騒動
二人で人の多い、廊下を早歩きでかける。走ろうと提案したのだが、天津は校則違反だと拒否をした。真面目だ。
人が多いせいで、走れるようなひらけた場所もすくなかったし、大して時間も変わらないだろうが。
呼吸が少し乱れた頃、生徒会室は目の前に現れた。少しくらい疲れている感じを演出した方が、叱られずに済むかもしれない。
そんな淡い期待と共に生徒会室の扉を開けたのだが、甘い考えだと直ぐに思い知った。
「遅い! 自分がどんなに大事な立場か分かってるの」
入るやいなやの柿崎さんの怒号だった。
「はい、すいません」
「すいませんじゃなくて、言ってみなさい」
あまりの迫力にしどろもどろになっている俺に、霧島さんが助け舟を出してくれた。
「まあま、時間も無いんだし本題に入ろうよ」
と自然な流れで話を逸らしてくれた。
頭が下がる思いだ。それは天津にも。おそらく俺が忘れていると思って声をかけてくれたのだろう。もしかしたら一度、生徒会室にも来て戻ってきてくれたのかもしれない。後でちゃんとお礼言おう。
全員がいるのを確認してから、柿崎さんが切り出した。
「ちゃんと運営委員の仕事は理解している? ただ遊びに回るだけじゃないのよ」
仕事は文化祭での不正などがないかのチェック。
不正というのは、予め生徒会やらの上の機関に提示された料金価格よりも高い値段で販売したり、などという行為だ。
その浮いた分のお金を小遣いにする連中がいたりと、前に色々あったらしい。
他には生徒会企画の準備などがある。これは校舎全体を利用する為、当日にこそこそ準備する必要があった。
俺達はそれ以外には特別な仕事を任されていない為、楽な方といえる。
柿崎さんは仕事を改めて一つ一つ確認した。さすがにきっちりとしている。
「それじゃあ、着替えて」
着替える。これに関しては聞いてない。いったい、なんの事だろう。
生徒会室に入って来たのは古風な感じの三人だった。
「私が用意した着付け師よ」
着付け。そんな大変な事をするのか。どこか他人行儀に思っていた俺も、腕を掴まれた。
まさか俺も――。
男子だけが別部屋に移動され、和服に着替えさせられた。そしてなぜか前髪を上げられ、ワックスでがっちり固定。なんでも和がテーマだからだそうだ。ぷらすで毎年、運営委員だと分かるように他とは違った格好をするとの事。それにしたってここまでする事があっただろうか。
俺のは衣装は紺とか地味な色で助かったが。
小さな部屋から解放され、もう一度生徒会室に通された。
こちらではさきほどの部屋とは違い、フローラルな香りがした。そして華やかだ。
柿崎さん、霧島さん、天津。誰もが和服を着ていて、髪型もかんざしなどで整えている。それにみんな、似合っていて綺麗だ。馬子にも衣裳か。
「似合ってるな」
天津に声をかけると、少し照れているようだった。
「水無君もね」
眼鏡と和服は時代錯誤なんじゃないか。といおうとしたが、寸前で止めた。
そこで柿崎さんが手を叩く。
「直ぐに前半の運営委員が返って来るから、気を引き締めなさい」
強気な鼓舞だ。こういう言葉があるとやはり本番って気がする。とはいっても、ただ見回りをするだけなんだが。
生徒会室から出るや、天津は腕を上げた。
「さあ、がんばろう」
俺はこう思う。見回りなんてのは、不測の事態が起きない事を祈る為の時間だと。
しかし天津はやる気満々だ。
それにしても――天津の和服姿を見ると、綺麗なのだと再認識する。自分で選んだわけではないのかもしれないが、派手な紅い着物に着られていない。眼鏡も赤だし好きな色の可能性もあるが。
和服の二人が廊下を歩いている。傍から見たら異様な光景なのだろう。ただ天津が美人なおかげもあって、せせら笑いというよりは、一目置かれる。そんな感じだ。
どちらにせよ、注目を集めるのは好まない。友達といるのは好きだ。知らないやつに見られるのは嫌いだ。
話す事も無くなった頃、強引に客引きをしたりと主張の激しい屋台を見つけた。別段、その辺に関しては厳しい取り決めは無い。ただ、一つだけ問題があった。
「へいへい、らっしゃーい!」
威勢の良い生徒一人に、近づく。
「運営の者ですけど」
そういうと、彼は畏まった態度で返事をした。
運営という肩書は恐れるべき対象らしい。去年、柿崎さんがなにか圧力でもかけたのだろうか。考えるだけで恐ろしい。そしてビビられるのは良い気分ではない。
「あの、なにか問題があったでしょうか……」
D組の俺にも明らかに下からだ。おそらくは知らないだけだろうが。
「屋台の位置が、前に出過ぎです。ここの廊下は狭いので、一メートル確保する取り決めなのは最初に聞きましたよね?」
そこで屋台に目を向ける。
気持ちが屋台に出て、明らかに前に出ている。これでは80センチ程しか廊下が確保できていない。
「あ、本当だ。すいません!」
彼は謝り、屋台の位置を下げた。文化祭運営というだけで随分、簡単に問題が解決する。
「おー、機転が利くね」
天津に褒められて、俺はなぜ気づかない程度の問題に、自ら首を突っ込んだのかと疑問に思う。
――多分、狭い道が嫌いだったのだろう。
それからも特に問題は起きる事無く進んだ。生徒会企画の準備は、通行止めにしてから台を持ってきたりと、指令を置く場所の確保。あまり時間はかからなかった。
主な仕事が終わってから、天津が気づいた落書きを消している最中の事。
「人の助けになるって楽しいね」
キラキラの笑顔で天津はそう言った。
「どちらかといえば、雑用だがな」
「それでもいいんだよ。小さな事をこつこつと、だよ」
駄目だ。眩しくて見えない。良い子過ぎるだろ。
俺も落書きを消すのを手伝い、終わってから廊下に出た。それから聞こえて来たのは、女子生徒の話し声だ。
「なんか、生徒会企画のデモンストレーションで問題起きてるらしいよー」
「あ、そういえば時間変更って放送してたよね」
俺達が聞こえないタイミングで放送されたのだろう。聞いた覚えがない。放送の聞こえづらい場所は実際、存在するし。
「中止とかないよね」
「久我先輩の和服姿、楽しみにしてたのにぃ」
そこで天津と目を合わせる。
……これは大問題だ。
だが久我先輩は苦手だし、あまり関わりたくもない。そのせいで考えあぐねている時、天津は真っ先に歩き出した。
「生徒会室に戻ろう!」
なにかできる事があるかもしれない。とでも言いたいのだろうか。
確かに、できる事は確実にあるだろう。しかし、それは天津にとって嫌な事だ。ならべく避けて通りたい事だ。おそらく自分でも気づいてるのだろう。なのに躊躇なく歩き出している。尊敬すべき同級生だ。
俺は天津の後を追った。逞しい背を。
生徒会室の扉を開けると、案の定、場は騒然としていた。最初に聞こえて来たのは、柿崎さんの怒号。
「怪我したとか洒落にならないから」
凄い形相に、久我さんが何度も頭を下げている。
椅子の上には姫役になった女子生徒が、足に包帯を巻いてもらっている。なんでも器用にこなす霧島さんにだ。
「俺が急かして階段を下りたせいで、足に怪我して……」
「言い訳はいいのよ」
その恐い顔も、霧島さんに向ける時は少し和らぐ。
「怪我はどうなの? 歩けそう?」
「捻挫しているし、立たせるのは難儀だよ」
そもそもまだ舞台に立たせようとしているのが凄い。
姫役だった一人が怪我をしただけでこの形相、普通ならば落ち着けよと言いたい。ただあの話を聞いた後だと、仕方ないと思えてしまう。
そのタイミングで久我さんが天津に気づいた。さっきまでの落ち込みっぷりは嘘のようで、明るい笑顔に変わる。
「明ちゃん! いいところに来た! 話は聞いてたよね? 君に是非、代わりをやってほしい」
なんという変わり身の早さだ。
しかしそれを認めないのはやはり柿崎さん。
「久我、反省してんの。それにD組になんか大事な役目を任せられない。呪術を二人で披露する場面だってあるのよ? ここで失敗したら全部が台無しなの」
まくしたてる柿崎さんに誰もが気圧されている中、天津だけはまっすぐ前を向いていた。
「わたし、それでもやります。……やらせてください」
今まででは想像もできないような、鋭い声だった。
「は? D組にやらせるくらいだったら、私がやった方がましよ」
苦笑いの霧島さんが反論する。
「穂希には裏方の仕事があるでしょ」
イタいところをつかれ、柿崎さんは舌打ちをする。
だが実際、D組では辛い役目なのだろう。呪術レベルなど、そういう問題もある。成功させるためには、デモンストレーションが大事だ。だから、俺が天津の凄さを教えてやる必要がある。
「お言葉ですが、天津はD組のレベルじゃない。否定するなら呪術を見てから言って下さい」
実践を苦手としていた天津だ。推測だが、元同じクラスでも彼女の本来の実力を知らないのだろう。
そこに霧島さんが一言付け加える。
「時間も無いし、彼女にお願いしようよ。ね?」
一番、信頼している霧島さんの言葉だったからだろう。多少、不満は残しつつも、柿崎さんは承諾した。
天津にアイコンタンクトをすると、嬉しそうな顔が返って来た。
それから、天津の呪術レベルを見て段取りを決めた。とはいえ、元の姫役もB組で特に変えるとこもなかったのだが。
天津の呪術を見てから、久我さんは異常に褒めていた。
「いやぁー、さすがは俺が見込んだ姫様だ。……惚れ込んだの方が正しいかな」
とウィンクをしてみせる。
天津は笑ってはいるが、完全に引いている。
周りのピリピリムードも無くなり、霧島さんは頷いてから言った。
「適材な人がいてよかったね。これで万事解決」
それで終われば場も温かくなるのだが、柿崎さんがふて腐れながら毒づく。
「D組にしてはね」
まあ事情も事情なので、俺も目くじらを立てずに黙っていた。反論などしようものなら収集が付かなくなる。天津の意思を踏みにじるようなまねはしたくない。
それが終わると着付けに入った。和服はそのままで、姫様ふうのメイクが施される。艶の良いリップに、ショートの天津にはロングのウィッグ。前髪はお姫様カットいわれる髪型だ。
それもあっという間に終わり、姫さながらになった天津が誕生した。
とその時、生徒会室の扉が開いた。入って来たのは男子生徒だ。
「あの、そろそろデモンストレーションを始めないと時間が……」
時計を見ると予定より30分以上、遅れている。このままだと生徒会企画の時間が無くなり破綻してしまう。
その子に、柿崎さんが指示を出す。
「10分後に始めると放送して」
そう言われて、男子生徒は素早く踵を返した。
今度は俺達に指示を出す。
「私達は裏に回るわ」
デモンストレーションは、一番人の入るスペースである第一体育館で行われる。舞台の広さも丁度良く、裏も広い。大体の準備は整っているので、段取り通りに進めるだけだ。
向かっている途中、久我さんは何度も俺がリードするから安心して。と言っていた。
傍から見れば良い先輩のはずなのに、どうしてか胡散臭く見えてしまう。
裏に入ると、体育館には既に多くの生徒がいる事が分った。直接見たわけではないが、こちら側まで話し声が聞こえる。注目度と期待度は相当、高いのだろう。天津も目に見えて緊張している。
「どうしよう、こんな人前に出るの初めてなのに……」
その後も、天津は指紋の練習を何度もしていた。
呪符でも書いてやれば楽なのでは、と思ったのだが、呪符は書いた通りにしか動かないらしく。一辺倒なものにしかならないとの事。見せ物には不向きのようだ。
「大丈夫だよ。お前ならきっと」
特に励ましの言葉も浮かばなかったので、そんな言葉しか出てこなかった。
すると天津は笑った。俺は大真面目なのに笑ったのだ。
「根拠の無いセリフ」
「いやいや、天津にだけは言われたくないぞ」
今度は天津が手を振りながら、否定してきた。
「わたしのはあるよ。がんばろーって感じの根拠が」
あまりに子供っぽい主張に笑いが抑えきれず、二人して笑ってしまう。
そこで、壇上の前に立つ司会者が裏から出て行った。もう直ぐ始まるらしい。
霧島さんもこちらに声をかけてくれた。
「もう直ぐ、出番だからね」
天津は、はいと返事をしてから、俺の方を見て来た。
「なんだか緊張が解れた。やりきってくる」
笑顔で言った後に、久我さんの方へと去っていった。
直ぐに、司会に出ていった子が、婿と姫の呼び込みをする。本来ならもう少し長めにМCトークをする予定だったのだが、待たせてしまった事による場の空気から、呼ばずにはいられなかったのだろう。
しかし今の調子で出て行けるなら、寧ろ好都合だ。
柿崎さんはヘッドマイクを付けて、指示出しをしていて、霧島さんもそのバックアップをしている。よって俺はここにいても邪魔だ。裏方の誰も通らずに、尚且つ舞台の様子が見える場所に移動して、姫様の様子を窺う事にした。
二人が出ると、場は明らかな盛り上がりを見せ、男子からの茶化しと、女子の黄色い声援が入り混じっている。
数秒聞いてから、久我さんは手で制止する。
「長い間、待たせてすまない。――では、お待ちかねの姫様の登場だぁ!」
瞬間、ライトが光、和服姿の天津が照らし出された。伏し目がちに歩き出し、久我さんの横へついた。それまでに幾度も、かわいいーとか、綺麗とか、だれー? などの野次が飛んできた。
天津は名乗らずにぺこりと頭を下げた。
あくまで姫役。という事なので、名乗らない取り決めだ。
「どうだい、俺の姫様は? 可愛いだろ?」
久我さんがきざな声で呼びかけると、生徒から可愛いと返って来る。俺にはついていけないノリだ。そして姫役をちゃんとやっている天津に対し、このノリの良い婿様はどうなのだろうか。
次に、久我さんは持ち前の喋りで場を盛り上げてから、生徒会企画の説明を始めた。
「先ずは」久我さんは片手を出した。そこに天津が手錠をかけてから、「捕まえます」と一言。
「鬼畜」
と久我さんのアドリブが入ったところで、今度は天津が自分の腕にも手錠をかけた。
また黄色い声援が起こる。
今度は後ろのモニターには映像が映し出される。簡略化した生徒会企画のコースの映像だ。
「先ずは屋上からスタート! 途中、計三つの指令が出される!」
今度は二人で走る素振りを見せる。男子からそれいらねぇよ、と苦笑いの言葉が飛んできたが、久我さんは常に笑顔だ。
二人がその場で立ち止まったところで、司会者が指令を読み上げる。
「ダンスをしてください」
それを聞いて久我さんは嫌そうな顔した。
「え、まじでやんの。ちょーはずいんだけど」
しかし生徒からはやってーとの声援が返ってくる。
久我さんがため息をつく、次の瞬間、キレのいいタップダンスを披露する。すると生徒からは歓声が起きる。
途中、天津も巻き込んでの社交ダンスのルンバを披露。
ここまで全て、台本通りである。
デモンストレーションはいつの間にか終盤を迎えていた……。
「じゃ、最後は撮影タイム」
そういうが早いか、生徒達から多くのフラッシュがたかれる。
これに関しては天津は一番、嫌がっていたのだが、柿崎さん曰く、ここでの撮影は幸運があるとの噂が出回っており、大事な行事なのだそうだ。という事は前回も似た様な事をしたのだろう。
もしかしたら去年の失敗を取り返したい思いがあるのかもしれない。
まあ、俺は写真など撮らないが。……そもそも携帯を持っていないのだが。
「俺の写真を無料≪ただ≫で撮れるのも、今だけだよ!」
そんな冗談を交えると、進行役は困り顔をしていた。
「そろそろ時間ですので……」
おそるおそるといった感じで指摘すると、久我さんは大袈裟に反応した。
「おっと、みんなとの楽しい時間もここまでだ! さらば!」
場の惜しみ声には耳をかさず、二人は段取り通りに裏へと去った。正直、目立ちたがりの久我さんの事だから、暴走でもするんじゃないかとひやひやしたが、よかった。それ以上にプロ意識が高いらしい。
見るものもなくなったので、俺も裏へと戻る。最初に聞こえて来たのは、久我さんの声だ。
「いやぁー、即興だったのに素晴らしかったよ」
それは舞台にまで聞こえそうなほど大きなものだ。
柿崎さんまでもが拍手をして褒めている。
「D組にしてはよかったんじゃない」
「穂希は素直じゃないなぁ」
「なっ。私は公平に評価をしているだけよ」
この様子だと、D組との一線も超えたのかもしれない。もう、生徒会企画で優勝してぎゃふんと言わせてやる。的な幼稚な作戦はしなくてよさそうだ。
既に出ると言ってしまって、不正が無いように指令などの内容は俺達に伏せられているが、辞退はいくらでも可能だろう。文化祭運営として裏を手伝うのもありかもしれない。
思考を巡らせている時、目の中にいた天津がどんどんと大きくなってくる。
「よし、優勝しよう」
突如にそんな事を言われて、俺は唖然としてしまった。勿論、目の前にいる天津にだ。
確かに、デモンストレーションが押したせいもあって、少しすれば生徒会企画なのだが。かといって、本来の目的は既に果たされたといっていい。ならば出る意義などないのだ。
「別にもういいだろ」
などと反駁したが、首を振られてしまう。
いつもよりも少し低いトーンで天津は言った。
「わたしは出たい。……こういうチャンスからずっと逃げて来たから。――それにせっかくエントリーしたんだし」
その後に、顔を紅くしてから水無君が嫌なら無理にとは言わないけど。と慌てて付け加えられた。
それでも人を立てるあたりが天津らしい。
「分かったよ。一緒に優勝しよう」
返答は短くごく普通のものだったが、天津は凄く嬉しそうにうんと返答した。
短く特別でもなんでもない表現でも、伝わるものは伝わるらしい。同時に、緊張感が二人の間にはしった。




