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星声






 今にも辺りの像が動き出すのではないか、そんな不穏な空気が室内にはあった。


「世界が滅びるってなんだよ。意味わかんねえ。悪いが地球滅亡説とか、神の怒りとか、そんな話を呑気に聞く余裕はこっちにはないぞ」


「だろうな。なら、呪力の起源から説明してやる。……私は呪力の研究を学生の頃からしていた。そしてそれらの裏付けとなる物は、過去に存在する」


 世界が滅びるかと思えば、次は過去。どうも話が見えてこない。



「呪術の祖といわれる人物。それが四之宮恵慈≪しのみやえじ≫」



 瞬間、雷に打たれるような驚きがあった。恵慈……。聞いた事があるとは思っていた。だがようやく思い出した。一度、授業で習ったんだ。


 これは……偶然であってほしい。



「四之宮恵慈は平安の世に生まれ、頭脳明晰の物静かな男だった。ただ、町の人間からは気味悪がられていた。恵慈には星の声が聞こえたからだ。勿論、それを信じる者はいない。彼の荒唐無稽な言い分だ」


 ただ、ある日を境に彼の言葉を信じる者が増えた。恵慈が未来を予知したのだ。時には天候を予知し、時には戦争を予知した。そして時には病を治癒した。こうして恵慈は星の子と呼ばれるようになったのだ。



 そんな彼にもできない事が一つだけあった……。



 突然、病に苦しめられたのだ。身体を蝕まれては、星の声を聞く余裕も無くなる。段々と衰弱し、息絶えるのも時間の問題だった。




 しかし――。恵慈は死ななかった。生還したのだ。病から。



「ここからは想像が入るが、書物によればこうだ。一度、この世から去った恵慈に星が問うた。生きたいか? とな」



 それが本当に星の声か。はたまた神の声だったのかは今となっては分からない。ただそこにあるのは、恵慈が生きたという事実。他の文献とも照らし合わせれば、裏付けも取れる。



 では、どうして恵慈は生き返る事ができたのか。ここでようやく、呪力との繋がりができる。



「呪力は生命エネルギーだという説を知っているだろう? なにも全て使って死んだりはしないが、身体には大きな負担がかかるだろうな」



 この言葉を聞いて、俺は千夜との一件を思い出した。呪力の漏出でチオマルは一度、死んだ。これは矛盾かもしれないが、人間と猫とでは体の作りが違う。そこを考えれば、大きな問題ではないのかもしれない。




「ここまで来れば分かるだろ? 恵慈は星力。今でいう呪力によって甦ったのだ。元々、呪力は空気の様になにげなく世界にある物質だった。それが生命の源となるなど、おかしな話だがな。


 それから呪力を利用し、呪術を完成させた。星の力というのは、いわば地球の力――自然の力だ。火を起こしたり、空気を自在に動かせるのはその為だ」 



 男の言い分は辻褄があっている。俺達を騙す為の嘘とも思えない。だが未だに繋がらないのだ。



「起源は分かった。けど、それと世界滅亡になんの関係がある」


「君を少し買い被っていたな。……体内に呪力が宿る事によって、今の世界はどうなっている?」



 頭を鈍器で殴られるような驚きが、俺を襲う。


「増え続けている……。ってわけか」



 増殖。楽観的に捉えればなんという事はない。ただ、増え続ける事に良さがあるとは思えない。


 ぼんやりとだが、世界と呪力。なにかが繋がった気がした……。




「例え話をしよう。二酸化炭素が増えた地球は、オゾン層が破壊され、さまざまな悪影響を生んでいる。それが呪力であればどうだ? 何事も無く時が過ぎると思うか?」



 そうか。この人もまだ滅亡が確実かは分からない。ただ論理を並べて同意を得ようとしている。


 しかし――否定するには理路整然とし過ぎている。

 呪力にこれだけの力があるのだ。それが世界に増え過ぎれば、地球滅亡だって起きそうなもんだ。


 朝陽と天津が今、どう考えているかは分からない。ただ自分の考えはまとまった。


「アンタの意見は良く分かった。多分、概ね正しいし、聞いてりゃこっちが悪者の気さえしてくる」


「んな、良太郎!」

「水無君、まさか協力するつもりなの?」

 男よりも先に、朝陽と天津から質問された。ま、独断専行はさせてくれないな。




「いや、世界を救う方法は聞いてからだ」

 男に視線を合わせてから、はっきりと言った。「正直に言えるよな? だって、正義の味方なんだろ」



「面白い男だな。君は」 

 俺からしたら、そんな答えに辿り着いたアンタの方が相当、面白いし偏屈だ。




 男は人差し指を立てた。


「先ず一つ。マントラ家系の実子を人質に取り、呪術界全体を説得し解決させる方法」 


 どうやら幾つか作戦はあるようだが、これは現実的ではない。息子を攫われた親の心情にもなってみろ。そんな相手と停戦協定なんて結べるわけがない。ただ、男もそれを分かってはいるのだろう。なのに攫ったのは、聞く耳を持ってくれなかったのかもしれない。



 今度は中指を立てる。

「二つ、一つ目が失敗した場合に、人質を利用して我々が覇権を握る。それから呪力を消す」


 対抗勢力を無くすというわけか。しかしそれにも穴がある。


「対抗勢力を無くすといっても、殺すわけじゃないんだろ? なら、呪力が消えてアンタらにも力が無くなった時、どんな報復を受けるかわからないぜ」


 男は目を閉じて、俺の話に耳を傾けている。

「更にいえば、アンタはまだ呪力を消す方法を開示していない。腹の底、見せろよ」


 今までの方法が、彼の中で一案に入っているとは考えにくい。



「鋭いな。では三つ目だ」男は親指を立てた。「それは我が息子、エジの力によって全ての呪力を体内に集め。そして――エジごと消す」



 刹那、男に光線のような鋭い発。更には二匹の犬の突進が襲い掛かった。


 ――交渉決裂だ。



「そんな事だろうと思ったよ! 悪いが犠牲の上に成り立つ正義なんて、俺は認めない」


 気づかれないうちに、男の横を走り抜ける。正面に小さな扉を見つけた。おそらくあの先に薫子がいるはずだ。今は助け出すのが最優先だ。



 確実にあの男は強い。ただ、朝陽と天津なら持ちこたえてくれるはずだ。



 そのまま扉を蹴破ろうとした時だった。身体になにかが巻き付き、視界からドンドン扉が離れていく。身動きが取れないまま、宙へと身体が浮く。



「それは私の式神だ」 

 男が指を鳴らすと、カメレオンに似た式神が姿を現す。巻き付いたのは舌だったようだ。どうりで変な感触したわけだ。


 最初の一撃も、擬態していたコイツに弾かれたわけか。それに二度目の俺と天津の同時攻撃にも意を介していない。


 ……想像、以上だ。






 右手に呪力を籠めて、式神を殴りつける。耐久力はないようで、式神は像へと打ち付けられた。身体が楽になり、地に足が付く。


「本当に凄い呪力量だ。力でねじ伏せるとは」


 褒められるのは光栄だが……。「今となっては、皮肉にしか聞こえませんよ」



「安心したまえ。世界の呪力に比べれば、君のでもほんの少しだ」


 一度、距離を取るために後ろに数歩下がる。

 この男をどう攻略して、薫子を助けるか。それだけが問題だ。世界滅亡とかは、その後で幾らでも考える。




「良太郎! ここは俺達に任せろ!」


 背後から聞こえる声は、間違いなく朝陽のものだ。しかし了承しかねる。「お前、漫画の見過ぎだ! 任せてどうにかなる相手じゃないだろ」


 そこで朝陽は、懐から注射器を取り出した。勿論、血がたっぷりと入った。


「こういう時に使わないと、意味ないからなこれ」

「それに式神を使う人っぽいし、わたしなら対応できると思う」



 二人だって薫子を助けたい気持ちは同じだ。それを独りよがりの意見で否定はできない。 


 ここは――。「ああ、任せた」



 二人は微笑を浮かべる。それを見て直ぐに、走り出した。





「力を貸せよ、兄貴」

 瞬間、背後から異様な空気が漂いだした。何度見てもおっかない。というか、天津は心配ないだろうか。やっぱり心配になってきた。しかし、今更引き返すわけにはいかない。



「作戦会議をしても、先ほどとなにも変わっていないな」


 男がこちらに向けて指紋を始めた時、彼を渦巻く炎が襲った。背からは不気味な笑い声。

 その隙を見逃さず、扉へと全力疾走。



「六車め。人体実験なぞ」

 それ以降の会話は耳に入らなかったが、おかげで扉の先へいけた。先は下り坂になっている、地下に続いているのだろうか。


 ともかく、早く救出して二人のところに戻らなければ。



 今度は古びた扉が目の前に現れる。息を飲んでから、そこをいきおいよく開けた。

 すると、映像に映し出されたままの薫子がそこにいる。



「薫子!」

 呼びかけても反応は無い。近づこうとしたが、人の声によってそれも止めざるを得なくなった。




「安心しろ。呪術で眠らされてるだけだ」


 予想はしていた。違和感もあった。なのに俺は今、気が動転しそうだ。なぜなら、この結果は最悪の予想だったから。


「本当に……エジなのか?」

 目の前にいる少年は、どこからどう見ても俺の知っているエジだ。色素の抜けたような髪に、深く被ったフード。ただ、これは幻なんじゃないか。そんな淡い期待も同時に持ってしまう。




「見れば分かるはずだ。俺は、エジ」


 訊きたい事は沢山ある。だがここで最優先させるべきは一つ。

「なんでこんな計画に加担するんだ」


「それが生まれながらの運命だからだ。それ以外に理由は無い」


 その言葉で、男の言っている事を回顧した。我が息子、エジと男は確かに言った。そうして、運命というエジの言い回し。どうにも気にかかる。



 俺が訊くよりも先に、エジが口を開いた。







 男を渦巻く炎が襲う。夕陽の指に合わせ、まるで自分の一部のような動きで。間一髪でそれを躱してはいるが、防戦一方といった様子だ。



 子供のような夕陽に最初は震えていた天津だったが、段々と頼もしく感じるようになる。


「やっぱり凄いよ朝陽君!」

 しかしその瞬間、夕陽に睨まれてしまい、身体がまたも震える。それから一歩後ろに下がった。



「想像以上の力だ。だが攻撃は単調。所詮は子供だな」


 夕陽にもその言葉の意味が分かったのか。それは定かではないが、言葉を聞いた瞬間に炎の勢いが増し、男に襲い掛かった。



「五行説」言葉と同時に、五枚の呪符が宙に舞う。

「南空を守護する神獣 我が翼となり姿を現さん 式神召喚――炎帝朱雀」


 その刹那、炎と男の間に、夕陽が出したよりも莫大な炎を纏った鳥が、姿を現した。炎は朱雀と一体化し、翼は更に燃え上がる。神話に登場するような、鳳凰そのもの。しかし力を持て余した朱雀の翼からは、マグマのような炎が垂れていて、本でみるよりもリアリティがある。



「コイツを出すのには少し時間がかかるが、朱雀にとって、貴様の炎など養分に過ぎん」


 夕陽はそれを見てもぼおっとしているが、男は関係無く式神に指示を出す。


「返してやれ」

 言葉を聞くと、朱雀は高く舞い上がった。翼を羽ばたかせ、大きな炎の塊が夕陽を襲う。




 それに気づいてはいるが、夕陽は動こうとしなかった。彼はまだ、痛みという概念を覚えていなかった。その為に、条件反射が起きなかったのだ。ただ目の前の炎を興味深そうに見ている。



 炎が地面に到達すると、地は一部が溶けていた。それと同じように夕陽も溶けてしまったのか、先ほどと同じ場所には姿が確認できなかった。



「そうか、君もいたな」

 天津の式神が、夕陽を捕まえて回避させていた。しかし男は落ち着き払った声で、話しかける。

「中々、筋が良い。だが君と私の式神では雲泥の差だ」


「君じゃなくて、天津明です」


 その瞬間、夕陽を避難させたのとは別の式神、黒い犬が男に向かって猛進する。





「そういえば、まだ私も名乗っていなかったな。七瀬桐蔭≪ななせとういん≫だ」

 朱雀が翼を翻すと、天津の式神は吹き飛ばされ、壁にいきおいよく打ち付けられた。


「イリちゃん!」

 思わず歯ぎしりをしてしまう。自分にもっと力があって、強い式神を出せたら……。そんな思いが心を支配する。しかし、それだけで力は湧いてこない。




 刹那、桐蔭と天津の意識は夕陽に向けられる。けたたましい笑い声をあげたからだ。彼の周りには地面から掘り返した尖った岩。それも無数に。



 次の瞬間、それはいっせいに桐蔭へと向かう。


「愚かな」あざ笑うかのように朱雀は羽根を飛ばした。尖った先と、高速の羽根での攻撃は岩をも壊し、夕陽へと突き刺さる。



「朝陽君!」

 傷口から血が溢れているというのに、夕陽は大きな声を上げるでもなく、ただ笑っている。それがどのような感情なのか、誰にも知り得ない。






次の瞬間、高速の指紋で桐蔭へ向けて呪術を発動させる。目にも止まらない速さだが、段々と天津の目はそれに慣れていた。


 攻撃は全て、式神によってはじき返され、桐蔭は傷一つ負っていないが。


「ダメだよ、やみくもに攻撃してもあの人にはダメージは――」そこで天津は、夕陽がもう一つ、違う術式を編んでいる事に気がつく。



 全ての呪術を防いだかと思えば、今度は大きな水流が桐蔭を襲う。


「炎に水とは稚拙な。――朱雀、焼き尽くせ」


 羽ばたかせた翼から熱風が起き、水はあっという間に蒸発する。だが、その大気によって桐蔭の視界は不明瞭なものに変わった。そのせいで、近づいて来ていた天津の式神への注意が遅れる。



「術者を狙えば、なんとかなるとでも思ったか?」


 式神を排除しようとした時、黒い犬が爆発した。それも多量の呪力を含んで。反射的に、護で防ぎ手傷はさほどないが、一瞬、その行動の意味を思慮した。


「式神を犠牲に……。いや、精巧な偽物か。ならば狙いは――朱雀!」


 しかし声をかけても、朱雀は動こうとしない。


「これは……縛か」




 天津は偽物の式神で注意を引いている間、本物の式神から縛を発動させ、朱雀の動きを止めていた。



「だが、この程度では一瞬だ」

 大きな雄たけびを上げると、朱雀の翼を捕らえていた鎖は消える。


「一瞬あればいいんです」




 刹那、夕陽の元から呪術が発動する。それは大きな炎。ただ、それだけだった。朱雀にぶつかり、体内に吸収されてゆく。

 朱雀は大きな声をあげ、先程よりも元気になっていた。



「なにも学習していないな。悪いが、覚えのない学生は好かん、眠ってもらおう」


 力を蓄えた朱雀は、嘴を開き、炎を発射した。今までの攻撃の中でもっともいきおいの強いそれを、天津に防ぐ術は無い。



 咄嗟に天津は式神を使おうとしたが、先ほどのダメージで消えてしまったらしい。残された呪力では、もう一度、召喚する事もままならない。


 目を瞑り、覚悟した時だった。天津達の間に、障壁が出現したのは。五属性全てを使った、高度な術式を用いたそれは、朱雀の攻撃でもビクともしない。



「これって……」天津が隣に視線を向けると、発動者は夕陽だった。天津まで守るのには普通よりも大きな呪力が必要になる。それでも彼女を守った。


 少しだけ、自分に心を開いてくれたのだろうか……。「ありがとう、夕陽さん」



「一度、防いだくらいで能天気な」


 もう一度、朱雀に指示を出そうとした時、動きが鈍くなる。今度は鎖などはない。だが、明らかな呪力過多が生じ、朱雀は弾けるように消えた。



「式神の弱点は、元となる呪符が消えれば式神も存在できなくなるという事です。だから……」



 それだけで桐蔭は察し、言葉を繋いだ。「なるほど。朱雀の体内に送り込んだ炎は、中の呪符を燃やすためか」





 冷静な見解に、天津は息を呑む。切り札といってもいい式神を破壊されたのに、この落ち着き……。


「意思疎通のできない人間との連携。中々、筋が良い。だが――ここまでだ」

 言葉の後、夕陽は倒れた。笑い声は消え、顔つきも幼いものからいつも目にする朝陽のものに変わる。



 天津が声をかけても反応が無い。気絶している。



「時間を稼いでいたのはこちらとて同じ。出血が多くなればその姿ではいられまい。その化け物とまともにやりあっては、埒が明かないからな」


 桐蔭は、初めて歩を進めた。


「さて、六車の身柄は渡してもらうぞ」 




 圧倒的な力の差。帽子男をも一ひねりで退けた夕陽でも歯が立たない相手。恐怖するのは当然だった。それでも天津の足は動き、桐蔭の前に立つ。


「朝陽君は渡しません」



 表情一つ変えず桐蔭は言った。「ならば、君にも少々、手荒な事をさせてもらう」



 天津は真摯に桐蔭を見つめ、問うた。「これは一人の術士としての質問です」


 そこで桐蔭は手を止める。

 彼にとって、自分達の行いはあくまで正義。意見持つ者を力でねじ伏せる事はできない。それを天津は察したのだ。


「わたしの友達で七瀬さんの息子だというエジ君。呪術の祖の四之宮恵慈さん。この二人の関係ってなんなんですか」



「私が同じ名をつけた。それだけだ」



「違います。桐蔭さんはまるで、四之宮恵慈さんを見ているみたいに話してました。それに――エジ君はお父さんの為に生きているみたいでした」



 桐蔭は微笑を浮かべた。

「天津明。君は中々、鋭いな。なぜ同じか。その問いに答えよう」



 自分の息子の話だというのに、桐蔭は今まで通りに、淡々とした調子だった。


「学生の頃に、私は呪力の危険性に気づいた。そして同時に、四之宮恵慈の可能性にも。君の言った通り、私は見ているのだ。正確には、見た人間に話を聞いただが。可能性とは、恵慈がまだ生きている事だ。彼はある場所に自分の魂を残しておいたのだ。それを発見した時に喜びはなかった。寧ろ恐怖を感じた。彼の生への執着に。――ただある日を境に、この計画が生まれた」



 天津は緊張から、言葉が出なかった。



「呪力を消す事を決めた私だったが、その方法に手詰まりになっていた。そこで我が息子エジと、四之宮恵慈の存在だ。彼を利用できないか、そう考えた。危険も多かった。リスクも高い。だが、私は選んだ。――転生という方法を」 



「転生ってもしかして……!」



「禁術というの分かっている。しかし、私には馬鹿々々しい境界線だ。呪術自体が、呪われた禁術なのだからな。

 ……そうして、四之宮恵慈の魂はエジの身体へと転生した。彼の呪力、記憶はあったが、残りはエジ自身のもの。過去の事を訊いても、あくまでエジに入り込んだ断片的な記憶だった。呪術の腕は四之宮恵慈のものを引き継いだのか、目を見張るものだった。そして今の作戦を遂行できる程の力を得た。――これで話は終わりだ」



 話は終わり? ……なにも終わってない。計画的には完成されたかもしれない。でも、エジ君はそれじゃあまるで救われない。


 全ての感情を抑える程に、怒りが天津の中で募り出す。


「なんですかそれ……。それじゃエジ君はいつ、自分の為に生きたんですか? 名前も他人の者。記憶も。呪力も。お父さんも別の人間として見ている。それって――あまりに可哀想じゃないですか」



 桐蔭の動きが鈍る。自分でもわかっていた事だった。だが、改めて真摯に言葉にして向けられた事によって、一瞬のほころびが生まれる……。


「今更、後戻りはできん」


 天津へと伸びた腕は、直前で止まった。自分の意思ではなく、第三者の手によって。


「――貴様は」



 ぼさぼさの髪に、ネクタイまで緩んだ男は、大の大人には見えない。ただ、その優しい笑みで天津は直ぐに分かった。


「僕の生徒には指一本、触れさせないよ」


「先生!」


 掴まれた腕を振り払い、桐蔭は距離を取る。



 安心から、天津はその場に膝から崩れ落ちた。


「良く頑張ったね、二人共。あ、朝陽君は寝てるのか」

「え、まあ。というか、なんで先生が?」


「なにか嫌な予感がしたからね。でも、こんな状況なのはさすがに予想外」


「私も予想していなかったよ。またお前と対峙する事になるとはな、仁」

 桐蔭の口ぶりは、まるで前からの知り合いのようであった。


「まさか旧友とこんな形で再開する事になるとはね。桐蔭。今は四術士の百瀬桐蔭と敬意を払うべきかな?」


 桐蔭は静かに笑う。「昔の名だ。今は恥ずべき称号」 



 そこで天津の記憶が蘇る。そうだ、七瀬に百瀬。この名前は水無君と文献をあさってる時にみた。


「二人って確か、烏枢沙摩高校を同時に首席で卒業したっていう」


 空気を読まず、大きな声を出してしまった事に、後になって恥ずかしくなり天津は赤面する。


「うん、そうだよ。桐蔭は陰気で研究ばっかりしていて、僕は実戦大好き。真逆なのに結構、仲は良かったんだ」


「仁。昔の事を口にするな。もはや私にとって貴様は、消すべき対象」 




 桐蔭は先ほどと同じように五枚の呪符を手に取る。「西空を守護する神獣 我が牙となり姿を現さん 式神召喚――白帝白虎」



 白い体に、緑の模様の入った白虎は、朱雀のように大きな体をしている。と次の瞬間、体内から電気と吹雪が同時に巻き起こった。



「雷雪の白虎か、いきなり飛ばしてくるね。天津君は朝陽君と離れて。これからの戦いは激しくなる」



 天津は頷き、朝陽の身体を引きずりながら距離を取る。そこに、仁は護を創った。その間、天津は朝陽の傷口の呪力を活発化させ、治療をする。



 白虎から放たれる放電を避け、仁は指紋を始める。すると、星の形をした術式が重なって出現する。 


 誰も見た事のない呪術に、仁以外の誰もが驚きを隠せずにいる。



「なんだそれは……」


「お見せするのは初めてだね。僕の新しい呪術――二重連星!」

 星から放たれたのは鋭い光。即座に危機を察し、白虎の前に頑丈な氷の盾が出現する。


 盾にひびが割れたところで、呪術は効力を無くした。



「皮肉なものだな。仁、貴様が星の呪術を使うとは」


 桐蔭の強さは戦って知り得ていた。だから仁の呪術を見て、思わず天津は声が漏れる。「仁先生、凄い……」










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