優勝
二人で第二体育館までの道を走り出す。これで二位につけた事になるが、先程のような指令なら一位を狙える可能性もある。相手は大我さんだが、直接的なぶつかり合いさえなければ。
第二体育館への道はそれなりに長く、時間が掛かってしまったが、後ろからはまだ誰も来ていない。
よし。「開けるぞ」
閉まっている扉を開ける。
するとそこには――笑みを浮かべている大我さんがいた。
これはどういう事だろうか。
「待ってたぜ、ガキんちょ」
考える間もなく、大我さんの手から一枚の紙が飛んでくる。それは曲がることなく、真っすぐに。勢いもあるので、手に呪力を籠めて掴む。
なぜだろうか、凄く嫌な予感がする。
開くとそこには――手錠を二つにすればクリアと書かれていた。思わず、天津と顔を見合わせる。
「つまり、そういうこった」
最初から運営側は盛り上げるために戦わせるつもりだったというわけか。
手錠を二つにするには、相手の取らなければいけないもんな。そういえば、最初に解錠する為の鍵も渡されていた。これも考慮してか。
本当、嫌な生徒会長様だ。
やる気になっている大我さんに従士が苦言を呈す。
「いいですか、私もいるんですから手加減してください」
「ちっ、しゃあねぇな。あれは使わねえよ」
あれとは、憑と召の同時発動だろう。しかしそれだけのハンデでどうにかなる相手ではない。なにか裏をかいて勝つしかない。
「気を引き締めろ」
「うん、分かってる。あの人の呪力、怖い感じだから感知もしやすい」
呪力の感知か。俺にはできない技術だが、使えるかもしれない。
刹那、呪力を身体に纏った大我さんの拳が、目の先にまで迫っていた。
「感知できても間に合わねえよ」
俺達の間に大きな衝撃波が起きた。壁に打ち付けられたが、天津が護で守ってくれて殆ど痛みは無い。
殴って来た瞬間、俺は発をしたのだが、あまりに唐突で暴発してしまった。
「良い反射神経じゃねえか」
ぶっ飛ばされてからんなとこ褒められても嬉しくない。
ただ、憑だけの大我さんなら勝てなくとも、手錠を奪う見込み位はある。従士の人はなにもしてこないようだし。
先ずは相手の動きを封じる事だ。千夜の呪術も避けきる程のスピード。まともにやっては馬鹿を見る。
数秒で天津と打ち合わせしてから、指紋を始める。一番、発動までのスピードに自信のある発を、何度も打つ。勿論、パワーとスピードを重視しているのだが、大我さんには一向に当たる気配はない。
「単調な攻撃だな」
一つを腕に弾いたのを機に、大我さんがいっきに距離を詰めて来た。あの程度では当たってもダメージにすらならないという事だ。
だが、それも予想済み。
走って近づいてくる大我さんの後ろに、二匹の影が見える。
気配の消した式神にも、大我さんは察知をした。後ろを振り向き、間一髪のところで避けた。それはもう、野生の勘としか例えようがない。
「邪魔だ、いぬっころ!」
天津の式神の頭を掴み、両の手で二匹を投げつけて来た。
「今だよ、水無君!」
両手を使った瞬間、それは数少ない隙だ。
「縛!」
一際大きな鎖が、大我さんに迫った。
しかし――その反射速度と身体能力で、高く飛び上がり縛を避けたのだ。片手には従士を繋ぎ、重みも増しているというのに。
けど、それくらいはしてくると思っていた。
宙に浮いた大我さんの周りには、十枚の呪符が展開されていた。天津が呪力を籠めると、そこから多量の鎖が飛び出し、大我さんをがっちりと捕まえた。
「良い作戦だ。頭の使う相手はどうも苦手だな」
重力で降りて来たところに、俺と天津は細心の注意を払いながら近づく。力量を過大評価し、その上でのあの量の鎖だ。万が一つにも壊される事はないはずだ。ただそれでも過信はできない。
従士の方は捕まえていない為、そちらの手錠を切り離せばこちらの逃げがちなのだが、なぜか汗が分泌される。緊張感だろうか。それとも……。
そこでようやくその意味に気づいた。
大我さんがまるで焦っていない。喧嘩番長のような人が、格下の相手にしてやられてあんな落ち着いていられるものだろうか。
その行き過ぎた思考は、過剰なものとはならなかった。
「苦手なんだよ。頑張って考えたそれを、力ずくで壊しちまうのはよ……気が引けて!」
大我さんの身体の周りの鎖がはちきれた。不可能なはずのその現象は、可能なものになった。なぜなら、大我さんではなく、召喚された式神によって壊されたからだ。
屋上で大我さんに生えたあの角と同じものが頭にある。黒い体に、大剣を持っているそいつはまさに鬼と呼ぶべき存在だ。
「殺れ、酒呑童子≪しゅてんどうじ≫」
襲ってくる大剣を護で防いだ。俺の呪力量をもってしても、その攻撃は重く感じた。上位の式神だ、コイツは。
やはり化け物か――四術士。
距離を取ってから、天津は疑問を口にした。
「なんで召喚できたんだろう。指先まで完全に抑えたから、指紋もできないはずなのに」
その答えはおのずと見えてきた。
大我さんの服ははだけ、前ボタンが外れていた。そして鍛え抜かれた身体には、術式が刻まれていた。おそらくそれは――。
「あれって、召喚の術式」
天津の言葉で、答え合わせができた。
術式に呪力を籠めれば術は発動する。つまり、予め刻んでおけば好きなタイミングで発動が可能なのだ。指紋も何も必要としないそんな事をする者は極少数だろう。だが決まった戦い方がある大我さんなら理解できる。
力でひれ伏すような戦い方とは裏腹に、緻密な戦術だ。
結構、詰んでるかもしれない。
朝陽の閃きで見事になぞなぞに正解した、二人。だが喜びよりも先に焦りが生まれる。
良太郎ペアもおらず、他の強い組み合わせが先に進んでいたからだ。一刻も早く、追いつかなければならない。
「急ぐわよ」
足を速める薫子だったが、なぜ自分はここまでムキになっているのかと自問自答をしていた
試写会を見に来なかったり、天津さんと二人で生徒会企画に参加したり。なぜかチクチクとした感覚に
陥る。朝陽君まで連れ、態々、こんな企画に出たのだろう。全く、謎が解けない。
「まさか薫子ちゃんが、こんな必死になるなんて思ってもなかったよ」
不意の朝陽の言葉に、薫子は自分へ言うように呟いた。「わたしも……思わなかった」
二人が第二体育館に付いた頃、既に始まった後だった。驚く事に水無ペアと大我ペアが戦闘をしている。こんな企画でここまでの事をするのかと疑問に思ったのだが、モニターに映し出された指令を見た瞬間、納得した。
誰かの手錠を取る。つまりは戦って奪い取れと言っているようなものだ。
足が止まり、思考が鈍る。
朝陽は焦燥に駆られた。
「大我にい相手じゃ、勝ち目ないなぁ」
と珍しく弱音を吐いている。大我を良く知っているからこその発言であろうが。
隙を狙って倒す。または他の相手から……。色々な作戦を考えた。しかしそれは直ぐに無意味なものになる。
「なるほど。これは楽しみだね」
背後から聞こえて来たのは、誠司の声だった。気を張っていたはずの薫子でさえも、声をかけられるまで気づかなかった。
誠司に向き直る二人は冷や汗を掻く。
しかし、手錠に繋がれているはずの千夜の姿が見えない。そう思った矢先、誠司の背から出てきてから、肩車の形に移行した。そのせいで、誠司は片腕を常に上げている状態になってしまっている。
「ここ良い眺め」
ご満悦な顔の千夜とは対照的に、肩車を半強制的にさせられている誠司は苦笑いを浮かべている。その後、更には頭に猫まで乗っけられるありさまだ。
そんな姿を見て、思わず薫子が漏らす。
「誠司君がお父さんみたい」
それを聞いて、憤然としたのはなぜか千夜だった。
「アイツ、馬鹿にした」
指を差してから、千夜は誠司に命令する。「アイツ、倒すです」
「いたたっ、分かったから髪を引っ張らないで」
威厳が全くない誠司を見て、薫子と朝陽は苦笑いしかできなかった。
しかしそんな油断もつかの間、顔つきが変わり、二人は身構えた。……はずだったのだが、目にも止まらぬ指紋の速度に二人はなにもできずに吹き飛ばされた。挨拶代わりの発といったところだった。
四之宮家、当主の愛娘にいきなりの攻撃。幾ら四術士といえど手加減が無い。もしかしたら、なにかしらの狙いがあるのかもしれない。
「手加減するとは、甘いです」
「一応、俺の主になる子かもしれないんだから。お手柔らかにね」
そんな二人の会話は、勿論、他の人達には聞こえていない。
吹き飛ばされる事により、距離を取れる形になった薫子と朝陽だったが、手錠を奪う算段が立たない。
朝陽が大我を良く知っているように、薫子も誠司の事を知っている。故に、まともにやって勝てる見込みが無い。更には千夜までいるのだが、彼女の方は戦闘に参加しない気でいる様だ。
とはいえ過信はできないのだが、そうとでも信じなければ、二人に万が一にも勝てる見込みが無くなってしまう。
そしてつけ入る隙があるとすれば、一つだと薫子は考えていた。
「身体は大丈夫?」
薫子の問いに、朝陽は笑って見せた。
「当たり前。寧ろ、俺が守ってやるって感じ」
「それは頼もしいわね」
一度、呼吸を整え、考案した作戦を整理してから、空中に指紋を始める。それも数多くの。薫子の呪力量でそれら全てを発動させる事は、かなりリスクが高い。だが薫子はこう考えていた。
一回の攻撃ごとに全力で臨まなければ、手傷一つ負わせられない。それに長期戦になれば先を越されてしまう。と。
その指紋のスピードに朝陽も驚き、誠司すらも舌を巻く程だった。それから嬉しそうな顔をみせる。
空中に薫子が作り出した、幾つもの術式を眺めていた朝陽だったが、突如、薫子が走り出した事によって一瞬、足がもつれる。しかし持ち前の運動神経で直ぐに立て直した。
「ちょっと薫子ちゃん。どういう策?」
「誠司君につけ入る隙なんて無いわ。でも今なら一つある。……片方の腕よ」
千夜を肩車している事によって、誠司の腕は常に上がっている状態。つまりは指紋もろくにできないというわけだ。
「ああ、なるほどね」
と、指を鳴らす朝陽。
まるでその音がきっかけのようなタイミングで、薫子の展開した術式から呪術が発動する。発、縛などの多彩な技が同時に誠司達を襲う。
勿論、これで仕留められるなどとは考えていなかった。ただ、これによって片手を使わせれば、隙が生まれる。そこを狙えば、呪術を直接叩き込めるわけだ。あわよくば手錠も奪い去る。
――はずだった。
呪術は全て消え去り、余裕の表情の誠司が目に移った為、薫子は足を止めざるを得なかった。
「どうやって……」
発で派手に消し飛ばされるのなら納得も良く。護で防がれた形跡もない。理解が追いつかない。
驚いた顔の薫子に、誠司は説明した。
「護と封を使った術式さ。護に触れた瞬間、忽ち消えてしまったってわけ。まあ長くはもたないし、実戦じゃあ先ず使えないけど」
終えてからニヤリと笑う。
「あんなの反則だろ」
そんな朝陽とは別に、薫子は自信を損失しそうになっていた。十文字千夜との一戦でも、良太郎と二人だったとはいえ善戦できた。彼の呪力もさることながらだが、自身の呪術レベルのおかげもあったと自負していた。
そうでも思わなければ、今までの生き方が否定される事になる。そして現在、薫子はその感覚を味わっていた。
まるで練習程度にしか思っていないような発言。それが天然が故の言葉だとは理解している。更には率直な意見だとも。
大我さんが呼び出した、酒呑童子は憑をした大我さん本人にも負けず劣らずの強さを誇っていた。俺と天津が二人がかりで五分。
一瞬の隙から酒呑童子の攻撃で、俺達は吹き飛ばされる。
いや正直――おされている。
「なんで式神なのにこんな強いんだよ」
赤い眼鏡を直しながら、天津が答える。「酒呑童子は十二神将に数えられる最強の式神なの」
通りで強いわけだ。それを子供の文化祭で使ってくるって、大人げない。
その張本人は、パートナーである十文字の術士と雑談を交わしている。余裕綽々だ。
もう一度、酒呑童子に目を戻すと、こちらに向かって来ていた。慌てて指紋をし、発を撃つが大したダメージは与えられていない。
驕っていたのかもしれない。薫子と二人で千夜とまともに戦えた事で。四術士に追いついてきていると過信していた。
だが、まだこれだけの実力差がある。
そこにあるのは悔しさが大半だった。ただ、高揚感もあった。上には上がいる。なぜだかそれが結びついた。
とはいえ……。安心できる状況ではない。
天津の式神が俺達を乗せて避けてくれたが、酒呑童子が攻撃した先は護が壊れかけている。文化祭の為に更に強く強化したものなのにも関わらず。
「どうしよう……。これじゃあ、大我さんに近付く事もできない」
天津が思案する中、俺は扉から二人組が体育館に入っている事に気づいた。それ事態はなにも不思議ではない。なぞなぞを解けば、自然とこちらに足が向く。ただ俺以外、誰も彼等に注意を払っていなかった。
そんな彼等は指紋をして、発をした。不意打ちをして、倒すつもりなのかもしれない。大した威力ではないが。
発は俺の方には来なかった。向かった先は薫子達の方向。いつもの薫子ならそれに気づき、躱すか防ぐはずだった。
しかし、なぜだか薫子が動かない。
嫌な予感がする……。
気づけば、薫子の名を俺は叫んでいた。
声をかけてから気づいても、おそらく間に合わない。だが、その発が薫子に当たる事は無かった。
代わりに――薫子を守った朝陽が地べたに倒れる。
あの一瞬では、身体もろくに守れていなかったのかもしれない。
「朝陽!」
身体が勝手に動き、二人に向けて走り出した。だが直ぐに、腕を掴まれ足が止まる。
大我さんだった。
「ちょっと待て」
落ち着いた声に、 頭が冷静になる。
そして次の言葉で、一瞬、血の気が引いた。
「お前等は下がってろ」
朝陽の名を呼びかける薫子。そして朝陽からは多量の血が流れていた。最初から手傷はあったし、発をまともに受けた。だからといって、あの出血量はおかしい。薫子はそれに気づかず、取り乱しているが。
冷静になっていた為か、おのずと答えは見えた。
それから、天津の手を引いて距離を取る。
朝陽には常に持ち歩いている物がある。それは夕陽の血。もしもの時の為に、懐に一本は必ずらしい。それが発で割れた。中の血が溢れだした。出血の正体はそれだ。
だが未だに朝陽は目を覚まさない。更には予め傷があった。そこに血が流れ込めば、体内に夕陽の血は巡る。
「もしかして」
天津がこちらに目配せしてくる。
「多分、そのまさかだ」とはいえ、ここには四術師のうちの三人がいる。前回ほど苦労はしないはずだ。
大我さんは無理やり手錠を引き千切ってから、誠司さんに向けて声をかける。
「おい、誠司。手錠を外せ」
その言葉で察したのか、誠司さんの顔も神妙なものに変わる。
「薫子ちゃん、朝陽君から離れて!」
その瞬間、朝陽から子供のような笑い声が聞こえてくる。
間違いない。――夕陽だ。
直ぐに動いて、薫子を助けたかった。だが、足が動かない。それどころか、指が震えた。
六車本家での一件に、少なからず恐怖を覚えたらしい。情けない話だ
代わりに誠司さんが薫子を抱きかかえ、手錠を外した。咄嗟に安堵のため息がつく。
刹那、頭になにかがぶつかる。足元には手錠が転がっていた。
「おいガキ。その手錠持って、消えろ」
「けど、朝陽が……!」
「足でまといだって言ってんだよ。わかんねえか」
鋭い大我さんの言葉に、なにも言い返せなかった。
「これはうちのバカ親父がまねいた事だ。ガキの祭りを邪魔したくねえんだよ」
「そうだよ。ここは俺達に任せて、良太郎君は青春を謳歌しな」
誠司さんの声だ。
目を向けると、千夜はピースをしていた。
鈍る足を動かしたのは、天津だった。
「行こう。柿崎さんの最後の文化祭を、台無しになんてしちゃダメだよ。朝陽君は、きっと大丈夫だから」
正しい行動の前では、中途半端な思考は意味をなさないらしい。重かった足は軽くなり、俺と天津は体育館から出た。
絶対に優勝する。そう心に決めて。
最後の指令は、校庭のゴールへ走る事だった。放送でそれが流される。本当は放送ではなく、画面に映るとかだったのかもしれないが、非常事態の緊急処置だろう。
校庭へでると、二百メートル程の先にゴールが見えた。徒競争のように、カーブがあるコースだ。テープ越しに観客がひしめきあっているせいで、ショートカットはできなそうだ。
『最初に姿を見せたのは、水無、天津ペア!』
実況の声がスピーカーから聞こえてくる。
二人で走り出すと、応援の声が耳に届いた。しかしそれは段々とざわめきに変わる。
『おっとぉ、後ろから追走者!』
反射的に振り向くと、薫子に発をした二人組がいた。おそらく、落ちている手錠を持ってきたのだろう。
間接的な罪かもしれないが、それでもこの二人には負けたくない。自然と足が早まる。距離はまだあるし、このペースでいけば俺達の優勝は間違いない。
その時だった。
天津が崩れ落ち、その反動で俺も膝をつく。
「ごめん、足滑らせた」
そう謝って立ち上がろうとする天津。しかし違和感がある。
「おい、靴脱げ」
「え。いや、平気だから」
拒もうとする天津の手を退かし、靴を脱がした。すると、思った通りに足から血が流れていた。
「我慢してんなよ」多分、最初に草履で走った時から……。
俺達の横を、後ろから迫って来たいた二人が走り去っていく。どうやら考えている猶予はないようだ。
天津に背を向けてから腰を屈める。
「乗れ。今はこれしかない」
「お、男の子におんぶなんて初めてなんだけど……」
見なくとも顔を赤らめているのが分かる。俺だって相当、恥ずかしい。というか、多分、俺も赤い。
苦闘の末、乗っかり。俺は走り出した。
『アクシデントもありましたが、水無、天津ペア立て直しました。これは再逆転劇があるかもしれません』
地を蹴る足に力を籠め、速度をあげる。女子と一緒に走っている相手よりも、天津をおぶっている俺の方が少し早い。距離は段々と縮まるのだが、これでは間に合わない。抜かすよりも先にゴールされてしまう。
手が塞がっていて指紋もできない。天津も消耗している。ここから逆転するには……。
「気合いだ!」
更に加速し、前との距離を詰める。
「す、凄く安易だね! でも、頑張って!」
背から聞こえる声援に、疲れも段々と無くなっていく。脳を支配するのは、優勝の二文字だけ。
イコールで結ばれ、俺の足は更に速く動く。
そして目の前にあるのは、人の背ではなく、ゴールテープへと移り変わった。
体力の限界だったのか、最後は倒れ込む形でテープを潜った。
『優勝は水無、天津ペア! 奇跡的な逆転劇で幕を引きました!』
放送の声とほぼ同時に、拍手が巻き起こる。これが俺達に向けられたものだと気づくのに、数秒を要した。
隣に座っている天津がにっこりと笑う。
「お疲れ、水無君」
「ああ、お疲れさま」
疲れ切った俺の頭に、一つの記憶が蘇る。
「……朝陽のところに行かないと」
考えるよりも先に言葉が出る。しかし、天津は笑顔を崩さない。そして指を差す。
その先には、大我さんの肩に持たれている朝陽の姿があった。こちらに手を振って、なにかを叫んでいるが、周りの声援がうるさくて聞き取れない。ただ喜んでいるのは分かる。
いっきに力が抜け、仰向けに体制を移す。すると目の前に、柿崎さんの姿が映った。幻覚かと思ったが、本人らしい。声まで聞こえて来た。
「倒れるには早いわよ。これから授賞式なんだから」
多分、俺は初めてみたかもしれない。彼女の、柿崎さんの笑っているところを。
「やるじゃない。見直したわ。……それからありがとう。おかげで文化祭、大成功よ」
柿崎さんが本当の意味で、認めてくれた瞬間だったのだろう。ただ感傷に浸っている暇は無く、無理やりに身体を起こされた。
飴と鞭。なにより馬鹿力。
指示にしたがい、手錠を付けた俺達は設置された教壇に上がる。
「やあ、また会えるなんてこれは運命だね!」
この耳障りな声は――久我さんだ。
派手好きで目立ちたがり屋のこの人が参加しなかった理由はこれか。
天津は苦笑いで困っている。
「けど、お姫様は君に譲るしかないようだね」
そこで久我さんはこちらに目を向ける。
なんだか、照れる。
優勝賞品の授与が終わると、校庭は拍手と声援に包まれる。その音を打ち消すように、背後で大きな音がした。
上空で色とりどりの火花が散る。
――花火だ。
夕空に光を灯す、火は高校生活の祭りに相応しいように感じた。文化祭のフィナーレには申し分ない。
一緒に作り上げた仲間と見ている時間は、幸福であった。




