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教師

 






「なんだよそれ……。じゃあずっと、利用されながら生きて来たってのかよ!」

 エジが四之宮恵慈を転生した存在だと知り、声を荒げずにはいられなかった。


 だってあまりにも不条理だ。世界滅亡だか何だか知らないが、それを阻止する為に誕生したなんて。しかも実の父親に。


 滅亡なんて関係無い人だっている。なのに自分の頭で、自分の意思で考えさせても貰えずに、勝手に決められるなんて……。


 ――本当に不条理だ。



 クスりともせずに、エジは答える。

「生まれながらに生きる意味があるのは、幸せじゃないか」

「お前の意思でそう決めたのなら、きっと幸せなんだろう。俺だって文句言わない」

「俺の意思は関係ない。そういう運命なんだ」




 慣れた指紋で、宙に幾つかの術式を描く。


「分かってくれないなら、ぶん殴ってでも分からせてやる」

 言葉と同時に、術式から発が飛ぶ。

 破壊光線といっても過言ではない威力だ。なのにエジは動こうともせず、ただ立ちすくんでいる。

 


 

 その時だった……。エジの目前で、俺の発は消え去った。いや、直接対峙する事でようやく理解できた。消えたのではなく、吸収されたのだと。



 発は術から分解され、まるでエジの呪力の一部になるかのように。



「これは神の力。天地開闢、別天津神≪ことあまつかみ≫にして、天照大神をも超える最高神――天之御中主神≪アメノミナカヌシノカミ≫」



 呪術を完封する神様の力って、こんなのどうすりゃいいんだよ。緊迫した状況の筈なのに、苦笑が漏れる始末だ。



「返すぞ、良太郎」

 その瞬間、俺が放った物と全く同じレベルの発が、エジから放たれる。



「返さなくていいわ」思わず声をあげてしまう。



 あくまで自分の放った物なので、集中して護をしてなんとか防ぐ事ができた。


 俺の言葉を聞いたせいか、エジがぶつぶつと呟く。

「お返しはちゃんとしろと教わったんだが」

「返すのはチョコのお返しくらいでいい」

「日本の文化は難しいな」




 律儀で素直なのはいいんだが、この力はなにも嬉しくない。


「その返すやつも、神様の力なのか」

「安心しろ、そんな便利な神様じゃない。これは真似ただけだ」



 十分、便利だろ。それに安心なんかできるか。真似たって事は、呪力の量からなにまで目算で計算したって事だ。この正確さは実力の裏付けになる。神様の力に頼っているだけではないと。





「これが最後だ。良太郎、俺達の邪魔をするな」

「何度言われても、考えを変える気はねえよ。……縛!」



 二本の大きな鎖が蛇のような変則的な動きで、エジに向かう。



「残念だ」

 エジの周りからも鎖が出現する。俺とは真逆で細く多量の鎖が。俺の縛はそれによって、完全に動きを止められてしまう。更にあまりある鎖が、俺に向かって来る。相手のが何枚も上手か。




 発の加速で避けながら、このまま薫子を救出して逃げようかとも考えた。しかしそれでは逆に危険に晒してしまうかもしれないし、なにより……。



 エジに言いたい事が沢山ある。無理だろうがなんだろうが、ぶっ倒してから薫子を連れ帰る。






 不意に、足に鎖が纏わりつき体制を崩してしまう。受け身を取って身体へのダメージはなかったが、既に目の前にエジの姿があった。




 迫りくるエジの手から逃げる事もできず、頭を掴まれた。次の瞬間、段々と気力を奪われるような感覚に囚われる。



 まさか……。「俺の呪力を吸ってるのか」


「ああ、触れれば体内からも呪力を奪える」



 その言葉を聞いて、あの男が言っていた策が理解できた。エジのこの力を使って、全ての術者から呪力を奪い、抵抗できなくなったところで、封印。更には呪術を使って放出され、世界に溜まっていた呪力も吸収する。そうすれば、世界で呪力を保持しているのは、エジだけになる。


 流石に、そこから呪力を消す方法までは、理解しかねるが……。




 けど、そんな事をしたら本当にエジは――。



「さすがだな。これだけ時間が経っても終わらないとは。薫子は直ぐ終わったんだが」


 この手を取っ払っいたい。ただ、呪力が抜けていると身体に力が入らない。このまま続けられれば、本当に全部吸われて……。 



「水無君!」


 俺にもエジにもその声は不意だった。それだけに呪力は乱れ、俺の身体が自由になった。その一瞬を見逃さず距離を取る。



 この状況でエジの注意を引ける人物は一人しかいない。そう――薫子だ。


「起きたのか、意外に早いな」


 そこで薫子は鎖で囚われている事に気づき、悔しそうに呟く。「やっぱり貴方が……。水無君が勝てる相手じゃない。だから逃げて、他の人に知らせて」


 背に声が聞こえるが、馬鹿らしくて欠伸が出る。



「逃げるなんて俺の選択肢にねえよ。だから黙って助けられろ」

「はっ? なに田舎のヤンキーみたいな事を言ってるのかしら。貴方の身を案じてるの。自分の力量くらい弁えなさい」 

「本当に口喧嘩は強ぇな」



 けどまあ、言われたからって逃げるつもりは無い。実際問題、ここで人を呼びに行くのを待ってくれる程、相手も優しくはないだろう。



「話し合いは終わったか」


「ああ、まとまってないけどな」

 言葉と同時に、話し合いながら編んでおいた術式を同時に発動させる。

 


 発と縛。単純だが、視界を妨げるには十分。力で勝てないなら数で押し、裏を掻く。戦術的勝利だ。

 

 高速で後ろに回り、腕に護を籠めて殴りかかる。見えているのはエジの背、今から反応しても間に合わない。




 ……なのに、俺に背を向けたままエジは拳を止めた。まるで後ろに目が付いているように。


 止めた腕に力を入れられ、宙に舞う。そんな状況ではコントロールもろくにできず、背が地面に叩きつけられる。かなり痛い。それで終わればましだったのだが、次は空気に押されるような感覚に囚われ膝をつく。



 この感覚は――空か。




「悪いがどんなに努力をしても、俺と良太郎の力の差は埋まらない」


 これを続けられればまともに動く事もできない。俺が発や縛で牽制しても時間稼ぎにすらならないだろう。となれば取れる手は一つしかない。




 仁先生との約束は破る事になる。それになりより、まだ未完成だが。


 小さな歩幅でエジが近づいてくるのに焦りを感じつつも、指紋を始める。複雑なそれは、少しばかり集中しなければならない。




「なんだ、まだ手があるのか。……その呪術の流れは初めてみるな」

 警戒するでもなく、エジは歩を進める。自分の力がそれだけ強大だという、自信からか。


「だが、残念だな。俺には如何なる呪術も通用しない。神の前では全てが無力だ」



 空をかけられてる中、俺は立ち上がる。「意外と日本語達者なのな。んじゃまあ、これから見せてやるよ。神に抗える人間様の力」


 エジは初めて驚いた表情を見せる。俺の言葉なんかに驚いたわけじゃない。実証に脅威を感じたのだろう。


 こんだけ喋れるって事はまあ、準備完了。




「空で身体は動かないはずだ。なのに、なぜそんなにも悠々と……」


 仁先生と二人で思案し、創りだした新たな呪術。俺の長所を使い、尚且つ短所を補ったそれは――エジにも脅威になり得るはずだ。 



「血界解放」

 呪術名を言うと同時に、一瞬でエジの真横へと移動した。そして思いっきり殴り込む。



 瞬間的に護を全体に発動されたせいで、エジの身体は吹っ飛んだものの殴った感覚は無い。

 ただこれで確信した。これは通用する。




 崩れた瓦礫をとっぱらってから、エジは言った。「体内の呪力が膨張――いや、もっとなにか……」


「大体当たりだ。体内の呪術を解で解き放った。それにより瞬間的な能力アップが起きたわけだ」


 しかしこれには弱点がある。



「そんな事をすれば、呪力があっという間に尽きるぞ」


 さすがはエジ、ご明察だ。俺の呪力でも何分持つか分からない。持続時間内に倒せなければ、動けなくなったところをタコ殴りだろうな。


 だからまあ――「直ぐにかたをつける」











 白虎の電撃が飛び散り、仁の呪術が応戦。熱い戦いだというのに場内には冷気が漂い寒気すら感じる。これは雷雪白虎の特徴だろう。



 その手に汗握る戦をじっと見ていた天津の隣で、起き上がる人物が一人。

「あたた、やっぱり兄貴と変わるのは疲れるわ」 


「起きたんだね、朝陽君。でも安心できる状況じゃないんだ」


 天津が気の毒そうに言ったのは、朝陽に危険な夕陽まで使わせたのに、桐蔭を倒せなかったというのが理由。そしてもう一つは、仁が少しばかり劣勢だからだ。




「あれって仁先生!?」


「うん、わたし達を助けてくれてそれで桐蔭さんと……」


 舌打ちをした後、朝陽は悔しそうに呟く。「俺達が入れる領域じゃないってのはわかるけど、見てるだけかよ」


 その言葉に優しく返答してあげるだけの経験も、並行的な考えも天津は持ち合わせていなかった。努力して追いつこうなどと言っても、朝陽を余計に苦しませるだけだから。



 だから今は―――。「仁先生を信じよう」

 朝陽もコクりと頷く。






 素早い動きと猛禽類のような爪で、白虎は仁を襲う。


「どうした仁。生徒を気にして本気が出せないか」


 攻撃を間一髪でさばいてから、仁は言う。「君みたいに強い人との戦いは久しぶりだからね、どうも身体が鈍ってるらしい」


「ほざけ。……白虎、食い千切れ」

 仁に向けて猛突する白虎。しかし仁は不敵な笑みを浮かべる。



「でも、ようやく調子が戻った。――三重連星 ポラリス」


 重なり出現する星から、光が放たれる。獣の勘でそれを避けようとする白虎だが、動きが止まる。



「ポラリス……北極星か」


「北極星は常に目印となり、空の中心にある。君の式神にもそれと同じ事が起こったんだ」


 仁の言葉だが、その声の場所を突き止めるのに桐蔭は数秒を要した。そして上空に移動している仁から、また新たな呪術が発動される。



「二重連星 ペルセウス」

 それは最初に仁が放った呪術。刃のように鋭い攻撃が、今度は桐蔭を襲う。


 式神使いの核ともいうべき式神を封じ、隙をついた攻撃。本来ならば大打撃となる。 

 だがそれは桐蔭には当てはまらなかったのだ。





「これは参ったね」


 桐蔭の前に、白虎とは別の式神が出現していたのだ。深い緑色の頑丈な甲羅、尻尾の代わりに黄色の蛇を宿した化身が。



「二重召喚、水毒――玄武」


 新たな式神の姿を見て、いち早く声をあげたのは天津であった。「十二神将クラスの式神を同時召喚……」



 隣にいた朝陽にも、それが凄いという事くらいは理解できる。ただ何分、六戒に精通しているわけでもなく、どちらかといえば疎い彼には、凄い以上の感想が無かった。なので、なにが凄いのか天津に問いているところであった。


「式神は緻密な呪力コントロールによって操るんです。だから召喚事体は出来ても、同時操作を行える術者はそういない。片方が腐ってしまって意味が無いから。なのにあの人は……」 


「つまり、相当凄いなそれ」


 勿論、驚いているのは彼等だけではない。旧友であった仁にも、二重召喚を見るのは初めてだったのだ。



「いやぁ、参ったね」仁はぼさぼさの頭を掻く。



「お前の事だ、これも織り込み済みなのだろ」

「僕にはこの状況を打破できるような大それた技はないよ」

「悪だくみが趣味の男が何を言う」


 その瞬間、玄武から勢いの強い水流が放たれる。



 咄嗟に仁は護で防御するのだが、直ぐに違和感を感じる。



「これは……呪術の維持が――」

 言葉通り、護は術式から分解され最後には効力を無くした。発で移動したので水流を直に受ける事はなかったが。



「玄武の毒とは致死毒ではない。呪力コントロールを乱す毒」

 その毒の効力を知り得た時、仁の表情が曇った。その一瞬を見逃さず白虎が仁へと猛進する。と同時に放電をする。



 攻撃。白虎の行動は誰もがそう思った。しかし本当の狙いは――揺動。


 仁の背後から、それは近づいていた。気づいた時にはどうする事もできず、黄色の蛇に噛みつかれる。




 桐蔭から笑みがこぼれる。彼にもまだ強い相手を嵌めた時の快感は残っていた。


 振り払わずとも、蛇は直ぐに元の位置に戻った。まるで仕事は終えたかのように。




 仁が明らかな異変を感じたのはそのすぐ後。目眩に呪力の乱れ、指の震えなど、戦闘に支障をきたすさまざまな異変。


「先程の玄武の水流とはまるで威力の違う毒だ。並みの術士では指紋もろくにできなくなる。だがお前にはまだこれでは足りない」



 白虎の放電。今度のそれを、今の仁に防ぐ術は無かった。まともにくらい焼け焦げる様な痛みが仁を襲い、膝から崩れる。


 天津と朝陽が同時に仁の名を呼ぶ。




 息を荒くした仁は静かに呟いた。「生徒に心配されるなんて、僕もまだまだだな」


 なにも今、負けたからといって死ぬわけではない。直ぐに世界が滅亡するわけでもない。それなのに走馬燈のように記憶が蘇った。烏枢沙摩高校での教師としての日々、桐蔭と切磋琢磨した青春。


 まさかこんな形で終止符になるとは思ってもみなかった。






「仁、お前との最後の勝負。――私の勝ちだ」  


 氷のオーラを纏った白虎が、仁に向けて飛び掛かる。

 桐蔭にとってもその勝利は、自分の全てを注ぎ込んだ計画を一瞬、忘れるほどに喜ばしいものだった。



 だから、白虎の攻撃が外れた時には、失意と苛立ちが募った。






「どうやら僕は、負けず嫌いで生徒の前では格好つけたい性分らしい」


 偶々などではなく。仁は呪術によって回避したのだ。正確にいえば、外させた。白虎にのみ七戒の幻をかけ、自分の位置を錯覚させたのだ。




 桐蔭は勝利への執念から、仁の名前を叫び、白虎と玄武での同時攻撃を放つ。水流に電気を乗せた広範囲攻撃。これならば今の仁に防ぐ術はないと。



「行くよ。五重連星――スピカ」


 今までの連星とは比べ物にならない眩い光が、仁の呪術から放たれる。


 しかし重なる星々の光は希望とはなりえず、式神の攻撃によってあっさり押し返されてしまう。




「拍子抜けだな。最後に毒で乱れ術式の構成に失敗したか」


 刹那――桐蔭の背後から光が射した。


 呪力の集合体となったその星光は、桐蔭を包み込んだ。同時に白虎と玄武は姿を消し、桐蔭はその場に崩れる。





 疑問は多く存在した。仁の居場所。白虎と玄武の攻撃。失敗したはずの術式。


 だが、相手は仁。それら全てがミスリードだとしたら……。





 冷静沈着で情報分析に長けた桐蔭であっても、それら全てに答えを出す事は不可能だった。

 しかし自分にこれから逆転できる一手は無い。だから恥を承知で訊いた。「なにをした」 


 立っているのがやっとと言った調子の仁だが、顔だけは笑みを浮かべている。


「連星呪術は主星と伴星から成り立つ。主星は陽の力。伴星は陰の力だ。つまり君が最初に見ていた僕の姿は陰。フェイクさ」


「フェイクか。お前らしい言い方だな――だが、エジは既に最強の術士として覚醒している。誰にも止める事はできない」 


 なにを思ったのか、仁はそれでも余裕の笑みを崩さない。


「なにが可笑しい」


「僕は呪力が無くなるとかそういうのはあまり興味が無いんだ」

「馬鹿を言え。昔からお前を知っているが、誰よりも呪術の使用を愉しんでいた」


「あー確かにね」考え込むようにしてから仁は言う。「でも教師になってから、生徒の成長を見るのが一番の楽しみになってね。中々、手ごわかったでしょ。僕の生徒達」

 


 桐蔭は二人に一瞥をくれてから微笑んだ。「お前の生徒というだけあって、勘繰り深い嫌な相手だった」

「素直に喜べないな。まあでもだからさ、教師として君に首を垂れる」



「悪いが、既に覚悟は決めた。お前に何を言われようが、計画を止める気は無い」


 今度は愉快に笑う仁。「相変わらず頑固だ。だから計画には興味がないんだって。僕がしたいのは――エジ君の話」



 桐蔭は大きく目を見開く。「エジ……だと……」



「教師っていう職業は、生徒に知識を与える。でもそれは教科書に載っているつまらない事ばかりだ。一番の子供の――エジ君の先生は君なんだよ、桐蔭」


「本当に説教だな。エジは全てを受け入れてくれた」


「子供は僕達が思っているより大人なんだよ。エジ君に一度でも訊いたのかい。どうやって生きて行きたいか。自分の分身だと錯覚していないかい」


 その瞬間、揺らぎだす。計画の事ではない。エジの生死に対して……。


 自分はエジの良き親であっただろうか。自分の計画が彼の重荷となり、意思を歪ませてしまったのではないかと。



「私はエジを……」 


 自ら作り出した重い空気感に堪えかね、仁は大きなため息を吐く。「やっぱり先生らしいのは似合わないな」



 刹那、桐蔭の姿が消えた。術式の気配を察知していなかったわけではないが、今の仁にそれを止める術は持ち合わせていなかった。同時に仁も膝をつく。


「仁先生! まだ良太郎が戻って来てないんです!」














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