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放送





 今日も朝食を食べ終えると、直ぐに授業だ。慣れとは怖いもので、一日中呪術づけの生活に違和感を感じなくなってきた。


 昼飯、授業、夕飯という一日のリズムが染みついてしまった。こうして授業が終わり、温泉にも浸かった後の事だ。疲れたからゆっくり入りたいというので、ドライヤーで適当に髪を乾かした後に一人で脱衣所から出て来た。あそこは熱気が凄くて待つ気にはなれない。






 短い廊下を歩いていた時、私服姿の薫子の姿が見えた。目の前に。

 これから温泉に入るのは見た目で分かるが、問題はそこじゃない。



 昨日の件からまだまともに話していないという事だ。こんな形で会うとは思っておらず、どうするか答えを出していなかった。だが、話をしなければこれから先、気まずくなるのは目に見えている。なんでもいいからすれ違うまでに、会話をひねり出せ。



 今だけ、土星と重力を入れて変えてくれ。切にそう願うが、そんな淡い願いとは裏腹に、距離は段々と縮まる。





 ……そして、俺達はすれ違ってしまった。



「薫子」

「水無君」


 耐えられずに声をかけてしまった。後先を考えず。だが、同時に薫子も俺の名前を呼んでいた。これは好機だ。



「どうかしたの?」

 問われるが、どうもしてない。会話の種など一つも無い。



「いや、ちょっとな。それよりお前こそ、どうした?」



「一つ思い出した事があったの。学園長に呼び出され時の事、覚えてる?」

 突然の話で、曖昧な返事をしてしまう。 


 覚えてはいるが、今気にするべき内容はあっただろうか。



「学園長は出る前に私を呼び止めた。その理由が分かったの」



 ああ、そういえば回顧している時は省いたが、確かに学園長は薫子を呼び止めていた。そして自分の事は覚えていないか。と少しだけ悲しそうにしていた。




「理由ってなんだ」


「幼少の頃に会ったのよ。うろ覚えだけど、学園長が家に来た記憶がある」



 薫子の苗字は四之宮。つまりは呪術界の中でも名家だ。その実娘が、同じく名家の百瀬家の当主に会った事がある。別段、不自然な話ではない。尚且つ、薫子の父である光茂さんと親しくあれば家に来る事もあるだろう。





 答えを聞いてから整理すると、こんなにもあっけないものだと拍子抜けしてしまう。



 そのせいで、俺の返答はそっけないものになってしまった。

「それじゃあ、私はこれで。お休み」



 薫子は俺の歩いて来た道を通り、『女』と書かれた暖簾をくぐった。



 態々、その報告の為に話しかけて来たのか……もしかしたら薫子も――。いや、さすがにそれはないか。





 部屋に戻る途中、放送が鳴った。


『D組の水無薫子さん。学園長室まで来てください』

 最後には御馴染みの鉄琴の音。



 薫子のやつまたなにかやらかしたのか? 残念ながら、彼女は温泉でゆっくりしてますよ。

 心中で放送に返答してやった。

 








 部屋に戻り改めてしおりを確認すると、今日だけは一度、体育館に集まる事になっていた。温泉に入り終わって、眠る気満々だったのだが。




 早くも布団を敷き、その上で漫画本をペラペラと捲っている朝陽に訊いてみる事にした。


「この部分,なにをするか分かるか?」

 しおりを実際に見せて、指を差す。



「あーんと、こっちの人との交流会って先生言ってた。ほら、明日にはもう帰るし」

 レクリエーション的なやつか。明日も午前は授業があるようだし、やっぱり寝たいな。




 手早く布団を敷いて、毛布を頭から被る。すると……自然に……眠りに落ちてゆく……。


「早く起きろよ! 遅れるだろ!」

 そう簡単にはいかなかった。





 無理やりに毛布を引きはがされ、寒気が襲って来た。なにもそこまで躍起にならなくても。



 仕方ないので立ち上がって、部屋から出た。一度、眠ってしまうと目が冴えない。何度か目を擦ってみたが、効果は無さそうだ。




 正直、体育館への行き方は分かっていなかったので、朝陽が案内してくれるのは助かる。


「そういやさ、なんかあった? あの洞穴で」

 どうやら朝陽は下世話な話が聞きたいらしい。悪いが週刊誌に載るような事は全く起きていない。


 よって俺の返答は――。「なにもなかった」


 つまらなそうに下を向かれたが、罪悪感は無い。








 目的地に付く。俺達は最後の方に来たようで、既に体育館がいっぱいになっていた。ただ整列しているのは分かる。それに習っていつもの位置に並ぶ。



 点呼が取り終わり、全員が来ているのを確認し終えると、マイクを持った京花さんが舞台に立った。

「先ずはうちらの出会いに乾杯」



 しかし、誰も飲み物は持っていない。



「というわけで……。今夜は宴やで」

 周りから、おお。という声が漏れる。しかし覇気が無い。もう一度、京花さんが呼びかけると先程よりも響く声になる。




 なにがというわけなのかは分からないが、どうやらレクリエーションはみんなで食べたり飲んだりするらしい。ようは食べ物ありきの雑談だ。



 出会いを求めているのか、なんなのかみんなは割と乗り気なようで、積極的に話している。どちらかといえば、俺は眠りにつきたい。



「方言って良いですよね、なんか品があって」 

「東京ってどんなところなんです?」

「このお菓子美味しい~」



 高校生らしく、話で盛り上がってはいる。俺も何人かと話した。だが一つ。ここに来てもう直ぐ一時間になるが、未だに薫子の顔を見ていない。あの放送の後からだ――。




「水無君」

 大きな声で呼びかけられ、はっとする。どうやら思考を巡らせていたせいで、周りへの配慮が疎かになっていたらしい。


「悪い、天津。考え事してた」

「それって薫子ちゃんの事」


 エスパーか。


「あの放送聞いて、薫子ちゃんの姿見えないんだから心配するよね」


 あ……。


 なるほど。ちゃんと順序立てて推理しての結論か。そりゃ同じ部屋だし違和感は天津の方がデカくて当たり前だ。




「日役先生にも相談してみたんだけど、学園長の呼び出しで下手な事できないんだって。あ、でも、レクリエーションの後に、聞きに行ってくれるとも言ってたから大丈夫だとは思うけど……」


 大丈夫と口に出しているが、顔は心配としか言っていない。




 俺達の心配は拭い去れないまま、レクリエーションは幕を閉じた。部屋に戻る時のスピードは、不安からか早くなっていたようで、一緒に歩いていたはずの朝陽が隣にいない事で、それに気づいた。



 部屋に入ると、敷いてあった布団に倒れるように寝そべった。考え事をしているうちに電気が消える。どうやら朝陽が消した様だ。



 その朝陽も布団に入り、眠るのかと思いきや――そうではなく、雑談をしてきた。


 内容はレクリエーションの食べ物美味しかったなどというものだ。この能天気さには呆れる。


 ただその呆れは苛つくではなく、安心する、だ。焦燥に駆られていた心を。



 とそこで、自分が会話をしていない事に気が付いた。しかし、耳を傾けても静寂しか返ってこない。

 呼びかけてみても返事は無い。眠ってしまっているようだ。




 しかし俺は眠れるはずもなく、部家に取り付けられている時計をじっと眺めた。暗闇に朧げに見える針をただじっと。



 携帯でもあれば天津から電話が来て、今頃、薫子が帰って来た。とか知らせて貰えるんだろうが、生憎だ。



 もしかすれば考えすぎなのかもしれない。知らせが無いだけでもう、天津と同じ部屋にいるのかも。そう考えると気持ちが楽になった。いつの間にか針も逆方向まで動いていたので、さすがに眠気が襲ってくる。



 布団の中に潜ろうと思い、身をよじらせる。


 しかしそれは、眩い光によって遮られる。それが廊下の明かりだと気づくのに、一秒を用さなかった。そして、緊張した面持ちで扉を開けた人が、天津だと判断するのにも。



「やっぱり、わたし心配だ」

 声を潜めながらだったが、はっきりと聞こえた。



 布団から飛び起きて、扉を閉めるように促す。 



 金属がぶつかる音がすると、部家はまた暗闇に戻った。さすがにこれでは会話もままならないので、豆電球を点ける。



 一応、お泊りだ。男女同士の部屋の行き来は勿論、NG。それなのに天津は忍んで来た。真面目な彼女がだ。それが示す意味を考えると、少しばかり嫌な予感がする。


「心配ってのはどうしてだ。仁先生が学園長のところに行ったんじゃないのか」

「うん。でも、まだ帰って来てないの。それでじっとしていられなくて……」


 友達と好きな男が帰ってこない。その心情は察するまでも無い。俺達の部屋に来るまでに、不安だったのだ。



「なら、やれる事は一つだな」

「そう言ってくれると思ってた。一人だとやっぱり不安で」


 天津らしい回答だ。実際問題、数がいて不利になる事は無い。仁先生でも解決に時間のかかる問題なのだから。




 その時、寝ていたはずの朝陽が起き上がる。

「話は聞かしてもらったぜ。俺も協力する」


「お前、寝てたんじゃないのか」即座に質問した。正直、少し驚いた。


 ふて腐れた顔の朝陽が言った。「だって、良太郎が思いつめた顔してるからさ。どうせ聞いても教えてくれないだろうし、頭を使ったわけよ」


 朝陽ながら悪知恵が働く。



 だがそうと決まれば、目指すは大威徳高校だ。


「でも、どうやって行くの?」


 天津の問いで、湧き上がっていた気持ちが萎えてしまう。次いで、朝陽が考え込むような表情をする。


「うーん、確かにね。寮の玄関には先生とか見張りがいるだろうし。それに廊下には巡回も……」


 頭を悩ませている二人の姿が、どうも馬鹿らしく見えてしまう。




 説明を省きたいので、大きな音を立ててから窓を指差す。数秒は呆けた顔をしていたが、段々と明るい表情へと変わっていく。どうやら意図が伝わったらしい。


「さすがは不良!」

「考える事があくどい!」

 二人から褒められているのか貶されているのか、判断し難い事を言われる。





 窓を開けると、冬の夜風が部屋に入り込んで来た。身体が震える。しかし今は我慢して、部家から飛び降りた。足に呪力を籠める事で、それは容易に果たされる。 地に降りると、痛みよりも寒さが襲ってくる。


 しかし成功だ。周りには先生の姿も無い。警戒が杜撰だな。


 続いて、朝陽。最後に天津も降りて来た。


「よし、行くか」

「でも待って。裸足だよ?」

 天津に指摘されて、初めて気づいた。どおりで足が寒いわけだ。



 今から玄関に行って靴を取りに行くのは現実的ではない。だからといって足に呪力を籠めて歩き続けるのは消耗が大きすぎる。裸足で我慢するのが得策なのだろうが、寒空に加えて外を裸足で歩くのは相当の勇気が必要。



 杜撰なのは俺達も同様みたいだ。


「全く、計画性がてんでないです」

 声と共に、どこからか靴が投げられてくる。それも三足。


 しかも――俺のだ。


 建物角からひょっこりと、予想だにしない人物。十文字千夜が現れた。


「なんで、千夜が」気づけば言葉にしている。


「異変に気付かないとでも」

「それにしたって、情報が少なすぎるだろ」

「細かい。個人的に気になる事があっただけです」


 そうかよ。けど、これほど心強い助っ人はいない。



 しかしなぜだか、千夜は不満げな表情をしている。自分で来たのにも関わらずだ。


「全く。先生達を眠らせていなきゃ、今頃、君達の作戦はどしゃんです。感謝してほしいもの」



 腹が立つ言い分だが、なにも言い返せない自分に一番、腹が立つ。



 靴を履いて、俺達は大威徳高校へと向かって走り出した。


「あ、俺のだけ靴が違う」


 後ろでそんな朝陽の声が聞こえたが、気に留めない。せめてサイズが合っている事を願うばかりだ。








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