野望
大威徳高校までの距離は、走っていけば十分足らずで付くだろう。だが今は、それすらも長く感じてしまう。
それからも数分走り、やっとの思いで、大威徳高校が視界に映る。
刹那、俺達の頭上に強力な呪術が撃ち込まれた。しかし前のように直撃はしなかった。千夜が護で守ってくれたからだ。
恐らく俺達だけでは、今ので負傷していたかもしれない。
「おやおや、不意打ちは失敗ですか」
聞いたことのある声に、腹の立つ喋り方……。
「帽子男か」
「ふふ、覚えていて貰えて光栄ですねぇ」
つまりは今回の件に派閥の連中が絡んでいるという事。薫子の所まで、もっと早く行かないと。
音の先から居場所を察し、古風な家の屋根の上に目を向ける。そこには相変わらず、不快な笑みをしている帽子男がいた。更に今回に限っては、両隣に部下まで付けている。
借りがあるのは俺もなのだが、それ以上に帽子男に憤っているものが一人。
「あ、お前あん時の! ぶん殴ってやるから降りてこい!」
「六車朝陽君ですか。誠に丁度いいですねぇ。だがしかし……。招待していない方がいらっしゃるようで」
なるほど。今の発言で全てが繋がった。
頭の中の理論を組み立て、言葉にする。「薫子をさらったのはお前達で、呪術の名家、マントラ家系の跡継ぎを狙ってるってわけか。お前等が狙っている事がなんとなく想像できた」
帽子男が大きな音をたてて、手を叩いた。夜の町に反響する。
「ブラボー! 察しがいいですね」
「わたしにはよく分からないけど……。薫子ちゃんを返して下さい」
「そうですねぇ、少なくとも我々三人を倒さなければ、その細やかな願いは成就しないでしょう」
煽るような喋り方に、朝陽が怒りを露わにした。
「俺達だって、前より強くなってんだ! 秒で倒せるぜ」
朝陽の言う事はもっともだ。しかし、前回より敵が二人多い。そう簡単な話でもないだろう。
「子供三人で、大人をどうにかできるとでも?」
その瞬間だった。帽子男の一人が吹き飛ばされ、屋根の上から落ちていく。怒りに触れたのだ。
「初対面から失礼です。大人は常識もないのですか」
眉毛をハの字にした千夜が言った。
きっとわざと千夜を頭数に入れなかったのではなく、あの屋根の上からでは、千夜の姿が見えなかったのだろう。入射角とか、そういう問題で。
「これはこれは、四術師の十文字千夜ちゃんではありませんかぁ」
「ムカつく喋り方……」
これは千夜さんかなり怒っている。だがこの戦力なら問題無く勝てるはずだ。
「千夜、協力してアイツを――」
しかし俺の言葉は千夜の手で遮られる。
「一緒に戦うなんてなし。効率が悪いです」
それってつまり――。「ここは俺に任せてお前たちは先に行け。的な事か?」
「言葉にするとダサい。けど、君には借りがある。……大きな借り」
千夜が真摯な目で見つめて来た。これ以上の提案は無駄だろう。
「よし、俺達は薫子のところに行こう」
俺が先陣を切って走り出すと、朝陽と天津も付いて来た。
「でもいいの、千夜さん一人で。いくら四術士でも三人相手は……」
「アイツの腕は痛いほど知っている」
つか実際、痛かった。しかも二回。
「まさか本当に一人でやる気ですか」
首を傾けて、千夜に帽子男が問うている。
「安心して下さい。お望み通り、その身に体現してあげます。最大の苦行を」
大きな声を上げて笑いだす帽子男。その声は、既に彼等から少し離れていた俺達にまで聞こえて来た。
そしてもう一つ、帽子男の声が聞こえた。
「目指している場所にお嬢さんはいませんよ。いるのはあそこ……」
俺達の視界から、ドンドンと大威徳高校が遠ざかって行く。帽子男の言葉を完全に信じたわけではない。ただ、一つだけ正しい事を言っている根拠があった。それは朝陽の存在だ。
派閥の連中は薫子に次いで、朝陽も狙っている。たったそれだけだ。
しかし、子供三人だと高を括り、簡単に捕らえられると過信している可能性もある。最悪は、大威徳高校に近付けたくない場合……。
とにかく、今は帽子男の言葉を信じて走るしかない。
辿り着いたのは寺のような外観をした、建物。結界で一般人からは空き地に見えるように細工されている。
「なんか秘密基地って感じだな」朝陽が呟く。
丁度、俺も同じことを思っていた。
天津が複雑に編み込まれた術式を解除すると、寺の扉が開くようになった。力を入れて引くと、木の軋む音がする。
真っ暗な室内は、テレビなどで偶に見る寺とは大きく違う。空気の流れで、室内の大きさが分かる。頭が突き出るが、鎌倉大仏が五体は入りそうだ。
慎重に辺りに目を配っている時、天津が悲鳴をあげた。
反射的にそちらを向くと、なにかを見て怯えているようだった。天津の視線に焦点を合わせる……。
暗闇に慣れて分かった。あれは像だ。しかも両端に何十体と横並びにされている。芸術に疎い俺には、どれがなんだか分からないが。あれが急に目に飛び込んでくれば、怖くもなるだろう。
とその時、今度は暗かった部屋に明かりが灯った。それは現代のLED的な光度の高いものではなく、酸素を減らしていくような古代的な明かりだ。
――幾つもの松明に、同じタイミングで火が付いたのだ。
「計画通りにはいかないものだな」
室内に、低い男の声が響いた。
十メートル近く離れている先に、長髪の男は立っていた。落ち着いた雰囲気に、鋭い目。兵隊の偉い人のような服装が、貫録を引き立たせる。
親玉の登場か。
「よう。アンタがあのイカれ集団のボスか」
「いかにも。分かりやすいような組織名はないがね」
男は落ち着いた調子で返答をしてきた。まだ余裕があるという事だろう。だが、ここで下手に回ってはいけない。そこに付け込まれる。この人にはそういう危うさがある。
今までのやつのように、簡単に言葉で言いくるめられないだろう。先ずは、敵の狙いと薫子の居場所だ。落ち着いてそれを聞き出す。
「なんでこんな面倒な事をする。しかも呪術界を敵に回してまで。――まさか、世界征服が目的なんて、典型的な悪の組織みたいな事、言わねぇよな?」
「無論だ。それから一つ、我々を悪の組織という認識は改めて貰いたい」
「女子高生をさらった連中のどこを見て、正義のヒーローなんて言うんだよ」
声を荒げてしまった。思っていた以上に、俺は冷静じゃないのかもしれない。
男は対照的に、一切の動揺を見せない。
「手を汚さずに改革はできん。それに、君達の友人は無事だ」
言い終えると同時に、男の後ろに薫子の姿が映し出された。眠りついている薫子の手には、大きな鉄の手錠がはめられていた。鎖で繋がれていて、あれでは身動きも取れないだろう。それに服装は和服。風呂上りだったせいか。
ただ、これで薫子の無事は確認できた。
「随分、律儀な悪役だな」と皮肉を込める。
「大事な姫様だ。使う前に手負いがあっては困る」
んだその、道具みたいな言い回しは……。
「それから六車朝陽君。君の身柄も拘束させてもらう」
瞬間、怒りがピークに達した。冷静でいるつもりだったが、気づいた時には発で加速し、男の目の前で拳を引いて、力を籠めていた。
「薫子も朝陽も、お前なんかに渡さねえ」
多量の呪力を籠めた拳は、男へと一直線に向かった。
しかし――俺の身体は吹き飛ばされ、朝陽に支えられる形で止まった。
くそっ。あんなに修行したのに、これかよ。
「あんま無理すんな。それから頭冷やせ」
朝陽の言葉に、上っていた血が下りていくのを感じた。悪いと言ってから、もう一度、立ち上がる。
一部始終を見ていた天津が、嘆くように訴えかける。
「止めて下さい。わたしの友達を傷つけないで!」
それを聞いても、男の顔は自分に反論する意見を一つ聞いただけ。そんな顔をしている。
「私も話し合いで解決するつもりだ。先に手を出したのはそちら」
「先に薫子に手を出したのはそっちだろ」
「ふむ、確かにな。ならば、正義を遂行する為に多少は傷ついてもらう。……といっても、納得はしてくれないだろうな」
即座に朝陽が肯定する。「当たり前だっての」
「では隠し事は無しにして、全てを話、協力してもらおう」
なんだこの潔のよさ。不信感と同時に、なにか他の感情が湧いて来た。ただ、それを許してはいけない。薫子を傷つけた奴だぞ。身体の根底にしまい込め。
「単純明快にいえば、我々の望みは――世界から呪力を消す事だ」
予想外の発言に、頭が混乱した。
「同時にそれは、呪術士がいなくなる事を意味するな」
それでは意味が無い。力のある家系の跡継ぎを人質に取り、屈服させる。そうした上で自分達が呪術界に君臨する。それくらいの方が寧ろ、納得できた。
先程も言ったように、消しては意味が無いのだ。面倒をかけて全員から呪力を奪って平等にしても、利益が無い。それは悪の組織のする事ではない。まさか本当に……。
言い返す言葉が思いつかない俺に代わり、天津が質問をする。
「世界から呪力を消して、それでどうする気ですか」
初めて、男は考え込むような表情をする。
「ここで結論を口にしても、話が飛び過ぎる。先に、小話をしよう」
呑気な言い回しだが、男の声色から油断はできなかった。額に汗が滲む。
「君達に訊こう。我々の敵とはなんだ? 現実、空想、物語に敵はつきものだ。陰陽師ならば妖。我々は、なんの抑止力の為に力を蓄える?」
瞬間的に、お前等。などと答えそうになったが、口から出なくてよかった。
あまりに題材が大きすぎて考えもしなかった。今までは派閥が敵という認識で、薫子達をそれから守るために力を付けていた。では彼等の言う通り、派閥が悪でないとするなば……。
いや、この理論は少し違う。君達にとってと男は訊いたが、本来の意味を汲み取るなら、男の敵とは誰だ? になる。つまり、男が派閥を創る前には、今の俺達が共通の認識として敵と見ている派閥は存在しないのだ。
そんな中で、世界から一線を引き力を蓄え続ける呪術士達を、男は見て来た。
ダメだ。答えが導き出せない。勿論、男への質問ではない。男の問いに今すぐ答えるとするなら、俺はいないと答えてしまうだろう。
誰も答えないのが、結果的にアンサーとなってしまった。
「それはただの自己満足になる。だが、それを否定するつもりはないのだよ。私が悪と比喩し、消し去りたい理由は、呪力が存在する事で世界が滅びてしまうからだ」
話が飛んでしまうからと、切り替えたくせに、それでも十分に話が飛んでいる。
「どうだ? 少しは正義の味方に見えるようになったか」
男は、ニヤリと笑みを見せた。
学園長室の高貴な絨毯に寝そべっているのは、学園長である百瀬郷司。更には先生の小碇。本来の絨毯の用途として使われてないのは、なにも二人が常識知らずだからではない。気絶しているからだ。
その中で一人、立ち尽くしている仁は、頭を掻いた。
「なんだか色々、起きてるようだね」
レクリエーションが終わっても薫子が戻って来ていないのを確認した仁は、一人で大威徳高校へと向かった。一応、寮にいた京都校の先生達にも話を聞いたが、心当たりが無い。との事だった。
そして学園長室に来てみれば、不意打ちというお出迎えを食らったわけだ。自分のところの当主の兄弟だと、安心していればこれ。
二人が派閥の傘下だった。とも考えたが、それは直ぐに却下される。聡士殿に限ってそんなミスはない。あるとすれば、二人が操られた可能性だ。だが同時に、後者が事実であるなら嫌な予感がした。
彼等ほどの呪術士に七戒をかけられる人物となれば、早々いない。
「余計な時間をくった。みんなが危ないね、これは」
腕の傷を気に留めようともせず、仁は部屋を出た。




