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復讐






 完全に呪術をシャットアウトし、如何なる呪術も通さない作戦会議用の部屋が、六車家本家には設けられていた。外からの盗聴、情報漏洩を避ける為だ。


 まるで戦いを想定しているかのような設備は、元の家柄が影響している。力を誇示してきた六車家にとっては、戦いもまた日常であった。今回はそれが大きくなる見通しがあるだけだ。





 薄暗い部屋で、大我は下を向いて座っていた。彼にしては珍しく、虚空を見ているような表情だった。


 そして弱弱しい声を漏らす。「なんでだよ、朝陽……」

 朝陽。その名を何度も呟いた。




 兄弟同然に大我を慕っていた朝陽。彼の死は大我を揺るがした。強い信念であるからこそ。それは婉曲してしまう。


 そんな彼に近づくのは、六車九朗だった。

 彼もまた六車の養子の一人。養子にとられるくらいなのだから、相当の使い手なのは確かなのだが、どこか不気味な雰囲気を持っている。



 細く鋭い目をしていて、その眼光からは知的さと同時に、得体の知れない深さがある。髪は男にしては長く、肩程まであり一束にしている。長い髪で片目を隠しているも特徴の一つだ。



「大丈夫ですよ、大我様。六車には十分な戦力があります。大我様の力と、私の知を合わせれば復讐も果たせるでしょう」


 優しい声のトーンで、九朗は語り掛ける。


「その為には次のマントラ会議。それに掛かっています」

「分かってるよ。俺は絶対に奴等を許さない……」


 憎しみの炎がもう一度、大我に燈った。



 九朗は不敵に笑う。「そうです。全ては朝陽様の為。――朝陽様の」

 たった一つ部屋を照らしていた蝋燭の火が消え、室内から光が消えた。闇が全てを包んだ。









 あれから数日後、俺と薫子、天津は空き教室に集まっていた。ちょっとした話し合いの為だ。



 朝陽の一件からは、初めての集合だ。改めて、なにかを無くしたような虚無感が募る。

 そんな中、天津が伏し目がちに言った。


「これからどうなるのかな。最近、なにかと不穏だし」

「良い方向には動いてないだろうな」その根底には勿論、朝陽の死がある。 


「争い事になんかならないよね……」

 頷く事はできなかった。この前の一件を見てしまった後では。



 薫子は思慮に溢れた顔つきで、天津を慰めるように言った。「大丈夫よ。今日、マントラ会議が開かれる。そこでお父様達が上手くやってくれるはず。多分、六車家には処分が下るはずよ」



 本当に安心していいのだろうか。なぜか必要以上に引っ掛かりを覚えてしまう。

 大我さんは復讐をしようとしている。それなのにあっさりと引き下がるのだろうか。マントラ会議での質疑を打破できない程、恣意的に動いているのか……。


 俺の脳裏に、この前の大我さんの一件がフラッシュバックした。



「不安そうな顔してるけれど、どうかしたのかしら?」

 不意の薫子の問いかけに、思考を止める。


 適当にはぐらかすと、薫子は特に追及はしてこなかった。




 こんな事を口にしても焦燥に駆らせてしまうだけだ。

 復讐という言葉を否定できない自分がいる事など、尚更に不可能だ。















 東京の中心地の会議場を貸し切りにし、細心の注意を払った上で彼らの会談は行われる。

 一般の人間には非現実的な話で、無下にされる類のものだが、少しの妥協も許されはしない。



 マントラ家系での会議は、派閥の件以降にも頻繁に開かれていたが、全員がしっかりと集まるのは半年ぶりになる。それだけ重要な会議という事を意味していた。





 中央の四角いテーブルを基点に、四家系のそれぞれの代表者が座るようになっている。

 扉の正面には百瀬家の百瀬聡士。彼だけはたった一人でこの場にいる。普通ならば護衛などを付けるのが当たり前だが、彼はこの場にはいつも一人だった。



 その左隣には十文字家の十文字彩芽。足を組んで退屈そうにしている。背後には二人の女従者がいるが、落ち着き払った態度でいる。イライラしている彼女など、見慣れているかのように。



 十文字の前には四之宮家の四之宮光茂。毅然とした態度で座し、目を瞑って時を待っている。後ろには四術士の誠司が立っていた。彼は慣れないとばかりに、しきりに頭に手をやってそわそわしている。



 そして椅子は一つ空いている。六車家の分だ。まだ来ていないのだ。そのせいで彩芽はイライラしているらしい。



 それが際立ってしまうのはやはり、この場が緊張状態にあるからだろう。お偉い様での会議などだから当然だが、今回は少し違った緊張感があった。四つの家系のうち、三つが一つの家系を警戒しているのだ。もっといえば敵対視、この場でどうにかしようと考えている。






 やがて、警戒されている六車家が会議室にやってきた。

 六車大我は悪びれもせずに椅子に座った。後ろには九朗が付いている。


「待たせたな。とはいっても早く来てるのはそっちだから、構わねえだろ」

 その態度に業を煮やした彩芽が、突っかかるように言った。「今日も代理なの。大事な日くらいはちゃんとしてほしいものね」



「闘病中だからな。そう言わないでくれよ。――って忘れてた。今日からは六車家当主、六車大我だ。だからそう突っかかんなよ」


 誠司が面を食らった顔する。「大我さん、本当ですか?」

「こんな場でジョークなんて言わねえよ」


「正式な手順はふんだのかしら」彩芽が横やりを入れる。

「疑うなよ、ばあさん。今日からは対等だ。仲良くやろうや」

 舌打ちをした彩芽は、明らかに不快感を露わにしている。



 そんな時、百瀬聡士が口を開いた。「だからといって、軽率な発言は控えろ」

「お堅い事だな。んな事よりも、本題に入ろうぜ」

 大我は三人の当主を睨むように見た。いつも以上にぶっきらぼうな態度から、彼の焦りと怒りが感じ取れる。



 光茂が頷き、同意を示した。

 不意に大我がテーブルに足を乗っけた。「お前らの中にいるのは分かってんだ。朝陽に手を掛けたのはどいつだ」


 その威勢に十文字の従者二人が震える。しかし当主の四人が乱す事は無かった。


 光茂が冷静に返答する。「この場で話す内容には思えません。あまりに私事過ぎかと」

「分かってねえな。それが分かれば全て解決なんだよ」


 二人の論じ合いに割って入ったのは、聡士だった。


「ならば、この前の学校襲撃もそれに関係があるわけだな」



 大我が太々しく頷くと、彩芽は嘲笑うようにして意見を述べた。「身勝手な理由ね。百瀬が悪い証拠なんてどこにも――」


 食い気味に反論したのは、後ろで達観していた九朗だった。「外側から術式を施した形跡が発見されてましてね。朝陽様が弱ったタイミングで、衰弱して死に至るように。まるで知っていたかのような仕業。必然的に犯人は絞られます。先ずは原因となる呪術選抜試験を行った烏枢沙摩高校の責任者、百瀬聡士。その家系に属する呪術士」



 次に十文字に目を移し、九朗は言った。「次に選抜試験で戦った十文字千夜。彼女レベルならば、簡単な仕業でしょう。周りの目があろうとね。フィールド内での会話の記録はありませんし、彼女が朝陽様の切り札を発動させるように仕組んだ可能性も十分に考えられます。たかが試合で、あれをする必要性など無いのですから」 



 その発言に誰もが一瞬、言葉を失った。

 だが彩芽は苛立ちを募らせ、大きな声で反駁する。「さっきから聞いてれば、好い気にならないで! 自分達の人体実験を差し置いて、他人の責任にするなんて、烏滸がましい!」




 九朗はあくまで冷静だった。「それに付きましては解決したはずです。必要数の戦闘データを提供し議論の元、脅威にはなりえず、身体的な問題は薄いと。それを今更ながらに蒸し返す方が、おかしな話です」



「そんな事を裏でしてるのが、悪辣だと言ってるのよ」

 後ろの従者が彩芽を制止させるような素振りをしていたが、既に遅かった。


 九朗は笑みを浮かべる。

「大我様がこの場にいる意味を考えれば分かるでしょうに。責任は前当主の六車五典様の解任によって果たされました。当時、大我様は実験を止める立場にいませんでした。それを踏まえても、異論がありますか?」



 彩芽は言葉を失い、苛立ちだけが募った。

 隙の無い論破だったが、大我は苦虫を噛み潰したような表情をみせていた。




 更に九朗ははつらつと告げる。「これで朝陽様の死との繋がりができたわけです。烏枢沙摩高校を襲ったのは少々、行き過ぎた行動ではありましたが、身内を亡くされた大我様の心情も察していただきたい」



 六車を責め立てる流れから、明らかに会議の雰囲気が変わっていた。ただ一人の男によって。



 今度は大我が光茂へと目を向ける。「涼しい顔してんなよ、四之宮。一番、怪しいのはお前達だ。四之宮桜子が暗躍していたと分かった今、お前らも十分に容疑者になりえる。一度は朝陽を狙った組織なんだからな」



 誠司は強く拳を握った。反論したい気持ちはあった。しかし上手い言葉が出てこない。

 用意周到な六車の論説に、マントラ家系全てが容疑者へと変わった。それはあってはならない最悪の事態だった。



「こうなれば仕方がない」聡士が静かに告げる。


「待ちなさいよ、百瀬」

 その判断に十文字と四之宮は反対の意を見せる。対して六車だけは不敵に笑っていた。

「マントラの意志には逆らえん」


「このお役所野郎が!」



 聡士が立ち上がり、告げる。「マントラ全てに敵意が生じ、呪術での大きな問題が起きた時、百瀬は判断を下さなければならない」


 それは四之宮恵慈の時代から決められていた、意志であった。その判断は百瀬家が担う事になっている。



「選択すべきは二つ。全ての術士が呪術を放棄する。そしてもう一つは――マントラの再生。呪術での戦いによって最強の家系を決め、それを中心に新たなマントラを作る」


 それはこの場にいる人間にとっては、苦渋の決断だった。今まで全てを委ねていた呪術を無くすか、それを使って戦争するか。



 大我は直ぐに手を挙げる。「勿論、戦争だ」


 光茂は動きを窺うかのように、腕を組む。彩芽は思考に老けていた。ただそれ以上に焦りが大きい。



 生に当たり前に付いていた呪術が無くなるのは、予想だにしない打撃になる。しかし――。

 彩芽は目を瞑り、覚悟を決めた顔をする。


 ――ごめんね。千足、千種。

「乗ってやるわよ、その戦争!」



 大我が笑う。

 光茂と聡士が目を合わせた。そして聡士が最後に告げた。「ここに第二次呪術大戦の宣言をする」

 淀んだ空気が会議内を包んだ。この瞬間に、この場にいる誰もが敵になったのだ。








   





   

 会議が終わった後、待たせていた黒のセダンに光茂は乗り込む。上座に座り、隣誠司も後に続く。

 合図を出すと、セダンは走り出した。



 暫く外を眺めていた光茂に、誠司は問うた。「本当に良かったんですか、あの判断で」

「私の一存で止められる問題では無かった」


 言葉と裏腹に、後悔の念が感じられた。それを見て、誠司の心にも痛みが奔った。


「ただあの時に違った判断を下していれば、回避できたとは思う。桜子がいれば、機転を利かせて言いくるめられたかもしれんな」

 しかしその桜子はもういない。娘に手を噛まれてしまったのだ。




 誠司は心に決めた。四之宮に戦争を勝たせると。「俺はどんな事があろうと、光茂さんの味方です。あの時からずっと。障害があるなら全て俺が――淘汰します」



 光茂は肯定も否定もしなかった。

 それでも時間だけは流れ、車の外の背景だけは絶え間なく移り変わった。


 









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