出店
結局、姫役はB組の生徒に決まった。俺は寧ろ、天津にならなくて喜んだが、あのD組の毛嫌いようはいかがなものかと思う。
それに、生徒会室から出た後、天津は深いため息をついていた。それだけあの空間が重苦しかったという事だ。緊張していただけでは済まされない何かがあるという事だろうか。
俺は思い切って、訊いてみる事にした。
「柿崎さん達となんかあったのか?」
確証は無かった。ただ、あの中で天津になにか影響をもたらした人物がいるとするなら、柿崎さん辺りだろう。D組への対応もそうだが、天津は元々B組だったらしいからだ。
「やっぱり、ばれてるよね」
と、天津は苦笑いを浮かべた。
別にばれてるわけではなかった。素直な子だ。
こんな顔をされて、やっぱりそうなのか。で終われるわけがない。
「何があったんだ?」
自分なりに自然に問うと、数秒の沈黙の後に天津は答えてくれた。
「B組の時に、柿崎さん達とちょっと――」
この沈んだ顔……。長年の学生経験で分かる。
「いじめか?」
言ってからしまったと後悔する。こういうのはデリカシーを重んじなければならんだろうに。白黒はっきりしたい、性分が出てしまった。
「水無君って、ど直球だよね。まあ、大きな括りでいったら、そうなるかな」
そういう事らしい。
「あ、霧島さんは関係ないよ」
なぜか霧島さんをフォローした。柿崎さん達と言ったから、霧島さんも入ってると思ったのかもしれない。あの人は違うと思ってはいたが、誤解を生みたくないのだろう。
そして大きな問題が一つ。
「解決はしたのか」
したかしてないかで、今後の関り合いが変わってくるだろう。
「直接的にはしてないかな。でも、心配いらないよ」
なにを根拠に心配が無いと言っているのか。偶に、天津は人に気を遣い過ぎる。
問いただそうとしたのだが、その前に天津が続けた。
「日役先生に助けてもらったの」
「仁先生に……」
俺の中の先生像がどんどん崩れていく。やっぱり生徒思いの良い先生なのか。
天津は百瀬先生か日役先生かどっちで呼ぶべきか悩んでいるが、日役先生に慣れているという事で、そちらで通す事にしたらしい。
「柿崎さんとわたしで話し合いをしたわけじゃないんだけど、クラスを変えてもらったんだ。その後で、日役先生と柿崎さんが話をしたらしいんだけど……」
妥当な判断といえるだろう。高校生にもなって話し合いでの解決なんてのは上辺に過ぎない。女子同士ならば尚更。
それならば天津はなぜC組ではなく、D組に来たのだろうか。授業レベルも違うだろうし、C組に行くのが妥当なはずだ。
それについて訊いてみると、天津は意外に早く答えた。
「二つ理由があるんだけど、D組へのみんなの態度が苦手だったからかな。あ、Мとかじゃないよ」
なぜか天津は親指をたててきた。
そんなのは分かってる。高いクラスに居たからこそ、みながD組に偏見を持って話すのが辛かったのだろう。それはC組でも同じだ。だからD組に来たというわけだろう。
なるほど、天津らしい。
「もう一つは?」
「それは秘密」
白黒はっきりさせたい俺に秘密はダメだ。
何度か教えろと詰めたのだが、口を割る事は無かった。
「じゃあ、もう一つ。D組じゃあレベルが合わないだろう。そこはどう補ってるんだ」
俺のように仁先生にこそれんしてもらっているというなら、話は別だが。
「日役先生に教えてもらってるんだ」
嬉しそうに天津は笑う。
意外に働きものだな、あの人。今度、長野土産でも渡そう。
とそこで、俺は一つ違和感を覚えた。
なんだろう。天津が凄く楽しそうだ。
その理由を突き詰めると、おのずと答えは見えてくる。思い返せば呪符の授業の時も、仁先生に褒められて顔を真っ赤にしていた。それに今も仁先生の話をして楽しそうだ。
結論、天津は仁先生に恋心をもっている。
そこまで分かれば、もう一つの理由とやらも分ってしまう。D組の担任が仁先生だからだ。
白黒はっきりさせたい性分だが、ここまで上手い具合にかみ合ってしまうと萎えるな。やはり謎とは少しくらい解明されない方が、想像のロマンがあっていいものだ。凄い矛盾なのだが、そんなものだ。
「水無君、なんか変な顔してるよ?」
「いや、気のせいだろ。なにもない」
天津がこちらをじっと見てくる。
これはきっと、天津には内緒にしておいた方がいいだろう。恋とは陰からそっと応援するものだ。俺はずっとそうしてきた。
次の日には、クラスでの出し物が話合われた。とはいえ、文化祭実行委員は参加しなくてもいいため、特に口は出さなかった。
結果、睡眠に陥った俺はいつの間にか決まっているという感じになった。
「それでどうなったんだ」
いつも隣にいる朝陽に訊く。
「ほんとヤンキーだな」
「眠い時と、テストの残り時間は寝る。これ俺のポリシー」
朝陽に苦笑いを返される。
「薫子ちゃんチームはこの教室で試写会」
チーム=グループだ。D組は人数が多いため、二つの出し物をする。
それにしたって試写会とは随分、思い切った策にでたな。時間も労力もくう大変なものだろう。だが、呪術を駆使すればいいのができそうだ。
うん、妙案かもしれない。
なぜか朝陽は意気揚々と話し始める
「テーマは密室殺人で、こう派手にやるつもりだ!」
「そうなのか」
「知らない。つか、俺は別グループだし」
「別なのか」
そこでもう一つグループの話に移り変わる。
「俺のチームは焼きそばだ」
試写会の後に聞くと、どうも霞んでしまう。焼きそばか、どこにでもありそうだ。ただ、俺は焼きそばが好きだ。
「食べに行くぞ」
「おう、ありがとな」
そんな会話の末、決まりごとは終わりとなった。そして今日の放課後は、昨日の会議で決めた装飾の割り振り場所に行って、指示出しをする事になっている。
勿論、全てにはいはいと言ってくれるわけでもないだろうから、苦労する事だろう。その分、俺と天津が働いてカバーしなければならない。
なぜか俺が仕事をする気になっている。まあ已むを得ずというやつだ。
そして放課後になり、俺と天津で四階へと移動した。
まだ誰も来ていなかったので、二人で作業を進める事にした。四階のテーマは戦国時代となっている為、その肩組からだ。段ボールなどで一から作ったりと、やはり時間が掛かりそうだ。
なのに四階を担当する人達が来たのは、三十分も後の事だ。
「うぇーす」
と雑な挨拶が癪に障る。
天津は気にせずに指示を出すのかと思っていたが、前にでた。
「時間が無いので、もうちょっと協力してください」
語気を強めた言い方に、その生徒も渋々といった感じで手伝ってくれた。
もしかしたら、責任を感じているのかもしれない。
それはともかく、改めて天津は頼りになると思った。
校舎装飾は周りの飾りから、床まで余すことなくやる。殆ど人も来ないだろうし、別にいいと思うのだが、一か所でもそういう場所があると雰囲気が壊れると、咎められている。
大雑把な仕事は呪術を活用してできたりするのだが、やはり細かい作業となると難しい。
それは天津に任せて、俺は全体の指揮を執る事にした。
生徒達に近付き、「そこには真田幸村の絵を置いてください」だとか、「長篠の戦いをこのスペースに再現します」とか我ながらまともな指示をだしたつもりなのだが、返ってくるのは舌打ちばかりだった。
なにもやっていないとなると、上に怒られてしまうので作業こそしてくれるが。舐められた態度にはやはりイラッとする。
ひとしきり終わった後に、天津の元に戻って今度は作業を手伝う。今は綺麗な伊達政宗の絵を書いていた。
俺はそれを立てかける物を段ボールで作る。
「水無君はうちの文化祭は初めてだよね」
不意に天津が話しかけてきた。
「ああ、そうだ」
「だったら成功させたいな」
天津は感慨深げに言った。
成功するのが普通じゃないような言い方をしている。……まあ、それもそうか。今も我慢しながら作業をしている。
「そうだな」
真っすぐな天津の言葉を訊くと、イラッとした自分が馬鹿らしく思えてくる。文化祭実行委員になって良かったと思った。そんな一瞬だった――。




