど、いつもみたいに言葉が出なかった。そのせいで水無君は沢山悩まされ、追い詰められた。

 三葉君もまた、悩んでいる。なのにあの時と同じように、言葉一つ出てこない。




 その時、目の前に呪力の衝撃波が迫っているのに気づき、間一髪で躱す。

 少なくとも今は――。戦って分からせるしかない。




 薫子は彼を見て、表情を変えた。そこには戦場に怯える気配など、微塵も存在しなかった。

「君もやる気になったみたいだね。力での支配」



 三葉の攻撃は早く、重たいものだった。

 元々、呪力の扱いに長けていた彼。僅か12歳で七戒までを会得し、四宮誠司の再来とまで言われた逸材だ。



 基本的な呪術を完璧に使いこなす。その上、桜子に戦いの作法を、手練れの呪術士との稽古。これにより、彼の呪術はこの上ない程に高められている。


 それは若くして才能を開花させた薫子を凌駕する。



 二つ、三つ、四つ。同時に三葉の呪術が迫り、それを密度の高い呪術で薫子は相殺する。

 同じレベルで返していては、押し負ける。多少は効率が悪くとも、今はそうするしか術は無い。



「流石にやるね。前よりも腕を上げている」

 三葉は笑う。



 油断がならない。薫子が緊張感を高める。

「姉さんを、四之宮をなんでそれ程までに憎むの」



 薫子の問いに、三葉はあざ笑うように答える。

「あの人は僕を捨てたんだ。突然、姿を消した。かと思えば、派閥のリーダー格。笑える話ですよね。信じた人間に裏切られたんだ」


 薫子もこの目で見ている。否定などできはしない。実際、あの件で疑念を抱いている従者は少なくない。




「そしたら必然に四之宮にも疑いがいった。自分の仕えている組織は本当に正しいのかって」


 

 あまりに酷い言いぐさだ。仮にもこれまで面倒を見てくれた四之宮に対して。

「姉さんと四之宮は違う!」



 みな、疑問視している。だからこそ今は、自分が信じなければいけない。家族を。



「でも現実はそうはいかない。僕の同期は次々に四之宮を離れた。僕は立場上、軽はずみな行動もできない。だから今日まで留まっていましたよ。けど――そんな時に戦争が起きた。四之宮も六車も十文字も関係ない。新しい組織を作れる戦争が!」



 一種の恐怖を彼に覚えた。そんな事の為に……。


「だから決めたんです。四之宮への復讐は、造り直す事って。僕が正しくしてみせますよ」




 刹那、地面から大きな光が発せられた。

 しまった。いつの間に――。彼の言葉に気を取られてはいた。だが避けられない発動スピードでは無い。



 そう勘ぐった時、まだ三葉は余裕の笑みを浮かべていた。

「それはブラフ。本命は――」彼は空を指さした。「こっち」




 刹那、上空から縛の術式は発動する。

 たった一本の鎖。それだけで薫子の片腕は取られ、動きが封じられてしまう。片手でも指紋はできるはずだが、今は呪力の流れがおかしい。つまり動きを封じている縛に、他の術式もあったという事だ。呪力の流れを阻害する、四戒辺りだろう。




「あっさり……。君のお姉さんがこうも言ってました。真実は大きな嘘に隠せって。その通り簡単に捕まっちゃうんだもんなぁ」


 片腕を鎖に取られ、ぶらさがり宙に浮いてる薫子に、三葉が一歩ずつ近づいていく。

 呪術も発動できなければ、逃げる術は無い。どうすれば……。



 薫子は彼の背後に目をやり、思考を巡らす。

「三葉君」


 名を呼ばれ、三葉は訝しんだ。「なんです。命乞いですか」


「するわけないでしょ。年下のガキに」

「年下のガキに才能で負けてるんですよ。だから今、そんな無様な姿を晒している」


 子供の頃から、生意気な部分はあった。しかしこうまで成長するとは……。


「よく言うわね、自立できないガキが。強がらないで」

 その言葉に三葉が明らかに嫌悪感を出した。


「姉さんの事を憎んでいるわりに、随分とあの人の教えを口に出すのね。まるで未練たらたらの元カレ」

「なにが言いたいんだよ……」

「私が姉さんの名前を出した時も動揺していて――」


 素早い動きで指紋を終えた三葉が、薫子に呪術を放とうとした。しかし呪術によって攻撃を受けたのは、三葉の方だった。


 彼はサイドからの発に気づくのに遅れ、防御が不完全な状態で吹き飛ばされた。

 流血する肩を押さえる。

 


縛が解かれ、地上に降り立った薫子が一息つく。ギリギリで考えついた、四之宮の従者との連係プレーが上手くいった。



 二人の従者が三葉と戦っている。自分も援護しようと立ち上がった時、返り血で浴びた三葉のそれに違和感を覚えた。


 血は呪力の元。一番、三葉を知れる物質と言っても過言ではない。

 その血に、三葉以外の人間の呪力を感じたのだ。これはまさか――。その時、薫子は一つ仮説を立てた。




 三葉に目を戻し、薫子は指紋を始める。味方が増えたおかげで時間がある。おかげで強力な発の準備ができた。



 確実に、従者を巻き込まないように。薫子はそれを放った。

 大きな砂埃が起こり、視界が遮られる。しかし三葉の影は変わらずに鎮座し続けていた。



「貴方は自分が正しいと思っているのかしら」

 三葉は笑いながら答えた。「だから言ってるでしょ。勝ったやつが正しい」



「その考えは本当に、貴方のものかと訊いているの。でないとしたら――そんな正義、クソくらえね」


 言葉を失った三葉に、薫子は躊躇いなく呪術を浴びせる。


「私も今だけ三葉君の理論に乗ってあげる。……貴方を倒す」


 先ほどの呪術はくらっていないらしい。余裕顔の三葉が言う。「できますかね」



 薫子の高度な呪術も、彼は完全に相殺してみせていた。まるで力量を合わせ、弄んでいるかのように。

 だがその力量差にも隙はある。彼はまだ流血が収まっていない。それは呪力の乱れに繋がる。



 発で注意を引き、縛で行動範囲を絞らせる。更に従者達の援護攻撃により、三葉は確実な隙を作った。

 それを見逃さず、薫子は呪術を発動させる。


「呪術二式」 

 発が二重に重なり、威力と速さが同時に向上した技。それが三葉に吸い込まれるように近づく。




 直撃した。

 跳ね返ってきた自分の発への対処が間に合わず、薄い盾と一緒に、薫子は後方へ吹き飛ばされる。



 自分の体から流血が起きている。どうやら足に深手を負ったらしい。治療を試みるが、治りが遅い。これはまずい。聞かずとも判断できるほどに。



「僕に勝つ? 無理だよ、ほら」

 三葉のネジが段々と外れだしたように、不敵な笑い声を発した。



「貴様、良くも薫子様を!」

 二人の従者の攻撃を弾き、縛で捕縛する。



「少し黙っててよ。先ずは彼女を――終わらせたいんだ」

 従者から薫子へと視線を映す。ゆっくりとまた、三葉は近づいた。



 その時、雨が降り始めた。恵みの雨。ではなく、今は最悪のタイミングだ。流血した血と交わり、自分の支配から抜け出てしまう。


 その血を使い、強力な呪術でも発動すればまだ手はあったかもしれない。しかしもう手遅れだ。

 雨を憎いと思ったのは、いつぶりだろうか。




「ねえ、もうその口は開かないの。僕を否定したいんだよね。だったら閉じたら駄目だよ」

 狂気に満ちた三葉の表情に、あの頃の面影は無かった。



「詰る言葉なんていくらでもあるから、考えて――」薫子は咽、同時に吐血する。息が荒くなり、眩暈がし始めた。血が足りていないらしい。



「あら。開いたのは口じゃなくて、傷口だったね」

 三葉は考えるような素振りをみせる。



 その余裕の顔を、今すぐに殴ってやりたかった。だが足の感覚が失せ、それすらままならない。

 雨により冬の寒さが増す。手の感覚も消え始め、体中が水に当てられている。泥に変わった土が不快で、濡れた髪が邪魔で――。


 どうすれば三葉に勝てるのだろう。



 導き出せないまま、三葉は答えを見つけたように喋りだす。

「死人じゃ喋れないから、どうしようか考えていたけど。決めた。やっぱり殺すよ」

 三葉は残忍に笑う。



 自分はいったい、なにをしようとしていたのだろう。彼を間違っていると、ただそれだけを証明したかったはずなのに。


 自分は今、彼を打ちのめす方法を探っていた。それでは戦争の思考と何一つ変わらない。


 三葉が自分の意志で決めた事なら、否定もしない。けどそうでない可能性がある。だとするなら、やっぱり駄目だ。一生消えない悔いなんか、残してほしくない。




 でも声を届けるにはどうすれば……。

 考え始めて直ぐに、薫子はそれが分かった。必勝法なんて直ぐには出てこない。でも、自分が持っている大切な物なら分かる。


 三葉君と私の違い……。


「できるのかしら。三葉君に」



 薫子が喋れた事が驚きのようで、三葉の動きが止まった。

「どういう意味、それ」


「だって貴方、誰も殺してなんかいないじゃない。そんな覚悟無いのよ」


 そうだ。彼はまだ犯していない。最上の罪を。まだどこかに、三葉の心は残っている。才能に満ちていて、生意気で、優しい彼が。 


「……だったらさ。その覚悟、証明するよ。君を殺して!」

 三葉は拳に呪力を籠め、躊躇わずに薫子に向けた。



「いいえ。そんな覚悟は――必要ない」

 三葉の攻撃は、薫子の前で止まった。いや、止められたのだ。拳は弾かれた。身に覚えの無い白く丸い物体によって。



 それが動き出し、本来の姿を見せた時に初めて、それが式神である事に気づいた。


「式神召喚――イリガミ」

 有難う――明。貴方のおかげで、私は答えを見つけられた。




「まだそんな呪力が残っていたのか」

 背後からもう一匹、他の呪力体が迫っているのに気づき、三葉は上空へと飛ぶ。直後に影から、黒い犬の式神が出現する。



 二つで一つ。それがイリガミの正体。


 足を付いてるのを確認し、薫子は安堵する。白い戌に支えられながら、薫子は立ち上がった。


「今度は三葉君が、自分の答えを見つける番」

 薫子は笑みを浮かべる。今度は逆に、三葉が冷静さを掻いているようだった。呪力の流れに乱れを感じる。


 そして従者により、一つの既報が告げられた。




「反逆した者は全て、捕らえました!」

 残るは三葉ただ一人。その事実が更に彼を追い詰める。



「簡単だ。僕一人でもこれくらい……」


 薫子は呼吸を整えてから言った。

「なにを言っているの。貴方は最初から一人で戦っていたじゃない。仲間なんかいなかった。偶々、考えが一緒で。偶々、行動を一緒にした。そんなのは仲間なんて言わない」


「そんなのどうだっていい! 僕は復讐するんだ、四之宮に! あの人に!」



 影に隠れ、イリガミが三葉に迫る。追い詰められながらもそれを察し、発によって応戦した。

 そして薫子からの発も護でガードし、反撃に転ずる。



 三葉からの縛を白のイリガミが防いだ。

 明らかに呪術にキレが無く、単調化している。




 隙を逃さず、今度は四之宮の従者達が攻撃を行った。三葉はそれを避け続ける。

 的を射抜くような発での反撃に、従者達が次々に倒れていく。


 そんな中、たった一発の攻撃が三葉に当たり、彼をよろめかせた。その瞬間、影から黒のイリガミが出現し、仕掛けられた縛を発動した。



 いつものように多くの鎖は出ない。数本は三葉によって切り落とされてしまったが、それでも一本の鎖が彼の行動と思考を鈍らせた。



 そのせいで、直ぐ近くまで来ていた薫子に気づけなかった。イリガミを足にしていたのだ。指紋をすでに終え、後は三葉に直接発動するのみだった。



「――解」


 放った呪術は攻撃の呪術ではなく、呪術を解放するものだった。……彼にかけられていた呪いを。 




 三葉は膝をついて頭を抱えた。


「違う、違う。僕はただ……あの人に、桜子さんに――認めてほしかったんだ」


 それだけ。たったそれだけだった。最初から。

 幼い子供の願いは、角度を変えれば闇に変わる。それを呪術によって促進されたのだ。

 見ていてほしかった。たったそれだけの望みを、無情にも変えられてしまった。



 薫子は安堵し、笑みをみせた。「なんだ、いるじゃない。三葉君にも」


 三葉は顔を上げ、薫子を見た。涙と雨で濡れた、くしゃくしゃの顔で。

「大切な人。自分は一人じゃないって思える人」



 寒さのせいか、涙のせいか、三葉の頬が赤く染まる。


 偶に悪い方に考えがいく事があった。桜子さんは自分を捨てたんだと。四之宮家は自分を裏切ったのだと。それでも負けじと、その考えを振り払った。


 けどそんな時、負の考えが強まった。突然に。まるで悪い薬でも呑まされたみたいに。


 いつしか大切な人を、信じられなくなってしまった。そんな気持ちではもう――。「言えない。大切な人だなんて……」



 子供のように綻んだ彼の顔を見て、自分と同じ悩みを持っている三葉を見て、薫子は懐かしい気持ちになった。



 だからこそ、自分の今の答えを、気持ちをぶつけた。

「もう一度、信じればいいじゃない。期待通りの答えが返ってくるかなんて分からない。でも、誰かを信じなきゃ、一生、孤独からは救われないでしょ」



 三葉の呪力が段々と落ち着きを取り戻し、温かさを増した。もう彼は平気だ。ちゃんと自分の足で歩き始められる。誰かに流されたりなんかしない。きっと、大丈夫だ。



 薫子が安堵した時だった。


 感じていた呪力が、突如として消えたのは。

 三葉はその場に倒れ、直ぐに冷たくなってしまう。



 従者の一人が殺した事は。明白だった。当たり前だ、これは理不尽などではない。謀反をして、そのせいで多くの従者が死んだ。勿論、彼は誰も殺めたりなんかしてはいない。 


 だがそれを差し引いたところで、彼の罪は余りあるものだ。


 でも、だとしても……。言葉の一つも残せないなんて、理不尽過ぎる。



 薫子は顔を手で覆い、その場から動けずにいた。背後では無情にも、喜びの声が聞こえるのだった――。











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