体温
次の日は朝食を食べると、直ぐに授業になった。ま、腹ごなしにはいいだろう。そして昼に授業が終わると、生徒達は元気を取り戻していた。この時には忘れていたのだが、この後に観光が待っているのだ。
先生から次の昼食までに、京都の人と合同班を組めと言われていたので、何事かと思ったがそういう事らしい。
とはいえ、交流という狙いもあってか絶対に、京都校の人を入れなければいけないらしい。しかも六人班。俺、薫子、朝陽、天津。それからエジも一緒に来てくれるだろう。後、一人だが……。
考えるよりも先に答えが出た。薫子と天津が、京花さんを連れて来たのだ。いや、正確には連れて来られている。なんという積極性。いつの間に仲良くなったのだろうか。
「うちも班に入れてもらうけど、ええよな」
薫子と天津に目を向けると、無言の了解が得られた。そういう事なら、断る理由も無い。
「はい、大歓迎ですよ」
少し、誇張した言い方をした。
なにはともあれ、観光において現地の人がいるのは心強い。旅行に行くと、俺は毎度、迷子になっているからだ。
昼食を終えると、エジも含めた六人で集まり、京都の街へ観光に繰り出す事になった。勿論、都心までバスの送迎付きだ。念の為に、仁先生の携帯番号まで教えられていた。
のはいいのだが、あんまり嬉しそうにするの止めろ天津。それでは好きだと言っているようなもんだ。
バスを降りると、張り切った調子で京花さんが「ようし、こっからはうちが案内したるで」と口にした。
頼りにはなるのだが、どうも空回りしそうな感じが否めない。
「エジは詳しくないのか」
「俺は箱入りというやつだ」
そういえば、東京でも迷子になっていたっけか。少し似ているな、俺と。
京花さんの案内の元、最初に来た場所は京都街並み溢れるところにぽつんとある店。『お着換え処』だ。
なんでもこの街内なら、着替えて歩けるらしい。一人か家族の場合は絶対に立ち寄らない場所だ。数いるから霞むが、流石に恥ずかしい。
張り切っている京花さんに、薫子が噛みつく。勿論、比喩だ。
「着替える事に意味があるとは思えないのだけど。二度手間よ」
「形から入るのは大阪の基本や」
ここは京都なんですが。
まあ珍しい機会という事もあって、着替えを強く拒むものはいなかった。こうして着替えた後、順番に発表していく流れになった。
数ある衣装の中から、一つを選択して表に出る。発表の順番がトップバッターのためだ。
青と白を基調とした着物に、腰の鞘。その鞘から刀を抜き、空を斬る。
「新選組一番隊隊長、水無良太郎!」
名乗りをしてみたが、最初のためギャラリーなどいない。あるとすれば、他の客の冷ややかな目線だ。
そして俺の衣装は言葉の通り、新選組。江戸時代の組織の中でも一番、好きだ。それに主な活動場所が京都という事も考慮した。
次に現れたのは、朝陽。全身黒の地味な格好で。
「シュッシュッと参上! 忍者、朝陽」
忍者なのは分かるが、凄くダサい。
「忍者格好良く無い? 影で敵を斬る……的な感じが」
「姑息ともとれるぞ」
「捻くれてんな、良太郎って」
思った事を正直に言っただけだ。
少し待って現れたのは、エジ。――なのだが、明らかに女性が着用する着物を着ている。女装癖なのだろうか。さすがにイメージが崩れる。というか、今まで通りでいられるかも危うい。
「お、可愛いね、エジ君」
あっさりと認めるのか朝陽。
「おい、あれは男だぞ。可愛いというのは不釣り合いだ。それにいかがわしい」
「そう? 可愛いもんは可愛いじゃん」
それはそうなのだが。
改めて見ると、確かにエジは可愛い顔をしている。長い髪の毛と華奢な体格も相成って、女の子に見えなくもない。
「変な目で見るな、良太郎」
誤解されるような言い回しは止めろ。それより。「どうして、女装なんだ」
「明達に無理やり決められた」
なるほど。正確には京花さんにだろうが。
これで男子三人が揃い、着付けが長い女子達を待つことになった。それも新選組、忍者、女装男子とい
う謎の面子で。
待つこと数分。着付けやの扉が開いた。現れたのは、ねずみ男を連想させる泥棒の格好をした天津。
「まずい、このままだと捕まっちまう」
小学生でももっとましな演技をするぞというくらいの棒読みで、天津がセリフを口にする。
更に後ろから、十手を手にした京花さんが現れる。
「御用だ御用だ、このこそ泥が!」
茶番劇の始まりだ。
「こそ泥? わいは世の為、人の為に盗んでんだ」
「泥棒が正義を語るんじゃねえ」
と思いきや、人情もの……。これは意外に見ごたえがあるかもしれない。
――と一瞬でも考えた俺が馬鹿だった。あの後、可もなく不可もなくで幕を閉じた。この為だけに着替えさせられたであろう天津に、詫びを入れたい。
「おー、男子陣も似合っとるな。良太郎君の格好も、新鮮やな。新選組なだけに」
止めろ。人を巻き込んで滑るな。
そこで天津も朝陽を見て考え込む。「朝陽君も、忍者だけに……」
お前まで洒落を言おうとしなくていい……。
不意に、扉が開く。順番的に出てくるのは薫子しかいないのだが。一瞬、誰だか分からなかった。
綺麗に整えられた髪に、お姫様が着るような程度の良い着物。天津も似た様な格好をしていたが、所詮は高校で用意したもの。それに、家庭環境が今の格好に近いせいもあってか、時代劇にでも出てくるような綺麗なお姫様にしか見えない。
「薫子ちゃん、メッチャ綺麗じゃん」
「ほんま、見惚れるわ」
確かに、いつも口うるさい薫子には思えない。
しかし、薫子はぶれなかった。
周りがこんなに持ち上げているのに、嫌そうな顔をする。
「やっぱり歩きづらいし、意外と重い。凄く脱ぎたいんだけど」
「なんでやねん! せっかくの機会やし、もう少し着ててや」
京花さんの説得もあり、着替えたまま街内を散策する事になった。エジだけは私服に戻ったが。
ただ違和感を覚える。薫子以外は、こういってはなんだがみずぼらしい格好。どうも引き立たせているように感じる。
――いや、考えすぎか。せっかくの観光だし、気楽に楽しむことにしよう。
それからは途中で団子を食べたり、東京でも見れる五重塔を発見してテンションを上げたりと、京都を楽しんだ。
夕方までが観光時間なのだが、まだ三時と日も明るい。
「次は伏見稲荷大社やな」
京花さんが宣言する。
そこなら俺も聞いた事がある。確か、赤い鳥居が縦にいくつも並んでるやつだ。京都でも有数の観光名所。
他のみんなも存じているようで、十色の歓声をあげている。
服を元に戻してから、伏見稲荷大社へと向かった。景色を楽しむ京都は、やはり風情があっていい。
こうしてあっさりと大社には付いたのだが、京花さんがこんな提案をしてきた。
「ここは男女で通ると恋が成就する言い伝えがある。せやから、ペアで潜ろういう話や」
周りは乗り気ではないかと思ったのだが、意外にもそんな事は無く。朝陽に関しては飛び跳ねて喜んでいる。本当に成就したら困るだろうに。
男子と女子別々でぐーちょきぱーをして、同じだった人をペアになる。そういう決め方になった。
「それじゃ、パーの人は手を挙げてください」
天津の指示に従い、俺は手を挙げる。すると、少し遅れて薫子が挙げた。
「お、やっぱり赤い糸で結ばれてますなお二人さん」
朝陽の煽りよりも、遅れた事への違和感が気になった。それにこの決め方は……。なぜだろう、さっきから小さな事が気にかかる。
他のペアは天津、エジ。朝陽、京花さんとなった。
間を開ける事になった為、まずは天津とエジ。
「足下、気を付けてね」
「ああ、分かってる」
そこで天津が転んだ。
さながらドジだが面倒見のいい姉と、冷めている弟だ。
次は朝陽と京花さん。
「いくでぇ、鳥居なだけに鳥のモノマネ」
すると、手を大きく広げて走っていってしまう。
「なら俺も。鳥居なだけに……。うぉおおおおお」
そのままいきおいよく駆けて行く。
例えるなら、アイススケートに来ているのに気づかない二人だな。
四人がいなくなると、途端に静かになった。風の音から、小鳥の囀りまで聞こえてくる。東京とは違った、ふわっとした感じの音だ。
このまま黙っているのも悪いので、話しかける事にする。
「静かだな」
「そうね。でも、賑やかなのも嫌いじゃないわ」
「ああ、俺も嫌いじゃない」
朝陽達も見えなくなったので、鳥居を潜る事にした。思ったよりも鳥居の間は狭く、足場も悪かった。小山にあるから当然なのだが。
今は平日の昼間という事もあって、殆ど人がいないのが幸いだ。ゆっくり歩ける。それに薫子と二人でも恥ずかしくない。
「なんてゆーか、久しぶりな感じがするな。二人で歩くの」事件が続き、入学当初の日常とは変化した。別にそれが嫌なわけではないけれど、平和だった頃に戻ったみたいで、安心感がある。
……今も十分、平和か。
「合同合宿の前に二人で歩いたばかりだけれど。もしかして、寂しかったの?」
悪戯な笑みをのぞかせてくる。
「別にそういうわけじゃない。ただ、安心するんだ。ここにちゃんといるって事に」
突如、薫子の足が止まった。
「それは……」
どういう意味。とでも続けたかったのだろうか。しかし次の言葉が中々、出てこないので仮定して返す事にした。
「薫子に朝陽、天津。お前達がいると俺は安心する」
我ながらこっぱずかしい事を言っている。
しかし、薫子の足は止まったままだった。もしかして、求めている返答ではなかったのだろうか。でも百パーセント察しろという方が無理な話だ。
その時だった。辺りに目をやっていた俺の視界に、黒い毛をした大きな生物が映り込んだ。頭しか見えないが、立体感といい。リアリティがある。
「おい、薫子。あれって……熊だよな?」
率直な意見を口にして、答え合わせをしてもらう。
「そうね。熊だわ」
「野生動物に対して呪術は気が引ける。それにこの下を転がり落ちたら……」
「運が悪ければ、死ぬかもしれないわね」
となれば、とれる行動は一つ。
薫子の手を引き、走り出した。運の良い事に、熊は追って来ていなかった。とはいえ念には念の為、見えなくなるまで走り続ける。
数分は走った頃、繋いでいた薫子が急に重くなる。力を籠められたらしい。
「ちょっと待って。走り過ぎよ」
荒い息で俺に言って来た。
そういえば、少し疲れている。無我夢中で走り過ぎた。
「悪い。休憩するか」
「そうじゃなくて。伏見稲荷大社は? みんなは? というか、ここはどこよ」
え、ああそうだ。人気が無くなって、あるのは木々と土だけ。こんな場所を俺は知らない。みんなもいない。認めざるを得ない。走り過ぎて――迷子になったと。
座り込むと、大きなため息が出た。
「そんなに気を落とさないで。止められなかった、私にも責任はあるわ。それに仁先生の番号は教えて貰ったし、直ぐに合流できる」
番号って、ああ、電話番号か。確かに、教えてもらった。けど。「俺達、携帯を持ってないだろ」
一陣の風が吹き、身体が震える。
「そういえば、そうだったわね」
意外に薫子もてんぱっているらしい。初めて来た京都の、しかも山中で迷子となれば仕方ないか。
選択肢は二つ。歩いて元の道に戻るか、留まって待つか。さすがに時間が経ち過ぎれば異変に気付くはずだ。ただどちらにおいても、問題があるとするなら、この寒さだ。今はまだ日が出ていて、それなりに体温を保てているが、日が落ちれば話は別だ。
歩いて疲弊した頃に、夜になって誰とも合流できない。それは一番、最悪のパターンだ。
「薫子、呪術でどうにかならないか?」
駄目元で訊いてみたが、案の定、首を横に振られた。
「感知するにしても、離れすぎている。それに体内から発するモノでないと感知もできない」
そういえば、そうだったな。未だに、感知呪術を使えない俺にはどういう原理か分からないが。
「となると最善は……」辺りに目を向けると、小さな洞穴を見つけた。不幸中の幸いだ。あそこなら、寒さを凌げるかもしれない。穴の前に目印を作れば、中で待機できる。
説明すると、薫子も賛同してくれた。
外は明るいが、勿論、洞穴の中は暗かった。建前上、先頭を歩く。数歩、洞穴の中に足を踏み入れた瞬間だった。
中から黒い物体がいくつも飛んできた。反射的に頭を抑えて、身を屈める。
一方の薫子は妙に落ち着いた様子で、呟いた。「蝙蝠ね」
そんな冷静に言う事か。蝙蝠の集団に遭遇したら普通、結構ビビるぞ。
ともあれ、呪術を駆使して洞穴の中の安全性を確保したところで、火を起こす事にした。カレー作りの経験のせいか、薫子には自信があるようで。その自信通り、意外とあっさり火は付いた。それを草や小木に移し変え、洞穴の前に置く。土には自分達の名前と、SОSと書いて。
もう一つ移した火は、洞穴の中で焚火にした。これで保温できる。
火の勢いを増し、安定してきたところで目の前に二人で座る。
「まさか、水無君とサバイバルする事になるなんて思わなかったわ」
「ああ、俺も。テレビだけで十分だ」
しかし、薫子にテレビの話は通じず、変な間が出来てしまった。
みんなに会ったらなんて話せば良いだろうか。熊に出会って逃げたら迷子。……恰好、悪すぎるだろ。
というか――。「よくよく考えたら、熊だったのか怪しい。こんなところに生息しているとは思えない」山だったから、長野気分でいた。まあ、長野でも滅多に見ないが。
そこで薫子の声が沈んだ。
「実はその熊……」
黙って話を聞いていたが、基本的に信じられない事をつらつらと言っていた。
なんでもあの熊の一件は京花さんが考案した事らしい。本当にトラブルメーカーだ。ここまでの事になるとは想定外だったようだが。
ただ、一番気になるのは……。「どうしてこんな事をしたんだよ。承諾したって事は、お前にも狙いがあったんだろ」
やっぱり、あの違和感は考えすぎではなかったのだ。
質問をしたのはいいが、直球過ぎたせいか薫子は黙って俯いている。
口を開いたのは、数秒経った頃だ。
「巻き込んだのは謝る。でも、水無君にも言いたくない事はあるでしょ」
ぐうの音もでない。
言葉通り、秘密なんて沢山ある。全てをさらけ出していない自分に問い詰める権利などない。
「そうだな。言いたくないなら、言わなくていい」
当たり前の返しをしたつもりだったのだが、空気は重くなった。それにいたたまれず、洞穴から出た。光が入ってこない事から察していたが、既に日は落ちていた。
腕時計をつけている事が幸いし、時刻は一七時だと分かった。
それから暫く、洞穴の外で待つ。だが人っ子一人いない。本当にどこまで歩いて来てしまったのだろう。
寒くなって来たので、外の火の面倒を見てから洞穴に戻る。すると、薫子は目を閉じて岩壁に身体を預けていた。
疲れがピークに達したのだろう。合同合宿の授業に加えてこのアクシデントだ。
起こさないようにと焚火に近付き、そっと木を入れた。瞬間、足で小枝を踏んでしまったらしく、小さな割れ音が洞穴内に響いた。
たったそれだけの音で、薫子は目を覚ました。そして直ぐに動きやすい体制に変え、こちらに指を突き出してくる。
俺は思わず、両手を挙げた。
「なんて防衛本能してるんだよ、お前」
「なんだ、水無君……。ビックリさせないで」
ビックリしたのはこっちだ。
薫子はまたその場に座り込む。
「立場上、これくらいの危機感は持たないと。派閥の件もあるしね」
お姫様も中々、苦労しているようだ。
危機感という言葉で一つ、思い出した。正直、あまり期待できないが念のために訊いておこう。
「そういえば、護衛の人は?」
この声は多分、かなり沈んでたと思う。
そして薫子も沈んだ声で返答してきた。
「姿を現さないって事はそういう事でしょ」
肝心な時に役立たずな人達だ。とはいえ、人を責める事もできないのも事実。
俺も薫子の隣に座り、焚火で手を温める。しかし、夜風が吹いて来て、寒気の方が強くなってきた。今なら冬を寝て過ごす熊の気持ちが分かったかもしれない。
あ、そうだ。冬眠してるじゃないか今は。ただその事実に今更気づいても、虚しいだけだった。
身体が途端に震えだす。どうやら、強い風が吹いたらしい。
その時だ――。俺の手に温かいものが触れた。いや、正確には冷たすぎる俺の手よりも少し温かいだけだ。それなのに、今はその温もりだけで身体が暖かくなった。
これは……人の手か。
気づいた時、熱でも出たかのように身体が熱くなってきた。状況の整理が追いつかない。
確かめる為に、左に目を向ける。すると、がっちりと俺の手を掴んだ薫子がいた。
勿論、それは当然なのだが。やはり現実味にかける光景だ。キスはしたけど、こういう形で手を繋ぐのはキスより重い行為な気がするぞ。
あくまで個人的な意見ではあるが……。
「寒がりなんでしょ? これなら少しは暖かいんじゃない」
横目でしか確認できないが、薫子はこちらを見ている。そのせいで、目を向けられない。
「ああ、ありがとう」
思わず、顔を背けた。目を見てお礼なんて言えるわけない。
「多分、私は――」薫子の声が聞こえると同時に、繋いでいる手に力が篭るのが分った。
「貴方の、水無君の特別になりたいの」
整理が付かない状況で、こんな発言をされて、寒さにでもやられたのかと思った。
「既に特別だろ。お前が巻き込まなければ、俺はここにはいなかったんだ」
「そうじゃなくて」
そうじゃないならなんだっていうんだ。大体、特別という表現が曖昧過ぎる。
しかし、隣にいる薫子はどうも緊張しているようで、曖昧だからはっきり言えなどと言える雰囲気ではないのだ。
まどろっこしいとは困りものだ。
だが次の瞬間、薫子の顔はなにかを覚悟したものに変わった。俺にも緊張がはしった。
「その、私は……水無君の事を――」
言いかけたところで、洞穴の外から、俺達を呼びかける声が聞こえて来た。
瞬間、薫子にいきおいよく手を離される。
洞穴の中に入って来たのは、同じ班の四人。ちょっと遅かったが、見つけてくれて助かった。
一番、最初に近付いて来るや、謝り倒してくる者が一人。
「ごめん。二人に見せたのはわたしのイリガミなの! まさかこんな事になるとは思わなくて」
「おい、そんなに謝るなよ」
言われてみれば、あの黒いふさふさな毛は天津の式神のような気がする。
「うちからも謝らせてもらうわ。発案はうちでな、ちょいと驚かせてやろうおもて」
京花さんの悪だくみか。なら、貴方にはもう少し謝ってもらいたいものだ。おかげで鳥肌が凄い。
一人、朝陽だけは呑気に笑っている。
「いやあ、でもまさかあんなに全速力で逃げるなんてな」
「逃げたわけじゃない。薫子の安全性のためにだな……」
「なんだよ、惚気かよ。うらめしいなぁ」
「こっちは真剣だったんだぞ」
そんな喧嘩腰の俺達に、エジが割り込んで来た。
「終わり良ければ総て良し、だ」
まさかエジの口から諺が飛び出すとは……。
一人が吹き出すのを機に、全員の口から笑い声が漏れる。
「エジ君にまとめられるなんて、まだまだ子供ね」
話がまとまって来た頃、俺には一つ疑問が残っていた。「そういえば、どうやってこの場所が分ったんだ。洞穴の前の火か?」これで気づいたのならば、俺のファインプレーではないか。
その問いに四人は首を傾げている。そして代表して、天津が答えた。
「火なんてなかったけど」
もしや、夜風で消えたのか……。
ではどうやって見つけたか? その問いの答えを示してくれたのは、一緒に寒さに耐え忍んでいた薫子であった。
「私がずっと、呪術を発動してたのよ」
ずっと呪術を発動していた。あの間……。それは相当、体力を消耗しただろう。そしてそれをする事で起きる事は――呪術での感知が可能になる。つまりこの時間差は、四人が感知という方法に気づくまでの時間。だろうか。
どちらにせよ、薫子に世話になりっぱなしだ。後でお礼を言おう。
「ほな、とっくに観光の時間過ぎとるから、全力で戻るで! みんな、カンカンやろうし」
こうして、無事俺達は帰還をする事ができた。
しかし一つ――。
俺はあの時、薫子の次の言葉が分っていた。それなのに俺は、少なからず安心したのだ。
みんなが来たことに。今はまだ、確たる理由は分からない。しかし、思う事があったのも事実だ。
大威徳高校に戻って来た俺達は、途中から授業に参加した。疲れてはいるが、因果応報。
文句は言わずに、授業を受けた。そして終わった頃に、D組四人で仁先生に呼び出された。多分、お叱りだ。
四人で並ばされると、仁先生は苦い顔をした。
「D組の生徒だけ戻って来ないから、監督不行き届きだって怒られちゃったよ」
と思ったら、身の上話だった。
「あの……怒らないんですか」
そっと手をあげた天津が、質問した。
「んー、勿論、君達は規律に反した。でもそれ以上に、生徒の力で帰ってこれた。その自立性を褒めてあ
げたい」
仁先生は笑みを浮かべて、俺達を順番に見据えた。
「でも、反省はしてもらわないとね。反省文、四百文字。一人ずつ書いて来て」
そう上手くはいかないようだ。四人で肩を落とした。
温泉の時間も迫っていたので、先生から解放されるや、来た道を戻った。三人は雑談を交わしているが、俺はどうも気になる事があって会話に集中できない。
気づけば一人で踵を返し、仁先生のところに戻っていた。
「あの、この合宿の本当の狙いってなんなんですか? どうも腑に落ちない事が多い」
仁先生は黙って、こちらを見ていた。話せという事らしい。
「星読みの件。それから――」エジと千夜の会話。と続けようとしたが、言葉がでなかった。それから薫子の事も。
結局、論拠は皆無の状態で話してしまった。
「気持ちは分かるよ。でも、学園長が言っていた通り詳しい事は分からない。できる事があるとすれば、きたるときに備えるってところかな」
「そうですね。手間、取らせました」
もう一度、踵を返して仁先生に背を向ける。
「水無君。くれぐれもあれは使わないようにね。まだ危険性が多いから」
「生徒を守らなきゃいけませんもんね」
「それは皮肉かい」
「さて、どうでしょう」
今度こそ歩き出し、部屋へと戻った。今日は疲れた。なにも考えずに眠りに付こう。あ、その前に温泉に入らなければ。やる事が沢山だ。




