決意
時は経ち――11月になった。冬が近づき、肌寒くなり作業をする気も失せるこの時期だが、今日も辛いなどとは言ってられない。なにより時間が無いのだ。それに人手不足。クラスの方の出し物にはあまり関われていないが、上手くやっているといい。
しかし放課後、今日は作業ではなく何度目かの会議だった。天津に言われて初めて気づく。
生徒会室の扉を開けると、いつもの顔ぶれがそこにあった。そしていつもの席に座り、会議は始まる。
先ずは柿崎さんが口を開く。
「校舎装飾についての状況を説明してください」
その言葉で順番に、尚且つ詳細にみなが説明した。俺達も終えたのだが、思ったのは他より進みが遅い事だ。人員数的な問題とやる気の無さの問題もあるが、このままだと間に合わない気もしてくる。
とにかく、手を打たなければいけない。
俺の悩みは解消されないまま、議題は次へと移る。
「次は出店場所だよ」
霧島さんが紙を配る。
出店は正門の先の道に、並んでいるのだが、さすがにD組への露骨な嫌がらせはなかった。先生まで協力して貶めているわけでもないから、当然といえば当然なのだが。
「不満があるようなら言ってくれて構わないから」
霧島さんの言葉に反論する者はいない。それにする事も無い。
そんな調子でドンドンと議題は移り変わっていく。なんともスムーズな会議だ。凄く助かる。取り仕切る人が有能というのは良いものだ。
「次は、姫との学園大脱走の指令案ね」
姫との学園大脱走とは、前に言っていた生徒会企画だ。名前が正式にこれに決まった。ネーミングはまあ可もなく不可もなくだが、学生らしくていいと思う。
そして指令案だが、ただ男女で走るだけではなく、指令をクリアしていくというルールになっている。その件で生徒達にアンケートをとったのだ。
そのアンケートの結果をまとめたものを、天津がみなに配り始める。
なぜならその担当は俺達、D組だからだ。我ながら、上手くまとめられたと思う。
だがその時、天津がつまずいて紙がばらまかれてしまった。慌てて拾っているが、派手にいってしまった為、直ぐには片付かない。霧島さんも手伝い、俺も加勢しようとした時だ。
柿崎さんの表情が明らかに変わった。
「こんな簡単な作業もできないの。ホントD組って使えない」
心外だった。確かに、天津は今ミスをした。だが、たったそれだけで今までの頑張り全てを無駄だというような言い方は気にくわない。
気が付けば、席を立って柿崎さんに近付いていた。
「なによ」
冷たい声で問われる。
「訂正してください。今の」
「使えないやつに使えないって言ってなにが悪いの? 事実は捻じ曲げられないわ」
「多少の不平は仕方ないと思います。でも度が過ぎてる。ちゃんと内容を見てから評価して下さい」
そこで、天津が一生懸命に作った紙を眼前に突き出した。
「これでまだダメっていうなら、黙って従います」
俺達の口論に割って入ってきたのは、霧島さんだった。
「これよくできてるよ。だから穂希も水無君も落ち着こうね」
その言葉で一度、会議は元の段取りに戻った。
ムカつきはするが、やはり柿崎さん達の進行は上手かった。数ある議題は三十分程度で片がつき、閉会となる。
「ごめんね、わたしのせいで迷惑かけて」
天津が突然に頭を下げた。
「天津が悪いわけじゃない。気にするな」
そのまま二人で生徒会室から出ようとした時、呼び止められた。なぜか霧島さんに。
しかも俺だけに用があるようで、天津は先に帰らせた。その天津ならまだしも、俺に用なんて想像もできない。
人気の無い廊下に移動してから、俺は訊いた。
「どうかしたんですか。仕事なら俺じゃなくて天津のが優秀ですよ」
「うん、それは確かにね」
まったく否定されないのも、刺さるものがある。
一呼吸置いたところで、霧島さんは質問を投げかけて来た。
「穂希のことどう思ってる?」
愚問でしかない。
あんな言い合いの後じゃ、印象がよくないのは歴然。
目を逸らしてから俺は答えた。
「正直、ムカつきます。失礼かもしれないですけど」
霧島さんはなにを咎めるでもなく、笑った。
「そりゃそうだよね。穂希はあたり強いし」
話が見えてこない。この人は俺を態々、呼び出してなにが言いたいのだろう。
「ただ、一つだけ分かってほしい事があるんだよ。穂希だって文化祭を成功させたいと思っている」
それは伝わってきている。だが、だからといってあれを認めようとは思えない。
「あんなやり方はおかしいです」
そこで初めて、霧島さんとの会話に間ができた。それから考える素振りをみせる。
「水無君ってうちの文化祭は初めてなんだっけ」
「はい。転入してきたので」
「だったら知らないのも無理はないか」
一瞬、霧島さんの表情が沈んだ。
「なんの話ですか」
周りに誰もいないのを確認してから、霧島さんは口を開いた。
「僕達が一年の時の文化祭――。その迫力、盛り上がり、どれを取っても凄いものだったんだ。心を打たれたね。
だから二年生になって穂希と僕は生徒会に入った。あれ以上のものをやろうと何か月も前から準備をした。周りの仲間も良い人達ばかりでね、事は上手く運んでいたんだ……」
そこで空いていた窓から、外を見た。まるで現実から逃げたいような、そんな顔をしている。
「生徒会企画での事だった。それがフィナーレとして最高潮の瞬間……。だけどD組の生徒が大きなミスをおかしたんだ。企画は破綻。最悪の文化祭なんて言われるようになってね。今でも陰で悪く言われていたりする」
霧島さんは大きなため息をついた。
「たかが文化祭って思うかもしれないけど、僕達にとってはそれが全てだったんだ。だから穂希はD組を敵対視というか、他とはちょっと違った感情で接するようになってね。……簡潔だけど、話はこれで終わりだよ」
同情はする。
しかし、俺はこうしか返せなかった。
「……卑怯ですね」
霧島さんはこちらを見ずに応えた。
「我ながらそう思うよ。――でも、友達を誤解されるよりはましかな」
なんでこうも、俺の周りの人間は良い人ばかりなのだろう。もっと悪の根源のような、明らかな敵がいてくれれば気楽なものだ。なのにこれでは、この気持ちをどこにぶつけていいか分からないではないか。
霧島さんにあたるのは筋違いだとは分かっている。なのに、あんな言い方をしてしまった。
結局、根本的な解決にはならないまま、俺と霧島さんは別れた。
そして廊下を戻る途中、一人で作業をしている天津を見つけた。今日は会議があるから作業は無いはずだった。なのに一人で黙々とやっている。
その姿を見て、感情は怒りから段々と変化してきた。
天津に近付き、花びらを一つとる。沢山、貼る物のなかの一つだ
「あ、水無君」
「手伝うよ。一人よりはましだろ」
素直に喜んでくれる天津に、俺は思っている事をぶつけた。
「生徒会企画、俺達で優勝しよう」
予想通り、天津からは素っ頓狂な声が返って来た。
「え、だって文化祭委員だよわたし達」
「俺達は当日の生徒会企画の運営には参加しない。それに運営委員が出ちゃダメなんて規定は無いだろ。予め、申請すれば大丈夫だ」
「そうかもしれなけど、なんで急に」
天津が首を傾けた。
「見返してやる良い機会だと思わないか」
俺達を見下している奴等を、D組を勘違いしている人達を、優勝して黙らせる。それが俺の考えだ。
多少、強引ではあるがそれくらいしか思いつかない。
「うん、ちょっと楽しそうかも」
おしとやかな顔からは想像もできない過激な言い方。天津は俺達の中で一番、怖い人なのかもしれない。
ともあれ話しは前向きな方向で進んでいく事になった。そうなれば、四階での作業を早く終わらせよう。より良い文化祭にしたいのは、俺達も同じなのだから。




