必然
早朝、全校生徒は宿舎の前に集まった。周りは誰もが眠そうにしている。
今日は大阪から京都に移動する流れなのだが、だからといって早過ぎる。欠伸をかみ殺した。
一番、年配の先生が前に立つ。
「注目。大威徳≪だいいとく≫高校。即ち、呪術学校の京都校にあたる学校から、生徒会長に来てもらった」
そんな名前だったのか、初めて知った。
不意に、隣りにいた朝陽が肘で押してくる。
「生徒会長だってさ、どんな人かな」
数秒後にはお目見えする相手の想像を、なぜしなければいけないのか。だが、一度聞かれたからには、ちょっとしてみる。
生徒会長はイコールで柿崎さんの顔が出てしまう。やはり、真面目な人なのだろう。
檀上に上がったのは、女子。柿崎さんを想像したので、あまり性別に違和感はなかった。ただ、真面目とは言い難いその容姿に驚いてしまう。
金色の髪は胸あたりまで伸ばしていて、ストレートに流している。色とりどりのピンが特徴的だ。鋭い目に、特徴的な八重歯。制服のスカートは長くしているのだが、それさえもスケ番のように見えてしまう。東京の女子高生ならば、清楚にみえただろうに。
「うちは涼風京花≪すずかぜきょうか≫や。大威徳高校で生徒会長をやっとる。よろしゅうな。そんでよろしく次いでの――」
涼風さんは両の手を素早く、動かす。早い動きに残像が残り、手が増えて見える。
「カニ道楽や」
確かに、八本くらいには見える。シュールで面白い。ただ周りは失笑だ。
頭をぺこりとさげ、涼風さんは壇上を降りる。次いで、年配の先生が話をする。
「彼女には京都までの道案内をしてもらう。みんな、仲良くしてやってくれ」
あのタイプはいつの間にか輪に入っているであろう。
集会も終わり、バスが来るまでの時間を待っていると、案の定、涼風さんはこちらに近づいて来た。
「おっす。さっきのギャグ、満点だったと思うんやけど……。東京人は採点が厳しいなぁ」
「俺は良いと思いますよ。シュールで」
その時、涼風さんがいっきに距離を詰めて来る。そして身体の感触が伝わる。
抱き着かれた……。
「君、見る目あるね! 次世代のナンバーワンコメディアンやからな、うちは」
今度は両肩に手を置かれた。目はキラキラと輝いている。
「ちょい、良太郎。お前、薫子ちゃんという許嫁がおるのになにをしでかしてんだよ」
朝陽が慌てた様子で近づいてくる。
別に、こちらから抱き着いたわけではない。関西人の度が過ぎたスキンシップに巻き込まれただけだ。
幸い、近くに薫子はいなかった。見られてはいないだろう。
「そっちはお友達?」
涼風さんは朝陽に目を向ける。
「あ、はい。六車朝陽です。こっちは水無良太郎」
六車と訊いて、涼風さんは一瞬、神妙な表情をしていた。やはり珍しいのだろう。
それにしたって、この人の登場には違和感を覚える。
「涼風さん、なんで大阪に来たんです。京都の案内くらいで態々」
「涼風って止めてや。京花でよろしゅう」
「じゃあ、京花さん」
京花さんはにっこりと笑い。嬉しそうに話し出す。
「実はな……。生徒会長の特権を使ってうちから、提案してん。東京の人と知り合えて、尚且つ、楽できるっていう逆転の発想や」
どこからか扇子を取り出し、仰ぎながら豪勢に笑っている。
職権乱用。職務放棄。とにかく、苦笑いしかできない。
と、今度は京花さんの頭が誰かに叩かれる。
「大きな声でネタ晴らしすな。アホかおんどれは」
京花さんの頭を叩いたのは、金色の髪を綺麗に七三にしているきっちりした男の人。ただ、そのきっちりも風貌と関西弁のせいで威圧感が凄い。
「痛いわ。ボケぇ」
反抗してその人を何度も叩く京花さんだが、全く気にされていない。
「あ、紹介遅れました。京花の担任で、小碇伸晃≪こいかりしんこう≫って言います。コイツ、けったいなやっちゃろ? けど悪いやつやないから、仲ようしたってや」
仁先生とは違う、しっかりとした態度。しかし、怖くて俺と朝陽は縮こまってしまう。
とりあえず、頭を下げた。
「保護者面すな。遅れて来たくせに」
京花さんに指摘されて、小碇先生は苦笑いをしている。
遅れて来たのは本当らしい。
それから、仁先生と小碇先生で雑談を交わしていた。大人の時間だ。
周りに人気が無くなったところで、俺と朝陽は同時にため息をついた。
「関西って、みんなパンチが強いな」
「ああ、完全に同意だ。凄く疲れた」
この人達と合同合宿って……。先が思いやられる。
バスが来ると、東京メンバー。更に合流した京都メンバーの二人を乗せて、大威徳高校へ向けて出発した。
隣に座っている朝陽と、外の景色を見ながら盛り上がっていると、前で小碇先生がマイクを持った。
「大威徳高校の小碇です。よろしゅう。なわけで、小話を少々」
そう言うと、小碇先生の長話が始まった。ギャグ、京都について、ギャグ、呪術学校について、ギャグ。といった感じだ。
なにが小話だ。なにが少々だ。矛盾もいいところだ。
唯一、ためになった話といえば一つ。
「東京の烏枢沙摩高校。京都の大威徳高校。この二つは同時期に設立されたんや。百瀬聡士と、弟の百瀬郷司の二人によってな。呪術ってのは隠密にせなあかんから、人気の少ない場所に」
生徒の一人が質問する。
「だったらなんで都会なんですか?」
「人が集まりやすいとかやな。北海道なんかに設けても、遠かったりでっかいどうやったりして、通うのが難しいやろ?」
わけのわからないボケが出て来たところで、話を聞くのを止めた。そして段々と、気持ち悪くなってきた。バス酔いはさほどしない方なのだが。
それからちょっとして、京都らしい和風な街並みの場所で、バスは停車した。サービスエリアか、休憩所か。そこで全員、降ろされる。
すると京花さんが、指を差す。
「あっち見てみぃ」
示された通りの場所見ると、大きな寺があった。有名な建造物だろうか。俺は覚えがない。
「あれが、我らの大威徳高校や!」
理解するのに数秒かかった。こんなお洒落な街並みで、しかもあんなお洒落な外観。
あれが高校なんて……。烏枢沙摩高校とは大違いだ。元々、住んでいた長野高校とは天と地ほどの差がある。
合同合宿の事や、ありきたりな注意点を説明されたところで、俺達は校舎内に足を踏み入れる事となった。
寺の中は本当に校舎のようになっていて、先ずは下駄箱。更には職員室のような場所まである。
そこで、職員室の中から白髪で眼鏡のおじさんが現れた。お偉いさんだろうか。仁先生はその人を見て、感心したような表情をしている。
「あれがさっき言ってた、ここの学園長。郷司さんだよ」
「やあ、良く来てくれたね。京都は良いよ。味噌が美味しいし、なにより風情がある」
郷司さんはニッコリと微笑む。
凄く良い人そうなのだが、なんだか拍子抜けだ。うちの学園長があれだけ威厳があったから、気さくなただのおじさんでは釣りあいがとれない。いや、逆にとれているのか。
京都の学園長におくりだされ、俺達は校舎内を歩き出した。
「ほな、生徒会長のうちが校舎内を案内するでぇ」
張り切った京花さんに連れられ、最初に来たのは教室。なのだが、どちらかといえば実験室のような場所だ。
高校の教室というよりは、大学の理工学部の実験室。そんな感じだ。今は授業が無いのか、生徒は誰もいない。
柿崎さんが辺りを見回し、感想を述べる。
「高校にしては珍しいわね。設備もちゃんとしてるし」
「大威徳高校は普通科、実技科、技術科、特別科に分けられてるんや。んでここは技術科。呪術の実験を主にしてる。京都は長所を伸ばす事を大切にしとるからな。そっちとはちょっと形式が違うかもしれへん」
確かに、うちは圧倒的な格差社会だ。
一つを特化させるやり方と、うちのように向上心を募らせるやり方。一概にどっちが優れているともいえないな。
ついでに訊いてみる。
「京花さんはなに科なんですか?」
「うちは実技科や。主に実践的な訓練をしとるところでな。動くのがすきなうちには一番あっとる」
納得だ。
その後には普通科。京花さんの属している実技科も見て回った。そして最後に残ったのは特別科なのだが、これに関しては見当も付かない。A組のような頭抜けた人達なのだろうか。
「最後は特別科やけど、今は確か武道場で団体訓練しとるはずや」
団体か。うちではあまりない授業内容だ。
そこで京花さんの顔が少し曇る。
「でも、みんなを驚かせてしまうかもしれへんな」
驚く……。
呪術学校の生徒に授業を見せてなにに驚くというのだろうか。可能性があるとするなら、超ハイレベルとか。
だとしたら、特別科の意味とは――。
寺の様な外観とは打って変わって、普通の学校と差し違いない内観をした廊下を歩いている途中、京花さんに訊いてみた。
「他の科は分かったんですけど、特別科にはどんな人がいるんですか?」
「せやなぁ。分かりやすくいえば、超エリート集団。たったの四人しかいーひん。その中でも、転入してきた子がおってな。これがビックリ、えっらいやり手でな」
先頭を歩いていた京花さんの足は止まる。目の前には分厚い扉。
「ま、直接、確かめてや」
言葉と同時に扉は開く。
そして言葉通り、俺は驚愕する事になる……。
目にしたのは三つの呪術。どれも強力で、中には八戒もあった。聞いた通りにエリート集団。それら全てが、一人の生徒に向けて放たれている。幾ら授業とはいえやり過ぎだ。まともにくらえば一溜りも無い。
しかし――その呪術は触れる前に消えてなくなった。そして放った三人は、強力な呪術によって倒れる。
全てをたった一人の生徒が行ったのだ。指紋すら、捉える事ができなかった。
「あちゃー、派手にやったなまた。あれがさっき言ってた、大威徳高校の期待の星。エジ君や」
名前を聞いた瞬間、開いた口が塞がらなかった。
慌てて、一連の呪術をやってのけた生徒を捉える。周りは制服だというのに、一人、パーカーの帽子を深く被っている。長い前髪は色素が抜かれたかのように白い。
俺の視線に気づいたのか、目が合う。そしてその目は、――虚ろだった。
間違いない。
「……エジなのか」
彼に向けて一歩近づく。
確信はした。しかし、どうしても信じられなかった。
深々と備え付けの帽子を被った生徒は、小さな声で呟いた。
「水無良太郎……」
感動の再会というわけではない。ただ久しぶりに、出会えた。なのにその淡い感情は、京花さんの大きな声で消えた。
「え……。なに。二人、知り合いやったん」
よくよく考えれば、京都の呪術学校に通っていると察しはついていたし、ここにいるのは驚く事ではない。偶然の再会ではなく、必然のものだ。だから感動などする俺がおかしいのだが……。
横やりを入れられたみたいで少し、納得がいかない。
不機嫌な表情をしているであろう俺とは別に、天津は笑顔でエジに話しかけている。
「久しぶりだな、明」
「覚えてくれてたんだね。なんていうか、弟をもった気分……」
そこに朝陽も近づいてくる。
「確か、文化祭に来てた人だよね。俺は朝陽。宜しく」
と、朝陽は拳を突き出す。
しかし、そんな挨拶にエジが対応できるはずもなく、首を傾げている。
「エジ君はこっちの文化に疎いんだよ」
天津が丁寧に説明をすると、そうなのか。と朝陽は困り顔になる。
「けど、まさか……エジがあそこまでの呪術を使えるなんてな。どんな術式を組んだんだ」
エジは表情を変えない。
「そんなに難しくない」
これは煽られているのだろうか。相手の呪術を無効化して、三人の生徒をまとめて倒すとか。難しいでもすまされない荒業だ。
常識外れのエジだから、納得してしまうが。
ただ一つだけ、気になる話し声が聞こえて来た。それは、薫子と千夜のものに間違いないだろう。
「十文字さん、なにか変じゃないですか」
「違和感しかない。です」




