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清血





 あれから五日後。千足はある事に頭を悩ませていた。花に水をやり、老中と一緒におやつを食べている時に、思い切って相談をする事を決めた。


「お爺様、相談したい事があるのですが……」

「なんでも仰れですぞ。千足様より随分と長く生きていますからな、世の事情には詳しい自信があります」


 何分、千足は人に相談をする事が少ない為、嬉しかったのだろう。老中は目を輝かせている。


「では遠慮なく言います」

 老中が頷く。


「プレゼントはどうしたらいいでしょうか?」


「プレゼント?」老中は首を傾げ、考え込む。


 千足も自身で色々と思案してはみたのだが、お金の掛かったものは受け取り辛いだとか、男の子向けにはなにを渡せばいいかだとか、悩んでるうちに二日前までに迫ってしまった。



「はて、母の日はまだですし、千種様の誕生日もまだ。なにか特別な日でもありましたかな。何分、物忘れが激しく……」

「特別ってわけじゃないのですけど、お返しをしてあげたくて」

 説明するものも、謎は深まるばかりのようだ。



 これを言うべきかは最後まで迷った。しかし言わざるを得ないようだ。千足は大きく息を吸った。しかし反例はせず、声はか細いものであった。


「その……男の子にあげる物なんです」

「男……」


 みるみる内に老中の顔が紅潮する。「男ができたのですか千足様!? もしやこの前の遅い帰りもそのせいで……。なにか誑かされたのですな」


 予想外の反応に、千足は体をビクつかせる。


 それに帰りが遅いとはいっても午後の七時前だ。反応としては異常だが、特別な家庭上、致し方ない。




「変な関係性じゃありません。助けてくれた男の子にお礼の品を渡すだけです。お爺様は過保護すぎます」


「こ、これは失敬」

 冷や汗を掻いた老中は、懐からハンカチを出しそれを拭う。



「しかしお返しの品ですか。ふむ、悩む必要はありませんな」

 いつもの老中らしい毅然とした態度に、千足は一種の期待を抱く。



「お返しは男女は関係ありません。気持ちを伝えればいいのです」

 少なからず、模範のような回答に落胆する。「それは何となく分かりますよ。こう、具体的に教えて欲しいのです」



「呪術士として立派になるには、努力が必要です。よい成績を収めるのにも努力が必要です。しかし気持ちを伝えるのには、今の千足様でいいのです。今の千足様ができる事を形にして、渡して差し上げれば満足してくれるのではないでしょうか。具体的ではないかもしれませぬが、どうか参考にして頂きたい」


「私にできる事……」

 なんとなく見えた気がした。「お爺様、ご教授、感謝致します。プレゼント決まりました!」


 和んだ表情の老中は、静かに笑う。

「それは嬉しいばかりです」




 お茶を一服したところで、老中は先程とまでとは違う表情をみせた。真剣な顔つきだ。

「ところで千足様。同盟の件についての続報を聞いておりますか」



 同盟。また動いていたとは知らなかった。



「なにか進展があったのですか」

「二日程前に、私と梓さまとで伺ったのですが。親睦事態は良好。あちらも良い関係を築きたいと仰ってくれました」


 仲良くしている。それは嬉しい。ただ、良かったと素直に口に出すことはできなかった。


「ただ同盟をほのめかすと、敬遠したような口ぶりでしてね。あまりに過剰だったので、気掛かりでして……。なにやら不穏な感じがするのです」


 悪い予感。老中のそれは外れる事の方が少ない。



「同盟事態の考え直しをすれば、変わるのでしょうか」 

「分かりませぬが、無理強いをしても良い結果はうまぬ気がします。六車家にはこれ以上、近づきすぎない方が良い気がするのです」


 その言葉を聞いて最初に頭に浮かんだのは、朝陽の顔だった。


 六車家に、朝陽君にそんな危険視するようなものがあるなんて思えない。信じたくは無かった。

 だけれど、老中の忠告も無視はできない。



「その事に付きましては、お母様に相談してみます」

「はい。千足様も、近辺にはどうかお気をつけてくだされ」




 こうして話はまとまり、直談判に彩芽の部屋に行ったのだが、結果は失敗だった。全く聞く耳をもちはしなかった。

 なにをそんなに頑なに、同盟に拘るのだろう。やはりあの事が、理由の一つなのだろうか……。











 自室に戻ると千足はプレゼント制作を始めた。老中の助言である程度のビジョンは見えている。後はそれを形にするだけだ。


 裁縫道具と布を取り出し、手慣れた様子で縫っていく。その素早さと几帳面さは、取り入ってもらえなかった事への怒りをぶつけているようでもある。





 それから一時間ほどその作業に没頭し、休憩をとろうと伸びをした時だ。千足の部屋の襖が、おそるおそる開いたのは。

 ノックも無しに開けるのは極少数。なので想像はついていたが、やってる事がやってる事なだけに、少しビクついてしまう。



「どうしたの千種?」

 千種と呼ばれたのは、十文字の名を持つ四人目の人で、彩芽の子であり、千足の弟だ。まだ年端もいかない少年で、今年で五歳。千足とは十歳も離れた年の差ある姉弟。


 千種もまた子供用の和服に身を包んでいる。背は年相応。ストレートの髪を少し長めに切り揃えていて、青みがかっている。長い髪は人見知りという性格から、そうなってしまっている。



 そんな千草は襖をがっちりと掴んでいる。

「チオもジィジもいなかったから……。さびしくてお姉ちゃんのとこきた」

 千草の母性本能をくすぐる言葉に、千足は頬が緩む。



 そそくさと裁縫セットの片づけを済ませ、作っていた物を引き出しに閉まってから言った。

「そっか、ならお姉ちゃんと遊ぼっか。こっちおいで」


 手招きすると、千草は嬉しそうに近づいてきた。それを背後から抱きしめる。


 小さな体に、弱々しい背中。柔らかい頬っぺた。触らずにはいられない。



「やめてよ、お姉ちゃん」

 千草に咎められ、頬を突っ張っていた手をどける。

「えへへ、つい」


「でもいいの? なにかしてたのに」

「丁度、一段落したところだから」

 その言葉を聞く前に来るのも、また愛くるしさというものだ。



「なにして遊ぶ? カードゲーム? 双六? あ、人生ゲームも……って早いか」 


 五歳児が人生をゲームとして楽しんでいたら、さすがの千足も少し引いてしまう。

 しかし千種も目を輝かせていた。「じんせー……。楽しそう」

「そ、そっか。じゃあ、やろっか」




 早速、人生ゲームの盤を拡げる。少し古めのものだが、ゲームに支障はきたさないだろう。


「むずかしそう……。どうあそぶの」

「双六みたいに駒を進めていくんだけど、使うのはサイコロじゃなくて真ん中の円盤」


 その円盤に取り付けられている針を、取っ手を使って千足は回してみせる。音を立てて回転し、その光景を見て千種はおおと感嘆の声を漏らす。


「出た数字の数だけ駒を進めて、止まったマスの書いてある事に従う。双六と違うのは、早い人が勝ちじゃないの」


 千種の頭にはてなが召喚された。


「例えばこのマス。五千円を貰うって書いてあるでしょ?」


「五千円?」

「千種には五百円くらいかな」

「五百円ももらえるの?」


 五百円でこんなに喜べるとは。若さとは恐ろしく。そして強い。


 それから千足は説明を続け、最後に勝利事件を提示した。「最終的にお金をいっぱい持ってる人の勝ち」


 子供になんて現実的な事を言ってるのだろうか。少しだけこのゲームを始めた事を悔やむ。




「取りあえず、やってみようか」

 千足は白の車型の駒。千種は青の駒を選んで配置した。最初は千種が回して始めた。


 千種は安定した職業である教師になったのだが、問題は千足だった。


「すごいよお姉ちゃん。お姉ちゃんのところにお金があつまってくよ」

 目を金に変えて、千種ははしゃぐ。


 千足はいきなり医者になったり、石油王になったり、一番高額のアイテムカードを手に入れたりと、幸運なマスに止まった。


 本来ならば適当に負けて、喜ばせるところを、圧倒的に勝つ事になってしまった。


「五百円がこんなにいっぱい!」

「あはは、凄いね」

 稼ぎすぎた自分が少し怖い。



 人生ゲームを片付けている時に、千足は一瞬、目眩を感じた。疲労が蓄積しているのか、悩みのせいか。




「お姉ちゃん、なんだかつかれてる」

 その言葉にドキリとする。


「千種はなんでもお見通しだね」

 もう一度、千種を背から抱き寄せる。



 頭を整理してから、千足は囁いた。「千種は戦ったりするのは好き?」


「たたかい? チオとあそぶのは好き!」

 千夜と遊ぶ。それが戦いとイコール付けされているらしい。いったい、普段どんな遊びをしているのだろうか。


 そもそも、こんな悩みを千種に打ち明けるのはおかしな話だ。年端もいかない少年には、理解できるはずも――。


「でも、お姉ちゃんがけがするのはいやだ」


 えっ……。

 理解なんてできるわけもない。なのに千種は寄り添うようにして言葉を掛けてきた。子供には子供にしか知りえない、六感的な感覚があるのかもしれない。


 そして涙が出そうになるのを、千足は目に溜まっているうちに拭った。


「お姉ちゃん、つらそう……」

「これは辛いじゃなくて嬉しいだよ、千種」



 今度は千種を程よい優しさで抱きしめた。

「ふぎゅっ……。でもゴリラみたいな人がいっぱいいれば、お姉ちゃんもチオもお母さんも、けがしないで大丈夫」


「え、ゴリラ……?」

 千種は屈強な男の真似をしている。どうやら筋肉を強調しているようだ。


 静かに笑う千足だったが、同時にそれは無理だとも思った。

 彩芽にはそれができない理由があるからだ。




 血統を一に考える十文字家は代々、清血を途絶えないように、必ず第一子を跡取りとしていた。そうして当たり前のように彩芽は女手ながらも、当主の座に就いた。



 彼女の技量は褒められたもので、自分が手を下さずに敵を倒した。方法は同士討ちにさせたり、偽の書を作ったりと様々だ。付いた異名は『無血の姫君』。それを知ってか、彼女に近づく男は少なくなった。



 独身でも構わないと彩芽は考えていたが、十文字には大きな問題だった。


 清血が途絶える。それは十文字家の滅亡を意味するといっても過言ではない。その思想が、従者には植え付けられていた。



 どうにか子を作りたいと考えていた十文字家は、無理に彩芽をお見合いさせ。そしてようやく、運命の人と巡り合う事ができた。


 これには誰もがほっと胸を撫で下ろした。





 数年後には盛大に執り行われる、婚儀も無事に成功し、はれて結婚した。

 千足を生み、千種を生んだ。それまでは順風満帆。


 しかしある日、彩芽は旦那の浮気を知ってしまった。初めての恋人に裏切られた、彼女の憎しみと猜疑心は想像以上だった。


 旦那は直接殺される事は無かったが、数か月後に衰弱死したらしい。



 それから彩芽は昔から使えている老中や、一部の男の従者以外は同じ屋敷にいれる事が無くなった。更に、従者の補充も決まって女子。彼女は男という生物を信用しなくり、拒絶した。


 あれから数年経った今では、多少、ましにはなった。しかし男に近づこうとする彩芽の姿を見ると、腹の底に何を隠しているのかと、千足は不安になってしまう。 


 思い悩んでいると、千種は千足の上でぐっすりと寝ていた。小さな鼾が聞こえる。

 起こさないようにそっと、千種の頭を撫でた……。

 










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