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追卓




 曇り空の下に、喪服を着た長い列ができていた。

 通夜は六車家が運営している、大きな神社の境内で行われた。石段に、周りは綺麗に整えられた木々、落ち着いた雰囲気の場所だ。



 正直、信じられなかった。ピクリとも動かない朝陽の顔を見ても未だに。あの日から全部、夢なんじゃないかって、そんな気さえする。



 数日前、突如として朝陽の死を仁先生が告げた。死因は不明。治療中の突然死だったそうだ。


 でも死んだ理由なんてどうでもよくて、そんな事より言葉にならない空虚感が強すぎて……。


 何もわからないまま、俺は朝陽の遺体から離れた場所まで歩いた。途中で天津は目にしたが、薫子は家庭の関係上、顔を出しづらいらしい。




 いつまでここに留まっていても仕方ない。そろそろ――。ふと目に止まったのは、ショートボブの落ち着いた雰囲気の女の子だった。遠目からでも分かるほど、大きな目が小さな顔に収まっている。なぜかその子の独特な雰囲気が、気になってしまった。



 黒の和服を着ているし、通夜に来たのは確かなのだろうが、遠目から見ているだけなんてやはり変だ。

 小走りにその子に近づいてから、声をかけてみる事にした。



「あの、すいません」

 一瞬、ビクッとしてからその子はこちらを見た。近くで見ると俺より幾らか下に見える。



「どなたでしょうか?」

 少しだけ震えた声だった。怖がっているのか、それとも朝陽の事を悲しんでいるのか。



「俺は朝陽の友達で水無良太郎って言います。遠くからずっと様子を見てるだけみたいなんで、気になって。……どうかしました」


 年下だが一応、敬語を使った結果、変なふうになってしまった。


「朝陽君のお友達だったんですね」と、その子は少し安心した様子だった。



「申し遅れ増した、私は十文字千足≪ちたる≫と言います。宜しくお願いします」

 十文字千足と名乗ったその子は、律儀に頭を下げた。俺もつられて軽く会釈する。



「って、十文字!?」

 十文字っていえば、マントラ家系の一つ。それにその名を持ってるって事は、次期当主候補って事か。



「やっぱり驚かれるんですね」静かに千足さんは笑った。

「そりゃ驚きますよ。なんでそんな人がひっそりと見てるんですか」もっと堂々と参加すればいいものなのだが。



「家庭の関係上、参加するのが禁止されていて。色々と事情はあるんですが……」


 薫子も同じような理由だろうか。色々と推察してしまう。


「でも一人で抜け出して来てしまったんです。どうしても最後にお別れが言いたくて。叶いそうには無いですが……」


 だからか。最初に会った時に、少し物怖じしていた。それは敵が多い環境にいたり、守られる側の人である為。だとしても、俺にあっさりと告げたのは少し警戒心が薄すぎる気もする……。



「気を付けた方が良いですよ。一人でいる時にはあっさりと、自分の名前は口にしない方が」


「貴方からは――怖い感じがしなかったから」

 はにかんだ笑顔で、千足さんは言った。

 なんていうか……天使みたいだ。




「だったら……ってのも変だけど、顔だけでも見に行きませんか? 大我さんって人は俺も顔見知りだし、気の良い人だから、多分許してくれますよ。どんな事情があるか分かんないけど」


 信頼してくれたこの子に、なんとなく恩返しをしたくなった。

 手を取って、歩こうとしたが、千足さんは動こうとはしなかった。……手を放す



「それはダメです。私達みたいに変わった家系には色々あるんです」


 本当に悲しそうな顔をする千足さんを見たら、無理強いなんてできるわけがなかった。 


「それに私は朝陽君のなんでもありませんから」



「朝陽の事が……。好きだったんですか」なんとなくそんな感じがした。この子はその気持ちをずっと隠していた。そんな気も。



「だったのですかね。あまりに短くて、あまりに小さな記憶ですけど。でも……それでも、私は朝陽君を忘れた事はありません」


 こんなに思ってくれて、綺麗で天使みたいな人がいるなんて、朝陽のやつは幸せもんだな。生きていりゃ、もっと幸せだったんだろうな……。


 千足さんは左の方に目をやると、慌てたように俺から一歩離れた。

「時間みたいです」


 俺もならって見てみたが、なにも分からない。十文字家にしか分から無いなにかがあるのかもしれない。



「水無さん、どうか朝陽君の事を受け入れてあげてください。みんなが悲しい顔をしてたら、天国の朝陽君はきっと辛いと思います。だから私も、今から笑っていきます。――それでは」 

 深く頭を下げて、千足さんは俺の前から消えた。



 その瞬間、曇り空が強調されたかのように、俺の心に淀んだ。


 千足さんは曇りのない人だ。だから太陽みたいに輝いていてくれれば、色んな人が笑顔になる。でも俺は違う。そんな人間じゃない。


 天国なんて信じられないし、朝陽になにかしたやつがいるなら、許せない。


 それから下界に一人取り残されたように、俺はその場に佇んだ……。











 授業は当たり前のように再開された。まあクラスの誰かが死んだからといって、休みになった記憶は無い。いつも通りの授業が、いつも通りの雰囲気で行われている。


 誰も彼も、空元気なのはまるわかりだが。




 俺はいつも以上に集中して、教科書に目を通した。呪術理論は苦手な科目だが、興味はある。

 分からないところを、隣の誰かに訊こうとしたが、近くに気軽に話せる相手がいなかった。今日は適当に席を選んだせいだ。



 仕方なく自分で考えようと、もう一度、教科書に目を通す。


 なんでこんな事をしているのだろう。ふとそんな事を考えてしまう。学校の勉強をしている時も、趣味に没頭している時も、部活で汗を流している人を見ている時も。


 結局それはなんの為の努力なのだと。いつか唐突に終わりが来てしまうのなら、無意味ではないか。

 どんどん悪くなる考えを振りはらおうとした時、サイレンが鳴った。



 それは緊急時にのみ発令されるものだ。音が鳴り終えてから、機械的な声で告げられる。

『結界が破られました。校舎内の生徒は先生の指示に従い、避難をして下さい』



 聞いた瞬間に、教室内にざわめきが広がる。誰もが動揺を見せていた。


 先生は一旦、留まるようにと指示を出した。それから生徒達を列にし、教室から廊下に移動するように誘導する。第一体育館に向かうようだ。そこは一番、守りが硬い。一度、訓練で移動した事もある。



 俺は犯人の正体が誰なのか、考えていた。

 結界を破れるのは一部の術士だけだと、前に聞いた覚えがある。だとするなら、破った相手は――。

 全く見当が付かない。





 そして廊下を歩いている途中に、窓の外を確認する。正門に一人、男の影があった。その意外な人物に目を疑った。


 後ろにいた生徒が呟く。「あの人もしかして……」


 そうあれは――間違いなく大我さんだ。



 確認できるのは赤い髪に、悪そうな立ち姿。だが校舎越しでも、とてつもない呪力をしているのが分かる。禍々しい呪力を。それは六車邸や文化祭で会った時とは明らかに別のものだった。



 不意に大我さんは大きな声をあげる。「話があるから出て来いよ、百瀬聡士」 


 呼んだのはうちの学園長の名。乗り込んで来たという事は、挨拶というわけではなさそうだ。明らかに纏っているオーラが違う。 



 だとするなら、理由が一つ考えられる。


 完璧にこの学校を信じているわけではない。ただ今は可能性の問題で動く時ではないはず。理論が正しければ、大我さんを止められるはずだ。



 窓を開け放ち、取っ手に手をかける。

 咎める先生を無視して、俺は窓から飛び降りた。



 丁度、下りた場所は大我さんの目の前だ。数メートル離れているとはいえ、自分は緊張している。



「懐かしいな、ガキ。けど今は下がれ。遊びたい気分じゃなくて、ぶちぎれたい気分なんだ」


 大我さんの顔は本気だ。思わず引きそうになる足を、ぐっとこらえる。


「だとしたら相手を間違ってます。今はまだうちの学校が悪いと、判断を下すタイミングじゃないはずです」



 おそらく大我さんは、前の試合に朝陽の死の原因を置いているのだろう。結果、烏枢沙摩高校が怪しいという事になった。

 勿論、戦っていた千夜。大きく括れば十文字家も怪しい事になるが。なんらかの話し合いの元、ここが一番の有力候補となったのかもしれない。


 それでもあくまで論理的に行動する人だと、俺は思っている。だからここに大我さんがいる事を、俺は今でも疑問に思う。


 復讐の対象として選ぶには早計過ぎる。



 ただやっぱり、怪しい場所であろうと、俺はこの場所を守りたいと思ってしまった。相手が大我さんであっても。


「冷静に考えて――」

「ガキの入れる領域じゃねえんだよ。消え失せろ」


 その言葉を聞いた瞬間、この人にはなにを言っても無駄だと察してしまった。たとえ朝陽の名を出そうと、鈍る事はないと。


 身体が震える。目の前のたった一人の男に。


 止めるには戦うしかないのか。俺が大我さんと? 文化祭の時にこてんぱんにやられた。あれから多少は腕をあげた。ただそれで埋まる力量差か? ……無理だどう考えても。


 誰かに託す……。今は千夜も学校に来ていないらしい。仁先生も通勤をしているかどうか……。


 だったらやっぱり俺が――。



 震える肩に触れたのは、久我先輩だった。


「学校の平和は俺が守る。君は下がっていたまえ」


 闘志を漲らせた久我先輩が、大我さんを睨む。


 実際、先生を含めた呪術レベルでも、久我先輩は負けず劣らずだ。今いる中では一番のやり手なのかもしれない。少しは優勢になったのだろうか……。



「誰だか知らないけど、俺が相手になる」 


 久我先輩が指紋をすると、炎の竜が大我さんを襲った。前回見た時よりも威力は増し、スピードも上がっていた。確実に背後を取り、最大威力の炎の竜が大我さんを飲み込んだ。



 しかし次の瞬間、片手でそれは弾かれてしまう。竜は形を失い、無残にも消え去る。


 唖然としている俺達の傍まで、大我さんは近づいていた。その拳を避ける暇がなく、久我先輩は吹き飛ばされる。ぶつかった校舎は一部が損壊。


 自分が狙われていても、防ぐ事はできなかっただろう。



「お前も邪魔すんのか?」


 問われたとほぼ同時に、久我先輩が吹き飛ばされた場所の瓦礫が動いた。中から出てきた久我先輩はもう一度、大我さんを睨んだ。今度は憎悪に溢れた目つきで。



「……殺す」

 言うが早いか、複雑な術式を編み始める。それが発動されれば、校庭が吹き飛んでしまう威力だと推測できる。


 さすがにそれはまずい。「落ち着いてください、久我先輩!」


 声は届かず、術式の構成は止まらない。



 発動の瞬間、上空にまばゆい光が出現した。それは術式にぶつかり、発動前に完全に破壊した。

 見た事のない呪術だった。



 頭を掻きながら姿を現したのは、仁先生だった。

「いやあ、重役出勤になったけど、タイミングはばっちしだね」



 大我さんは仁先生に目線を変える。「百瀬のところの若頭か」


 仁先生は苦笑いを浮かべる。「それは少し違うよ。僕は星読みの才能が無いから、当主にはなれないんだ。今は先生と呼ばれる方が嬉しいな」

「どっちでもいい。邪魔をするなら、お前も潰すぞ」


「ちょっと待ってね」 

 空気も読まず手で制止すると、仁先生は久我先輩の元にかけよった。なにやら説教をしているらしい。稀に見る先生らしさだ。その隙に俺も近くに行き、邪魔にならないようにする。



 本当ならば加勢をしたい。しかし足手まといになるのは分かっている。自分の弱さが歯がゆい。



「待たせたね。でも正直、僕には大我君が学校を襲う理由が分からないんだけど。戦う理由はなんなんだい?」

「朝陽を死においやった理由がここにあるかもしれねえ。要は復讐の対象だ」


 仁先生は首を傾げる。「僕からしたら、朝陽君の身体に夕陽君の血を入れた禁術が原因だと思うんだけど。病気の五典さんが責任を取る形になって音沙汰なしの件」


 あっさりと、タブーに仁先生が触れてしまった。大我さんを逆なでしてしまう事は、避けたいのに。



「その可能性は無い。外部からの呪術によって、死んだと判明したからな。つまり、試合の最中になんらかの呪術を仕込んだ可能性が高い」



 それを聞いて初めて納得がいった。確かに、論理性はある。ただあまりに過剰な行動の様な気は拭い去れないが。


「なるほどね。確かに、否定をできる材料を僕は持ち合わせていない。けど生徒に危害を加えるなら、僕は大我君に立ちはだかるよ」

 気迫の籠った声だった。



 俺は桐蔭さんとの戦いを見ていないが、このギャップは確かに格好良い。天津が惚れてしまうのも無理ないだろう。


「いいぜ。もはや全てが復讐の対象だ」

 その瞬間、大我さんは自分の身体に呪力を籠めた。


 あれは知っている。自分の身体に術式を刻むことにより、指紋の短縮化をする。出てくるのは――。


「気を付けて下さい! 式神が来ます!」

 俺が叫ぶと、仁先生も指紋を始めた。



 二メートルを超える巨体。酒呑童子が姿を現し、猛スピードで仁先生を襲う。


「三重連星――ポラリス」

 星が重なり、光が放たれた。するとどういうわけか、酒呑童子の動きが止まった。鎖も見えないし、縛とはまた別物なのだろうか。



「妙な呪術を使いやがる」

「オリジナリティーを追及しててね。どんどん行くよ。二重連星――ペルセウス」


 剣のように鋭い形をした光。それが一直線に大我さんの元へと迫る。



「我が身体 憑代とし その身に鬼≪き≫を宿せ」


 その口上に聞き覚えがある。文化祭の時に、圧倒的な力を発揮した技。誠司さんや千夜以外は戦いに付いていく事すらできなかった。



 動きを止められていた酒呑童子が大我さんの中に入り、一体化する。二本の黒い角が生え、表情も鬼のように凄みが増す。



 鋭い光は、憑依した大我さんの拳に弾かれてしまう


「君こそ、おかしな呪術を使う」


 黒いオーラを大我さんを纏う。呪力を使いなにかを仕掛けるつもりなのが、見て取れた。この場所も巻き添えをくってしまうかもしれない。



 そして仁先生も大技を出す構えをしていた。星が何重にも重なっている。今までで一番の呪術をする気だ。


 それに備えて久我先輩と護をはった時、また違う呪力を感じた。良く知った強大な呪力を。

 戦っている二人の気も、そちらに取られる。



「ようやくお出ましか」


 厳かな表情からは怒りの感情が見て取れた。自分の作った学校が滅茶苦茶になろうとしていれば、無理も無いのかもしれない。そう――百瀬聡士。学園長だ。



「勝手な戦いはマントラの意志に反する。貴様ら、矛を納めろ」


 大我さんの角が消え、仁先生は苦笑いを浮かべた。

 明らかな緊張感がこの場にはあった。自分の場違い感が際立つ。



 学園長の元へと、大我さんは近づいていく。

「話は聞いてたんだろ? 弁解はあるか」


 高圧的な態度にも一切、学園長は怯む様子をみせない。それどころか、それ以上の凄みを出している。


「弁解など要らん。貴様こそ、確たる証拠があるというなら、このような愚かな真似を止めろ」

「あっ? 愚かだと……」

「ここで違反をすれば、証拠としての力は薄くなる。不利になるのはお前だ。決着なら、マントラ会議でつけろ」


 数秒の沈黙の後、大我さんは舌打ちをする。「御尤もだ。アンタも覚悟はできているみたいだしな」

 二人は睨みあう。そして大我さんはその場から去ってしまった。 


 嵐のような時間だった。





 仁先生が学園長の元へと駆け寄る。少し強張った表情をしている気がする。脅威が去ったのに、後の方が怖い顔をするとはどういう事だろう。


 それから学園長と仁先生は、呪術界の踏み入った話をしているようだった。



「本当にマントラでけりをつけるんですか? 僕達で事態を収拾させておいた方が――。まあ貴方の事ですから、間違いはしないのでしょうけど」


「今回ばかりは分からん。星が軌道を外している」


 最後にそう言った学園長はなぜか、俺を見た気がした。その目にどんな意味があるか、俺には分からなかった。












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