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説得






 俺は休日の土曜日に四之宮に案内されて、家に向かった。

 住宅街を抜けて、田んぼを横切り、更には森にまで。坂を上ると、平坦な場所が一面に広がった。そこに四之宮の家はあった。




 大きな木造の家で、屋根は瓦。なんとも古風だ。

 それに本館とも呼べるべき建物の両隣にも、小さな建物がある。まるで老舗旅館。

 玄関前では、桜子さんが出迎えてくれている。

「ハロー♪」


「姉さんは来なくていいのに」

 気難しい姉妹の関係性には首を突っ込まないように俺は黙った。






 玄関で靴を脱いでから、長い廊下に歩を進める。

「今日はお母さんもいないし、ラッキーかもね」桜子さんの発言に四之宮が相槌を打つ。







 なんだかリラックスモードな二人だが、俺は緊張で吐きそうだ。今からでも帰りたい。なんとなく怖そうだし。

 つか今になって、やっぱり四之宮を助けるのは筋違いじゃないか。

 んな事考えてるうちに、そのお父様の部屋に付いてしまった。






「お父様、入ってよろしいですか?」

 桜子さんの呼びかけから少しして、入れ。という低い声が聞こえて来た。そうしてようやく襖が開く。






 現れた人は、白い髪を綺麗に切りそろえている、厳格そうな人だ。丸い眼鏡のせいで智的さと気難しさが増している。

 和服に身を包み、正座でこちらと対面している。







 俺がどうしていいか考えあぐねている時に、急に頭を下げられた。

「この度はこんな森の中までご足労いただき、誠に感謝いたします」

 咄嗟に正座をして頭を下げる。

「い、いえ、こちらこそ。無礼を承知で急な押しかけを……」

 なんか変だっただろうか。急な事で言葉が出てこなかった。







「ふむっ、しっかりしている」

 おお、認めて貰えた。

 耳打ちで「ああいう人なので気にしないで」と四之宮に言われる。

 思ったよりも聞く耳を持たないって感じじゃなくて安心した。








 それから寛いで下さいと言われ、畳の上に正座した。さすがに胡坐などをかくきにはなれない。

「申し遅れました。四之宮光茂≪しのみやみつしげ≫と申します」

 また頭を下げられ、俺も「水無良太郎です」と頭を下げた。









 それから四之宮を見ると、緊張した面持ちで、桜子さんは退屈そうな顔をしている。

 対照的だ。









「それでは早速、本題に」

 話は予め、桜子さんが伝えてくれていたらしいが。悪く言われていないか心配だ。娘を誑かそうとしている同級生だとか。








「その前に、薫子」

 突然、光茂さんは四之宮を見た。

 額に汗を出し、四之宮は返事をする。







「本当に呪術学校に通いたいのか?」

 その質問にこくりと頷く。

「では、先ずはそちらの主張を聞きましょう」

 今度は俺と目を合わせる。









 とはいえ、俺の事でもないし、まずは四之宮がどれだけ呪術学校とやらに行きたいかが知りたい。話している時間も無かったし、今聞くとしよう。

「四之宮、先ずはお前が主張しろよ。ちゃんとお前の意見を俺は聞いてない。協力する事にはなったが、代わりになってやるつもりはない」


 分かってる。と小さな声で言うと、腹を括ったように口を開いた。

「私は四ノ宮家の人間として恥じないようになりたい。まだ呪術者として未熟だし、私の身を案じてくれてる事も分かる。でも、それでも……」


「それでもなんだ?」


「……私は自分のしたい事をしていたい」


 まるで小学生みたいな主張だな。

 ――けど、本心が聞けてなんだか安心した。








「それだけか」

 しかし返ってくる声は酷く冷たかった。








 四之宮がそれ以上、なにも言わないのを見計らって、光茂さんは意見を口にした。

「呪術を磨きたいと調子の良いことを口にしているが、今は高校生。他にもやるべき事はある。家系を言い訳にして友を避け、その結果、呪術に逃げようとしてるだけじゃないのか?」




「そんな事ありません! 心身に成長したいと思っています!」四之宮は急に立ち上がり、大きな声で主張した。


「黙れ。独りでいる事しかできない愚かものが。呪術者として成長したいなどと甘すぎる」

 その迫力に四之宮は圧倒されている。ついでに俺も。


 一筋縄ではいかなそうな相手だ。




「大きな声を出してしまったことをお詫び申し上げます。それから薫子、お客様の前で取り乱すな」

 四之宮は頭を下げて黙りこくる。

 いつも強気な女とは思えない。

 まあ、家族に対してってのは強く出づらいもんか。





「次、俺の主張、訊いてもらっていいですか」


「ここまで足を運んで頂いたのですから当然です」


 それから大きく息を吸い込み、吐き出す。

「んじゃ。はっきり言って、つまらなそうにしてる四之宮が見てられないんですよ」


「同情。という事ですかな?」


「そうなりますかね。でも、そんなふうに娘さんを悩ませてる原因は四之宮家にあると思うんですよね、どうも」


 正直、周りが四之宮家の人間しかいない状況で、こんな事を言うべきじゃなかったかもしれなかった。無礼極まりない。


「呪術を上手くなりたいとか、四之宮家に恥じないようにとか。なんか四之宮家自体が圧力みたいじゃないですか? 聞けば、次期当主だっていうし」

 チラリと桜子さんを見る。 

 この人もまた圧力をかけている人の一人だ。


「なるほど」

 光茂さんの声はまだ冷静さを保っている。なにも響いてないのだろうか。




「では、その圧力を止めれば解決する程度の話しなわけですね」


「いえ、そんな段階はとっくに終わってます。もう娘さんは呪術を上達する事以外に関心が持てなくなっている。今更、自由に生きろなんて言われても、それは本当の自由じゃない」


 逃がさない……。自分が正しいやり方してるなんて言わせない。その為に態々、ここまで来たんだ。

 それから初めて間ができた。






 しかし光茂さんにはやはり余裕があった。

「水無君の意見も分かる。しかし今は派閥争いが起こり、こちらも事態の収拾に手いっぱいだ。そんな中、娘を東京に行かせて守り切れる自信がない。どうしても人員を割く余裕がないからだ。勝手な言い分だというのは分かっている」


 なんだよそれ。

 そうやって大人は子供が口を出せない理由を盾にして、違う世界で生きてるみたいな顔する。


 それで子供の事を第一に考えてやれない。

 勝手すぎるだろ……。





「ふざけんな! なんで四之宮がやりたい事もやらせてやれないんだよ! 親ならどんな事情があっても無理を通してやれよ!」

 気づけば声を荒げていた。



 多分、四之宮の為じゃなくて、今のは俺の声だ。


 無音の後に、落ち着き払った声が俺の耳に届いた。

「その理由は先ほど、述べさせて頂きましたが」





「だから――」


 俺を遮ったのは光茂さんでもなく、四之宮でもなく……桜子さんだった。





「なんか簡単な方法思いついちゃった」





 そのセリフで、視線は桜子さんに集中する。

 それすら一ミリも気にしていない笑みで、伸ばした人差し指をくるっと回した。

「東京の薫子が心配なら、良太郎君に守ってもらえばいいじゃない」

 と身勝手な論理の後に、俺の肩に手を置いた。





「こう見えて良太郎君の呪力は凄いんだよ。アタシが信じられないなら調べてもらえばいい」


「それに関しては私も同意するわ」

 姉妹の間で勝手に話が進んでいく。そしてなぜだか光茂さんも考える素振りをみせている。

 ちょっとまってくれ、勝手すぎやしないか。



「だが、呪術の経験は無いのだろう。ならばやはり不安が残るな」


「呪術学校に行くのよ? そこでまた学べば一石二鳥だと思わない」


「それには良太郎君の許可もいるだろうし、親族のだって……」








 きた。やっと俺の反論のチャンス。四之宮には悪いが、俺まで呪術学校に行くなんてお節介はさすがに契約外だ。

「そうです。さすがに俺には無理です」

 これだけで切り抜けられる。普通だったらそうだった。しかし次の桜子さんの発言で状況は一転してしまった。





「またまた~。お姉さん知ってるんだよ? 二人が路上でキスしてたこと」

 光茂さんは浮き出た血管を動かし、四之宮は顔を紅潮させた。




「ちょっと桜子さん! なんでそんな事を知ってるんで――」しまった……。俺はなんで肯定してしまったんだ。唯一の退路を自分で閉ざした。

 明らかに光茂さんの顔色が変わっている。





「しかもそのキスはただのキスじゃないんだよ。血の受け渡し……」

 俺にはその言葉の大きさが理解できなかった。しかし、四之宮が立ち上がり、殺気をむき出しにした事で、これはもしややばい事なんじゃないかと思い始めた。




「姉さんいい加減にして!」

 四之宮は指を動かした。これは呪術を使う時のあれだ。

 それを向けられていない俺が焦っているのに、桜子さんはやっぱり余裕の笑みを浮かべている。






「薫子!」

 その一際大きな声で、四之宮の指の動きは止まった。


「桜子も口が過ぎるぞ」


「すみません、お父様」






 なにがなんだか分からない。そんな顔をしていると、四之宮が「説明するわ」と短く一言。






 状況を把握しきれない俺は、話を聞いて頷く事しかできない。そして聞かされた事を要約するとこうだ。

 呪術の対価である血を受け渡す行為は、神聖なもので、誰とでもやっていい行為ではない。家系によっても違うが、四之宮家は特に厳しいらしく、その行為は一種の誓いとなるらしい。それも婚儀に近い。

 

 だからばれた時に、四之宮はあんなに憤っていた。







「まあ道徳的な拘束力は無いし、あくまで誓い。でも日本の法律とは一線を引いている四之宮家では、それは大きな意味を持つのよね。これが」桜子さんは楽しそうにしている。


「そんな事を急に言われても納得できませんよ」

 小さな声で反論する。







 もしここで逃げ出したら、俺はどうなるんだろう。日本の法律とは違うって言ってたし、しかも呪術があれば幾らでも隠蔽できる。

 手が震えだした時、桜子さんが耳元でささやいてきた。

「安心して、処刑とかはされないから♪」


 安堵はしなかった。こんな言い方で言われても。






「知らなかったとはいえ、その――薫子と血の受け渡しをしてしまったならやむを得ない。難儀ではあるが、君には薫子を守る義務がある」





 黙りこくっている俺に、「ああ見えて、お父さんも動揺してるんだよ。まあ最愛の娘がキスされたっていうならしょうがないよねー」と桜子さんから煽るような言い方をされた。






 なんだよ義務って。んなの訊いてねえよ。つか、俺は四之宮が好きなわけでもない。なのに誓いだの守れだの。


 やってられるか。







 俺は席を立って、踵を返して外に出た。


 頭を下げようかと悩んだが、あんな横暴な言い方をされればする気も失せてしまう。

 廊下を早歩きで駆けて、さっさと外に出た。










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