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謀反





 戦況は刻一刻と変化していた。そんな些細な変化も見逃さず、状況に応じた手を打てる者は数少ない。参謀の役割を果たす人間の才覚により、戦況は大きく動く。更に使える手駒が多いとなれば、真価は発揮される。



 一番、劣勢に見える六車家は今、大いに地の利を得ている。


 九朗は更なる指示を、通信機で大我へと飛ばしていた。「四之宮の撹乱は十分でしょう。次は十文字へ転じましょう」


『あっちは随分と押してるだろ。だったら、四之宮の攻撃を続けた方がいいんじゃねえか』


「二頭を追う者、一頭を得ず。そろそろ十文字は潰しましょう」



 千夜の率いる十文字の部隊には押されているが、既に第一地点は確保している。本陣へ攻め込む構えさえ整えれば、千夜も引き返せざるを得ない。



 一瞬の沈黙の後、大我は素直に応じた。

『分かったよ。これも全部、朝陽の為だ』  



 通信が切れてから、九朗は他二つの勢力の打つ手に付いて考えた。厄介なのはやはり四之宮。しかし歴史が深く巨大であるが故に、粗も存在する。



「四之宮にはあの手を打つとして、気がかりなのは百瀬ですね。まさかここまで動いてこないとは……」


 そこで九朗はある地帯に気づいた。一人の従者を呼びつけ、新たに指示を出す。


「百瀬の背後の山岳がありますね。そこを利用し、偵察をしましょう」

「で、ですが。決められた地帯以外を使うのは違反行為。マントラの意志に背けば、処分が……」



 弱気になる従者を嘲笑うように、九朗は言った。「使えるものは使わなくては、戦争には勝てませんよ。

 既に死没した人間の言葉を鵜呑みにする方が馬鹿げている。それに、戦争に勝てば我々、六車が秩序を維持する事になるのです。謂わば、我々がルール。ならば誰が私達を裁けるというのですか?」


 従者は頷く事しかできず、その場から消えた。

 








 戦場では、誠司と六車の七本槍、清正と安治が一戦交えている最中だった。

 安治の七戒と、清正の五戒。それにより水を使った攻撃を躱すのに、誠司は困難を極めていた。



 彼らは互いにその分野のスペシャリスト。一つの戒の技量でいえば、四術士とも並ぶ。安治は熟練された技で、誠司の視界に誤差を生ませていた。



 よって誠司は九戒などを使い、余計な呪力を使わなければいけなかった。



 安治が不気味な笑いをする。

「いいですぞ。そのまま呪術を使えば、体力が持たず自滅。かといって攻撃をくらう事は致命傷になりかねない。出血は呪力を乱しますからな」


 その時、清正の攻撃が誠司の頬を霞めた。切れた皮膚から、血が流れる。 


「神の力ってのを使う事をお勧めするが」

 清正の挑発に乗らず、誠司は攻撃を躱し続ける。そして同時に、全体を目まぐるしく観察していた。




「――だったら死を待つんだな」

 刹那、発によって水での攻撃を躱し、安治へと誠司は迫った。



「ちっ、爺さん狙いか!」

「元を絶てば、戦いやすくなる」



 護で手に力を溜め、安治へと拳を振る。それは見事に当たるのだが、手ごたえを感じられなかった。

 やがてそこにいた安治は姿を消し、別の場所に現れた。驚きもせず、安治に目をやる。




「ハズレですぞ。ワシが七戒のスペシャリストというのを忘れましたか?」


 不意に来る背後からの清正の攻撃を躱したが、状況は更に悪化していた。七戒での視覚ダメージに加え、本体が見つけ出せない安治。


 更に目の前には、水の刃が八本完成していた。太く鋭い刃が清正の手足のように動く。





「水に呪力を行き渡らせるのには時間が掛かってな。けどこれで、本領発揮だ」


 清正の後ろには永遠の供給源と言ってもいい、川の水。地形の優位を得た戦術だった。

 八本の刃が、誠司に同時に迫った。加えて見えている物が本物ではないとするならば、誠司にも全てを避ける事は不可能。



 防ぐ方法は一つしかなかった。

 全体に護を張り、ひたすら全ての攻撃に耐える。



 その瞬間、清正が笑う。「愚策だな。守りに徹したら、呪力の無駄使いだ。四之宮誠司、少し買い被ってたか」



 水の刃は幾度となく、誠司の防御壁に攻撃を仕掛けた。その度、護は崩れる。しかし一瞬にして補完される。それによる呪力の消費は相当なもの。このまま続けば、呪力が無くなるのも時間の問題だった。



「一、二、三――」

 防御壁の中で、誠司は謎の数字を数えた。



「頭がおかしくなったのか?」

 そう言いつつも、清正は攻撃の手を緩めない。


 そして一つの刃に、強い力を籠める。その一本が盾を完全に崩し、誠司へと迫った。

「終わりだな」




 その時、誠司は笑みを浮かべる。その顔は、死を覚悟したものではなかった。


「やっと全部見つけたよ」

「なにを訳の分からない事を!」


 誠司の眼前の地が上昇し、水の刃から守る盾となった。水は形が無くなり、地に落ちた。



「学習しないやつだな。何度でも再生する! 無駄な足掻きだ!」



 誠司の周りに大きな風が吹く。


「本来、八戒による自然現象は五つとされている。でも、それは間違いだ」


 清正は頭上に目を向け、唖然とした。



「何が起きてんだ……」


 風は勢いを強め、やがて竜巻のように形を変える。そして小さな物体を風は巻き上げる。大量の――砂を。

 砂塵の竜巻へと変貌したのだ




「謂わば六つ目の自然。砂だね。そして水の最大の天敵になりうる」 


 刹那、舞っていた砂が水に浸透し、体積を得る。二つは一つなり、やがて泥へと姿を変えた。



「水でなくなった以上、もうそれは君の武器じゃない」


 冷たく言い放つ誠司に対し、清正は恐怖を覚えた。簡単に自分の技が完封された事に。更に、彼の目の奥の闇に。


 しかし震える手で、彼は次なる手を打とうとした。その動きは執念とも、覚悟とも比喩できる、足掻きだった。



「俺には、無限の供給源がある! まだ負けたわけじゃ――」


 背後を振り返り、清正は愕然とする。川が消えていたのだ。元あった場所は泥の道へと変貌していた。



「さて、仕上げだ」


 誠司は無数の発を放った。それは清正とは違う方向へと向かう。その全てが、吸い寄せられる様に安治の方へ。幻影、本体。問わずに全てに当たり、安治は声にならない叫び声を上げた。



 そこでようやく、清正は数字の意味に気づいた。あれは安治の全ての居場所を把握している最中だったのだと。


 つまり俺だけなら――いつでも殺れた。

「嘘……だろ」



 その時、清正が吐血する。

 胸に鋭いなにかが突き刺さった。その個所からも多量の出血をする。


 目の前には、誠司がいた。


「君みたいに強い術士がいると、四之宮に不利なんだ。消えて貰うよ」


 抑揚の無い声で彼はそう言った。まるで感情を殺した暗殺者の様に、彼は清正を手にかけた。




 貫いた腕を引き戻すと、清正は戦場の土の上に倒れた。身体の下は、血潮に染まる。


「悪いとは思ってない。――これは戦争だ」 

 最後に誠司は、そう残した。













 西東の守りを固めていた四之宮の部隊に、朗報が届いた。それは、誠司が六車の強敵を破ったという内容である。



 従者達が喜びの声を漏らす中、薫子だけは不安を募らせた。子供の頃から、呪術を教えてもらった師であり、兄のような存在である誠司。彼が負ける姿など想像できない。ずっとそうだった。


 だが今は戦争。心配せずにはいられない。


 そんな心中であろうと、櫓の上で敵の警戒は怠らなかった。

 後ろには百瀬。六車からも遠い為、敵からの攻撃は少ない。あえて光茂がここを選んだ事も知っている。それは父の優しさであり、四の五のいう事ではない。自分の力量も弁えている。今は自分にできる事を全力でやるべきだ。




 呪術大戦が始まってから、休みもせずにずっと監視をしている。そんな薫子の疲れを察してから、一人の従者が声をかけた。



「お休みになって下さい。顔色が優れません」

 低い声で冷静に男は言った。他の従者とは年季が違い、貫禄があるその男は、四之宮の守護士と呼ばれる存在。幹部の術士のようなものだ。



「足手まといになるわけには行きません」

 精一杯の強がりを、薫子は言った。



「敵いませんな。ですが、ここには私と三葉がいます。無理はなさらないように」



 三葉というのも、守護士の一人。正反対に若く、薫子の二つ下の少年だ。



「お気遣い感謝します」


 その時、背後から爆発音がした。それは明らかな戦争の音だった。


 しかし櫓の上から敵を見張っていたし、呪力の感知もできなかった。となれば、かなりの使い手という事になる。



「敵はどこ……!」


 薫子が反射的に、辺りを見回す。それと同時に、従者の一人が声を発した。「謀反です!」




 四之宮の従者が、同じ四之宮の者を攻撃していた。仲間が、家族が。殺し合っていたのだ。

 彼等は躊躇なく、攻撃を仕掛ける。それに四之宮の従者も反撃をした。




「どうなってるの……。みんな止めなさい! 敵を間違えている!」


 この状況について、薫子は考えた。

 呪術での同士討ち。そう考えるべきが妥当だ。ただし複数の従者が同時に掛かるというのは、明らかに

異常だ。七戒、幻に特化した相手。



 しかし一人で答えを出すのは早計と考え、一番、知識があるであろう、隣にいる守護士の男に答えを求めた。



「みんな、七戒によって――」

 言いかけた時、背後からの鋭い発によって、守護士の男は倒れた。腹に丸い穴が空き、黒い血が流れだす。



 生が漏れ出している。その光景に、あまりに残酷な光景に、薫子は目を覆う事すらできなかった。

 一瞬にして、あっさりと、人が死んだのだ。四之宮の仲間が。


 だが驚きだけで、涙はでなかった。戦争という状況に慣れてしまったのか、それとも死という感覚に慣れてしまったのか。



 そして攻撃を加えた人物は直ぐに分かった。背後から攻撃できる位置にいたのは、ただ一人。


 櫓の上からその男を眺める。


 黒いフードが靡き、目が隠れるくらいに伸ばしていた髪が風に揺れる。年端も行かぬ少年の目は、憎しみに満ちていた。



 男の名を、薫子は呟いた。


「三葉君……」


 その瞬間、薫子は全てを察した。


 あの目は、自分の心の底から湧き出るものだ。誰かに操られてできる顔ではない。

 彼等は四之宮を――恨んでいるのだ。
















 同じ頃――山頂。


 桐蔭が術式を教えようとした時、四之宮方面に爆発が起きた。そこは安置のはずだった場所で、薫子が守っている事を良太郎は聞かされていた。


 だから彼が取り乱すのも無理はなかった。



「あそこって、薫子のいる方角!」


 恵慈が小さく呟く。「……かおるこ」 




 良太郎は雅に目を向ける。「大丈夫なんじゃないのかよ、あの場所は!」



 答え辛そうにする雅に代わり、桐蔭が答える。「戦場だ。ずっと安全にいられる場所は存在しない」



 分かっている。最初から覚悟は決めていた。

 けどそれでも、薫子に血は似合わない。初めて会った時、彼女の血塗られた背からは、憂慮が感じられたのだから。



「早く始めよう。こんな戦争――終わらせる」



 桐蔭は二人の前に立ち、説明を始めた。

「水無良太郎。君はこの作戦の胆だ。五戒はできるな」



 強制的にできる事にさせられ、不服に思いつつも、指紋をしてみせた。

 それを見た晴明が呟く「下手だな」



 若干、カチンと来たが否定はできないので、心のうちにとどめる事にした。


 それよりも気になるのは、五戒――憑依の力が必要になる点だ。一見、戦争を止める。つまり、呪術を消す事には関係が無い様に思える。




「俺は憑依する対象なんかないですけど」確か、強い思い入れがなければできないはずだ。「それに関係無い様に思えるんですが……」




 桐蔭はその理由について、淡々と告げる。

「そう思うのも無理はない。だが、君が一体化する対象。それが――この世界だと言ったら、どうする?」




 世界。それはあまりに強大で、想像できない存在だった。物体なのか、物質なのか。概念なのか。もはや形容すら難しい。


 それに憑依をする。不可能の前に、恐れを感じた。一個人が、世界と同一になるなんて……。




「案ずるな。お前は桜子に選ばれた。その素質があるという事だ。水無良太郎――君は世界に付いて何を考え、なにを思って来た」




 世界――。


 とても不条理で、現実は目を背けたくなる事ばかりだ。親に裏切られ、大人を憎んだ。


 終いには青春を謳歌している。人生が楽しいなんて嘯いた。それも全て、不条理な世界を直視しない為だ。見てしまったら、醜さで壊れそうだから。


 それが世界に対する憎しみ。



 そんな中で世界の美しさも知った。

 薫子というはちゃめちゃな人間に出会った。最初は苦手だった相手も、いつの間にか好きな人に変わっていた。


 朝陽、天津、仁先生。誠司さん、千夜、大我さん。色々な人に出会った。大切な人に。


 みんなを助けたい。救いたい。そんな気持ちが、こんな気持ちにさせる事。それが――世界の美しさだ。





 気づけば、良太郎は口にしていた。

「俺、できる気がします」



 桐蔭が笑みを浮かべる。

「良い顔だ。君なら、その意味についてそろそろ気づいただろう」



 良太郎は頷く。



 世界と一つになる。それは一部であり、同時に世界の全てでもあるという事だ。その概念には捉えきれない程の意味がある。


 また呪力も、世界の一部だ。


 憑依できた瞬間、世界の呪力全てが、良太郎のものになると言っても過言ではない。



 それから全ての呪力を――。「封印する。……ですよね?」



 桐蔭は鼻を鳴らし、次に、晴明に目を向ける。

「晴明には神の力、天之御中主神の能力で、良太郎が取り入れる呪力を変化させてもらう」



 天之御中主神。その力は相手の呪力を自分の者にする事。京都で晴明と戦った時は、手を焼いたものだが……。



 良太郎は手を挙げて、質問する。

「すいません。話が見えないんですけど」


 さすがの良太郎にも、察する事はできなかった。



「呪力も多種多様という事だ。全ての呪術が君を受け入れるわけではない。勿論、拒絶する事もある。だが神の力を使えば、君に合うように組織変換できる」



 納得のできる説明だった。

 しかしそれは同時に、拒絶される事に危険性がある事を意味する

 失敗すれば死もあり得るだろう。だが今更、そんな事で臆しはしない。





 その時、桐蔭は雅に目を向けた。雅はアイコンタクトだけで察し、その場から消える。

「どうやら時間も無いようだ。事細かな説明は晴明にしてある。後は任せたぞ」



 晴明が頷く。

 そこには家族の信頼感の様なものがあった。


 二人の顔を見届けると。桐蔭はその場から姿を消す。




 残された二人は目を合わせる。

「晴明と協力して世界を救うなんて、夢みたいだよ。約束――果たせたな」



 良太郎が微笑むと、晴明も微かに口角を上げた。

「友達とは……良いものなんだな」



「ああ。その友達を救う為に……」


 良太郎は集中し、指紋を始める。実技で五戒の練習はした事はあるが、こういった場でやるのは初めてだった。しかし、上手くいったようだ。



 地面に手を付き、詠唱する。

「我が体 憑代とし その身に宿せ」




 その瞬間、自分の中に沢山の呪力が流れ込んでくるのを感じた。それだけではない。多様な感情も同時に。



 ただ自分が考えた以上に、世界とは大いなる存在だった。吐き気を感じる。身体の全てが、一つになる事を拒否している。


 このままだと……。身体が持たない。




 良太郎の痛みに呼応したように、空から雨がぽつぽつと振り出した。それが良太郎の涙なのか、なにかの予兆なのか……。誰

も知る由は無い。













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