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兄弟





 千足は山中をただひたすらに走っていた。勿論、言われたとおりに逃げるつもりはない。六車家に行って救援を呼ぶ狙いもある。


 だが足場の悪い道を選んでしまったようで、雑草が生い茂っている。隠れていた枝に足を取られ、膝から崩れ落ちた。

 和服に泥が付き、受け身の為に使った手にも石が刺さり、痛みがはしった。




 もう一度、立ち上がり走ろうとした時、背後で大きな音がした。なにかが爆発したような。


 一瞬、振り返るか迷ったが、千足はそちらを見た。すると、大きな爆炎が渦巻いていた。先程まで自分がいた場所で。


 もしかして……朝陽君? それとも――。






 このまま助けを呼びにいくべきだろうか。あれだけの騒ぎがあれば、いずれ六車の人達も来るだろう。それは自分が呼びに行くよりも早いはず。なら、自分にできる事はなんだろうか……。





 考えるより先に、足は動いていた。千足はもう一度、朝陽の元に戻ると決めたのだ。


 痛みも今はアドレナリンのおかげで感じない。疲れも、気にしてはいられない。



 見覚えのある草木を見つけ、掻き分けた。先には、朝陽が立っていた。彼の周りは赤い火に覆われている。

 朝陽が発動したのだ。自然現象を起こす、超高難易度の呪術を。





 その表情は子供じみていて、どこか狂気でもあった。


 郡山は腰を抜かし、手だけで後ろずさりをしている。そして各所に火傷のような跡があった。



 その時、朝陽の口から子供の様な笑い声が発せられた。それを聞いた瞬間、郡山は何度も許しを請うように謝った。先程までとは状況が逆転しているのは、見てはっきりした。



 そして郡山同様、千足も目の前の朝陽に畏怖している事も。

 いつもなら一目散に飛び出すところだ。なのに足が動かない。怖いのだ。朝陽が。いつもと正反対で、狂気じみた彼の表情が。 



 その怖さは単純な恐怖ではない。朝陽が変わってしまった事への恐怖。彼が人を傷つけ、それ以上に殺してしまうのではないかという、恐怖。




 しかし彼女に考える暇など、与えてはくれなかった。朝陽の指が動き、今にも炎が郡山を襲おうとしていたのだ。


 ついに千足は走り出した。像のように硬くなっていた足を動かして。



 千足が郡山の前に立ちはだかる。すると朝陽は一瞬、驚いた表情を浮かべた。そして炎は、千足の寸前を霞める形で避けられた。だが熱で焼ける痛みを感じた。どうやら腕に当たり、衣服が溶けて小さな火傷をしているようだ。 


 ただこれで済んだのは、朝陽が攻撃をそらしてくれたおかげだ。




 気づけば、先程まで後ろにいた郡山は消えていた。逃げ出したらしい。



 千足は思案した。今、目の前にいる彼は誰なのだろうかと。朝陽とは到底、思えない。彼があんな表情をするとも考えられないし、なにより必要以上に相手を甚振るとも思えない。


 誰かが朝陽の中にいる。そんな気がした。


 彼よりも幼い狂気の様な存在が。



 まだ朝陽自身の意識も残っている。だから攻撃を逸らしたのだ。

 だったら戻す方法があるはずだ。いつも通りの朝陽に。




 また子供のように笑った。段々と、彼の表情が歪にゆがむ。もう朝陽がいなくなったかのように。


 炎を勢いを強まり、等々、千足と朝陽の周りを包み込んだ。煙で目が痛くなり、肌に焼けるような痛みが奔る。



「ねえ、朝陽君……」

 千足が彼の名を呼んだ時、無情に炎が彼女を襲おうとした。千足は全身全霊の力で、呪力の盾を作った。凌ぎきれるかと思ったが、炎は途中で爆発起こし、盾は破壊されてしまう。その勢いで後方に倒れた。



 痛い、苦しい。もう諦めたい。初めて千足の脳裏に、不の感情が生まれた。


 自分の信じた人間に傷つけられるのは、想像以上に精神的なダメージが大きいらしい。



 彼ではないのだと、朝陽の意志ではないのだと信じたい。そうしなければ、歩みが止まってしまいそうだからだ。だがそれすらも妄想に過ぎず、今まで見てきた彼も作り物に過ぎないとしたらどうだろうか。

自分の足はもう、進む事はないような気がした。



 本当に朝陽君なの――。


 訴えるような千足の表情など意に介さず、朝陽は少しずつ近づいてくる。それと同時に炎は攻撃用に形を変えた。どうやらそれで強力な一撃を放つもりらしい。


 なぜ戻ってしまったのだろう。千足は後悔した。自分にできる事なんて何一つ無かった。足を引っ張るばかりで、朝陽君を信じる事もできない。自分がいる意味とはなんだろうか。答えの出ない自答が繰り返される。




 不意に、朝陽の足が止まった。子供の気まぐれではなく、なにかが彼を止めたのだ。

 朝陽は足元を注視し、やがて踏んづけている物を拾った。それは――携帯電話だった。いつの間にか彼が落としていたらしい。



 なにより千足の目に飛び込んできたのは、付属している人形だ。助けてくれたお礼に、千足が作って渡した物。


 朝陽はそれを掴み、数秒眺めた。



 その瞳に、千足は見覚えがあった。純粋で、明るい眼差し……。






 次の瞬間、人形は投げ出され、炎によって焼かれた。人形の身体は半分が黒焦げになった。

 興味は無くなったとばかりに、千足の方に目を向ける。


 しかし先程までとは状況が違っていた。千足は立ち上がり、覚悟を決めた目をしていたのだ。

 さっきの瞳。まだ朝陽君の心は残っている。そう確信したからだ。




 もう一つの人格があるのかもしれない。自分を騙しているだけかもしれない。ただ理由はなんでも良かった。自分が好きだった朝陽の感情が残っているのなら――。それだけで、彼の為になんでもできる気がする。



 炎がでたらめな動きを始めた時、千足は迷わずに歩を進めた。自分はどんなに傷ついても構わない。その痛みで、誰かの痛みを消す事ができるのなら。



 段々と朝陽の姿が、千足の前で大きくなる。


 だって朝陽君は私を攻撃している時、凄く悲しそう。

 ほら、やっぱり――。



 朝陽の瞳から、一滴の涙が零れ堕ちた。



「やっぱり、泣くの我慢してた」

 千足はそっと囁き、朝陽を自分の身体で包んだ。




 最初はもがいていて、炎もそれに応じて引き離そうと迫って来ていた。だが強く抱きしめた時、抵抗は次第に弱まった。そして等々、炎は勢いを落とす。


 その時、炎のせいか千足の身体が百熱の様に暑くなるのを感じた。顔まで、満遍なく全身が火照っている。


 それから、たった一粒の涙で消火されたかのように、辺りの炎は消えて無くなった。理屈は分からないが、木に引火する事も無かったようだ。




 朝陽の身体から力が抜け、千足に完全に身体を預けている。しかし男一人分の体重を支えられる力を、千足が要しているはずもなく、朝陽は横向きに倒れた。


「ちゃんと生きてるよね、朝陽君!」

 呼びかけても反応はない。嫌な予感がした。



 治療を始めようと呪術を発動する。しかし、一向に傷が塞がらない。どうやら、自分にもうそれだけの体力が残されていないらしい。


 



 その時、背後から草木が揺れる音がした。炎が消えたのを見て、郡山が戻ってきたのだろうか。全身が竦み上がる。



「まさか嬢ちゃんが、一人で止めたのか」


 現れたのは大我だった。頬に小さな汗が見て取れる。急いで駆け付けたらしい。それでも少しばかり遅かったが。



 一番に気になるのは、まるで全てを知っているかのような口ぶり。いや、実際に知っているのだろう。朝陽の元になにが起こっているのか。


 それを問い詰めたい、けどその前に……。

「朝陽君を助けて下さい! ボロボロで、心がおかしくなってしまったみたいに……」


 支離滅裂な説明にも、大我は聞き返して来なかった。


 朝陽に近づき、身体を触ると、大我は安心したような顔つきになった。「どうやら命に別状はねえな。後から来る救護班に任せりゃ、明日にも快復するだろ」



 それを聞いて、安堵したと同時に、力が抜けた。そこで初めて、自分の身体もボロボロなのを痛感した。

 火傷の跡や、出血した跡。

 ただ疲弊したからといって、このまま眠るわけにもいかない。まだやるべき事がある。





「大我さんは知っているのですよね、朝陽君の身に何が起きているのか。教えて下さい」


 千足の真摯な目を、大我は見据えた。

「察しは良いみたいだが、一つ勘違いしてるぜ。朝陽とどんなに親しくても、俺がアンタに――十文字に情報をやる理由はねえ。寧ろ、困るんだよ。今見たもんを知らされると」


 本気の大我の顔を始めてみた。こんなにも気迫と意志の強い人間を見るのも。


 でも――。「純粋に知りたいのです。助けになりたいのです。朝陽君の」



 大我は笑った。「少し嬉しいぜ、アイツの事をこんなに思ってくれる人がいて。けどな、これは子供だけの問題じゃねえんだ。だから――悪いな」


 大我の手が千足の頭に伸びた。その腕に呪力が籠められる。

 同時に頭の中に違和感を覚えた。まるで海馬が掻き乱されるような。


 うっ……。頭が痛い。


 朝陽君の記憶が、段々と薄れていく。記憶が断絶的に無くなってしまう。このままだと。 


 そんなのは――嫌だ。




 強い拒絶が反映したかのように、大我の手が放れる。


 勿論、千足の意志で拒めたわけではない。千足の大我の間に、なにかが起きたのだ。まるで空気が二人を裂いたような。


 痛みが段々と引き、朝陽の事がしっかり回顧できるようになった。





 目の前にいる大我が、舌打ちをする。一体、なにがどうなっているのか。状況の整理ばかりは追いつかない。



「十文字のところの四術士か」

 大我のその言葉と、千夜の姿を見た事で、先程の攻撃が千夜のものだと気づいた。


 一瞬にして千夜は千足を抱え上げると、大我との距離を取った。


「千夜ちゃん、なんでここに」

「念には念を、呪力を探知できる場所まで来ていたです」



 千夜と大我が睨み合い、一触即発といった雰囲気を醸し出す。

「ホント最悪なタイミングで来てくれるよな」

「最悪なのはお前です。近頃、急激な戦力強化をしているかと思えば、あんな人体実験をしていたとは」



 人体実験……。朝陽君が……。

 やっぱりあれは朝陽君の意志じゃなかった。でも、朝陽君が利用されているとしたら、許せる事じゃない。



「なによりムカつくのが、千足に手を出した事です。マントラの意志に反する記憶の改竄は、処罰の対象。これらが重なれば、幾ら高い地位にいても呪術の封印くらい難しくはないと、理解できるはずです」


 千夜は論理的な証拠を揃えて、大我を脅している。しかし、彼に恐れた様子はない。


「親睦と嘯いた同盟交渉。気づかないとでも思ったか? あの婆さんのやる事だからな、裏があると思うのは当然」


 小さな声でギクッと、千夜の口から漏れる。

 それからは黙って、沈黙を貫く姿勢を示している。




「とぼけるってんなら、力ずくでも良いんだぜ。俺は」

 ぎらついた目を大我は向けてくる。それが千夜にだけ向けられたものだとは分かっていても、恐怖を感じてしまう。



「こっちも不満が溜まっていたので、発散する良い機会かもしれない……です」


 まさか、千夜があっさりと挑発を受けてしまうとは。



 外交に疎い千足でも分かる。この戦いを餌にして、全部をあやふやにするつもりだ。六車側の論拠は明らかに、十文字側に比べて弱いのだから。




 そんな問題点もあるが、それよりやっぱり……。「無益な争いはダメです!」

 二人の間に、千足が割って入る。


 大我は目を丸くし、千夜も溜息を付いた。


「おいおい、本当に胆が据わってんな」

「そんな身体でまだ無茶するなんて……千足らしいです」




 しかし直ぐ後に、千足は眩暈を感じた。呪力の限界と体力の限界。更にはずっと緊張状態が続いたせいで、脳が限界に達したらしい。


 眠るように、その場に倒れた。





 なのでこれ以降の事は詳しくは分からない。どんな話し合いが行われ、どんなふうに事が進んだのか。


 後日談にはなってしまうが、結果としては和解。




 あの後で、二つの家系で法的な処置を取ったらしい。千足の証言が無かったせいで、こちらの主張が弱かったのと、六車側が秘書から失言を録音していたのが、主な理由らしい。


 朝陽の事については、十文字の上層部にのみ極秘に説明された。それによって、上手い具合に釣り合いがとれたらしい。情報を得たのにも関わらず、マントラへの報告をしないのは、なにか理由があるのだろう。


 そして詳しい事を千足が知るのは、もう少し後になる。



 ついでだが、郡山は六車の従者に捉えられ、懲戒処分になったらしい。一安心だ。




 ともあれ、千足は満足の結果だった。朝陽も容態が回復し、和解という比較的平和なかたちで終わったのだから。


 ただ一つ、寂しい事がある。今日をもって、栃木から引っ越しをするのだ。実家である新潟に戻る事になる。同盟交渉が失敗したのだから、長居する理由などないのだが。



 引っ越しは好きだ。違う景色が見れるから。なのに今回は嫌だとさえ思った。


 原因となっている朝陽とは、あれから一度も会ってはいない。それはそうだ。お互い当主の血縁者。千足に至っては次期当主。六車は複雑な方法で当主を決めるので、確実ではないが、それでも大事な御子息だ。公に会えるわけもなく、密会などしようものならどうなるか……。



 次の約束も結局、取り付けられずじまい。



 朝陽も一応、十文字が今日、栃木を離れる事は知っているはずだ。だからか、彼が現れないかと、期待をしてしまう。


 そうして揺れる草木を見ても、溢れるのは虚しさだけだった。





「そろそろ行きますぞ、千足様」

 老中が呼びかけてくるが、千足は中々、動こうとはしなかった。


「恋する乙女とは大変ですな」


 耳が赤くなっている気がする。恋だなんて、まだ決まったわけじゃない。一緒にいて楽しかったし、同い年の人と話せるのは嬉しかった。それに安心感もあって、格好良いところも……。


「もしかして――恋なんですか、お爺様……?」

「確実にそうですよ」


 そんなにもきっぱり、断定されるとは……。穴があったら入りたいとはこの事だ。

 老中のにやけ顔がまた羞恥心を募らせる。



「ですが、彼との接触は諦めて下さい。二人には立場――というものがあるのです」


 皮肉な言い方に少しムッとしてしまう。それでも、運命を信じてしまうのが子供の性だ。 

 しかしどんなに待ったところで、朝陽が現れる事はなかった。分かっていた事だが、彼にも来られない理由があるのだ。


 同時に、そんなものに阻まれてしまう自分の弱さを痛感した。



 やがて時間は来た。大きな駅までタクシーで移動してから、上越新幹線で新潟まで移動をする。


 電車の中で、千足は外をずっと眺めていた。引っ越しで従者は疲れ、いつもははしゃぐ千種も眠ってしまっている。静かな空間に、異様な寂しさを感じる。



 外の景色を見ていれば埋まるかと思っていたが、逆だった。



「千足様」

 声をかけてきたのは、老中だった。一車両を貸し切っているから、席の移動は自由だ。


「どうしたのです、お爺様。また茶化しに来たのですか?」

「千足様に悪態を疲れるとは……。こんなに悲しい事はありません」


 千足は微笑む。「冗談です。もう怒ってませんよ」


 その表情を見て、心底、老中は安心したようで、深いため息を漏らす。




「実はですな。内緒でこの手紙を……」老中は懐から、白い便箋を取り出した。 

 手紙……。しかも内緒で渡すとはどういったものだろうか。


 受け取ってから、丁寧に開けて中身を取り出す。


 そこには見覚えのある字で内容が書かれていた。一度だけ、朝陽の字を見た事がある。男の子らしい、力強い字だ。自分の基本に忠実な字とはまた違う良さがある。


 でも――。「これって……」


「彩芽様や他の従者に見られていたら、危ないところでしたな」

 老中の深い皺を刻んだ笑顔が、千足に眩しく映った。自分なんかよりも断然、天使のようだ。




「大好きです、お爺様」


 千足の言葉を聞くと、なぜか老中はそそくさとその場を去ってしまった。訳は分からないが、取りあえずはゆっくり見ていろという事だろうか。



 心を落ち着かせてから、千足は手紙に目を通した。




『千足ちゃんへ


 この手紙を読んでる千足ちゃんが笑っていてくれてると嬉しいです。(届いてないかもしれないけど)

 本題に入ると、俺は千足ちゃんが好きです。それが異性としてなのか、友達としてなのかは秘密。俺って悪い男だな。

 まあどちらにしたって、好きな事は確かなのであしからず。


 でもそんな千足ちゃんに、謝らないといけない事があります。目を覚ましてから聞きました。あの山中の事で、千足ちゃんを傷つけてしまったと。守らなきゃいけない俺が、君に沢山辛い思いをさせた。怖い思いもさせたと思います。あんな俺の姿みたら、もう顔も会わせたくないかもしれない。あー、そう考えたら手紙にも目を通してくれない可能性もあるのか。けどせっかくここまで書いたので、最後まで。


 俺はそれ以上に、千足ちゃんに感謝したい事があります。この手紙には書ききれないくらい。序でに言えば、文字に残すのは恥ずかしいので、できれば会って言いたいです(笑) まあ、これも難しいかもしれませんが。


 でもそれでも、千足ちゃんに会う気があるなら、俺はどんなしがらみがあろうと会いに行きます。

 もっと俺自身が強くなってから。千足ちゃんを守れるくらいになってから。だから俺、東京に行くことにしました。東京には呪術の専門学校があるらしいです。そこでいっぱい学んで、最強の呪術士にでもなって帰ってきます!


 なんて……。

 辛気臭いのは合わないので、最後にユーモアを出してみました』





 千足は微笑みを浮かべていた。朝陽からの手紙を丁寧にしまうと、鞄から裁縫道具を取り出す。今しなければいけない事はこれだと、確信したからだ。


 ずっと待たせて手紙をくれたかと思ったら、また待たせるなんて……ホントずるいよ朝陽君。



 でもそんなところを私は――好きになっちゃったのかな。

 朝陽への思いを馳せながら、千足は糸を縫った。流れる景色と一緒に。














 季節は移り変わり、寒さが増し始めていた。栃木もそれなりに寒く、東京はどれくらいかと思案した。

 分からない事だらけの未開拓の地。テレビで偶に見ている感じでは、人が多く建物が沢山あるらしい。それにお洒落な店も。


 詳しいはずの大我に訊いてみても、これといった返事はないので、想像で補完するしかない。



 荷物をまとめ、支度を終えた。

 玄関に移動して靴を履いていると、急に緊張し始める。今から家族の元を離れ、一人での東京旅行――いや、東京修行。新幹線の乗り方だとか、色々と不安視する箇所がある。



「助けてくれよ、大我にぃー!」

 朝陽が大声をあげると、いつの間にか大我は、背後でヤンキーのように座っていた。


「あくまで見学だろ。そんなに緊張すんなよ」

「だって東京だぜ。トーキョー! 緊張くらいするだろ」


 男らしくない朝陽を大我は一度、殴る。

 それから大我は小包を取り出し、朝陽に渡した。



 訝しそうに見てから、朝陽は訊いた。「なにこれ?」

「お前宛に来てた。それをお守りにでもしてな」

 不敵な笑みを浮かべると、それだけ言い残して、大我は去ってしまった。



 少しの別れとなるのに、あまりにあっけらかんとした挨拶だ。それにこのタイミングで渡す物とはなんだろう。

 ともあれ、開けてみる事にした。



 すると中からは、見覚えのある人形が出てきたのだった。


 はっとして、朝陽は鞄に大事に入れていた、もう一つの人形を取り出した。それは自分で半身を焼いてしまった人形。しかし今はほぼ元通りに修復されている。大我が直してくれたのだ。がさつに見えて、意外と几帳面なところもある。




 だがそれを千足は知らない。という事は――。


 その想像に、朝陽は思わず頬が緩む。

 けどこれで二つになってしまった。朝陽が二人では、少し気持ちが悪い。しかも瓜二つと来た。だったらこれは……。



 ――夕陽。


 ふと出たのは兄の名前だった。双子の兄であり、自分の中にいる家族。


 ずっと恨んでいた。自分に大きな枷を付けた相手だと。

 ただそれも彼女のおかげで変わった。千足のおかげで。彼も自分の中で考え、生きているのだと。


 だからその人形を朝陽は『夕陽』と名付けた。


 人形を鞄に閉まってから、朝陽は玄関を飛び出した。


「一緒に強くなろうぜ、兄貴!」


 外に出た彼を、太陽が照り返す。まるで歓迎していたかのように。


 朝陽と夕陽。二つの顔を持つ太陽という惑星。朝陽が兄を受け入れた事により、本当の太陽に朝陽はなったのかもしれない。



 こうして朝陽と千足の物語は一度、幕を閉じるのだった――。













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