祭日
なにもしなくても時は進む。なのだから、一生懸命に働いて進む時間は、有意義なのであろう。そして有意義な時間は短く感じるもので、あっという間に文化祭当日になった。
今はD組で集まり、シフトの確認をしているところだ。俺はクラス企画に殆ど参加できず、申し訳ない気持ちがある。
それに俺と天津は文化祭実行委員の仕事がある為、シフトにも入らなくていい。俺とは違い、天津は態々、志願して焼きそばの方に入れてもらっていたが。さすがにそこまでの労働をする気にはなれない。
とはいったものの、一つ困った事がある。午前は薫子、朝陽、天津と俺の仲の良い人達がみなシフトなのだ。俺はその午前が暇。つまり、ボッチで文化祭を回らなければいけない。
……ポジティブに考えて、誰にも邪魔されない時間としよう。
自分に言い聞かせている時、チャイムが鳴った。その後で、スピーカーから声がする。
『三十分前なので、みなさん準備に入ってください』
D組がざわざわとする。
そんな時、仁先生は手の平で大きな音をたてた。自然と注目が集まる。
「みんなで協力する数少ない機会だ。成功させて終わらせよう」
短い言葉ながら、D組の生徒の気持ちを高ぶらせるのには十分だったらしい。大きな声がところどころから聞こえる。
一方の俺は、クラス行事に関わっていないせいか付いて行けない。蚊帳の外は嫌だが、今回ばかりは仕方ない。
その流れでみな、教室から出て行く。焼きそばメンバーは外での出店だからだ。試写会の方も機材の準備とかで、他の教室に足を運ぶ様だ。
する事が無く、一人で暇にしているのも辛いので、邪魔にはならなそうな出店の方を手伝う事にした。
コンロやらを運んでいるうちに、あっという間に文化祭の開幕の時間となる。
そうして俺は出店を離れ、一人学校内に入った。出店近くは外からの来客で混雑する為だ。
横目で校舎内の出店を見ているが、呪術を使っての派手なものなど、色々ある。来客も呪術関係者しか呼ばないので、安心だ。なのに意外と多くの人間で賑わうのだから、ただの高校の文化祭ではないのだろう。
とそこで、珍しい校舎内での屋台を見つけた。規則で禁じられているわけではないが、デメリットばかりで校舎内を選ぶ必要性がないからだ。だがいい匂いはする。つられて、たこ焼きの屋台に並んでしまう。とはいっても二人しか前にいなかったので、直ぐに俺の番は来た。
シンプルにソースとマヨネーズで注文し、テーブルで黙々とそれを食べた。そんな時、見覚えのある人がいた。
あれは――。「誠司さん」
呼びかけると、誠司さんはこちらに気づいて近づいた。
「あ、ぼっち飯? クールだね」
煽っている。だがこの人は気づいていないのだろう。安定の天然ぶりだ。
「どうです、食べますか」
たこ焼き一つ取って差し出した。
別にぼっちが嫌だったわけではなくて、文化祭をたこ焼きだけでお腹いっぱいにしたくなかったのだ。
誠司さんはなにげなく俺の隣に座り、烏枢沙摩高校あるあるを話した。
「あーわかるよ。あの人、怖いよねぇ」
言い終えた頃、誠司さんは時計を確認した。
なにか予定でもあるのだろうか。
「そういえば、今日はなんで文化祭に来たんですか。やっぱОBだから」
「それもあるけど、今日は会いたい人がいてね」
会いたい人。
それは数秒と考えずに分かった。おそらく、あの人だろう。
約束の時間になるとの事で誠司さんとも別れ、俺はまた一人でブラブラする事になった。
その途中、C組の教室を見つけた。看板には喫茶店と書いてあって、凄くシンプルな外装をしている。一人で入る気にもなれず、さっさと離れようとしたのだが、その前に扉が開いた。
「あ、水無じゃねえか」
出て来たそいつを見て、思わず笑ってしまった。
白井が真面目にスーツを着ているからだ。これは不可抗力というやつだ。
「ぷぷっ、お前が真面目に仕事してるなんてな」
「なにがおかしいんだ。ああん」
青筋を立てる白井。
これはまずいと思うのだが、笑わないようにすると逆に笑いが込み上げてくる。
「どうやらぶっ飛ばされたいらしいな」
どこからか木刀を取り出し、俺に向けて振り下ろしてくる。それとほぼ同時に、すぐ後ろで声が聞こえて来た。
「よおガキ、久しぶりだ――」
俺に振り下ろされたはずの木刀と、声は同時に止まった。
そしてなにが起こったか直ぐに理解する。俺の背後に、頭から血を流している大我さんがいたからだ。勿論、木刀がぶつかって。
白井も明らかに焦った表情をしている。そんな白井を見て、大我さんはにたりと笑った。
「ご挨拶だなぁ、クソガキ」
低い声は俺に向けられていないはずなのに、こっちがビビるくらいに恐怖心を煽る。
その瞬間、白井は走り出し逃げ出す。しかし大我さんもそれを追い出してしまった。あれはもう命が無いかもしれない。
さらばだ白井。
心の中で敬礼をしてやる。
またC組の扉が開いたのはその直ぐ後だ。
「あれれー、白井のやつどこ行ったんだ?」
「ってあれ、君はD組の……」
出て来たのは卯月兄弟だ。相変わらず似すぎて見分けがつかない。
「おう久しぶりだな」
と挨拶を返したのだが、反応は鈍い。白井の方が優先度が高いらしい。まあ薫子と違って、俺と卯月達に因縁も無いからな。
だが白井の状況を知っていて、無関心なのも気が引ける。だから気を利かせて言ってあげた。
「白井はもう戻ってこないぞ」
卯月兄弟は二人で顔を見合わせて、ぽかーんとしている。
それから三階に来た俺は、初めてA組の教室を見た。一番、上だからといって待遇がよかったり教室がきらびやかなどという事は無い。
そのはずなのに、人数も少ないはずなのに、文化祭の教室装飾が異常に綺麗だ。A組クラスになると、少なくともこれくらいできるという事か。
外の看板には炎と水の饗宴と書いてある。なんかお洒落だ。
公演時間も書かれているので、舞台的なものなのだろうが、D組一人で入るのは肩身が狭いな。A組の技術を目に出来るのはいい経験かもしれないが、今日は止めとこう。
振り返り、歩き出した時だ。身体が何かに当たった。
「いてぇ」
聞こえて来たのは女の子の声。
俺は誰か直ぐに察しが付いた。
「ち、千夜先輩……」言いなれない呼び方に少し戸惑ってしまう。
「いきなり激突とは。ご挨拶です」
その言葉選びは変だろ。
「すいません、目に入らなくて」嫌味っぽく言ってみた。やられてばかりだから、偶にはな。
千夜先輩は舌打ちをしてきた。
「やり返して来やがったです」
怒りもそこそこに、千夜先輩は俺に提案してきた。
「次の公演がもう直ぐなので、来るといい」
というよりは命令か。
「俺、文化祭運営の仕事で急がしいんですよ」
周りにいびられながら見るのはごめんだ。しかも一人。
「先輩命令です」
と指をさされた。
全くこちらの話を聞いてない。
「つか、先輩に強制する権限は無いと思うんですよ」
「権限ではなく、先輩でありA組とは尊敬する対象。尊敬する相手の頼みは遵守しなければならないのです」
なんて身勝手な言い分だ。それに頼み事ってよりは、やはり命令だ。
俺の返答も無いうちに、千夜先輩は踵を返してしまった。
さて、どうしたものか。ここで無視をしたら後からなんかされそうだ。手を打たねばならない。
そんな時に一人、知り合いをみつけた。クラスメイトではないのだが、あのフードは知っている。
近づき、前に立った。
「よお、エジ」
エジは顔をあげて数秒後にようやく気付いたようで、俺の名前を呼んだ。
いい仲間を見つけた。エジと二人ならなにも辛くはない。といっても、迷子を助けた時の関係でしか無いのだが。
「ここは歩きづらいな……」
エジは体調悪そうにしている。
「あー、まあ人が多いからな。でも文化祭は楽しいぞ、しっかり見てい――」
そういえば、なんでエジはここに入ってきてるんだ。呪術関係者しか入れないはずだろ。まさかエジって――。
「呪術士なのか?」
急な切り替えだったが、エジは相変わらず据わった目でいる。
「……そういう呼び方をするのか」
答えはイエスという事だろう。だがこちらも驚きは少ない。なんとなくそんな気がしていたからだ。俺と似た感じがしていたから。
「なんか親近感湧くな」
「シンキンカン?」
「親しみもてる的な。言っても分からないか」
「ああ、分からない」
真顔でいるエジと喋っているとクスッときてしまう。
「なあ、一緒に舞台でも観にいかないか」
案の定、舞台とはなにか聞き返されたが、無理やりに腕を引っ張った。そしてA組の教室に入り、席に着く。集客は結構なもので、殆どの椅子が埋まっている。中は既に暗かったので、存在がばれる事もなく助かった。
「なんだここは……」
しきりにエジが辺りを見回している。
「そんな気張るなって。普通に前を見てれば大丈夫だ」
まるで子供のように落ち着きのないエジを宥める。本当に変わっている。
音楽が流れだし、舞台の赤と青のライトが光った。本格的な作りだ。
次はどこからか声が流れる。
「第二部、炎と水の饗宴です」
拍手が起こり、ライブのような雰囲気になる。俺もそれに習った。エジはなにもしていないが。
その時、舞台から渦を巻いた炎が出現する。観客から驚きの声が漏れる。隣のエジはこれには関心を示しているようだ。
おそらく千夜なんだろう。八戒をできるのはA組にも二人しかいないと聞いた。この前。
次は、炎の渦の間を降り注いだ水流が通過する。
少しでも触れれば互いが打ち消し合ってしまう、針の穴を通すような動き。高等技術――呪力コントロールだ。
更に水流は大きさを増し、滝へと姿を変える。消えた炎は、いつの間にか観客の近くを龍のような姿へと変わり、飛んでいた。
その竜に目を奪われている間、今度は水は虎へと姿を変えていた。観客の声はどっと大きくなる。
それからも驚きの連続だった。加えて実力の差を見せつけられてる感じがして、精神的なダメージがある。
炎と水が消えると、舞台袖から二人の生徒が姿を現した。
片方は勿論――。
「炎を操った十文字千夜。ご清聴、感謝です」
もう一方は――。
「水を操ってみんなを魅了したのは、烏枢沙摩高校のアイドル! 久我正宗だ!」
うげっ。
あの人があんな実力者だったのは……。凄く認めたくない。
今も綺麗な茶髪を揺らし、色々なアクションを起こしている。その度、黄色い歓声が起きた。アイドルというだけあって、口だけではないらしい。
「今日は千夜ちゃんと二人での公演だったけど、学祭だから仕方ないよね。水に流して」
自分の操った水とかけているのだろうか……。
それなのに笑顔の久我さんに帰ってくるのは、歓声ばかり。思い込みとは怖い。
結局、千夜に無理やり連れられ、久我さんは場を後にした。俺達も場内アナウンスに従って、教室から去った。
意外にも最初に感想を述べたのは、エジだった。
「凄いな、東京のレベルは」
「いや、アイツ等が凄すぎるだけだ。あまり気を落とすな」
あんなのを見せられたら、挫折するくらいのショックを受けてしまうかもしれない。俺からのせめてのフォローだった。
しかし気にした様子無く歩き出した。
エジに追いついてから、提案する。
「飯でも食うか?」
黙ってエジは頷いた。
まだ焼きそばを食べていない。もしかしたら天津もエジに会いたがっているかもしれないしな。一石二鳥だ。
だだっぴろい校庭に出てから、俺達はD組の屋台へ向けて歩き出した。途中で度々、エジが人と衝突していた。目が見えないのだろうかとも考えたが、普通に歩けているし、避けて歩くのが苦手な性質なのだろう。
それについて訊くのも藪から棒な気がして止めた。
秋という事があって、熱気に包まれた校庭も暑さを感じない。快適だ。
焼きそばの屋台は意外に列ができていた。さすがにここまでD組いびりはないらしい。まあコストパフォーマンスと美味さが備わっていれば、それなりの客は来る。
最後尾に並んでから十分ほどで俺達の番は来た。スピードもそれなりだ。
エジの存在にいち早く気づいたのは、やはり天津だった。
「あ、エジ君!」
「明か。久しぶりだ」
そっけない挨拶を返すエジ。
焼きそばをひっくり返しながら、様子を見ていた朝陽が訊いてくる。
「なに、知り合い?」
それに俺が答えた。
「ああ。迷子だったのを助けてやったんだ」
朝陽が苦笑する。
「恩着せがましい言い方だねぇ」
そうだろうか。
俺と朝陽が会話しているうちに、天津とエジも話をしていた。
「あの後、無事に帰れたんだね」
あの後とは、初めてエジと会った時だろう。そこの心配はしていなかった。男の子だし。
さすがに大丈夫だろうと勘ぐってしまっていた。
「父さんと会えた。世話になったな」
「うん。それじゃあ、焼きそば振る舞うね」
それから天津は俺に手の平を差し出してきた。
あ、俺が払うのね。
一つ二百円の焼きそばを買って、俺達は屋台の近くにあった椅子に腰かけた。そこでようやく箸を一膳しか貰わなかったミスに気付く。まあ潔癖症とかでもない限り大丈夫だろう。俺は平気だ。
「なんだこの匂い」
焼きそばをしらないらしい。本当に日本人ではないのかも。いや、そもそも焼きそばとは日本発祥なのだろうか。些細な事が気になってしまう。
「何度も言ってるだろ、焼きそばだ」
そう答えてから一口。
豚肉が程よい柔らかさなのと、甘いキャベツが良い味をだしている。二百円なら満足な味だ。それに量もそれなり。
そこでエジに箸を渡した。
「ほら、食え。俺の奢りだ」
今のは少し恩着せがましかったか。
箸を手にしたエジだったが、戸惑った様子だった。
「箸か。これは苦手だ」
苦手とかあるのだろうか。ちゃんと持てなくて大人になって恥ずかしいやつか。
「食べさせてくれ」
まさかの発言だった。
いや、男同士であーんとかダメだろ。別に俺はいいけど。変な気持ちはないから。でも周りの目が痛くないか。座っている場所、それなりに見晴らし良いし。
「いや、それは少しまずい」
「そうなのか? ならいらない」
いらないと言われると食べろと言いたくなる。
焼きそばは、俺もレシピの考案を手伝って、上場の出来栄えになっているし尚更
「いいから食え」
「なら食べさせてくれ」
コイツもしかして……。
余計な事は思考から消し、震える手で口に運んでやった。
咀嚼する事、数回――。
「中々、美味いな。焼きそば」
美味いと言ってくれたのは素直に嬉しいのだが、周りからの目線が痛い。
それから幾度か口に運んでやり、焼きそばを食べ終えた。たこ焼きとこれで俺の腹はいっぱいだ。
不意に、時計を見た時、12時を過ぎていた。誰かといると時間の流れは早いものだ。
……いや、早すぎる。もう直ぐ文化祭運営の交代の時間だ。直ぐに生徒会室にいかなければ、こっぴどく柿崎さんに叱られる。あの人は説教の長いから嫌なんだ。
「水無くーん」
大きな声で呼びかけてきたのは天津。
「悪い、今から仕事なんだ。それじゃあ」
エジとお別れもほどほどに、天津の元へと駆けた。
ここからは面倒続き、大変続きの文化祭運営だ。心してかからねば。




