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開戦







 決戦の日は、いつもと変わらぬ時の流れと共にやってきた。今日が――第二次呪術大戦の日である。

 

そんな最中でも、六車陣営は落ち着きを見せていた。それにはやはり、優秀な指揮官――六車九朗の存在が大きいのだろう。


 彼は本陣で大局を観察するように、広げられた地図を見ていた。

 勢力図のようになっており、十文字には二百。四之宮には三百。百瀬に四百と数字が描かれている。





「物量に負ける十文字。想定通りの動きをする四之宮。守りに徹する百瀬。やはり勝利は見えていますね」

 既にチェックでもかけたように、九朗は呟く。



 その発言に誰もが安心する中、長である大我だけは異議を唱えた。「奴らを甘く見るんじゃねえ。一筋縄じゃ行かない相手だ」


「ならば、早計ではありますが――大我様にも出て貰いますか」


 両翼をガッチリと固めて守っている六車。四之宮と十文字の両方からの攻撃にも、九朗の考案した陣形により撃退している状態だ。なので最強の戦力でもある大我を出すのは、早計だという意味がある。



 しかし大我は拳を強く握り、やる気を示した。「待ってるってもの性に合わなかったしな。丁度良い」 




 九朗は四之宮側を見て言った。

「四之宮には少し押されているようですね。現代で最強の呼び声も高い四之宮誠司。彼の力でしょう。――ああ、勿論、私は大我様が最強だと思っておりますが」


「下らねえ予想は良い。ようは俺が誠司とぶつかって、どっちが強いか決めりゃいいんだろ。簡単な話だ」


「それはいけません」

 あっさり否定された大我は、九朗を睨むように見た。あくまで目つきが悪いだけなのだが。


「互いの戦力の要をぶつけては、意味がありません。……どちらが勝つか分からない。それではただの運。戦はいつでも戦略と戦術に秀でた者が勝つのですよ」


 ここまでこれたのは全て、九朗のおかげ。それを知っているからこそ、大我は強く出れなかった。そしてこの戦争の真の意味を考えては。



「ちっ……。だったらどうすりゃいいんだよ、俺は」

「大我様には敵の撹乱をして貰います。敵を奇襲し襲う。それを各地でして貰います。すると敵には多くの目撃情報が入る。大我様ほどの術士ですから。一人で戦況を変えかねない。なれば放ってはおけないでしょう」


 作戦を聞き終えた大我は、戦場へと駆けていった。




 各地で大きな音がする。それは戦争の音だ。爆発音。肌を抉る音。断末魔。葛藤の声。それら全てが、オーケストラの一曲の様に九朗には聞こえた。勿論、指揮するのは自分。


 自分が作り上げた世界が頭の中にはあった。

 戦争の流れ。その全ての想像が終わった時、九朗はニヤリと笑った。まるで勝ちを確信したかのように。



「大我様が負けるとは思いませんが。もしもの時には――最終兵器がありますから」

 その言葉の真意は誰にも分からない。――九朗、本人以外には。












 一方、十文字千夜が率いる奇襲部隊は、確実に六車の絶対数を減らしていた。


 今もまた、小柄な千夜が茂みに隠れ敵を見つけると、火と水の竜で敵に先制攻撃を仕掛けた。それに乗じ、他の従者達が切り込む。遠方からの発での攻撃。それを終えると、護で手に力を籠めての打撃攻撃。それにより、わずかな時間で敵の制圧に成功した。



 中には剣や槍などの武器を用いて、戦う者もいる。それは呪力の温存も兼ねている。

 少ないながらも、十文字は着実に敵の数を減らしていた。しかし早いペースで何度か敵に遭遇した事もあり、従者には疲れが見えていた。



「どいつもコイツも、とんだ体たらくです」

 千夜の毒舌にも、苦い顔をみせるばかりだ。戦場に休憩所などはない。労ったり、休んでいる時間は無いのだ。


 従者達は顔を上げ、もう一度、茂みに潜んだ。しかし千夜だけは一向に、動こうとはしない。

 従者の一人が呼びかける。「どうしたのですか、千夜様?」


「強い呪力が近づいてる……」

 そう告げ、従者が身構える。




 風が吹き、木が揺れる音ばかり。まるでそんな気配は感じ取れなかった。


 安心しかけた時、一筋の光が従者を襲った。あまりのスピードに反応が遅れ、ぶつかる直前にそれは消えた。

 気づけば、千夜が護をはっていたのだ。



 千夜の反応の速さに安堵もする。しかし同時に悪い予感もした。守られただけの立場からも分かる。あの発はとてつもない威力だと。




 その時、上空から一人の男が現れ、木の枝に座り込んだ。


「ありゃー、今のは速度と威力に特化したやつなのに。止めるねえ。さすがは四術士の嬢ちゃん」

 砕けた口調で話している男は、黒い髪にパーマが掛かっていて、軽薄そうな容姿をしている。  



 千夜は従者に目を向ける。「邪魔になるから下がってろです」

 そう言われ、従者は慌てて後方へと移動した。



「優しいんだね。えーと、……千夜ちゃんだっけ? あ、俺は六車家、七本槍の一人、長泰≪ながやす≫

ね。宜しく」

 舌を出し、挑発したように言う。



「六か七か、はっきりしろです」

「うひゃー、生意気なガキ」


 意に介していないように装っている長泰だったが、次に彼女を見る目は、狂気に満ちていた。


「けど、そういうガキを屈服させるのは、嫌いじゃない」

 殺意の籠った目。そして戦いに慣れた彼の言動。普通の使い手ならば、畏怖するところだ。

 しかし千夜は違った。



「何度もガキと……。万死に値する罪です」

 それ以上の殺気を、千夜は放っていた。














 

 一人の男が戦場に現れた。ただそれだけで戦況が変わり、敵は闘志を失った。 

 現代、最強の呼び声も高い術士。――四之宮誠司の存在によって。


 誠司は一人で劣勢だった状況を、転化させ、敵を退けた。

 六車の術士は誰もが、弱気な声を漏らした。

「四之宮誠司だ……」

「俺達で相手になるわけがねえよ」


 逃げていく彼等に、いち早く追撃をしたのは誠司だった。強力な発が撃ち込まれると、断末魔が響いた。

 戦場に立つ誠司の表情には、普段の温厚な姿はみられない。



 しかしその背は、四之宮の従者達には勇敢に映る。頼るべき対象として。

「さすがは誠司様」

「誠司様に続け!」


 その声掛けで、彼等は誠司よりも先行して攻撃を仕掛けた。たった一人の存在が士気を高めたのだ。

 風向きが変わった時、一本の通信が入った。部隊長には通信機が渡されており、それを使って隊長同士のコミュニケーションが取れる。





『六車大我が姿を見せました』

 その言葉に、さすがの誠司も冷や汗を掻いた。


 通信を行ってきた者の配置は、確か中部の位置。つまり、その位置に敵の攻撃が行われているという事だ。


「詳しい事を教えて下さい」

『既に数名の従者が重傷。六車大我一人しか発見できませんが、他にも敵が隠れているかと』


 焦りから思考が鈍る。まさかこんな早い段階で現れるとは。明らかに想定が外れている。しかも今は当主として君臨している。そんな彼が最前線で戦闘をしているとは。 


 立場は変わっても、やる事は変わらないらしい。


 大我を止められるのは自分だけ。しかしこの状況で離脱すれば、上がった士気がまた下がってしまう。

 だが一番、優先すべきは――。勝利であり、光茂の安全。



「俺が行きます」

 誠司が宣言した時、また別の人物から通信が入った。


 その人物は、緊迫した状況でも落ち着いていた。『お前は引き続き、任務を遂行しろ』


 誠司に命令できる数少ない人物。――当主である四之宮光茂。


「ですが……!」

『私を信じられないのか』


 なにか策がある。そんな口ぶり。そして信じるという言葉を使われれば、納得せざるを得ない。


 それにこっちの戦況も変わってしまった。

 前方で大きな爆発が起きた。それにより、攻めていた四之宮の従者が上空へと吹き飛ばされている。

 誠司は一人ずつ、呪術で捕まえて、地面に下ろした。



「分かりました。俺は自分のできる事をします」

 通信を切り、誠司は最前線に立つ。


 小川を背に立つ男が一人。明らかに他の術士とは異彩を放っていた。それは、かなりのやり手という事を物語っている。 



「アンタ、四之宮誠司だろ」

 男は落ち着いた声で問うた。明らかに場慣れをしている。

「そうだけど。君は?」


「俺は六車、七本槍の一人――清正だ」


 七本槍。その名前は聞いた事がある。六車に存在する。戦闘に特化した集団だと。



 その時、背後の川が動いた。風で波が立ったのかと考えた。しかし明らかに動きが強くなっている。

 すると次の瞬間、水は液体から形になった。鋭い槍のようになり、速い速度で誠司に迫る。


 誠司は手に強い呪力を籠めて、弾いた。水は液体に戻り分散する。



「安心したよ。容赦がないようで。こっちも好きに戦える」

 ニヤリと笑う誠司に、清正は恐怖と緊張感を同時に味わった。それは戦闘における、良いスパイスとなる。




「見たところ君の能力は、俺が八戒で生み出す自然現象とは違うようだね」


 その場にある水を利用して、動かしていた。どちからといえば――。


「ご明察だ。さっきのは五戒、憑を使って水を操った。――こんなふうにな」


 先程、弾けた水が再結集し、もう一度、誠司を襲う。

 憑はその対象に強い思いがなければできない。つまり彼にとって『水』という物質は大事なものであるという事。


 あまりにやっかいな対象だ。



 上空に飛び躱すが、勢いの強い水は方向転換し、追いかけるのを止めない。


 だったら……。「水には水だね」



 八戒の呪術により、自然現象を引き起こす。誠司の術式からは、大洪水のような水が降り注いだ。重力が重なり、勢いをました洪水は水を押し返す。地面に到達する頃には、大きな水しぶきが発生した。



 清正は不敵に笑った。「ありがとな。俺の手足を増やしてくれて」


 水。それは彼にとって全てが攻撃の素材。それは誠司が起こした大洪水も例外では無かった。

 水流が巻き起こる。それは先程までとは比べ物にならない巨大さで、見ただけで脅威になりえると分かる。




 しかし誠司は恐れはしなかった。

「さすがに冷静だな。だが、防げねえ!」



 次の瞬間、水の中心に雷が落ちた。それは偶然ではなく必然。

 誠司が引き起こしたのだ。八戒によって。水は雷を通した。そして伝わった電気は、清正へと到達する。



 水しぶきにより、彼へと繋がる道筋が出来ていたのだ。


「悪いけど、直ぐに終わらせるよ」


 感電し、膝をつく清正を、誠司は見下ろした。そこには最強の呪術士の威厳があった。

「確かにやるな。だが、まだ終わってねえ」


 もう一度、水を鋭く形態変化させた。それを誠司に向けて放つ。


「何度も同じ手が通用すると思うかい?」

 誠司はそれを軽々と、右に躱した。


 ――はずだった。



 それは誠司の肩へと刺さった。当たった部位から、流血がする。

 まるで大きな誤差でもあったかのように、誠司は躱せなかったのだ。




「どういう事だ……」



 当たりの呪力探知を精密にする。すると、他の呪力を感じた。清正以外の。

 そちらに目を向けると、木陰から一人の老人が姿を現す。



「ほほう。さすがに勘が良い」

「ナイスアシストだな」


 清正が親し気に話しているところを見ると、六車の増援なのだろう。




「申し遅れましたな。ワシは七本槍の一人、安治≪あんじ≫と申します」

 安治は丁寧に頭を下げる。




 誠司はあくまで冷静さを崩さず、分析した。

「なるほど。七戒で俺の認識を狂わせたのか。上手くやるね」

「神様に褒められるとは。これほど光栄な事は無い」


 神様。その言葉に引っ掛かりを感じ、誠司は訊いた。「俺が神様?」



「現代で唯一、神の力である十戒を会得している。それは神の生まれ変わりとも云えるでしょう。一つの時代に一人。それはまるで、唯一神の存在のようではありませんか」



 要は誠司を神だと祀っているらしい。優しくするつもりはないらしいが。



「面白い、推論だね。けど君達に天照の力は使わないよ」

 誠司の余裕な表情に、清正が毒づく。



「虚勢かよ」

「ならば使わなければいけない程に、追い込むとしましょう」

 彼らの気迫に、誠司の手にも汗が滲んだ。本気の殺し合いだ。一ミリも油断はできない。












 山頂に七瀬桐蔭と、その息子、晴明は居た。その場所は丁度、百瀬陣営の背後にそびえ立っており、全体の戦況を把握するのにうってつけの場所であった。

 俯瞰するように、それを眺めている。




 不意に、桐蔭が呟いた。

「強大な力を持った人間がいれば、争いは生じる。だがまさか、こんなにも早く起ころうとはな」 

 彼はずっと、呪術は邪悪な力だと否定し続けた。しかしその意見は通らず、光の無い道を歩き続けた。


 その結果、起きてしまったのがこの戦争。それは世界のバランスを崩してしまう力。

 だからもっと早急に手を打つべきだった。桐蔭は自責の念に苛まれていた。



「父さん……」

 晴明は心配そうに、父の顔を見た。


「安心しろ、戦争は終わらせる」

 それが二人の考えであり。派閥としての最終目標でもある。



 それを果たすために、一人の男がここにやってきた。――それは水無良太郎。一度、京都で一戦交えた事がある。


 確かに、筋は良い。考えも深く、芯もある。しかしまだ子供だ。


「覚悟はあるのか」

 桐蔭の問いに、躊躇わず良太郎は答えた。



「当たり前です。俺は戦争を止める為に、ここに来たんだ」

 強い眼差しに、桐蔭も覚悟を感じた。そして同時に、なにをするか分からない危うさも。



 その時、良太郎の背後に一人の男が姿を現す。桐蔭がそれを感じ取り、少し遅れて良太郎も気配に気づき、振り返った。

 同時に驚きの声を漏らす。



「お久しぶりです、水無様」

 道化師の様な素振りで挨拶をするのは、幾度も良太郎達と対峙した男。帽子男だった。


「おま――帽子男」


「帽子男?」

 晴明と桐蔭が首を傾げる。




「帽子男ではなく、雅と申します。以後、お見知り置きを」



 雅……。失礼かもしれないが、どこか不気味な名前だと良太郎は思った。

 それに対し、なにも行動を起こさない良太郎を見て、雅は疑念を抱いた。



「意外ですね。私の予想では、いきなり殴りかかられるかと…」  


 確かに、この男には友達を沢山、傷つけられた。幾ら世界を救うって理念があったとしても、多少、強引過ぎる部分もあった。それはやっぱり、許せない。今すぐにでも殴ってやりたいと思う。


「今殴ったら抵抗しないだろ、アンタ。一方的な暴力は嫌いだ。まあ作戦が成功したら……覚えてろよ」



 雅がクスりとする。

「意外な言葉が聞けましたぁ。これはレア、ですね」

「うっせぇ。にやけんなよ、気持ち悪い」


 二人の言い合いに呆れ、桐蔭が口を挟む。

「もういいか。――雅、戦況は把握できたのだろう」


 返事を返すと、雅は真剣な表情へ転じた。

「六車に対し、四之宮と十文字が攻撃を仕掛けていますね。まあ見立て通りでしょう。百瀬は動く気配無し」


「百瀬聡士は、得体の知れない、変わった男だからな。まあ問題は無い」

「ただ、十文字が劣勢ですね。既に六車に大分、攻め込まれているようで」


 その言葉を聞き、良太郎は友達の顔を思い浮かべた。


 千夜。久我さんも十文字の戦争に参加している。それに――葬式であった千足さんもおそらく……。

 六車を完全な悪だと決めつけるわけじゃない。大我さんだって、命の恩人で大切な人だ。文化祭で戦った事もあった。


 けどそれでも――誰かが死ぬのは嫌だ。矛盾しているとしても。



 気づけば、良太郎は意見を口にしていた。

「助けを出したりできないんですか……。派閥ってそれなりに人員はいますよね。手練れの術士だっているのを知ってます」



 早口に捲し立てたが、雅は落ち着いてくださいと宥めるばかりだった。

「だってみんな、元々はどこかに属してたんでしょ。恩義の一つはあるはずだ。 それに早い段階で均衡が崩れるのは、本当の意味で、戦争を終わらせた事になりませんよね」


 冷静さを掻いている良太郎に、答えたのは桐蔭だった。



「今、派閥から兵を出せば、場を混乱させるだけだ。裏切者に見られている人間が現れれば、戦時中の彼らがどう判断するか……。分からないわけではないだろう?」



 その問いかけで、良太郎は一つの答えを知った。

 多分、助けに来たものを受け入れないだろう。それはあまりにも残酷だ……。



「すいません。俺、どうかしてました」

「分かればいい」


 けど、だとしたら早くやらなければいけない事がある。「戦争を止める呪術、直ぐにでも始めましょう!」



 桐蔭は良太郎、恵慈を交互に見た。それから告げる。


「呪術の成功には、水無良太郎、晴明。お前達、二人の力が必要だ。そして失敗は許されない」


 彼の最後の言葉には、深い意味が籠められている気がした。

 そして良太郎と晴明は同時に答えた。それぞれの言葉で。


「当たり前だ」

「失敗はしない」
















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